決着
シュウは忍者ばりの速さで走り、俺の懐へと足を踏み入れた。
そのまま腹に右手で切りつけてくる。
今までのやたらと首を狙ってきていたのとは違う。
暗殺者は一撃必殺が常だが、戦いに来てると見ていいだろう。
「雷術式!」
俺は迫るシュウの迎撃に雷術式を使おうかと思い、左腕に黄色い筋を走らせる。
「雷拳!」
雷で巨大な拳を形取り、殴り付ける。
「遅えんだよ!」
シュウはそれをギリギリで避けると、雷の余波で浅い傷がつくのもいとわず、後ろへ跳んだ俺を追うように一歩踏み込んで腹を切りつけた。
「……ぐっ!」
鋭い痛みが走り、顔をしかめる。
「まだまだだろうが!」
俺が着地したと同時、シュウがさらに踏み込んで、次こそは喉元へと刃を走らせる。
「紫電!」
紫色の雷を放ち、シュウに直撃させる。向かってきていたシュウは回避出来ずにくらい、仰け反った。
「がっ……!」
「雷斧!」
左フックと共に雷で出来た斧で切りつける。
「チッ! シャドウブレード!」
シュウは舌打ちして魔法を使った。雷斧は地面から影が伸びてきて、それが刃となり切り裂かれる。
「っ! 影魔法か!」
シュウの影潜りも影魔法の応用なんだから、使うのは当たり前だ。今まで使わなかったのは、おそらく手加減か余裕の現れか。兎に角、ここでの影魔法は強力だ。
「ご名答!」
シュウが笑って言うと、俺は周りに魔力を感知した。
さっきのシャドウブレードで発動しておいて、影で隠していたんだろう。影の刃がいくつも俺に向かって伸びてきていた。
「紫炎!」
それらを紫色の炎で掻き消すが、その隙にシュウが突っ込んできた。
「こっちばっか気にしてんじゃねえよ!」
シュウは言うと、無数の影の刃を出現させた。
「紫弾!」
俺は前に跳躍して下のシュウに向けて闘鬼のオーラの塊を放つ。
「がっ!」
シュウは避けられずまともにくらう。……痛み分けってとこか。
俺がそう思った瞬間、後ろから無数の刃に刺され、痛みと言うよりは熱が俺を襲った。
……さて、どうするか。
気だけでも大丈夫そうだが、気の消耗はどんな影響を及ぼすかが分からない。かと言っても、術式を使いすぎると魔力が切れてお陀仏だ。
「……第四術式、発生」
俺はとりあえず、第四術式を使って傷を回復する。
「……雷術式、解除」
発動していた雷術式を解除し、魔力の消費を抑える。……あとは気だが、限界がよく分からない。短期決戦で倒すか。
「……折角つけた傷をそんなにあっさり治すんじゃねえよ……」
シュウが肋骨の辺りに手を当てて言った。口端に血が滲んでいた。……効いてるようだな。
「……っ!」
俺は弱っているように見えるシュウに追撃するため、こっちから踏み込んだ。
「……チッ」
シュウは舌打ちして、影の中に入ろうとする。……一時休憩する気か。
「させねえよ!」
俺は左拳に紫色のオーラを溜め、振ると同時に波動として放出する。
「がっ!」
アッパーのように下から拳を繰り出したおかげか、シュウは影に潜れていない上半身でまともに受けた。
「……どうにも分が悪い。しゃーねえ、か」
シュウは傷だらけの身体で影から出ると、少し悲しげに笑って呟いた。
「……何が仕方ないんだ?」
「……いや、別に。……最後にしようぜ。男らしく、殴り合いでな! ーーシャドウバースト!」
…シュウは笑って、何かの魔法を使う。闇と影がシュウの身体に纏っていく。……身体強化の魔法か?
身体に作用される魔法は主に、身体強化と付与だ。この場合は両方の可能性もあるな。
俺はそれに呼応するように紫のオーラを揺らめかせる。……魔法の強化は強化なしに比べると天と地程の差があるが、強化に特化していると言える気に勝てるとは思わない。……死ぬつもりか?
