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ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第3話 手のひらは太陽へ
10/44

3‐2

「セルファのやつ、お前が気に入ったらしくってさ」


 そう言われると普通は喜ぶべきなのだろうが、何故かあまり嬉しい気分にはなれなかった。


 それもそのはず。今彼らが向かっているのは、昨日ラウダがノーウィンと出会った遺跡。

 エメラという名のついたそこには、最近ベギンの住民を困らせているゴブリンの住処があるらしい。


 要はその“ゴブリン退治”を手伝ってくれとのこと。


「それで僕に剣を……」


 ようやく合点が行ったラウダは、小さくため息をついた。

 腰には今朝ノーウィンから貰った剣鞘をはいている。


「はは、悪いな」

「それにしても……魔物の住処ってやっぱり魔物だらけなんですか?」


 呆れるラウダと陽気に笑うノーウィンの後ろに続いて、セルファと並んで歩いていたローヴが尋ねる。


「まあ、そうだな。でも、ゴブリンなんて魔物の中でも雑魚の部類だし、すぐ終わるはずさ」


 彼ら2人は依頼を受け、その報酬で旅をしていると聞いた。

 だがラウダにはそんなシステムもまた未知の存在であった。


「ローヴは待っとけば良かったのに」


 ラウダは自分と同じく、ローヴの腰に携えられた鞘を見ながらそう言う。

 すると彼女はむっとした表情を見せた。


「ボクだってお世話になったのに、待ってるなんて嫌だよ」


 彼らから魔物退治の話を受けた後、突然一緒に行くと言い出したローヴ。


 彼女は魔物の存在を今朝聞いて初めて知ったのだ。

 その脅威が如何ほどのものか知らないのはおろか、戦う術も持っていない。

 そのことを踏まえて、待っているべきだと言ったのだが、結局いつも通り根負け。


 ノーウィンが追加で、彼女用に武器を買ったのだった。


「まあ、いざとなったら俺が出るから大丈夫さ」


 ノーウィンはそう言うものの、やはり不安なところはある。

 今さらどうしようもないのだが。


「ここだな」


 ノーウィンの言葉で3人は歩みを止めた。

 ラウダが彼に出会った遺跡の入り口。

 それを守るように鷲と、剣を失った獅子の像が静かにたたずんでいる。


「街の人の話では、先月からこの森一帯にゴブリンが多く現れるようになったそうだ」


 ノーウィンは3人の顔を見渡しながら、依頼内容を話し出す。


「おかげで商売の一部に支障が出てきて、このままじゃ街にも被害が及ぶと考えた住民は、独自にゴブリンの出所、及び住処を調査」

「それがあの遺跡?」


 ラウダがちらりとそれを見やる。

 ぽっかりと開いた入り口から空気が渦巻くような音がする。


「ああ。けど住処を突き止めたところで相手は魔物。戦うことのできない住民たちはゴブリン退治をしてくれる人間を募集した。そこで俺たち傭兵の出番ってわけだ」

「傭兵……お金で雇われて仕事をする人たちのこと、でしたよね」


 ローヴが確認する。これも今朝ノーウィンから聞いたことだ。


「ああ。金さえ出してくれるなら何でもやる。それが仕事だからな」


 そしてその過程で避けられないのが、魔物との戦闘。


「……入るわよ」


 そう言うなり、セルファが遺跡の中へと歩き始めた。


「いくら雑魚とはいえ、ここからは敵地だからな。気を引き締めて行こう」


 ノーウィンも彼女に続いて歩き始める。

 ラウダもそれに続こうとして、ふと後ろを振り返った。


「ローヴ?」


 後ろに立つローヴは、腰の鞘を握り締め遺跡をじっと見つめていた。

 その体が小さく震えているように見える。


「……やっぱり待ってた方が」


 心配して声をかけるも、彼女は軽く首を横に振る。


「いいの。全然怖くないし。それに――」


 何かを言いかけたようだったが、ラウダが聞き返すより先に、


「なんでもない。ボクたちも行こう」


 にこりと笑うと彼女もまた歩き始める。

 だがその表情はどこか固かった。


 彼女の後ろ姿を見つめるラウダの心は、不安でいっぱいだ。

 それもそのはず。結局この世界のことは何も聞けずじまいだったのだ。


 しかしそんな彼の内には、不安とは別に、高揚感にも似た気持ちが湧き上がってきていた。


 ごちゃごちゃの気持ちに戸惑う少年の名を、中に入りかけたノーウィンが呼んでいた。


 *     *     *


 遺跡内部はお世辞にも綺麗とは言えない雰囲気と臭気を漂わせていた。

 おまけにほとんど陽の光が入らず薄暗い。


 しかし石造りのそれは、非常に立派で荘厳なイメージを醸し出していた。

 それが逆に恐怖感を煽る。


 ほとんど一本道で迷うようなこともないが、あちこちにある柱で影ができているため、いつ何が飛び出してきてもおかしくはない。


「いかにもな雰囲気だね……」


