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暗雲の影法師

(天空都市群グングニル最北島内陸部北側:プラト山村キャンピングロッジ内ラウンジ)


 天空警察への被害届を出した後、俺達三人はラウンジで小休憩をとっていた。


 俺は、襲撃者に襲われたのだ。


 敵は、黒いワイバーン型のアニマ―ガス。


 かなりの手錬だった。危うく、俺とキーロは、奴の手にかかりかけたのである。


 しかし、その窮地を、ラウンジのソファに腰掛け、優雅にキーロが淹れた紅茶を飲む男に救われた。


 ソファに腰掛ける男の名前は、アウラ。現ランク一位の皇帝カイザーである。


 アウラの変身後の姿はまさしく最強の称号に相応しかった。豪華絢爛なプロミネンス・ワイバーンは、黒い襲撃者を完膚なきまでに圧倒した。逃げられこそしたが、奴も再び襲撃してくる気は、当分ないだろう。


 それくらい、圧倒的な力の差を、アウラに見せつけられてしまったのだ。


 やはり、七帝を束ねる最強の男は、けた外れの強さだった。


 以前、リハビリをする前の俺を十秒で沈められるとアウラは豪語していたが、あれも決して誇張ではないようだ。


 例の強襲から、まだ数分と経っていないが、アウラは落ち着いた様子で紅茶を飲んでいる。


 こいつから、余裕がなくなった表情を、俺は見たことが無い。


 俺と二度対戦して引き分けたときも、それは同じだった。


 やはり、こいつの強さは底を知れない。そして、こいつに勝たねば、俺の切望する頂点には辿り付けないのだ。


「どうしたんだい、ザザ。助けた側の人間を、ずいぶん睨むんだね。もしかして、僕を疑っているのかい?」


 いかんいかん。考え過ぎるあまり、アウラを凝視しすぎていたようだ。


「まさか。お前なら、とっくに怪我をした俺くらい、もう消せてる。それに、あの襲撃してきた黒い奴とは、知り合いじゃないんだろ?」


「知り合いな訳ないだろう。初めて見る飛竜だった。あんなアニマ―ガスは、スーパーリーグやインペリアルリーグは愚か、アニマ―ガス管理課のデータベースにだって載ってない。完全なアンノウンだ」


「つまり、存在しないアニマ―ガス……」


「そういうことだ。妙なんだよ。あの黒い襲撃者は」


 アウラは、考え込むように整った眉根を寄せた。


 その動作だけで、見惚れたキーロが口を半開きにする。ふん! 面食い魔女め。


「何者なんだろうな、あの野郎。……こうは考えられないか? 誰かの変装とか。上位のアニマ―ガスの中には、そういう幻惑能力を持った奴もいるらしいし」


「その可能性もあるだろう。だが、忘れちゃならないのは、奴が僕と君を相手にして、逃げ出す余力のある実力者だということだ。実際、最後の一撃のあと、まだ飛んで逃げる余力があったのには、少し驚いたよ。半殺しにしたつもりだったのに」


「……まあ、そうだな。俺も実際、襲撃者が死ぬんじゃないかってひやひやしたぜ」


 俺はアウラの苛烈な一撃を思い出す。飛竜種のアニマ―ガスでも、あれを喰らってまだ動けるのは七帝レベルの猛者だけだ。それ以外は、完全に瀕死になるに違いない。


「つまり、あれが変装だと仮定しても、犯人のリストは、そう長いものにならないと? そういうことなのか、アウラ?」


「そうこうことさ。飛竜型のアニマ―ガスで、七帝レベルの実力者。しかも、幻惑天空術を自分で使いこなせるか、それを使う協力者がいる……。ここまでは、絞り込める」


「そう、多くはなさそうだな。飛竜型のアニマ―ガスは多くないし、そのうえ七帝並みの実力者となれば、候補は限られる」


「だからこそ、僕が加勢にきたとき、すぐに逃げ出したんだろう。あれ以上戦闘を続ければ、自分の能力を使わざるを得なくなる。そうすれば、名乗ったも同然だ。だから、そうならないよう、君以外の目撃者が現れると、すぐに逃げた」


 たしかに、アウラの言う通り、襲撃者の攻撃は、物理的なものばかりだった。言い方を変えれば、特殊能力は使っていない。それは、やはり自分の正体がばれることを恐れてのことなのだろう。


「……なんにせよ、俺に恨みを持っていることも間違いなさそうだな。怪我をした第一右翼ばかり狙われた。幸い、無事だったが、執拗に狙っきたところを考慮すると、ずいぶん俺が嫌いらしい」


「なるほど。怪我をした部位をね。心当たりはないのかい?」


 アウラが俺に尋ねる。


「正直に白状すれば、ありすぎてキリが無いくらいだ。俺は現役時代、お前と違って『悪役』だったし、お前以外は大半負かしてる。逆恨みされる可能性は、大いにあるな」


「そうか。はあ、そこは否定しないよ」


「……おい」


「冗談さ。でも、君に激しい憎悪を持っているのは、間違いないかな。雪雲での闇打ち。誇りあるワイバーンなら絶対に実行しない所業だ。そこまでして君を襲いたいのには、相当の理由があるはずだと思うけれど」


