ザザの過去について(後半)
(天空都市群グングニル最北島内陸部北側:プラト山村キャンピングロッジ)
さて、ここまで俺の過去について、長々と説明してきた。
あともう少し、お付き合い願いたい。
俺がアニマ―ガスになって、プロになったところまで、だいたい話した気がする。
今回は、「ノーマルプロ」に昇格してからの話だ。
つまり、俺がグラディエーターになってからの話である。
さて、前述したように、俺は「アマチュア」と「セミプロ」で負けなしだった。
戦績は、76戦76勝0敗。
この時点で、俺は自分以外のワイバーンタイプと対戦したことがない。
無敗なのは、そういうこともある。
本当の兵と対戦したことが無いくせに、俺は周囲におだてられて、天狗になっていた。
かなり、嫌な奴だったと思う。
自分の強さを鼻にかけていた。謙虚さも欠けていた。
だが、天狗になりそういう態度をとるようになったのにも、一応、理由がある。
それは、いつこの無敗記録が破られるのかという不安だ。
逆説的だと嗤われるかもしれないが、俺は勝てば勝つほど、夜不安で眠れなくなった。
勝利を重ねるたびに、周囲からの重圧は増し、逆に俺を憎んでいる奴は早く負けろと指折り数える。
当時、俺は周囲をそういう二極化した価値観で、捉えていた。
今振り返れば、愚かしい子供の思想だが、当時の俺は真剣だった。
次第に、勝つことだけが自分の存在意義だという強迫観念に潰されそうになっていった。
そして、貧弱な内面を隠し、外圧から守るために、俺はわざと尊大な態度をとり続けた。
対戦相手への挑発。俺に批判的なコメンテーターへの攻撃。上位の選手への逆指名対戦申し込み。
不遜と評価される大概のことはやったかもしれない。
そういう風にして、俺は完全にヒールのグラディエーターになった。
一番ひどかった頃は、街中で数人のアンチファンに囲まれたりもした。
まあ、そのときは返り討ちにしてやったが。何しろ変身後の俺は巨大なブリザード・ワイバーンなのだから。
たかが数人、訳もなかった。そういう出来事も、もしかすると、俺の防衛本能を刺激しすぎる要因だったのかもしれない。
周囲が完全に俺の評価を決定づけた頃、俺は「プレミア・プロ」に昇格した。
「ノーマルプロ」で無敗記録をさらに伸ばした俺は、完全に自分以外を信用しない、器の小さい男になっていた。
だが、敗北への恐怖心から、訓練だけは標準の数倍はこなしていたので、俺はますますその感情を意固地なものにして行ってしまった。
こじれた勝利への欲望。脅迫観念のような承認欲求。
これらが、俺の競技への思いを歪めてしまった。
当時の支えは、クラウンと対戦したいという憧れの気持ちだけだった。
あのころ、クラウンがもし少し一年早く引退していれば、俺も彼の後を追っていたかもしれない。
競技を楽しいとは、ほとんど思わなかった。
それだけ俺を燃えさせてくれる選手が、「プレミア・プロ」のスーパーリーグにすらいなかったし、その頃完全に俺は悪役グラディエーターだったから、入場のたびに聞えてくる無数のヤジにうんざりしてもいた。
だが、俺のファイトマネーは確実に上がっていた。一応固定のファンもいたし、なにより『懸賞金』的な意味合いでの出資が後を絶たなかったのである。
だが、そういう妬み嫉みに反して、俺は確実にランクを上げていった。
何度かワイバーンタイプの上位ランカーとも対戦し、勝利を収め、俺の自信はいよいよ絶対的なものとなりつつあった。
そして、俺の一度目の競技人生史上、最も大事な試合の一つが組まれることになる。
ランク七位の選手との対戦。
つまり、インペリアルリーグへの昇格試合だ。この試合に勝てば、俺は晴れて負かした相手の順位と入れ替わり、七帝の一角となる。
対戦相手は、当時の豹顎帝メラニだった。彼はかなりのベテランプレーヤーで、当時40歳。
俺に負けて七帝落ちすれば、引退も囁かれていた。
対戦カードが組まれたとき、俺は色めき立った。
これで、ようやくクラウンの所属するインペリアルリーグに、行ける。
そう思うと、体中の血液が胎動するほど、うれしかったのである。
試合は、6時間37分の死闘のすえ、俺がブリザード・ブレスで、豹顎帝を沈めた。
試合終了のブザーが鳴った瞬間、俺は歓喜した。
全てを犠牲にして追った目標が、成就したときの喜び。
これは、俺にしか味わえない歓喜だったに違いない。
