英雄との共闘
※本日二話目
ゼウスVSハヤテ&ヘラが上空で繰り広げられている中、余計な手出しをすると決めた俺は、左手を前に出して集中するために目を閉じた。
――思い描くのはゼウスの剣。
俺なら先程のヘラの腕を焼くほどの威力を持った雷を創造できる。
なにせたった今見たばかりだ。鮮明なイメージが浮かんだ。
だがゼウスを傷つけるためにはもっと威力が必要だ。さっきの雷を激化させた上で、範囲を狭めて凝縮させよう。
それを、一本だけ思い描く。
残るはレプリカだ。見た目こそ同じだが、一切の威力を持たない模造品。剣に込められた魔力でバレるだろうが、それでいい。レプリカは置物だ。欺くための伏線とまでは言わないが、嘗められているならそれで構わない。一矢報いることができればそれでいい。
まず、本物のゼウスの剣を見る。二人が持つ神々しい剣だ。雷を放つことは朝飯前みたいだが、それだけの剣ではないだろう。もっと他の能力もあるはずだ。
だが、俺の創造術式の強みは神器を創れることではなく、神器に別の能力を足すことができることだ。
なら話は簡単だ。全く同じ形をした別の剣を創ればいい。
……尤も、水を放つゼウスの剣という風に本来神が持つ力と別物で創ろうとすると失敗する。おそらくネーミングの問題だとは思うんだが。
「……よし」
イメージは固まった。
後はそれを実行するためにハヤテ達の協力を得るだけだ。
「ゼウスの剣」
俺がイメージできる限り最も近い形で創造し、ゼウスへと投擲した。
「チッ」
上体を反らすだけであっさりとかわされる。
「ウゼえ。そんな模造品で俺に楯突こうってのか?」
ゼウスの怒りが俺へと向けられる。びりびりとした威圧感が全身を襲うが、ここは痩せ我慢だ。
精一杯に不敵な笑みを作り、
「まさか。俺は劣勢な二人に加勢して、お前を撤退させようかと思ってるだけだからな。俺の偽神器で傷つけようなんて思ってない」
「手出しは無用だ」
応えたのはハヤテだった。瞳がまだ戦える、諦めちゃいないと訴えかけてくるが。
「こんな、他人の創った空間で決着をつけるモノでもないだろ。もっと相応しいタイミングがあるはずだ。それにハヤテ達はまだ準備が足りないだろうしな。ゼウスも本気出してないし、ここは撤退に追い込めればいいんじゃないか?」
「はっ。まるでいつか俺に勝てると言ってるみたいだな」
「「勝てる」」
俺とハヤテの答えが被った。若干驚きつつ目が合う。
「いつか必ず勝てる。だけどそれは今じゃない。なら、退いてもらう」
「……わかった。シューヤ、頼めるか」
「当たり前だ。そのためにいるんだからな」
ハヤテの了承を受けて笑い、ゼウスを見据える。
「ゼウスの動きを止めること、加えて俺達が死なないことが条件だ。そこまでやってくれたらなんとかする!」
随分とアバウトな指示だ。ゼウスに鼻で笑われるのも頷ける。
「こいつらに俺の動きを止めるなんて真似ができるわけねぇだろうが」
「わかった、頼んだぞ」
ハヤテはしかし、あっさりと首肯した。
ゼウスの剣を両手で握ると、
「ヘラ、寄越せ」
「はい、ご主人様。待ってましたっ」
ハヤテの命令にヘラが嬉々として応え、彼を後ろから抱擁する。すると、ヘラの身体が輝き出して光と化し、ハヤテの身体にまとわりついていく。
光は漆黒の鎧を構築し、彼が持つゼウスの剣をも侵食する。
「神装・ヘラ。これでさっきよりはまともに戦えるだろう」
『私とご主人様は文字通りの一心同体です。最高に高まりますね!』
彼の言う通り、魔力が桁違いに跳ね上がっていた。
「……上等だ。俺の前でイチャコラしやがった罪、まとめてぶち込んでやるよ!」
取り戻そうとしているヘラとの合体を見せられ怒り心頭な様子だ。……意外と神になったばかりらしいし、精神的に一貫してない部分があるのかもしれない。心が未熟なのだろうか。エロスの行動原理とか凄い一貫してそうなのに。
ハヤテが瞬時に距離を詰めて斬りつけた。ゼウスは急な攻撃にも反応したが、右頬にうっすらと赤い線が浮かぶ。そんな掠り傷を受けただけで表情が憤怒に曇った。よくある、『下等生物ごときが俺に傷をつけやがって』ということだろうか。
ハヤテは高速で背後に回ると剣を振るう。ゼウスは剣を背に負うような格好で受けるが、そんな安定しない状態で受けられるのは、格下の攻撃だけだ。既に今のゼウス相手なら互角以上に戦えているハヤテに対しては悪手だ。押されて仰け反るような姿勢で吹き飛ばされる。
「うらっ!」
それでも流された姿勢のままで向きを変え、剣を振るうと同時に雷電を放った。横薙ぎに雷電が放たれるも、ハヤテは剣を上段から振り下ろして真っ二つに裂いた。
ハヤテは得意気な顔を見せず無表情で佇むが、それがゼウスを苛立てるらしい。
「クソがっ!」
吐き捨てると、ようやくある程度実力を発揮する気になったのだが、全身からばちばちと放電するようになった。元が金髪のせいで二段階目的な戦闘民族の覚醒に見えるのは余談だ。
兎も角再度攻勢に出たゼウスは今のハヤテと同等の速さを持っていた。互いの剣がぶつかり合い、雷が弾けたような音が鳴る。力が拮抗していると見て一度離れ、もう一度ぶつかり合った。
これで互角の勝負ができるようにはなった。
