好きなんでしょう?
(天空都市群グングニル中央島南西地区:表通りから外れたマンションの一室)
新居に引っ越したら、天空都市の歌姫が訪問してきた。
そして、今晩泊まっていくという。
元凶は、彼女の元に届けられた脅迫状だ。
どうやら、いたずらの類ではないらしい。
明確な殺意が、籠っている。
さて、諸君。
ここで、美人の歌姫が俺の新居にお泊りすると聞いて、不純な期待をした諸君。
残念ながら、諸兄らの期待は裏切られる。
俺は、この歌姫に、好意なんて抱いていないのだ。
ならば、なぜ自宅に庇護したか、だって?
それは、グラディエーターとしての損得勘定である。
フェリェと付き合ってからのアウラは、これまで以上の強さを誇っている。
つまり、有り体にいえば、紅恋帝はフェイェのお陰で絶好調だ。
天空闘竜士になってから、俺には変わらぬ野望がある。
それは、『最良』の状態の『最強』の皇帝を、打ち負かすことだ。
つまり、フェリェとうまくいっているアウラに、俺は勝ちたい。
それが、最強の皇帝に勝つための、準備条件なのだ。
もし、彼女に何かあれば、アウラの調子は堕ちるだろう。
勿論、奴はトップランカーだ。簡単に調子なんざ落とさない。
だが、人間の気持ってのは、案外脆いものだ。
予想外のことで、崩壊することだってある。
あの完璧無比な紅恋帝でも、その宿命からは、逃れられない。
そういう合理性から、俺はフェリェの護衛役を、一晩引き受けることに決めた。
たぶん、あまり理解はされないだろう。
最も簡単に紅恋帝を倒すには、寧ろフェリェに悲劇があった方がいい。
ぞっとする話だが、勝つだけを考えるならば、そういうことになる。
だが、俺はグラディエーターだ。
もっといえば、気高い皇帝の一角である。
元、だけど。
競技以外での弱みに付け込んで栄光を手にして、一体何の意味がある?
俺は、嫌だね。
すきずきだと思うが、俺は受け付けない。
天空闘竜は、純粋に競技であるべきだ。
決闘であって、闘技なのである。
それ以上のものになるべきではない。
策謀にも、政治にも、見栄にも。
……まあ、見栄にはちょっとなってもいいかな。
女の子に、ちやほやされたいし。
うおっほん。
そういうわけだから、俺はフェリェのボディーガードを、一晩引き受けることにする。
だが、一晩ずっと、自分の彼女でもない女性と一緒にいるというのは、少々窮屈だな。
向こうも、たぶん同じ思いだろう。
ここは、呼ぶしかあるまい。
俺の主治医を。
「フェリェ。少し、電話してくる。好きにくつろいどいてくれ。でも、あんまり私物を触んなよ」
テレビを前に、ニュースを真剣に眺める歌姫に、俺は一言断って、リビングを出る。
「どこへ、いきますの?」
「廊下だ。不審者が出たら、大声をだせ。声が聞こえる範囲にいるさ」
そう言い残して、廊下に出る。
そして、手短に『コ―リング』の天空術を唱える。
念波を送るのは、勿論キーロのところだ。
数回コール音が続いた後、彼女が出る。
「――なに、ザザ? 私、勉強で忙しいんだけれど……」
やっぱり、試験勉強中だったらしい。
悪いことしたな。極力、キーロのためにも、邪魔はしたくないんだが。
「――キーロ。聞いてくれ。厄介なことになったんだ」
「――厄介なこと? まさか、犀粉帝と指名戦の約束をしたんじゃ――」
「――違うさ。フェリェが新居に来たんだよ。ちょっと困ってる」
念波から伝わるキーロの声が、ワントーン下がる。
「――ふーん。良かったわね。それじゃ。歌姫と仲良くね」
「――おい、待て待て! 切るなよ! 彼女に脅迫状が送られてきたんだ!! 脳内電脳ニュースで、確認してみろ」
確信はなかったが、たぶん、脳内電脳ニュースで騒ぎになっているはずだ。
フェリェは、脅迫文の件を、警察にも届け出ているといっていたし。
暫くして、キーロの驚愕の声が伝えられてきた。
「――え!? 本当じゃない! フェリェさん、お気の毒に……」
「――事情が呑み込めたところで、相談がある。脅迫文の犯人を、推理してくれないか? お前、捜査系の天空術も得意だろ? あー。でも。勉強、忙しいよな……」