俺は見事、七帝の仲間入りを果たし、「氷息帝のザザ」としてインペリアルリーグに昇格した。
昇格会見で、色々と空気を読まない爆弾発言をしたのが、このあだ名に決まった理由らしい。
色々嘯いた記憶がある。
曰く、「クラウンにしか興味がない」
曰く、「クラウン以外は俺の敵じゃない」
曰く、「俺は他の奴らと違う。インペリアルリーグの現状を見てみろ。豆鉄砲に驚く鳩の集まりだ。こんな連中が七帝とは、嗤わせる」
とにかく、当時の俺は調子に乗っていた。
この時期を非難されるときつい。
はっきりいって、逆上せ上った世間知らずが、世迷言を連発していたのだ。弁解のしようがない。
無論、他の七帝とアンチファン、メディアから、俺は目つけられた。
クラウンとアウラ、モハド以外の四帝が、俺を対戦相手に指名した。
クラウンとアウラは、慎重に俺の力を推し量るため、すぐには試合を申し込まなかったのだろう。
紫呼帝モハドは、当時ランク二位だったが、伴侶の重い病気でインペリアルリーグを欠場中だった。
俺は、自分を指名した四帝と、順番に闘った。
無論、相手は全員ワイバーンタイプのアニマ―ガスだ。
一筋縄で勝てる相手ではない。激闘に次ぐ激闘で、俺は一戦一戦、勝利をこの手に収めた。
中には、一日以上に及ぶ試合もあった。特に、ランク四位の真珠帝ラカンにはてこずらされた。
奴の体表を覆う鱗は、真珠のようになっていて、全ての天空術を跳ね返してしまうのだ。
俺のブリザードブレスも跳ね返され、かなり苦戦した。
なんとか、低空戦に持ち込んで、尻尾を叩きつけて地面に沈めたが、あれは現役の中でも、アウラヲ除けばもっとも苦しい試合だったと思う。
四帝全員に勝った俺は、引退したクラウンの分と、欠場中のモハドの分も繰り上がり、とうとうランキング二位まで登りつめた。
クラウンが電撃引退したときは、悲嘆にくれた。
だが、俺にはまだ倒さなくてはならない奴がいた。
そう。完全無欠の優男。当時、唯一俺より格上の紅恋帝アウラだ。
俺とアウラの試合は、完全に俺のアウェーゲームだった。
なにしろ、アウラは天空闘竜一の人気者。俺は、一番のヒール。
俺にとっては、競技人生上、最も厳しい目に晒されたアウェーゲームだった。
結果は、二戦とも引き分け。丸々二日闘っても、雌雄が決しなかったのである。
だが、この闘いは俺に一つ、大きな変化をもたらした。
敗北への恐怖心が、薄れたのだ。
アウラは、実は現役時代、たった一度だけ負けている。
チャンピオンズゲームの決勝で、クラウンに破れていたのだ。
そのことを、あいつは恥と思っていなかった。寧ろ、歴戦の傷を労わるように、「誇りに思っている」とも、言った。
それを聞いたとき、俺は今までの自分を馬鹿馬鹿しく思った。
何が敗北の恐怖だ。そんなものは、負けても立ちあがらない臆病者の方便だったのである。
俺は、そう認識を改めることができた。
それに、アウラのような好敵手を得られたことが、単純にうれしかった。
勝てなかった相手。その相手に勝利したときの喜びは、いかほどだろう。
そういう、純粋にアウラとの死闘を楽しみにできる心理が、彼との対戦を通して、俺に芽生えたのである。
俺は、ようやく天空闘竜を、ふたたび好きになれそうだった。
なれそうだった、のだが。
七月のある日、その出来事は急にやってきた。
俺の第一右翼に激痛が走り、俺は根治不可の怪我をしたのだ。
選手生命を断たれる大怪我だった。
そこから先のことは、よくしっていると思うので、割愛する。
以上が、だいたいの俺の過去だ。長い話に付き合わせて、すまない。
たぶん、要領よくまとめられない俺のせいだ。
あと、昼飯をつくるのが遅いキーロのせいでも、あると思う。……一割くらい。
お。ようやく昼飯ができたようだ。
複合プロテインと青汁はあいかわらずだ。
だが、ササミがある!
こいつはいい。肉なだけましだ。パサパサだが、肉には違いない。
うん。うまいぞ。
これで英気を養って、午後も頑張るとしよう。
あ。その前に、キーロが矯正マッサージをしてくれるんだったな。
なんでも、怪我をしてバランスが悪くなった翼付近……つまり、人間の姿だと肩甲骨の付近を、マッサージしてくれるらしい。
期待できるだろうか?
キーロの奴が、ただのリラクゼーションで、こういうものを用意するとも、思えないが……。
まあ、物は試しだ。受けてみればわかるさ。
それにしても、ササミってこんなにうまかったっけ?




