呆気ないエピローグ
拓也は高速移動用の支援魔法を使用すると、男に向かって一直線に走る。
「愚かな!」
男は光の双剣で防ぐが、すると拓也や槍を交えたまま呟いた。
「検索」
三又槍は一撃目の光剣を絡めとり、そして二撃目の光剣を柄の部分で防いだ。やはり、威力が低くなっている。
「項目【エーテル】」
すると、拓也の頭の中に次々とエーテルについての情報が入ってきた。さらに、拓也の着ている服が光り輝きその姿を変える。
その後に現れた服装は、歴史に出てくる過去の外国の大学生か、あるいは研究者のようなものだった。
それが表すものは『知』。拓也の頭の中に、大量の情報が流れ込んだ。
彼は繰り出される光剣を見据えて叫ぶ。
「“水の精よ。雲となりてその光を隠せ”!」
雲が発生し、その光剣にまとわりついた。すると、その雲が次第に大きくなっていく。
「何だ!?」
「簡単なことですよ。空から降り注ぐ光を広範囲で遮ることができるのは、雲くらいなものです」
そう、雲は空から降り注ぐ太陽光からもたらされる熱によって生み出され、そして増殖・巨大化する。
拓也が放ったのは、この世界には今までになかった対エーテル用魔法。それから生み出された雲は、エーテルの光を吸い込んで増殖する。
「亜衣さん!」
「了解!」
その次には、拓也の声に応じた亜衣が、炎を放つ。
「その程度で!」
男は雲が纏ったままその剣を振るうが、突如として現れた煙の塊によってその剣は軌道を曲げられた。男は初めて後退を余儀なくされる。
よく見れば、今の亜衣はイフリートを召喚していない。
今の亜衣はその代わりに、炎と砂を体に纏っている。
紅い輝きを持つ炎と、熱せられたことによってオレンジ色に輝く砂を纏っている亜衣は、まるで鮮やかな衣装を身にまとった踊り子のようであった。
亜衣がやったことは、以前、ミノタウロス討伐の時にもやったことと大差ない。それをより具体的な形として昇華させただけだ。
彼らは、自分の最も得意とする分野をこの世界で使えるように『投影』した。
知識と踊り。
本とダンス。
亜衣がステップを踏んで男に近づいて行く。そして、その棍の先から出てくる炎を敵にぶつけた。
よく見れば、亜衣の服装もすでに変化している。今までの軽装の物から、鮮やかな踊り子の衣装へと。
「「投影する」」
「エーテルについての情報を完全に取得。対エーテル魔法の構築を完了! 行くよ!」
「このまま私たちのリズムで最後まで踊ってもらうから!」
二人は自分たちの勝利を宣告する。
「“空よ。無数の矢となりて敵を貫け”!」
男の周囲から光の矢が発生し、拓也たちの下へ飛んでくる。しかし、それは威力が弱い魔法だ。
だが、その矢は二人に当たるのではなく、その手前の地面を崩した。
(時間稼ぎっ……!)
はあっ、と男が深く息を吸って吐く音が聞こえた。
「“空よ。わが手に聖なる剣を”!」
先ほどまでとは比べ物にならない、強烈な光を持った剣が発生する。恐らく、今までよりも魔力を多く消費してつくったのであろう。
だが、拓也の手にある槍はそれでも拮抗を続ける。
男がその剣に大量の魔力を収束させるのと同時に、拓也が生み出した雲がその光を吸収して増殖する。拓也はその雲さえも操り敵の視界を塞いだ。
だが男も地面に剣を叩き付けて爆風でその雲を吹き飛ばし、亜衣から放たれる炎や拓也の槍を弾き、返す刀で自らの敵を切り裂こうとする。
もはや周囲にいるミリタリスは手を出してこなかった。テッラやセベリアでさえも近づこうとはしなかった。
彼らの使う魔法の色が濃すぎる――つまり、魔力が濃すぎるのだ。あまりにも濃縮された魔力による魔法であるために、一撃でも喰らえば四肢が吹き飛ばされる戦い。通常の人間ならば、とっくにガス欠になっていなければおかしい。
それでも二人が男と戦い続けることができるのは、『オリジナル』という特異な存在であるためか。それとも、戦うことに特別な思いを抱いて『投影』されているからか。
(だとすると、この力は今回限りかもしれない)
拓也はなぜか、小説の主人公のように自分が特別な力を得たとは思わなかった。
むしろ、今まで色々な人に支えてきてもらった結果がこの力だと思った方がしっくりときた。
(それでもいい。この戦いが終わって、この国の人々も、亜衣さんの家庭も守れるというなら、今回だけは勝ってみせる!)
