ザザの過去ついて(前半)
(天空都市群グングニル最北島内陸部北側:プラト山村キャンピングロッジ)
俺が再び返り咲くための戦いが、いよいよ本格的に始まった。
これから一ヶ月間、午前は人間の姿、午後は飛竜の姿でトレーニングをしていくことになる。
現在、一日目午前の部が終了したところだ。
トレーニングなんて久しぶりだったから、かなり答えてる。前途多難だ。
だが、根を上げている暇はない。
手始めとしてプロテストに再合格し、インペリアルリーガーに返り咲く。
そして、あの紅恋帝アウラを打倒する。これが、俺の二度目の夢だ。いや、夢じゃない。人生を賭ける目標だ。夢は届かないまま終わる。そんなんじゃだめだ。
俺は、現実にアウラを倒すのだ。新時代の皇帝に勝って、頂点まで駆け上がる。
そこからの景色を見る瞬間が、二度目の競技人生の悲願だ。
さて、キーロが昼飯を調理している間に、今回は俺の過去について説明しよう。
ついでに、一度目の俺の競技人生がどのようなものだったかも説明したい。
まずは、俺がインペリアルリーガーになるまでだ。
俺は、そこそこ裕福な一般家庭の一人っ子だった。
父親は航空技術家。母は、アニマ―ジュ学の大学講師。どちらかといえば、理系の家系だ。二人とも、空が大好きで、その仕事を選んだと聞いている。
両親がいたころの俺は、たぶん幸せだったと思う。
推測なのは、鮮明な記憶がないせいだ。
物心がつく前後に、両親は俺を残して事故死してしまった。
当時、父親は新型の小型飛行機を開発していた。
グングニルの島と島を行き来できる最小単位の乗り物を、務めていた会社の指示で、父は開発していたらしい。
それが完成直近になり、父は母とその小型機の試運転に出かけた。俺は乗っていなかった。小型機の定員は二名。もし三名だったら、俺はこの世にいない。
その小型機が、機体不良で墜落した。原因は分かっていない。
だが、世間では父の設計不備だといわれている。が、ブラックボックスも回収されず、遺体と機体は地上界に消えたという結論になった。
両親の葬式に、遺体すらない。俺は愕然とした。運命を呪ったし、周囲にきつく当たり散らした。
俺に残ったのは、後見人としての弁護士と、両親が残した遺産だけ。
両親双方に親戚はいなかったから、俺は五歳で孤独になった。甘えたい盛りの子供のころだ。
結構、辛かったのを覚えている。いい思いではほとんどなかった。学校では、いかさま技術者の子供だといわれたこともあった。無論、俺はそういう輩を許さなかった。
校内暴力に明け暮れ、結局俺は一度更生施設に送られた。
そこで、僅かな信頼できる大人と、遺産がある分周囲より恵まれている自分の境遇を、初めて知ることになる。
俺は、徐々に両親の死を受け入れ、なんとか社会で生きていくための道を探そうと子供心に決心した。
そして、俺が七歳のときの12月31日。その年の大晦日に、俺は天啓をえた。
その日は、久しぶりに後見人の弁護士が、俺を娯楽に連れだしてくれた。
見に行ったのは、チャンピオンズゲームの決勝戦。
紫呼帝モハドvs冥海帝クラウンのカードだった。
下馬評では、当時一位で全盛期だったモハドの方が優勢だった。それに、能力の相性もモハドに分がある。雷と水じゃ、どうあったって水のクラウンが不利だ。
だが、クラウンは強かった。水蒸気で華麗に幻影をつくりだして、モハドの圧倒的な紫電をかわし続け、鮮やかに一撃離脱で体力を奪っていった。
あのときの興奮、感動を、俺はよく覚えている。
二年間苛まれた両親の死という黒い霧が、嵐の後のように晴れた瞬間だった。
試合の間。俺は目の前の激戦だけに集中し、これまでの苦渋を忘れた。
両親の死も、周囲の罵倒も、冷たい世間も。全部忘れて、俺は目の前の天空闘竜に没頭した。
そして、華麗に闘うクラウンの美しい姿に心を支配された。
彼が勝利したとき、俺は二年ぶりに子供らしい歓声を上げた。
そして、泣いた。クラウンが、両親との区切りをつけてくれたことに、俺は感謝している。
あの日以来、俺は生涯を賭ける目標を見つけた。
天空闘竜だ。もっといえば、クラウンのような皇帝として、あの世界に君臨すること。
それだけが、俺の人生の至上命題となった。
翌日から、俺はとりつかれたように、アニマ―ガス試験に受かるための勉強に励み、グラディエーターになるための訓練をした。
周囲が気味悪がるほど、俺は日夜それだけのために生きていたようだ。
当時は、それだけしか見えなかった。クラウンという眩しすぎる光に、ほかは塗りつぶされていたのだ。
