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ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第3話 手のひらは太陽へ
9/44

3‐1

 翌朝、窓から入り込む日差しで目を覚ました。


 いつもよりベッドが柔らかいことに気づき、ここが自宅ではないことを思い出す。


 そうだ。昨日の朝まではいつもと同じ、日常だったのだ。

 それが崖から落ちたと思ったら、謎の怪物に出会って、剣を手に戦って――

 困っていたところを、とある男女に助け出された。


 そして今に至る。


 しばらくぼんやりとしていたが、すぐ上に見える天井がいつもの汚れたものではないことを確認すると、


「やっぱり、夢じゃなかったんだ……」


 などと(ひと)()ちながら身を起こす。


 ちらりと横を見ると、すでに隣2つのベッドは空っぽだった。

 例の男女――ノーウィンとセルファはどこかへ出かけたらしい。が、そこで1つの不安がよぎる。


「ま、まさか、お金払わずに逃げた……とかない、よね……?」


 本気でそうだとは信じていない。

 だが、もしも彼らが泥棒や盗賊だとしたら、宿代を払わずタダ泊まりして逃げた、ということも考えられる。


 何せ、昨日の今日だ。こちらが一方的に良い人と思っていただけで実は――という可能性は大いにあるわけで。

 ちなみにラウダの所持金はゼロである。


 起きたばかりにも関わらず、あれやこれやと思案していると、不意に小さくうなるような声が聞こえた。

 ぎょっとなって思考が一時停止する。

 ゆっくりと首だけ回してそちらを見ると――そこには布団に包まって眠っている人物がいた。


 ああそうだった、と思い出しながらラウダはベッドから出て、静かにその側へ歩み寄る。

 静かな寝息を立てて眠るのは、幼なじみのローヴだ。


 昨日はどこかぐったりして青ざめていた顔色も、今は健康的な肌色に戻っている。この様子なら大丈夫だろう。

 ほっと安堵のため息をついた。


 直後。


「うにゅう」


 幼なじみの口からおかしな言葉が発される。

 寝言だろうかと、首を傾げていると――何の前触れもなく、ローヴがむくりと身を起こした。


 驚きのあまり何も言えずにいると、彼女はこちらを振り返り見る。


 呆然と口を開けている様は、間抜けな表情に映っただろう。

 しかし対する相手も、未だ寝ぼけ眼で、まぶたが半分開いているかいないかという状態。


 しばしの沈黙。


 やがて、彼女の目が大きく見開かれた。


「……うわああああああああああ!」


 そう叫ぶや否や、ローヴは側にあった枕をわしづかみにし、思いきりラウダの顔面に投げつける。


 ボフッ


 見事顔面に命中した枕は役目を果たし、ラウダの足元に落ちた。


 質の良い枕だったため、痛みはあまりないが、その重みのおかげで後ろへ倒れそうになる。

 枕をあなどってはいけない。そう心得た。


「なっ、なんでラウダがいるの!? えっ? だってここボクのへ……や……」


 そこまで言ってようやくいつもと違う雰囲気に気がついたようだ。


「……あれ?」


 しばらく周囲を見渡し、ここが自分の知る場所ではないと理解すると、再度ラウダの方を見やる。

 呆れた顔をした少年がそこにいた。


「……あれえ?」


 今度は笑ってそう言う。

 これはあれだ。誤魔化そうとしている。

 枕を投げつけたことを、さも事故だと言わんばかりに、その笑顔はきらきらと輝いていた。


 ラウダは大きくため息をついた。


「いいよ、もう……」


 前にも言ったが、何かを言ったところで、言い返されて敵わないのは、長年の付き合いでよく知っている。


「えへへ……ありがと」


 やれやれと首を左右に振ると、ラウダは隣のきれいなベッド――昨夜セルファが寝ていたはずだがしわ一つない――に腰かけ、現状を説明し始めた。


 *     *     *


 一通り話し終えると、ローヴは腕組みをし、首を傾げていた。


「……剣に魔物、か」

「……やっぱり、信じられないよね?」


 無理もない。

 話したラウダ自身がまだ信じられないのだ。

 昨日見た怪物に――確かゴブリンと言ったか――槍と短剣で戦う男女。

 だが、一番の問題は――


「知らない世界……」


 ローヴが小さくつぶやいた。

 そう。

 ここがどこだか分からない、異世界だということ。


「この話、その……2人にも言ってないんだよね?」

「え? ああ、うん」


 そういえば昨日は結局、自分のことに関しては何も話せなかった。

 いや、話さなかったというのが正しいのだろうか。


「信頼してないわけじゃないんだけどさ……」


 そう言うとラウダはじっとローヴの方を見つめた。


「えっ、な、何?」


 突然真剣な表情で見つめてくる少年に、思わずどぎまぎしてしまう。


 これでも一応劇団の花形なのだ。

 普段の穏やかな表情を持った少年とは打って変わって、真顔になればたちまち凛々しい男になる。

