紅恋帝アウラの忠告
(天空都市群グングニル最北島:南沿岸地区 エアーポート一番ターミナル)
スカイ・リニアが目的地に到着した。
俺達の新天地、雪と氷の最北島に。
中央島より寒いターミナルに、俺とキーロは降り立つ。
最北島の平均気温は、中央島より十度は低い。
十一月の中央島の平均気温は十度前後だから、この時期の最北島の平均気温は零度以下。
防寒対策は必須だ。
俺は寒冷地に耐性のあるアニマ―ガスだからまだいいが、普通の少女であるキーロに、この寒さは応えるだろう。
現に、彼女はニットとマフラー、手袋、耳あてという完全防寒である。
もこもこ過ぎて、羊が二足歩行しているようだ。
ちょっと笑えてくる。
ちなみに、俺の恰好はほとんど変わらない。
変装用に黒いニット帽を被ったくらいだ。
変身後の姿が寒冷地にすむ(と推測される)ブリザード・ワイバーンだから、寒さに耐性があるのかもしれない。
ただ、このプラットホームの雪と氷片まじりの強風は刺激的すぎる。
固まった皮膚にガラス片のような氷片が刺さるようだ。
早いとこ移動して、温かい室内に避難しよう。キーロが倒れないか心配だし。
「なに、これ! こんなにすごいの?」
雪交じりの嵐でほとんど視界が白く染められている。
「だからいったろ! 半端じゃないって!」
「ここまで、とは、思わなかったの!」
「口より、足を、動かせ!」
「そう、ね!」
風で会話が途切れ途切れになる状況だった。
そんな苦しい行軍を五分ほど続け、俺達はエアポートの建物の中に避難した。
建物中は、スカイ・リニアと同じくらい快適だ。
俺とキーロは髪の毛や服に付着した雪を落としながら一息ついた。落とした雪で軽めの雪合戦ができそうである。
「ふう。なんとかなったな」
キーロは白い頬をさすりながら、二の腕の外側をさすっている。
かなり、厳しい最北島の洗礼にあってしまったようだ。
「ザザ。私、温かい飲み物が欲しいわ。買ってきて」
と、キーロ。
だが、俺は素直に従う気など、勿論ない。
「おいおい。俺はお前のトレーナーか? 逆だよ、キーロ。お前が俺のトレーナーなんだぜ? それに、俺に甘いココアなんか、呑ませてくれないんだろう?」
「ココアなんてダメよ。お湯ならいいわ。私はロイヤルミルクティー」
「そらきた。やだね」
「そう。いやらしい袋とじを見たがってたザザ選手。いやだっていうのね? いやらしい袋とじ――」
「わかった。わかった。だから、袋とじは忘れろよ」
今回も、またしてもキーロに敗北した。もう何連敗目だ?
分からないくらいにあいつの権謀術数に嵌っているな。
いつか、ぎゃふんと言わせてやろう。
本当に可愛げのない女だ。
自動販売機コーナーは、フロアの奥まった場所にあった。休憩スペースになっていて、ベンチが並べてある。
ええと、ミルクティーだったな。冷たい方はないのか。くそ、ないみたいだ。仕方がない。
ボタンを押す。機械の動く音がして、温かいミルクティーが落ちてきた。
あとは、お湯か……。あれ、ないや。まいったな。どうすればいい?
お金を入れたまま、俺は逡巡した。いっそ、別の自販機を探しにいこうか……。
そのときだった。
後ろから伸びてきた人差し指が、「ほっと青汁EX」というグロテスクな飲み物のボタンを押した。
呆気にとられているうちに、青汁の缶が落ちる音がした。
キーロの仕業か?
一瞬そう思った。
だが、違う。キーロの気配ではない。
感じるのは、アニマ―ガス特有の雰囲気だ。
アニマ―ガスは、お互いの存在を獲得した野性の勘によって認識し合う。その感知する力は正確で、特に至近距離ならば、そいつの種類だって判別できる。
背後にいるのは、ワイバーンタイプの奴だ。それも、飛びきり強い。
これだけ強い波長。そうそう多くはいない。
しかも、馴染みがあるシグナルだ。たぶん、知り合いだな。
「こんなところで何してる?」
ためしに話しかけてみる。
「飲まないのかい? 栄養たっぷりだよ。怪我をした君には丁度いい」
爽やかな声が返事をする。決まりだ。
こいつは――。
「――アウラ。こんなところで何してる?」
振り返ると、真紅のトーガを身につけた、紅恋帝の姿があった。
「君に用があってね。ここで待っていたんだよ」
にこやかに、インペリアルリーグで最強の男が応える。
やっぱり、こいつは別格だ。
本当に強い奴は、威嚇や挑発に頼らない。
ただ、にこやかに存在しているだけで、あいてに自分が強者であることを宣言できる。
トーガと同じ真紅の髪と目。顔立ちはモデルのように整っている。天空都市中の若い女性が恋する訳だ。それ故、つけられたあだ名は紅恋帝。
太陽のように対戦相手も女性の心も焦がす。完全無欠のグラディエーター。
天空都市新世代の旗手、ランク一位の紅恋帝アウラ・ニーチェドルヴェ。
俺以上の覇気とスター性。本当に嫌みな奴だ。しかも、性格もいいし。
「なんだよ、次世代の旗手が、引退した俺のところに何の用だ? 現役時代の決着でも、つけにきたのかよ」
「今の君なら、十秒で倒せる。そんなこと、僕は望んでないんだ。別の要件だよ」
俺とアウラは、現役時代に二戦とも引き分けで終わり、お互いを唯一負かせなかった間柄だ。