「……そうだな。だが、誰だ?」


「僕にも分からないね。まあ、さっき整理した条件で、何人かの目星はつく。でも、まだ確証はない。もう少し、調べる必要がありそうだ」


 これ以上、襲撃者の正体について、議論できることはない。


 俺は、話題を変えることにした。


「そういえば、なんで此処にいたんだ。俺の様子を見に来たんじゃないよな。別の用事で来てたんだろう?」


「鋭いね。でも、まだ口外できないんだ。悪いけれど」


「それに、『僕達の敵』って、どういう意味だ? ロッジの前で言ったろう」


 アウラは、返答のかわりに微笑を浮かべる。


「ああ、あれかい。僕達グラディエーター全員の敵さ。いや、天空闘竜を愛するもの、全ての敵かな。協会は、今その証拠を掴もうとしている最中でね」


「その要件で、最北島ここにきたのか?」


「僕の口からはいえないよ。元老院帝に口止めされているんだ」


「元老院帝? あの爺さんも、一枚噛んでるのか」


 元老院帝は、現ランク四位のベテラン選手である。御歳50歳の最年長七帝だ。競技協会の会長職もやっている。


 ちなみに、元老院帝の奥さんは、天空検察のトップである。権力者の汚職など、重大案件を担当する敏腕検事なのだ。


「……かなり、大規模な不正らしいな。お前が調べているのは」


「口外できない理由が、察せただろう? それに、まだ裏切りものが誰か、分からない状態でね。迂闊に捜査情報を口にできないんだ」


「つまり、俺も捜査の対象だと」


「どうかな」


 アウラは、明確な返答をしたくない場合、魅力的な微笑みを浮かべて、お茶を濁す。


 今回もそうだった。


「一つだけ、答えなくてもいいから、聞かせてくれ。今回の襲撃者と、お前の協会が調べているでかいヤマに、関連はあるのか?」


「難しい質問だなぁ。現段階では、肯定も否定もできないといったところかな」


「おい、それじゃ何も答えてないぞ……」


「答えなくてもいいと、いったじゃないか」


「そうだが……まあ、いい。お前の立場もあるだろうしな」


「申し訳ないね。さて……僕は、そろそろ中央島に引き上げるよ。今回のことを、協会に報告しなくちゃならないからね」

 

 アウラはソファから立ち上がり、真っ直ぐ玄関の方に歩いて行った。こちらは一度も振り返らずに、ドアノブに手をかける。


「あ、そうだ。」


 と、そこで初めてアウラが、こちらを振り返った。


「最後の『燕返し』から考えるに、リハビリは順調みたいだね、ザザ」


「お前、あのとき見てたのか」


「ごめんよ。でも、手を出さなくてよかった。手ごわい君が戻りつつあるからね」


「あれが100%だと思うなよ、アウラ。次は本物を見せてやる。コロッセウムで」


「そうかい。それじゃ、今後も気をつけるといいよ。あと、キーロさん。美味しい紅茶をどうも」


 そう言い残して、アウラはロッジを出ていいた。


 暫くして、飛竜の離陸する際の風圧が、ロッジを揺らした。


 彼は、本当に帰ったらしい。


「帰っちゃったわね。ああ、かっこよかったなぁ」


 キーロはアウラが飛んでいった方を見て呟く。


「ふん。さてはお前、アウラに惚れたな。お前の好きそうな顔だし」


 俺はからかってみた。

 

 案の定、キーロは真っ赤になる。


「ち、違うわよ! どこかの頼りにならないアニマ―ガスと違って、頼りになって安心できると思ってただけだから!」


「それ、否定になってないぞ」


「うう。でも、あの飛竜、本当に恐ろしかったわ。アウラ選手がいなかったら、今頃どうなっていたことかしら。……不用心にアニマ―ジュを解いた不届きもののせいでね」


 今度はキーロが逆襲にでた。


 俺とキーロの会話は、いつもキャッチボールではなくドッヂボールだ。


「悪かったよ。あいつのいうとおり、実戦の勘がなまってたのは確かだ。次は、ああはさせないぜ。メタメタにして、返り討ちにしてやる」


「どうかしらね。ま、天空警察も周囲をパトロールしてくれるから、もう現れないとは思うけれど」


「だと、いいけどな」


「……全く。あなたが襲撃されたなんて警察に報告すれば、マスコミのいいネタにされちゃうから、アウラ選手と私で報告したのよ。少しは、感謝して欲しいものね」


「わかってるさ。感謝してるぜ、キーロ。それに、アウラにも」


「ちゃんと、アウラ選手にも、直に伝えればいいのに」


「あいつに、そういうお礼は無用だ。お礼なら、次の対戦でたっぷりしてやるのさ。俺を十秒で倒せるとか豪語した借りも含めてな」


 俺は、変身後の姿がフィードバックしたような獰猛な笑みを浮かべる。


 キーロは呆れていた。


「ああ、そう。よかったわね。じゃあ、今日の整体やるわよ」


 その漢字二文字が、俺を楽しい妄想から現実に引き戻した。


「……あれ? 今日、俺、襲撃されたんだよな? 疲れてるから、このまま寝ても……」


「待ちなさい、恩知らず」


 キーロの天空術が、俺の首根っこを捕まえる。


「襲撃者から逃げるとき、あなたはきっと無理に体へ負荷をかけたわ。だから、今日は念入りに整体するわよ。特に、第一右翼の辺りはね」


 ああ、やっぱり。


 こいつがアウラに気をとられている隙に、二階の寝室に逃げ込むんだった。


「三倍くらいの時間は必要かしら。今日は、午後練後の整体もやっていないから、じっくりたっぷりやる必要が、ありそうね、ザザ?」


「……はい。分かりました」


 観念した俺は、大人しく俺の主治医に従うことにする。


 それにしても、協会が調べる事件と、俺を襲った飛竜。この二つに、何の因果関係があるのだろうか。


 気になったが、俺はそこまでしか思考できなかった。


 例の電撃マッサージは、思慮深く考え事をするのに、向いてない。

 


 


 


 


 

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