だがそれでは俺の要望である「ゼウスの動きを止める」ところまではいけない。ここからがハヤテの腕の見せ所というわけだ。
俺は信じていつでも行動に移せるよう集中するだけだ。
上空で何度も激突する内、若干片方が押され気味になってきた。
押されているのはもちろん、ハヤテだ。
「はっ。やっぱ持続時間が短いんだろ! このまま殺してやるよ!」
神装というのがどれだけのモノなのか、俺は知らない。
アンドゥー教教祖も使っていたが、あれは『神から授かった装い』で、ハヤテがやっているのは『神が鎧として装着した』状態という違いがある。もしかしたらハヤテがやっている方が消耗や負担が多いかもしれない。
ハヤテへと、ゼウスの放った雷電が襲う。収まるとその地点にはいたが、所々焦げていた。
「……持続時間が短いことは知っている」
「なら俺に挑む無謀を選んだ理由とあんのかよ? こうして俺に殺されるわけだしな」
ゼウスが剣を振り上げる。
「詰めが甘い、と言わざるを得ないな。まさか俺がヘラを纏ったことで増幅されたのが、俺の力だけだとでも思っていたのか?」
「あん?」
「そもそも神装・ヘラを纏っているのに雷しか使わないのはおかしいと思わないのか?」
「っ……!」
ハヤテの言葉にゼウスが退避を選択するが、
「もう遅い」
周囲にいくつもの黒い球体が現れる。それらから大きな重力が発生しているのか、俺のいる地上から地面が剥がれて浮いていく。ゼウスも抗おうと全身に力を込めているようだが、吸い寄せられて仰向けに固定される。
「くそ、がぁ……!」
それでも屈辱に顔を歪めて必死に動こうとしているゼウスだが、少しずつしか動けていなかった。
「シューヤ」
「ゼウスの剣!」
予定通りと言うべきか、ハヤテが俺の名を呼んだ。即座に反応して頭に思い描いていたモノを創造する。
俺が反応してすぐに重力は解かれ、代わりに俺の創ったゼウスの剣が無数に出現する。引き寄せる力がなくなって抵抗していたせいで身体を丸める結果となったゼウスの周囲に、彼へと切っ先を向けた剣が三百六十度全方位にあった。
その中で一際大きな魔力を持った剣が、ゼウスの真上にある。
「こ、んなバレバレの策で、俺が騙されるかよ!!」
わかりやすすぎる欺きに激昂しつつ、雷電と共に剣を振るう。黄色い先程までの雷電とは異なり、白い雷電だった。破壊力の密度が違う。紛い物とはいえ神器を破壊するという意思が見えるようだった。
白い雷電が放たれるとレプリカの剣が跡形もなく消え去り、そして本命の剣さえも覆い尽くした。
剣を振り切って現れる思った通りの光景に、ゼウスが笑った。次の瞬間、
「がっ……!?」
ゼウスの左脇腹を、下から飛来した剣が貫いた。貫けた腹部は焼き焦げている。
先程まで真上にあったはずの、わかりやすく魔力の高いゼウスの剣だった。役目を終えて残ったレプリカごと消えていく。
「神器の形をしてはいるが、能力は俺が考えたモノだ。大体、わかりやすく魔力が高い時点でなにか罠があると思うだろ?」
今回で言えば、雷と化して移動できる能力をつけ足した。レプリカは目を誤魔化すのに加えて、本物が通るルートを作るための金属だ。
もしかすると罠だということを踏まえて消し飛ばそうとしたのかもしれないが。
「て、めえ……!」
ゼウスが俺を睨んでくる。……おぉ、怖い。だがそんなに俺を睨んでていいのか?
「なるほど。確かに隙だらけだ」
ハヤテがすぐ傍まで近づいていた。声で気づいて反射的に避けようとするが、一歩遅い。それでも首を落とされることはなかったが、
「ぐ、がぁ……っ!」
ゼウスの左腕を肩から斬り落とした。流血しないのは、人ではなく神だからだろうか。
「クソがああああぁぁぁぁぁ!!」
脇腹に穴が開き、左腕がない状態でありながら吼える。白い雷電を周囲に撒き散らし、ハヤテを吹き飛ばした。その放電の最中に傷が再生していくのが見えた。
人間で言う心臓のような、重要な部分を穿たないと死ななさそうだ。
「て、めえら……」
怒り心頭の様子で体勢を立て直すゼウスだが、眉間に皺を寄せたまま口端を吊り上げた。
「いいじゃねぇか。まさか俺に傷をつけるとは思わなかったぜ。しょうがねぇ、今回は見逃してやる。この空間も壊れそうだしな」
意外とあっさり退いてくれるようだ。続行は難しかったので、助かるのだが。
「そこのてめえ。俺ら神の管轄じゃねぇモン引っ提げた異世界人」
俺のことだろう。ゼウスが俺を見下ろしている。
「まずはてめえだ。俺という神をおちょくった罪は償ってもらう。てめえの命を以ってなぁ」
「お断りだ。俺はお前には殺されない」
だが俺は不敵に笑って答えてやった。
「だって、そこにいるハヤテとヘラがお前を殺すからな」
「はっ! 上等だ、そこのヤツを殺ったら次はてめえだ」
その次は来ないと思うが、言わないでおこう。ここでキレさせたら事だ。
「ああ。お前はいつか必ず俺達が殺す」
「返り討ちにしてやるよ、完封なきまでにな」
ゼウスはハヤテに向かって中指を立てると、空間を開いて去っていった。
……これで、一件落着かね。
去ってくれて安心した。思わず嘆息してしまう。
「とりあえず敵はもういないし、ここから出ようぜ」
「ああ」
俺はハヤテに言って、来た道を戻るように空間から外に出るのだった。