こいつの変身姿であるクリムゾン・ワイバーンを、いつか地面にたたきつけるのが、現役時代の二番目の悲願だった。(※勿論、一番は全盛期のクラウンと闘うことだ)
それにしても、十秒? 舐められたもんだ。
だが、そこは聞き流して、何の要件か、聞こう。
癪だが、怪我をした状態でアウラに勝てるとは思わない。
それくらい、こいつは七帝の中でも別格だ。
「で、何の用だ。見ての通り、急いでる」
美しい微笑を湛えながら、紅恋帝アウラは答える。
「いやあ。たいした用じゃないんだよ、実は。天空闘竜競技協会が、ある調査に乗り出してね」
「調査? なんだよ。ドーピングでもした大馬鹿がいたのか」
「違うさ。十一月一日夕刻に、中央島の資源再利用施設で、大規模な破壊行為があってね。その被疑者リストに、君が乗っていたものだから」
あ、やばい。俺は自らの危機を悟った。
被疑者どころか、アウラの言う事件の犯人は俺である。あとキーロ。
平静を装って、俺はしらをきった。
「なんだ、それ? つまらないことをする奴もいたもんだな。でも、本当にそんなことあったのか? 初めて聞いたぜ」
アウラはにこやかな笑顔のままだ。やばい。絶対ばれてる。
「そうだよねえ、ザザ。君があのブリザード・ブレスをあんなつまらないことに使うとは、僕も信じたくない。でもね。どう考えても君しかいないんだ。君以外に、誰が施設全体を氷のオブジェにできるんだい?」
どうしよう。アウラは正義感の強い奴だ。
しらばっくれた後にばれたら、かなり怒るかもしれない。
逡巡する俺に、アウラがそっと耳打ちした。
「今、名乗り出れば。協会はお咎めなしだっていってるよ、ザザ。僕も尽力しよう」
その言葉で、俺の心は折れた。
「すまなかった。俺がやったんだ」
「さっきの嘘だよ、ザザ。ペナルティーだ。罰金十万ミスリル」
「おい、ふざけんな!」
手の平を返したアウラに、俺は食ってかかる。
アウラは上品にひとしきり笑った後、肩をすくめる。
「ペナルティーは冗談だよ。あの件については、被害届も出てない。氷が解ければ元通りだからね」
つまり、こいつは俺を弄んだわけか。許すまじ、この優男を。
「おい、覚えてろ。怪我をできるだけ早く治して、お前をコロッセウムの床にたたきつけてやる。絶対だ!」
「その様子だと、返ってくる気になったんだね。いい傾向だよ。君がいないインペリアルリーグは、刺激に欠ける。紫呼帝くらいしか、歯ごたえのいる相手がいないからね」
「今のうちに、勝ち誇ってろ。新しい恋人の前で、こてんぱんにしてやる。覚悟しとけ」
「フェリェのことかい? なら、負けられないな。彼女の中に君はもういないけど、君が再び芽生える可能性はある。それは、絶対にさせないよ」
フェリェの話題になると、紅恋帝の放つオーラが変貌した。
現役時代、試合の前に向けられていたあの殺気だ。凄まじい覇気である。
首筋から、一筋の汗が流れる。さっきまで、凍えていたのに。
だが、それが寧ろ俺の闘争本能を刺激した。
アウラの情熱に燃える瞳を、真っ直ぐに見つめる。
「ふん。いまさらフェリェとよりを戻す気なんて、ない。美男美女同士、仲良くしてればいい。俺は、ただお前に勝ちたいだけだ。純粋に、グラディエーターとしてお前を倒し、名声を手に入れる。それが望みなだけだ。せいぜい、それまで無敗を守ってろ」
俺は、アウラに背を向けて休憩スペースから立ち去った。
「ザザ。待つんだ」
背後からアウラに呼び止められる。
「なんだよ? まさか本当に試合でも……」
「そうじゃない。もう一つ要件があったのさ」
「もう一つ?」
「そうだ。気をつけろ、ザザ。君には見えない敵がいるぞ」
「なんだよ、それ? マスコミのことか?」
「マスコミでも、協会でも、ファンでも、七帝でもない。ただ、巨大な存在が、君と連れの彼女を狙っている。注意するんだ」
「わけがわからないな。なんでそんなこと……」
「ランク一位だと、入ってくる情報が多くてね。実体は掴めないが、不穏な気配が渦巻いてる。くれぐれも注意するんだ。忠告したよ」
俺は、立ち止まってアウラの視線を受け止める。
嘘を言っている訳ではなさそうだ。
「……分かったぜ、アウラ」
短く返答し、俺はその場を去った。
アウラは、これ以上接触してこなかった。
だが、彼は疑問を残していった。
――気をつけろ? 何に??
思い当たる節が無い。ただの狂言なのか? いや、アウラに限って、そんなことはありえない。
悩みながら考えているうちに、俺は二つの缶を持って、キーロのところに帰ってきた。
「遅い! 何してたの!?」
待ちくたびれたのか、キーロはぷりぷりしている。
「会ったんだよ。アウラに」
「アウラ? あの紅恋帝がいたの?」
「そうだ。だが、もういないだろう。自分で飛んで帰れるからな、あいつなら」
「……ふーん。残念だわ。ね、何話したの?」
「気をつけろってさ」
「……何に?」
「俺も、分からない。詳しい話は、内陸部へ移動するエアバスのなかでしよう。もうじき、俺達の便が出る時間だ」
「あ! 本当、急がなきゃ!」
俺とキーロは小走りで、エアポートを後にした。
それにしても、気をつけろ? 見えない敵? 不穏な気配?
なんなんだろう。
ぎりぎり乗車できたエアバスの中から、俺は吹雪く最北島の空を眺めた。
しかし、外の世界は白く塗りつぶされ、何も見えなかった。