さらに大量の雲を生み出した拓也はその光を徹底的に遮る。さらに、それに加えて魔法を詠唱した。
「“水の精よ。風と共にその怒りで敵を貫け”!」
その直後、雲から雷撃が走った。その雷撃は男を貫く。
痺れたのか、硬直する男に亜衣が迫った。煙を纏わせた棍で相手の体を殴りつける。
しかし、それでも男は倒れなかった。
「“空よ。わが手に聖なる剣を”!」
叫び声が響く。光の剣はより一層強力な輝きを放つ。しかし、雲がそれにまとわりつき、そして亜衣が煙の巨人を伴って迫る。
「“水の精よ。海神の銛の爪痕をたどり、風と共にその地を切り開き河と成せ”!」
相手の立っている地面を抉り、その体勢を崩す。その背後から、イフリートの拳が振るわれる。
光剣で拮抗する男には、もはや余裕はなかった。
それが分かった拓也は相手に向かって突進する。正真正銘、最後の一撃だ。
「“生けとし生けるもの全てを育む、春の象徴よ。我、神をも殺すその枝を欲す”……!」
水が渦巻き、そして地面から一本の木が生えてきた。
ミストルテイン。
北欧神話において光の神バルドルを殺した、神殺しの一撃を放つ枝。
「“貫け”!」
その木から伸びた一本の枝が、敵の体を貫いた。
戦いが終わると、男の周囲を討伐隊全員が取り囲んだ。男には、強力な拘束魔法がかけられている。さらに力を奪うため、魔法を使おうとすると魔力を奪ってしまう特別な道具も付けられていた。
命を取れ、という声も多かったが、希少なエーテル使いである以上生け捕りにできるのであれば生け捕りにした方が良いそうだ。
「で、結局、ミノタウロスを誘導したのも、自分で都市の富を独占するため、か」
「何だか、あの人が持っていた力に比べてやっていることが小さいんだけど……」
二人はそんな感想をもたらした。
「だからこそ、かもしれないな」
リベラムはそんなことを言う。
「あれは天性の物だ。とすると、誰かに使い方を教えてもらったわけでも、努力して獲得したものでもないのだから、自分勝手のために使おうとする気持ちはより大きくなるのだろう」
そんな訳で、ミノタウロス討伐は終了した。
しかし、彼らには最後にやるべきことが残っている。
『投影世界』ではその後、拓也と亜衣に国王から勲章を授与されることが決定されたが、彼らにとってはそれよりも大事なことがあった。
そもそもの問題の解決。
あの男との決着を、この日の夜に済ませるつもりだった。
「また会いましたね」
午後六時ごろ……まだ少しだけ西の空に赤みが残っている中、亜衣の住んでいるアパートの近くで待ち伏せをしていた彼らは歩いてきた男の前に立つ。
すでに、事前準備は済んでいた。後は実行するだけだ。
「……ガキが。何の用だ」
「いい加減、藤沢さん一家から手を引いてもらえないかと思いまして。根元弘さん」
根元。それが男の名前であった。
「うるせえな。お前には関係ねえだろ」
「……友人を助けるのは当然のことだと思いますけれど。それとも、彼らが迷惑を被っていることも分からないのですか? 随分と姑息な手も使ったくせに」
拓也は自信満々に言い放つ。
「ですが、それも今日で終わりです」
何? とその言葉に男が眉を潜めた。
「こういうことです」
その時、彼の背後から光が向かってきた。その眩しさに、根元は思わず目をつぶる。
その光源であるパトカーから、二人の警察官がやってきた。
「根元弘。あなたを傷害罪の容疑で逮捕する!」
「なっ……!?」
彼は驚いて抵抗しようとするが、すぐにそのまま捕まって連れて行かれた。
実際の所、彼は傷害などするつもりはなかったのだろう。しかし、実行したという事実に比べれば、その気があったかどうかなど些細なことだ。
今日の朝一番、まだ根元が起きていない時間に拓也は亜衣の家に向かっていた。亜衣は夜の間に、その周囲に度数の非常に高いアルコールを温めたものを入れておいたのだ。
その結果、彼は起きてから少しの酒で簡単に酩酊してしまった。そして拓也が口喧嘩を吹っ掛け、そして彼が脅しで振り回した酒ビンにわざと当たった。
もちろん内側に綿を入れるなどして細工した帽子をかぶっていたために、ケガはしていない。しかし、ビンで拓也を殴ったという事実だけは残った。
詐欺にも近い形になってしまったが、これは仕方のないことだ。と拓也たちは割り切った。それよりも、これからの夜のことに思いを馳せた。
今日は登校したら、どのような世界になっているだろうか。
結局、この現実を変えていくのは自分たちの行動、その結果の投影だ。
そのことを知った彼らは、新たな日常に向かって踏み出した。




