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プラト山村キャンピングロッジ

(天空都市群グングニル最北島内陸部北側:雪深い湖畔の山村 エアバス停留所)


 エアポートで買った青汁は激マズだった。


 体にはいいのだろうが、野菜のエグミが舌に突き刺さる。


 アウラの奴、覚えてろ。


 こんな飲料兵器を、俺に飲ませやがって。


 だが、あいつの忠告は気がかりだ。


 俺とキーロを狙う影?


 なんなんだろう。


 心当りは勿論ない。キーロにも聞いたが、俺と同じだった。


 不気味な予感がする。アウラは、いたずらでこういうことは言わない。


 推測段階で、憶測を述べるような奴でもない。


 何か確証か、それに近いものを得たからこそ、わざわざ俺に忠告しに来たのだ。


「ザザ。ザザ! 聞いてる? 着いたわよ」


 思案にふける俺を、キーロが横から小突く。


 エアバスの中には、俺とキーロだけだ。


 俺達の目的地は、プラト山村。


 雪山と湖の間に、ぽつりと存在する秘境村だ。


 人口は、約百人弱。主な産業は夏場の避暑地レジャーとワカサギ、それに木工細工。


 秘境すぎることと、厳しすぎる冬の気温から、十一月に観光客はほとんど訪れない。


 そんなところに、俺達の目指す「ウェンカムイ演習場」はあるらしい。


「わかった。降りよう」


 俺とキーロは荷物を持って、無人の清算所で料金を払い、エアバスを降りた。


 ちなみに、エアバスは自動運転だ。人間の運転手はいない。


 プラト山村に着いて、最初の景色は、やはり銀世界だった。


 どこを見渡しても、雪、雪、雪だ。


 この山村を囲む山々は、山頂から麓まで全身濃い雪化粧をしている。


 村の方も同じだ。雪が積もらないよう傾斜のきつい三角形の屋根になっているが、それでも建物に雪が積もっている。


 湖には、氷が張っていた。恐らく水面は全て凍っている。


 底まで凍っている訳ではないだろうが、凍った水面にも雪が積もっている。


 一見、湖と分からないくらいだ。広い空間を認識して、あれが湖だとようやく気がつく。


 それくらい、今は何もかもが冬眠している時期らしい。


 最北島は何処でも寒い。だが、ここは別格の寒さかもしれない。


 吐息が真っ白な水蒸気になって、視界を覆う。今にも空中でそれが凍り付きそうだ。


 歩いている道も、ほとんど人が通らないのか、積もったばかりの雪が足をとる。


 かなり、歩きづらい。除雪もしていないようだ。


「きゃ! 足が……」


 隣を歩いていたキーロが、深みにはまって雪まみれになる。


 キーロは身長が150センチ弱だから、かなりこの雪沼は鬼門だろう。


「おい、大丈夫か?」


「……もう! あちこち雪まみれよ。服の中にも入っちゃった。あーあ。お風呂入りたいなぁ」


 嘆くキーロ。


 俺は滑稽な彼女の姿を、意地の悪い眼つきで観察した。


「仕方ないだろ。この場所を選んだのは、誰だ? 麒麟児キーロ嬢ご自身です。自分が雪に塗れる可能性も勿論考慮なさって、ここを訓練の地に選んだのでしょう?」


 そう茶化しながら、俺はキーロの背中を払ってやる。


 キーロは、俺をじろりとにらんだ。いつもの表情だ。


「あなた、いつもそういう態度しかとれないわけ」


「まさか。感心してるのさ」


 俺は笑いをこらえながら、さも真剣そうな表情で応対する。


 無論、キーロをからかう意図で、そうしているのだ。


 俺の表情を、苦虫をかみつぶしたような顔で見た後、キーロは再び歩き出した。


「そう。よかったわね。早くいくわよ」


「ええ。参りましょう。雪まみれの天才キーロ嬢」


 言下、歩き出した俺の前に、キーロの足があった。


 普段ならひっかかる訳もない。が、雪の中にあっては分からない。見えないからな。


 見事にひっかかり、俺は前のめりに転倒した。