……それに、クラウンさえ見ていれば、俺は孤独という暗闇から目をそむけることができた。
これが正しい選択かどうかは分からない。
だが、俺はそうしないわけには、いかなかった。
焚火に飛びこむ羽虫のように、俺の幼い心はあの栄光を切望した。
それだけ、当時の俺は自己を誰かに承認してもらうことに、飢えていた。
よく考えれば、あの日が俺の扉が開いた、最初の瞬間だったのかもしれない。
どれだけ不幸な境遇だろうと。どれだけ絶望していようと。
あのチャンピオンズゲームの頂点にさえ立てば、コロッセウム全ての歓声と栄光を独り占めできる。
そう確信したからこそ、俺はあの日のクラウンに憧れたのだ。
俺は食う間も寝る間も惜しんで、アニマ―ガスになるために全てを費やした。
遺産、時間、青春。それらをかなぐり捨てて、俺は若い野望だけを胸にぎらつかせていた。
飢えた猛獣のようだった。当時を振り返って、そう思う。
皆が、牧歌的な青春や恋に一生懸命のとき、自分だけはただ小難しいアニマ―ジュの専門書を読みあさり、その理論に耐えうるだけの肉体を手に入れるため、黙々と体を鍛え抜いていた。
アニマ―ジュの専門書は、母の遺品だ。これのおかげで、折れそうになった気持が何度も救われた。
そうして俺は、飛竜型を引き当てるために、何度もアニマ―ジュの疑似変身を繰り返した。
だが、一筋縄ではいかない。
アニマ―ジュという天空術は、様々なマナ因子の配列・割合によって、術者の変身後の姿を決定する。
基本的には、変身後の姿は一度目で永久に固定されるのだが、高いトレーナー代を払ったり、成長期だったりすると、稀に変化することがある。
俺の最初の姿は、純白の鷹だった。翼長十メートルほど。バードタイプの上位種だ。
俺が両親の遺産で雇った講師は、これで充分だと俺を諭した。
だが、俺は納得しなかった。
飛竜型でないと意味がない。俺がなりたいのは、スーパーリーガーではないのだ。
インペリアルリーガー、それも頂点の皇帝にしか、俺は興味がなかった。
これ以上無理をすれば、命の危険もあると大反対されたが、俺は両親の遺産を全て賭け、もう一度だけ変身後の姿を引き直すことにした。
現状維持どころか、悪くなる可能性も大いにあった。だが、行動しなきゃ何も始まらない。
俺は覚悟を決めた。二度目の変身に、自分の人生を賭けた。
そして、近くにあった池の水面が移した俺の姿は、翼長27メートルの飛竜だった。しかも、翼は六枚。希少種中の希少種だ。
そのときのことを、俺は一生忘れないだろう。
十四歳と半年のときだ。変身後の獰猛で美麗な俺の姿に、講師は驚きで腰を抜かしていた。
俺の挑戦が無意味で馬鹿ものだと思っていたのだろう。
だが、天空闘竜の神は、俺にこの姿を与えた。
俺は、最初の賭けに勝ったのだ。
二度目の挑戦で、見事に飛竜型のアニマ―ガスとなった俺は、順当に試験にも合格し、天空都市公認のアニマ―ガス免許保持者となった。
当時から、俺の存在は世間にされた十四歳の若さで、六枚の翼を持った飛竜のアニマ―ガス。
メディアが取り上げるには、絶好のネタだったのかもしれない。
免許認定試験には、問題なく合格した。
唯一、アニマ―ガス管理法の学科試験だけは、すれすれだったが……。まあ、なんとかなった。
飛竜型を引くのに比べれば、法律を暗記するぐらい、なんでもない。……たぶん。
免許保持者となった当日中に、天空闘竜協会の選手リストに登録申請をし、翌日から学校もそこそこに試合に参加する日々を送った。
俺はアマチュアとセミプロでは敵なしだった。
連戦連勝。一度も負けたことがなかった。
メディアは俺を天才ともてはやし、将来を嘱望される超大型グラディエーターとして、俺のことを連日報道した。
順風満帆だった。飛竜型の希少種を引き当てたあとでは、大概の課題は小さなものに思えた。
最年少の十五歳で「ノーマルプロ」に昇格した俺は、自分の溢れる能力を絶対的に信頼し始めた。
そのこと自体に、問題はない。強いグラディエーターは、皆、自信家だ。
強いという自負があるからこそ、勝てるという見込みがあるからこそ、苦しい訓練や試合に打ち勝つことができる。
当時の俺もそうだった。
……だが。一つだけ。落とし穴があったのである。
それは、俺が自分以外を信用しなくなっていったことだ。
「アマチュア」と「セミプロ」で無敗だった俺は、メディアの評価をうのみにし、自分の能力を過信し、だんだんと天狗になっていったのだ。
そして、後に俺が氷息帝と呼ばれる原因をつくることになる。
――前半は、ここまでにしよう。
後半は、俺がインペリアルリーガーになるまでを、語るつもりだ。