キーロは、来年のバカロレアで一位をとるのに忙しいのだ。
受験生の邪魔しちゃ悪いよな。
やっぱり、俺一人だけでなんとかするしか……。
そう思ったのだが。
「――いいわよ。すぐ行くわ。私も今日、泊まるから」
「――いいのか?」
「――ええ。フェリェさんを、あなたから守らないといけないし。今日の分の整体もまだだしね。勉強なら、そっちでもできるから」
「――お前なぁ。俺が誰にでも見境なく手を出すと思って――」
「――それじゃ。あとでね」
切られた。畜生。
リビングに戻る。
「誰への電話ですの?」
フェリェが、視線をこちらに向ける。
「俺の主治医だよ。もうすぐこっちに来る。泊まるそうだ」
「確か、クラウン様だったかしら、あなたの天獣師」
「違う。クラウンは前の天獣師だ。今は、同い年の女だよ。昨日会ったろ? お前を掴んだギラドアに喰ってかかった……」
そういうと、彼女は合点が言ったようだった。
「ああ。あの、芯の強いお方ですね。天獣師だったのですね。驚きましたわ。あの若さで、もう高度な天獣医学を使いこなせるなんて……」
本当は、キーロは免許持ちではないのだけれど、説明がややこしいから、ここは適当にお茶を濁そう。
「ああ。うん。まあ、なんていえばいいかな。天才、なんだよ。あいつは……」
キーロを評価するのに困る俺の様子を見て、歌姫が両目を丸くさせる。
「驚きました」
「何が?」
「あなたが、他人の才能を素直に褒めるなんて……。アウラにすら、そう言ったことはほとんどないでしょう? 不思議な魅力の持ち主ですのね、あの天獣師さん」
え? そうかな?
確かに、俺が他人を諸手をあげて褒めることは少ない。
例外としては、冥海帝クラウンくらいか。
「なんていえばいいかな……。あいつは、特別なんだよ。俺の才能がちっぽけに感じられるくらい、そういう贈り物に、恵まれてる。それに、努力も俺以上かもな」
キーロは、天賦の才と不断の努力、その双方によってつくられた天獣師だ。
まだ、免許を持っていないとはいえ、あいつは俺の治らないはずの怪我を治した。
あいつの実力を最も評価するのが、俺なのは、ある意味当たり前だ。
だが、フェリェは面白そうに、こちらを見ている。
グロスを塗った口元には、微笑みすらあった。
「ふうん。あなたも、そういう顔をしますのね。意外です」
「どういう意味だよ? さっきから、意図が掴めんぞ」
「好きなんでしょう? 彼女のこと?」
俺は、その言葉に、一瞬固まった。
「はあ? んな訳ないだろ、だいたいだな、お前はあいつの魔女っぷりを知らないから――」
そのとき、インターホンが鳴った。
俺の反論は、途中で遮られる。
「――兎に角だ。余計なこと言うなよ、あいつにな」
「約束できませんわね」
「何だと!?」
「ほら、早く、迎えに行ってらっしゃいな」
くそ! 始終、フェリェのペースだ。
全く、飛竜型のアニマ―ガスだとか、天空都市隋一の天才だとか、超絶に人気の歌姫だとかは、そうして、そろいもそろってアクが強くて、相手への配慮に欠けるんだ?
やってられないぜ。
おい。俺も一緒だという眼で見るなよ、そこの君!
「……よう。早かったな」
気持を切り変えて、キーロを出迎える。
「なに、その顔? さっきの電話、根に持ってるの?」
「違うよ。別のことさ」
「フェリェさんのこと?」
「広義的にいえば、そうだ。あと、一つ忠告しとく」
俺は、リビングへの扉を塞ぎ、キーロに人差し指を立てる。
怪訝そうにするキーロ。
「なに? どうせ、フェリェさんがらみでしょ?」
「あー、まあ。広義的に言うと、そうだ」
「なによ、その広義的って」
「兎に角! あいつに何か言われても、真に受けるなよ。いいな!?」
念を押したが、ジトリと睨まれる。
「それくらい、自分で決めるから。私に頼みたいことがあるんでしょう?」
そう言われると、これ以上は引きとめられない。
キーロは、俺よりも先に、リビングへ入ってしまった。
……不安だ。
なんだか、すごく不安だ。
フェリェが、変な事を口走らなければ、いいのだが。
――俺が、キーロのことを好き?
はは。
まさか。
(続く)