 劇場で黄色い声が飛び交うのも、ファンクラブができるのも納得できる。


 思わず頬を赤く染めるローヴだったが、


「……いや、ローヴに相談してからにしようと思って」


 ラウダの返答は至極あっさりしたものであった。


「……はい?」

「いや、だから、2人に僕たちのことを話すのは、ローヴに相談してから……って、ちょ、待っ」


 力強く握られた拳がラウダの上に振りかざされる。

 とっさのことに頭を抱え込み、防御態勢を取るラウダを見て、ローヴは大きくため息をつきながら、手を下ろした。


「……えっと、2人に話すってことで、いい、ですか?」


 恐る恐る顔を上げ、幼なじみの顔色をうかがう少年。

 こんなやつに少しでもときめいてしまった自分が馬鹿みたいで。


「どーぞ話すなり相談なり何でもすればいいんじゃない?」


 ぶっきらぼうにそう返した。


 何が不快だったのか分かっていないラウダは首を傾げつつも、ノーウィンとセルファに話すことを決めた。

 ここまで親身になってくれたのだ。現状を話して、今後は自分たちで何とか打開策を考えなければ。

 いつまでも頼りにするのは良くない。彼らにも彼らの目的があるだろうから。


 ガチャ


 ラウダの決意に合わせたかのように、部屋の扉が開かれた。

 入ってきたのはもちろん、ノーウィンとセルファ。

 起き上がっているラウダに気づき、そしてローヴに驚く。


「2人とももう起きてたんだな……体は大丈夫か?」


 まさか目を覚ましているとは思わなかったのだろう。

 少女の方を見やり、心配そうに声をかけた。


「あ、えと……ノーウィンさん、とセルファさん、ですよね?」

「そうだが……ああ、ラウダに聞いたんだな」


 名前を呼ばれ一瞬驚くも、納得がいったようにうなずく。

 ローヴはベッドに腰かけたまま頭を下げた。


「ローヴ・クルークスです。助けてくださったうえに、ラウダもお世話になったようで、ありがとうございました」


 その物言いが可笑しかったのか、ノーウィンはぷっと吹き出す。


「いや悪い。ノーウィン・スティクラーだ。しかしそうか……ローヴはラウダの保護者的存在なんだな」

「え、いや違……ん?」


 その認識は間違っていると指摘しようとしたが、そこでノーウィンが何か脇に抱えていることに気づいた。

 ラウダの視線に気づいたノーウィンは、ああと言うと、


「そうそうラウダ。ほらよっと」


 その何かを投げ渡す。

 慌てて受け取ろうとベッドから立ち上がり、両手を差し出すが、思ったよりも重く、バランスを崩してじゅうたんの上に座り込む体勢になってしまった。


「うわっ! な、何これ?」


 尻もちをつきながらも、渡された物をしげしげと眺める。

 布に包まれた長い物。


「開けてみな」


 一言そう言われ、ラウダはそっと布をめくる。

 包まれていたのは、


「剣……?」


 昨日ラウダが使っていた装飾剣と同じくらいの大きさの剣鞘。

 柄を握りそっと引き抜くと、昨日の物とは比べ物にならないほどしっかりした作りの刀身が光を受けて輝いた。


「鋼の剣だ。まあ大したもんじゃないが、無いよりマシだろう」


 まさか剣を渡されるとは思ってもいなかったラウダは、ぽかんと口を開けたままそれを見つめる。


「あ、ありがとう……でも、なんで?」

「ああ……」


 どこか言いづらそうにノーウィンは頭をかき、ちらりとセルファを見やった。

 彼女は相変わらず無言無表情。そっぽを向いているのもあり、何を考えているのかさっぱり分からない。

 ノーウィンは小さくため息をついた後、意を決して口を開いた。


「俺たちと一緒に来てくれないか?」


 沈黙。

 それまで聞こえなかった時計の針の音が室内に響く。


「「……へ?」」


 ラウダとローヴ。思わず2人そろって気の抜けた返事をしてしまう。


「で、でも、これ以上一緒にいたら、迷惑なんじゃ……」


 もしかしたら自分たちの身を案じてくれているのかもしれないが、それではただの邪魔でしかない。

 現に昨日のゴブリン襲撃の際だって、結局足手まといにしかならなかった。


「いや、それなら大丈夫なんだが……セルファがどうしてもって聞かなくてさ」


 意外なところで少女の名前が出てきて驚くラウダだが、彼女は相変わらず何も言わない。

 どういう意図かは分からないが、ここで断るのも申し訳ない。

 それどころか、むしろこれは自分たちにとっても都合のいい話である。


「それならまあ……いいよね?」


 ラウダは剣を鞘にしまうと、ローヴに意見を求めた。

 彼女もまた、急な提案に戸惑ってはいたものの、首を縦に振り同意した。


 行く宛てがない以上、彼らの提案は頼みの綱である。

 世の中にはこれほどまで親切にしてくれる人間がいるものなのだと、少し感動してしまった。


「もちろんタダで、とはいかないけどな」


 いたずらっぽく笑んでそう言うノーウィン。

 感動はどこかへと吹き飛んだ。

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