 雪のクッションに、顔からダイブする。


「あら、そんなに雪遊びがお好きなの? お子様ね、氷・息・帝・さ・ん」


 キーロが澄まして俺を置いていく。


 やってくれる。俺は全身、粉雪塗れだ。


 服の中にも入ってる。うわ、冷てぇ。


 許さん。許さんぞ、あの小娘。


 売られた喧嘩は買う主義だ。どうしてくれよう……。


 そう思って、復讐に燃えたが、キーロは先にキャンピングロッジに到着してしまった。


 やり返す機会はまた今度だ。


 俺達が一カ月借りる予定のキャンピングロッジは、「東洋亭」と同じ木造建築だった。


 ただ、大きさはこのロッジの方が二倍はありそうだ。外壁の木材は黒く変色している。たぶん、雪による湿気腐食を防ぐために、撥水剤が塗布されているんだろう。


 窓はすべて二重窓、屋根は傾斜のある三角形、バルコニーにもきちんと三角形の屋根があり、屋根の右側から暖炉の煙突が出ている。雪国の建築物だ。


 ロッジ前の広場には、夏場ならBBQが出来そうな広場がある。ちょっとした訓練ならここでできそうだ。


 だが、BBQは無理だろうな。この時期は凍える。それに、俺は制限中だ。肉は食えない。


 不機嫌なキーロの後に続いて、俺はロッジの中に入った。玄関の扉も分厚い。しかも、二重玄関だ。とことん、冷気が建物内に入らないよう設計されている。


 建物の中は真っ暗だと思っていた。だが、明りがつき、それに暖炉に火がついてる。


 誰かいるようだ。


 その誰かは、一階のラウンジで俺達を待っていた。


 見た感じ、このオーナーだな。人の良さそうな山男だ。三十代くらい。かなりでかい。身長190センチはありそうだ。自然に鍛えられた体躯だな。


「はじめまして。予約されていたキーロ・ククリュックさんとお連れの方ですね」


「はじめまして。キーロです。お世話になります。こちらは……」


 キーロが山男と挨拶した後、俺の挨拶を促す。


 暖房で充分に温まった部屋の熱気に、俺は思わずニット帽を脱ぎながら挨拶した。


「ザザだ。ザザ・ムーファランド。世話になる」


 握手を求めたのだが、山男は俺の顔をまじまじと見ている。


「……お連れの方が、まさか。本物なので?」


「本物って、どういうことだ? 俺の名前はザザだが」


「ということは、本物! すごい! こんな田舎に、あのスターが! 本物のインペリアルリーガーだ!」


 山男は強い力で、俺の手をとり、ぶんぶんと振った。


 感動している?


「あー、うん。どうも。だが、一度引退した身だ。それに、今回の滞在は、極力、内密にしてほしい」


「そうですか、氷息帝様! いやあ、感動です。現役時代のあなたは、まさしく一番のグラディエーターだった。私は、アウラ派ではなくザザ派でね。私の息子の憧れだったんです、あなたが」


 久方ぶりの反応で戸惑ったが、どうやらこの大男は現役時代の俺のファンだったらしい。


 しかも、筋金入りだ。アウラ派ではなくザザ派とは。貴重な少数派である。うれしいね。


「ああ、うん。ありがとう。俺も、あなたに会えてうれしい」


「光栄です。あなたが引退したときは、酷く息子と悲嘆にくれたものですよ。ですが、運命とは分からないものですな。あなたと巡り合うとは」


 俺の目がしらは熱くなった。ここ三カ月、こんなに大物扱いされたことはない。


 怪我をしてから、どいつもこいつもくるりと手の平返して、冷遇に次ぐ冷遇だった。


 ロッジの主人の言葉は、暖炉の火よりも俺を温める力を持ってる。


 今まで田舎だという感想しかなかったが、俄然この地での鍛錬にやる気が出てきた。


 俺は乗せられると調子がでやすい。サポーターの言葉なら尚更だ。


 俺は、山男の手を強く握り返した。


「俺もうれしい。今回の滞在は、内密にしたい。つらいとおもうが、周囲には黙っててくれないか?」


「そうですか。分かりました。私の胸に止めましょう。このロッジはいいところですよ。存分に、骨を休めていってください」

 