……いや。こいつのことだ。何かあるのかもしれない。
殴り合いに応じないと言う手もあるが、そうすると、今度こそ勝負を捨てて逃走、または無力化されたあいつらを狙うかもしれない。……後者だと何とかなるが、前者だと厄介なことになる。
それに、決着が分かりやすくていい。俺も男だしな。拳と拳で戦うのは大歓迎とまではいかなくても、そっちの方がいい。
「……分かった。行くぞ!」
俺はシュウの誘いに乗り、駆け出した。
「おうよ!」
シュウも正面から突っ込んでくる。
そして間合いに入り、同時に踏み込んで止まる。
「「おらぁ!」」
シュウの左拳と俺の右拳がぶつかり、闇と影の魔力と紫の闘鬼のオーラが衝突し衝撃を散らす。ボクシングで言う所のジャブに当たる。
ぶつかって、互いに互いの拳を弾く。
「がっ!」
呻いて、腕から鮮血を散らすのはシュウだ。俺はやはりこちらの方が上だったかと安心する。
「ぐっ!」
だが、少し遅れて俺の右腕も鮮血を散らした。
……相打ち、じゃないな。気による負荷か。肉体に疲労が蓄積されているとか、そんな感じだろう。
「……相打ち、じゃねえな。明らかにてめえの方が強化は上。総合的な力もそっちが上だ。と言うことは、一つしかねえよな? ーー気による負荷」
シュウは俺と全く同じことを考えていたようだ。
「……」
俺は沈黙して無言を返すけ。無言は時に肯定ともなるし、今回は肯定の無言だ。
……第四術式で治らない。第四術式は一度発動すると、魔力が切れない限り傷を瞬時に回復していく。それが発動しないと言うことは、気による負荷でのダメージは肉体の治癒力さえも低下させてしまうのかもしれない。第四術式は超高速自己治癒能力、らしい。いかに術式と言えども、一から血肉を作ることは出来ないのか、俺が本来持つ治癒力を底上げする。それが、気と言う生命エネルギーのようなモノが消費され、著しく治癒力が落ちているとすれば説明がつく。ーーんだが。
術式に不可能はないと言い切れそうになってきて、血肉を一から作ることなんて造作もなくないか? この推測で合っているかは非常に微妙だ。
「……回復しねえんなら話は簡単だ。俺の魔力も残り少ないしな。俺が殺られるのが先か、それともてめえが自滅するのが先か。男なら、こう言う喧嘩を楽しもうぜ!」
「……ああ!」
俺は呼応して頷き、再び両者が間合いで踏み留まった。
今度は全力の利き手だ。大きく振りかぶって同時に拳を叩き込む。だがそれは、さっきのように激突することはななく、頬を殴る結果となった。
互いに仰け反るが、しかし退かない。
俺はそこからボディへと右拳を放つ。対するシュウは素早く右拳を引いて、やや遅れながらも防御姿勢として腕を前に構えた。俺のボディブローはシュウに見切られ、左肘でガードされる。
「がっ!」
俺は呻いて半歩下がってしまう。いくら強くしても骨にヒビぐらいは入ったと思う。
だが、それは向こうも同じ。腹へのダメージの犠牲として、肘で受けたことにより支障はあるだろう。
俺が反撃する前に、シュウの右拳が迫ってくる。反応が遅れ、左頬に直撃する。……口に鉄のような味が広がる。切ったか。
「おおおぉぉぉぉ!」
俺は痛みを無視して左でボディに拳をめり込ませる。
「がはっ……!」
耐えきれずシュウは吐血する。
「……くそ、がっ!」
シュウは身体をくの字に折るが、顔を上げて俺を睨み、右拳で殴りかかってきた。しかも、俺に届くか届かないかのタイミングで左を構えていた。……連続でくるか……!
「っ!」
一発目がガードしようと上げた左腕に衝撃をもたらす。そして、一発目が入ったら次、さらに次、と止まることのない拳撃の嵐が来た。
ぐっ、お、おぉぉぉぉぉ!」
俺はこのままでは防戦一方だと、覚悟を決める。
歯を食いしばれ! 何発もらおうが、一撃を届かせる。
俺はガードを下げ、拳撃の嵐の中、左拳に力を込めて大きく振りかぶる。歯軋りすう程に歯を食いしばり、足の爪先まで力を込める。
「……っ!」
速く鋭い拳撃を無視し、強引に左腕を振った。
そして、確かな感触があった。
柔らかい中に固いモノがある、頬だ。
振り切った、と同時、シュウは吹き飛んだ。壁に勢いよく叩きつけられ、力なく床に落ちる。……気絶したか?
「ぐっ!」
シュウがピクリとも動かないことにホッと安心したせいか、気が抜けて全身から血が吹き出した。……ヤバいな。血が足りねえ。
『……はははははははっ!』
突如、シュウの方から笑い声が聞こえた。しかし、シュウは相変わらず動いていない。機械を通したような、そんな声で聞き覚えがあった。
「……げほっ。アンドゥー教司祭、コケッティ・コケトリオⅧ世……!」
俺は咳き込みながらも憎々しげに声の主の名前を口にする。
『正解だよ、シューヤ!』
嘲笑うかのような気に障る声は言った。