戦闘開始
「……」
俺は地下への扉をぶっ壊して中に入り、男がリフィアに何かしているのが見え、怒りと殺気を込めてそいつに言うが、そいつはヘラヘラ笑ってリフィアから離れるのみだった。
……今はそれだけでも問題ない。リフィアから離れてくれればいい。
俺は現状を把握しようと中を見渡す。
魔力を感知出来ないが、一応全員無事なようだ。呼吸は一定のリズムを刻んでいる。
「……お前が“絶影のスピードスター”か?」
俺は半分闇に紛れたような男に聞く。
「……ああそうだ。だが、意外だな。自分の女を拐われて怒り心頭かと思ってたが、そうでもねえな。冷静そうじゃねえか」
「……誰が冷静なもんか。俺の心の内にはお前とアンドゥー教へのドス黒い感情が渦巻いてんだよ。それこそ、てめえを殺したいと思うくらいにはな!」
怒鳴ると同時、昂る感情に任せて魔力を放出する。
「……まあまあの魔力だな。一番最後に来たヤツとしては上々ーーいや、成長スピードなら最高だな」
「……一つ聞きたい。お前、いつからこっちにいる?」
「……お前が考えていることは正解だ。俺は中間の方でな。つい二年前に召喚された」
「……」
やっぱり、ズレがあるか。
最初にズレがあることを考えたのは、リフィアと会った時だった。
リフィアとは俺が召喚される前日の夜に電話で話した。約十二時間前だ。だが、リフィアは一週間前に召喚されたと言った。それは時間軸がズレていることを意味している。
さらに、この街にいる直接会ったことのない異世界人、筋肉マッチョがいる。あいつは恋愛に疎そうだが、それを子供が出来るまでに持っていったその過程と出会いを考えると、到底最近召喚されたとは思えない。
「ちなみにアンドゥー教司祭様は最初の方でな。かれこれ二十年になる。あいつ、神様創ったせいで不老になったらしいからな」
……こいつの言葉を信じると、アーティアがされた洗礼はあいつのせいだってことになる。またこれでアンドゥー教を潰す理由が出来たな。
「術式使いのシューヤ。お前が召喚されたってことは、もう全員揃ったってことだな。まあそれはいいが、お前、引かねえか?」
“絶影のスピードスター”はそんなことを言う。何でそんなことを言うのか。俺がどんだけお前を殺したいと思ってるか理解してんのか?
「……あ?」
だから俺は、睨んで返した。
「……そう睨むなよ。金さえ積めばお前側につくぜ? 金額によっちゃあ、アンドゥー教に楯突いてもいい」
……何言ってんだ?
「この中の誰かを売ってくれりゃあそれでいいぜ」
「……っ!」
俺はそれを聞いた途端、溢れる怒りのままに殴りかかっていた。それはあっさりかわされてしまうが。
「……っと。落ち着けよ。そこの子供なんかどうだ? 足手まといだし、いらねえだろ?」
「……雷、術式……っ!」
俺は雷術式を発動させ、雷を放つ。
「……危ねえだろうが」
「……いい加減にしろよ、てめえ。俺に仲間売れっつうのは、殺して下さいっつってるのと同義語だぞ」
俺には、殺意が満ちていた。これまでの人生で、最高と言っていい。
「……はぁ。ったく、これだから真面目に英雄やるヤツとは合わねえんだ。だがよ、てめえとは違う、人間じゃねえんだよ。そこの妹らしいヤツは神に近いせいで人間じゃなくなってる。太陽に近付いて焼かれたイカロスが如く、神に近付いて人間じゃなくなってるんだよ」
どうやら、リフィアのことを言ってるらしい。こんな野郎の戯言なんざ信じねえけどな。
「それによ、そこの乳デカ女は最早化け物だ。アンドゥー教の洗礼を受けて、化け物になっちまってるんだよ!」
“絶影のスピードスター”は笑って言う。当のアーティアは俯いて、他は息を飲んでこっちを見ている。
「……言いたいことはそれだけか?」
「あん?」
「……洗礼のことはアンドゥー教で聞いた。倒した相手のステータスを根こそぎ奪うんだったか。……だが、それがどうかしたのか? アーティアがお前から見て化け物だったとしても、俺らから見ればただの少女なんだよ! てめえの価値観を押し付けんじゃねえ」
俺は怒鳴って、雷を撒き散らす。アーティアは顔を上げて嬉しそうな顔をしていたが、俺にとっては当然のことだ。
「……ったく。あんま同郷を殺すのは趣味じゃねえんだが、そう言うなら仕方ねえ」
全身から、濃い殺気が溢れていた。
「……」
だが、俺は動じない。最初こそ殺気の恐ろしさに震えたものの、今では俺も、殺気を放つ側だ。俺の中のドス黒い殺気はこいつとそう変わらないだろう。
「死ね!」
スッ……と影の中に入ったのか、地面に入っていく。
「……」
これが、“絶影のスピードスター”の力か。影に潜れる。
どこから来るのかわからない恐怖もあるが、俺は全神経を集中させて、待つ。
「っ!」
後ろか!
