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天空闘竜について

(天空都市群グングニル・中央島南西地区内陸部裏路地通り:簡素なアパートの201号室内)


 ひとしきり悔し涙を流した後、苦学生はそのまま眠ってしまった。


 目の腫れた寝顔を眺めて、俺は決意を新たにする。


 決めたのだ。俺は、キーロに推薦状を書く。そうすれば、彼女はGUAに入学できる。


 推薦状を書く資格があるのは、アニマ―ガスでいうとインペリアルリーガーからだ。


 それも、現役の七帝(インペリアルリーガーはランク七位までの七人だから、彼らのことをこう呼ぶ)だけだ。元七帝じゃ、意味がない。


 どうにかして、現役に復帰しなければ。そして、もといた七帝という地位に返り咲く必要がある。


 天空闘竜で、俺は再び頂点を目指すのだ。




 ――――さて、今回はそういうことで、天空闘竜について、詳細な説明をしようと思う。




 今まで、断片的な情報は提示してきたが、まとまった情報は伝えてこなかった気がする。


 この機会に、天空闘竜について見識を深めてもらおう。


 まず、ルールのおさらいだ。大まかには四つ。


 ①一体一でアニマ―ガス同士が決闘する


 ②相手を競技場の床及び場外の床に追突させれば勝利


 ③装着して良い鎧は体表の20%まで


 ④競技者以外の決闘への参加は禁止


 他にも細かいルールはあるが、だいたいこれが『天空闘竜』ルールの全てである。


 分かりやすくいってしまえば、コロッセウムで行われる空中の決闘だ。古代ローマで、剣闘士を同士が一対一で戦う見世物を知っているだろう? あれのアニマ―ガス版だと思ってくれればいい。


 天空闘竜の競技者は、天空都市のグラディエーターなのだ。無論、古代ローマみたいに、負けたからって処刑はされないし、奴隷が闘う訳でもない。誇りある市民同士が、アニマ―ジュの技術を競う勝負なのだ。



 また、天空闘竜は天空都市で最も人気の競技だ。


 週末に行われる空の決闘を観戦しようと、天空人たちは足繁くコロッセウムに通う。熱狂的なファンなんかは、ほぼ毎週、試合をする競技者のランクに関係なく観戦しに行く。


 平日にも試合はあるが、週末には大物同士の対戦が組まれる。だから、皆週末のコロッセウムの観戦チケットを欲しがるのだ。


 勿論、最高峰プレーヤーたる七帝達の試合は、最も人の集まる土日に組まれる。


 観客動員数は、大晦日にあるチャンピオンズゲームの決勝で、七万人ほど。


 そこまで行かなくても、七帝同士の好カードならば、五万人以上は集まるだろう。


 天空都市群グングニルの総人口は、約百万人だから、比率にすれば地上界のスポーツよりもメジャーかもしれない。


 さて、そんな人気の天空闘竜。人気に比例して、競技者数も多い。


 アニマ―ガスの半分以上は、競技者だといってもいい。(※正確には、アニマ―ガスの約60%だ)


 その数およそ六万人。全人口の六パーセントが、天空闘竜の競技者なのだ。競技者数が多いことは、プレーヤー同士の競争が激しいことを意味する。そういった土壌に支えられて、天空闘竜は何人もの名グラディエーターを生みだしてきた。(※無論、競技者全員が専業ではない。専業で食べていけるのは、ノーマルプロの中位くらいからだ。中には、平日サラリーマン、休日アマチュア選手という人も多い)


 天空闘竜創成期に圧倒的な強さを誇った、故・黄金帝ゴールディング。


 つい最近まで現役だった黄金帝以来の逸材、元・冥海帝クラウン。


 現インペリアルリーグの覇者である新時代の旗手、紅恋帝アウラ。



 ここら辺の選手は、歴代でも最強と言われている。俺のお気に入りの選手は、なんといっても元冥海帝クラウンだ。


 七歳のとき、彼の試合を見に行ったのがきっかけで、俺はプロのグラディエーター(※天空闘竜のプロ選手のことをこう呼ぶ)を目指した。当時のチャンピオンズゲーム決勝戦で、当時ランク二位だったクラウンが、格上一位の相手に鮮やかな勝利を収めたとき、俺は彼と、この競技に惹かれた。


 以来、事故死した両親が残してくれた遺産を全てつぎ込み、アニマ―ガス試験に合格して、アマチュア・セミプロの大会で優勝し、最年少タイで俺はプロになった。十五歳の時だ。


 そこから、プレミアプロ、そしてインペリアルリーグと昇格し、十七歳になった今年の一月、俺はまたまた最年少タイ記録で、七帝の一人になった。


 

 最年少記録は、二つともタイ記録だ。もう一人の保持者は、勿論、俺の尊敬する冥海帝クラウンである。尊敬し憧れる彼と並べたなんて、なんて光栄なんだろう。彼と同格なんて、俺なんかにはもったいない。



 俺が最年少で昇格し続けたのには訳がある。全盛期のクラウンと闘いたかったのだ。彼は俺より十五も年上。インペリアルリーグの平均引退年齢は40歳だが、俺は衰える前の一番強いクラウンと試合をしてみたかったのである。