 そんな様子にローヴが思わず言葉を漏らした。


 彼女の言葉通りいかにも“何か”がいる雰囲気だった。


 そんな彼女の右手には、鞘から抜かれた剣が握られている。

 武器屋曰く、か弱い少年にも片手で振れるほど軽い剣だそうだ。

 ちなみにそれはローヴに向けられた言葉だ。

 性別を間違われるのはいつものことなので彼女は大して気にも留めていなかったが。


「……気配がする」


 不意にノーウィンにそう言われ、何も感じられないラウダとローヴはびくりと身を震わせた。

 一体どこから来るのかと、剣を構え、目だけで辺りを確認する。


 その時ふと、短刀を握るセルファの左手がぼんやりと黄の光を放っている――ような気がした。


 思わず二度見するも、そこに光などない。

 気のせいだったのだろうかと首を傾げるラウダの眼前に、突如短刀が振り下ろされた。

 それに驚き、思わずぐっと息を飲む。

 顔を動かさず目だけでその方向を見ると、振り下ろした人物がこちらをじろりとにらみつけていた。


「……ぼんやりしないで」


 厳しい口調でそれだけ言うと、セルファは再度遺跡の奥へと目を光らせる。

 ラウダは何も言えぬまま、ただ剣を握り直した。


「来るぞ!」


 何かを察知したノーウィンが叫ぶ。

 ラウダとローヴも剣に一層強く力を込め、辺りを見回した。


 やがて四方八方からわらわらと現れたのは、醜い豚のような姿の怪物。

 ゴブリンだ。


「こ、これが……魔物……?」


 ローヴがぎょっとした顔でつぶやいた。


 彼女の戸惑いに構うことなく、ノーウィンとセルファは敵へと立ち向かう。

 その力強く俊敏な攻撃に、敵は次々と倒れていく。


「すごい……」


 感心などしている場合ではないのだが、彼らがゴブリンを雑魚扱いしていた理由がよく分かった。

 とてもではないがレベルが違いすぎる。むしろ敵がかわいそうになってきた。


 そうこうしているうちにラウダの元にもゴブリンがやってくる。

 へらへらと笑いながら、ナイフを振り回すその姿は滑稽で、醜悪。


「はあっ!」


 勢いのあるかけ声と共に、ラウダは剣を振り下ろす。

 昨日使っていた装飾用とは比較にならないほど、その切れ味はとても鋭く、軽やかだった。


 斬られた相手は倒れ、傷口から赤黒い血がじわりじわりと辺りに広がる。

 だが魔物はいちいちそんなことを気にしないらしい。


 倒れた仲間を平気で踏みつけ、敵を殺そうと容赦なく襲ってくる。

 笑いながら襲い来る魔物。笑ったまま倒れる死骸。


 その様子にローヴは顔をしかめた。


 戦い。命を奪う行為。

 いくら相手が邪悪な魔物でも、彼らもまた生きているのだ。

 それを斬るということに、彼女は抵抗感を覚えた。


 その間にもノーウィンとセルファは平然と、襲い来るゴブリンたちを次々と倒し、ラウダもまた、必死に戦っていた。

 その中で1人。ローヴは一度たりとも剣を振るうことなく、疑問を抱いていた。


 *     *     *


 再びの静寂。


 辺りには赤黒い染み。それから二度と動かぬ肉塊の山。


「何とか……終わったのかな……」


 その光景と臭いに顔をしかめながらラウダが言った。


「みたいだな。全員無事で何よりだ」


 ノーウィンはそう言うと、戦闘中の厳しい表情とは一変して、穏やかな表情を浮かべる。


「ローヴ……大丈夫? 顔色良くないけど……」


 液体の付着した剣を軽く振って鞘に収めると、ラウダは隣に立っているローヴの顔をのぞき込んだ。

 彼女は目をつむりうつむくと、


「大丈夫」


 とだけ答えた。

 やはりショックが強すぎたのだろう。顔が少し青ざめているように見える。


「早いところこんな所から出て、ゆっくり休もう。な?」


 そんなローヴを心配してノーウィンが明るく励ますように言った。


「……まだ」


 町に戻ろうとする3人を引き留めるように、セルファがそうつぶやく。

 振り返るとそこには、遺跡のさらに奥をにらみつけるセルファがいた。


「……このまま帰ったら意味がない……また人が襲われるわ」


 彼女のささやくような声が静かに響く。


「どういうこと?」

「……この奥に、もっと強い敵がいる」


 どうやら敵の親玉にあたる存在がいるらしい。

 しかしそんな強大な敵の気配をノーウィンは感じられないという。


「セルファの言うことだからな。疑いはしないが」


 そう言うと、ノーウィンは少しばかり考え込む。

 そして次に、ラウダとローヴの方を見やった。


「悪いが、2人ともこのまま一緒に来てくれるか?」


 入り口で2人だけ待たせるよりも、自分たちと一緒にいた方が安全と考えたようだ。

 ここは彼に従うべきだと判断したラウダとローヴは、こくりとうなずく。


 4人は再び武器を構えると、さらに奥へと足を進めるのだった。

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