背後から殺気を感じ、振り向いた。
ガチャッ。
「ん?」
構えた俺の右手首に、手錠がかかっていた。
「はっ。誰がまともに勝負するかよ」
“絶影のスピードスター”は得意顔で距離を取る。
「っ!?」
発動していた雷術式が、消えていく。
「ご主人様! 魔力封じの枷です! それを付けられると、魔力が使えなくなるんです!」
余程まずい状況なのか、アーティアが叫んだ。……マジか。
「くっ……!」
左手でガチャガチャやって外そうとするが、外れない。
「無駄だ。そいつは結構高い鉱物で出来ててな。魔力が使えなきゃ壊せねえよ」
ニヤニヤ笑う“絶影のスピードスター”。もうすでに勝利を確信したような顔だ。
「くそっ! 炎術式!」
呻いて、炎術式を発動させる。赤い筋が左腕に入っていく。
「何っ!?」
発動したことに驚いていたが、炎を放とうとすると、消えてしまう。……もしかしてーー。
「……ビビらせんなよ。やっぱ発動しねえんじゃねえか」
“絶影のスピードスター”は冷や汗をかいた額を拭う。……術式を発動させるのには魔力を使わないが、何かを放つには、使うには魔力が必要だってことか?
「……アーティア。魔力を必要としない力って知ってるか?」
俺は知識の広いアーティアに聞く。何かあるかもしれない。
「はい。神と契約したりすることで使える神力と、あまり実用性が高くないため使われない、気です」
神と契約……エロスしかないよな。けどあれは戦闘じゃなくて夜の戦闘においてしか使えないし。
気は……多分いける。
「気術式!」
俺がそう叫ぶと、淡い黄緑色の筋ではなく、紋章のようなモノが左腕に出る。
「チッ! 気なんてマイナーなもんまで封じる枷はねえよ!」
“絶影のスピードスター”は舌打ちして俺に突っ込んでくる。
「……それは何よりだな」
俺はなんとなく、本能的に気が分かった。気とは、身体強化のモノらしい。主に弾か波動として放てる。
“絶影のスピードスターは鍔のない短刀を逆手持ちで右手に構えていた。おそらく、主要武器だ。
「……」
対人戦なら、多少の自信はある。小さい頃から非日常を欲し、悪ガキや不良を倒してきた経験だ。
俺は“絶影のスピードスター”の右手に握る短刀を警戒して、それが振られた時に動く。
スウェーバックでかわし、右手で腕を掴んでから、淡い黄緑色のオーラが出ている左手で思いっきり顔面を殴る。
今さら刃物への恐怖はない。不良にはナイフぐらい持ってるヤツはいたし、鉄パイプなんかもしょっちゅうだ。
「がっ」
“絶影のスピードスター”の腕を放して吹っ飛ばすと、壁に叩きつけられると思いきや、壁の中に消えた。影に入ったらしい。
そうすれば壁衝突の衝撃がなくなりダメージの軽減が出来るから、いい判断だと言える。
……厄介だな、自由に影に出入り出来る能力。そう言う力を持っているのか、それとも影魔法の応用みたいな感じなのか。
後者なら俺も影術式で対抗出来るんだが、今は枷付けられてるしな。なんとか外さねえと。
俺は出所の分からない敵を警戒しながら、圧倒的不利な状況を打破する方法を考えた。