 口封じを願い出たとき、山男は残念そうだったが、快諾してくれた。


 いい巡り合わせだ。借りたロッジのオーナーが、俺の大ファンとは。滑り出しは上々である。


「ありがとう。世話になる。えーと名前は……」


「ザンジです。氷息帝ザザ」


「そうか。ザンジ。俺の経験なるサポーターよ、どうもありがとう。あなたに感謝します」


「いえ。こちらこそ。願ったりかなったりで」

 

 俺とザンジは、もう一度固く握手を交わした。


 それから、ザンジは興奮冷めやらぬ様子で、感激しながらロッジを案内してくれた。


 一階は、ラウンジとキッチン、浴槽、トイレ。あと暖炉もある。


 二階は、俺の個室とキーロの個室、それに広いベランダ。それ以外に談話室。あと、暖炉もある。


 室内トレーニングをするなら、暖炉のあるラウンジがよさそうだ。あそこが一番広々しているし、トレーニング器具も起きやすい。


 何度も握手を求めてから、オーナーのザンジは去っていった。


 彼の説明は丁寧で、人当たりもいい。かなり信頼できそうな人物だ。


 彼が去った後、俺は上機嫌になって、先に届いた荷物の荷解きを始めた。


 あのとき、資源再利用施設でキーロが俺に放った言葉は、間違いじゃなかった。


 俺には、待ってくれているサポーターがいる。俺の復帰を待ってくれている人達がいる。


 たとえそれが少数でも、俺には関係ない。


 その人達のためにも、俺は可能性を最後まで追求するだけだ。


「上機嫌ね、氷息帝ザザ選手?」


 キーロが、そんな俺に話しかけてくる。


「見たか、小娘。あれが、本来の俺の力さ。ザンジの感激っぷりを見たろ?」


「そうね。確かに、あの人は、とってもいい人だわ。でも、彼を失望させるのも、再び感動させられるのも、今後のあなたにかかっているのよ。そのこと、忘れないでよね」


 キーロはいつも冷静だ。どちらかというと、一歩引いて現状を分析するタイプ。


 可愛くないといえばかわいくないが、この落ち着きが、俺の怪我を治すためには、必要なのかもしれない。


「……ふん。わかってる。俄然やる気が出たぜ。地獄でも冥界でも、付いていってやるよ。後にも先にも一番つらい? 望むところだ。今の俺は最強だ。なんでもできる」


 言いすぎたかもしれないが、困難を前に勇気づけは大切だ。辛い時、この感情を思い出して、耐え抜くために。


「その言葉、忘れないでよね。竜頭蛇尾で終わらせないためにも。じゃ、私、お風呂入ってくるから」


「おい待て。訓練はどうした?」


「今日はもう遅いわ。すぐ上がるから、あなたもお湯にゆっくりつかって寝なさい。温泉がでるって、さっきのオーナーさんが言ってたわ。湯治にもいいそうよ。それじゃ」


 そういって、キーロは浴室にいってしまった。


 訓練は明日からか。


 待ちきれないな。


 手早く荷解きを終わらせて、俺も明日に備えよう。


 幸い、俺の荷物は多くない。


 キーロの荷物も同様だ。本は山ほどあるが。


 明日から、本格的に俺のリハビリが始まる。


 あれ? でも、待てよ。



 ――肝心の競技場、どこにあったんだ?


 


 


 


 




 

 


 

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