 ……だが、残念なことに。俺とクラウンがインペリアルリーグで対決することはなかった。



 俺がインペリアルリーグへ昇格を決めた数日後、クラウンは引退してしまったのだ。


 彼にはもう一つの顔があった。天空獣医学者としての顔である。引退する前の年のチャンピオンズリーグで優勝したことを最後に引退し、天空獣医師会で会長職の座に付き、そちらの業務に専念することにしたのだ。文武両道のクラウンらしい理由だが、俺はひどく落胆した。


 憧れだったクラウンと、対戦できない。夢が一つ散ったほろ苦い思い出だ。


 まあ、俺が七帝を目指した理由は、以上のようなものだ。


 クラウンなき後のインペリアルリーグは、三頭政治と呼ばれる状態になった。


 七帝の中でも特に抜きん出た実力を持つ、上位三位までのグラディエーター三人が、インペリアルリーグの覇権を賭け、無人となった玉座を巡り、熾烈な競争を繰り広げたのである。


 その三人とは、ランク一位の紅恋帝アウラ、ランク三位の紫呼帝モハド、そして当時ランク二位だった氷息帝ザザ。つまり、俺だ。


 この三者が新たな支配者となるべく覇権争い(というか試合での激闘)を繰り広げたのだが、三か月前の俺の大怪我と引退で情勢が変わってしまい、結局、紅恋帝が紫呼帝を抑えてトップになった。



 つまり、現状インペリアルリーグは紅恋帝アウラの時代である。まあ、あいつ強かったしな。現役の選手であいつを負かせるのは、きっと俺くらいのものだ。その証拠に、俺は奴と二度試合したことがあるが、どちらの試合でも負けなかった。……勝ちもしなかったが。(※どちらの試合も、丸二日試合をしても勝敗が決まらなかったので、規定で引き分けになったのだ)



 まあ、インペリアルリーグの現状については、これくらいでいいだろう。



 インペリアルリーグ以外にも、天空闘竜には四つのリーグがある。




 下位リーグから、「アマチュア」、「セミプロ」、「ノーマルプロ」、「プレミアプロ」。




 この五つのリーグの中で、「ノーマルプロ」以上のリーグに属すればプロ選手。「プレミアプロリーグ」に属すれば有望選手(※彼らをスーパーリーガーという)だ。


 特に、「プレミアプロ」のスーパーリーガーの中には、現七帝を脅かすような存在もいたと記憶している。


 たしか、俺の引退に伴って、そいつが新しい七帝に迎え入れられたんじゃなかったっけ?


 名前は忘れたけど、有力な選手だ。でも、そいつと俺は性格的な相性が悪かった気がする。悪かったとかそういうレベルじゃない。最悪といっても良かったかもしれない。俺に、恨みさえ抱いていたような……。


 まあ、個人的な話はともかく。以上が、天空闘竜についてだ。



 この天空都市隋一の人気競技を利用して、俺は再び富・名声・地位を手に入れるのだ。


 そのためには、引退した原因である「第一右翼支柱筋剥離」を、なんとか治さなくてはならない。


 怪我を治せるかどうかは、すぐそこで寝入ってる天才苦学生キーロが頼みの綱だ。俺はそこまで楽観論者じゃない。大学にも入っていない人間が、俺の怪我を治せると、手放しで信じている訳じゃない。


 だが、キーロは恐らく本物の化け物だ。化け物というと失礼だが、麒麟児って奴だ。可能性を信じてみよう。


 ――――だが、ここで俺はこまったことに気づいた。



 ――――そういえば俺、今日の宿、ないんだったな。



 泊めてもらう? 馬鹿言え。恋人でもない女性の部屋だぞ。厚かましいにもほどがある。それに翌朝、疑いの目をキーロから向けられるのもご免だしな。せっかくある程度の信頼関係を構築したのに、それを壊すのは良くないだろう。


 じゃあ、どうしようか。適当な宿を探すしかあるまい。


 いや、ちょっと待て。部屋主、寝てるんだったな。内側からカギかけられないじゃん。


 女の一人暮らしを放っておくのも、防犯上よくないな。


 くそ! どうすればいい?


 色々考えたが、こうするしかなさそうだ。


 キーロの部屋、そこの押し入れから、予備の薄っぺらい毛布をとりだす。


 そして、部屋の外に出る。ドアの前で、毛布にくるまる。


 勿論寒い。しかも風が強い。凍えそうだ。


 俺は寒冷地に生息するワイバーンのアニマ―ガスだから、変身前の状態でも、そこそこ寒さに耐性がある。この特性を信じて、夜を明かすしかあるまい。


 ああ、やっぱりササミだけじゃ、越冬はきついなあ。ワインがあればあったまるのに。


 隣の東洋亭も、すでに明りが消えていた。深夜は営業してないのだろう。



 ――――とりあえず、凍死しませんように。訃報記事になるのはまだ、いやだな。


 ――――あしたは、キーロに隠れて一切れでもいいから食べたいな。和牛。


 

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