10‐1
風を司る“風雲の証”の所有者であり、魔法使協会シルジオに所属する若き大佐、アクティー・グラン・ジェストを仲間に加えた一行。
魔法だけでなく剣の腕にも覚えがあると言う彼を迎えたことは、非常に有益――なはずなのだが、セルファを除いた3人は複雑な表情を浮かべていた。
「あのさあ」
フォルガナから外へ出てすぐ、アクティーが皆を一時停止させる。
「せっかく新しい仲間が入ったんだぜ? ここはもっと喜ぶところじゃねえの? それともお前らっていつもこんな暗いわけ? 葬式してるんじゃねえんだぞ?」
呆れ顔でずけずけとそう言うや否や、彼はローヴをびっと指差した。
「はい、まずはローヴちゃん」
「えっ、と……?」
「ローヴちゃんはどうしてそんな暗い顔してるわけ?」
唐突に指を差されて彼女は驚き目を瞬かせるが、相手はそんなことお構いなし。
問いに答えるのをにこにこと待っている。
その圧に耐えかねたローヴは、おずおずと話し始めた。
「ボク……ノーウィンさんが記憶喪失なの、知らなくて……」
自分の名が出て驚いたノーウィンは、顔を上げて彼女を見つめる。
「失礼なことしてなかったかなあ、とか、全然気づいてあげられなかったなあ、とか……」
ローヴがそこまで言うと、相手は首を横に振った。
「変に気を遣わせたくなくて言わなかったんだ。けど裏目に出たみたいだな。悪かった」
「そんな! ノーウィンさんは何も!」
謝られたローヴは慌てた様子で首をぶんぶんと左右に振る。
「……じゃあ1つだけ頼みがある」
ノーウィンはそう前置きすると、ローヴと、そしてラウダを見やった。
「記憶がないからと特別扱いせず、今までと変わりなく接してほしいんだ」
少年少女は顔を見合わせる。
「……簡単そうで意外と難しいね、それ」
ラウダがそう言った。
記憶喪失であることを知ってしまった以上、全く気を遣わずに、とはいかないだろう。
「でも、頑張りますね! ……あれ、頑張っちゃだめなのかな?」
それでも何とか努力しようという姿勢を見せるローヴに、ノーウィンは微笑む。
「んじゃ、次はお前な」
そこへすかさずアクティーが詰め寄った。
「あ、ああ……」
不意の指名に面食らうノーウィンだったが、一呼吸置くと、真剣な様子で話し始める。
「あんたなら知ってるかもしれないと思って」
「ほう?」
それまでふざけた様子を見せていたアクティーだったが、何を感じたのか、相手の話を聞く態勢に移った。
ノーウィンが重々しく口を開く。
「黒騎士を知っているか?」
その問いに、アクティーはどこか納得がいった様子を見せた。
「黒騎士、ね。全身に黒い鎧をまとう謎の騎士。神出鬼没で世界各地で姿を確認されているが、その行動、心理ともに不明……と、俺が知るのはそんな根も葉もないうわさ程度だな」
「そうか……」
返ってきた答えに、ノーウィンはひどく落胆した様子だ。
「それがお前の記憶喪失のカギか?」
アクティーの質問に、相手は首を横に振った。
「違う。親父の遺言で探してるだけだ」
「遺言……お父さん、亡くなられてるんですか……?」
ローヴに問われ、今度は首を縦に振る。
「……殺されたんだ、4年前に」
「殺したのが黒騎士ってわけか?」
「いや……実は、分からないんだ。俺が駆けつけたときにはすでに誰かと戦った後で……それで、最期に言ったんだ。黒騎士が、って。だから真相を知るためにそいつを追ってる」
「ふうん。ま、数多の戦場を渡り歩いた伝説の傭兵だし、何か恨みでも買ったんじゃねえか?」
アクティーの言葉を聞いたノーウィンが目をぱちくりさせた。
「親父を、知ってるのか……?」
「ディッセル・スティクラーだろ? 実際に会ったことがあるわけじゃないが、“隻眼の死神”って言ったらものすごい有名人だぜ? そいつが十年ほど前からぱたりと話を聞かなくなった。そして近年になって似たような異名を持つお前が現れた。何かしらつながりがあるって考えるのは当然だろ?」
ノーウィンは得心がいった様子で、小さくうなずく。
「お父さんも傭兵だったんですね」
そこで、よく分からないまま話を聞いていたローヴが口をはさんだ。
「俺が拾ってもらった時にはすでに引退していたけどな」
「拾ってもらった……?」
彼の言葉が引っかかったローヴが首を傾げる。
「親父って呼んでるが血のつながりはないんだ。浜辺に打ち上げられていた俺を拾ってくれたうえ、記憶喪失で行く宛も帰る場所もない俺を育ててくれた……恩人さ」
「…………」
普段は明るくふるまうノーウィン。
しかし実は想像以上に辛い過去を持つと知ったローヴは、かけるべき言葉を失い、うつむいてしまった。
そんな彼女に彼は微笑みかける。
「そんな顔しないでくれ。確かに大変なことの方が多いが、悪いことばかりじゃないんだ。だから俺は、自分を不幸だとは思っていない」
ノーウィンの力強い言葉に、逆に励まされてしまったローヴは顔を上げると、小さく笑みをこぼした。
「さて、と」
話が一段落ついたところで、アクティーの視線はラウダへと移る。
視線を向けられた方は、圧のようなものを感じ、思わず一歩後ずさった。
「2人の理由は分かった。が、勇者様はどうしてそんな暗い顔をされてるんだか」
アクティーはふざけた物言いで肩をすくめてみせるが、その目は笑っていない。
「…………」
ラウダは彼から視線をそらすと、フォルガナ支部を立ち去る際の光景を思い出す。
アクティーは至って平然と出てきたが、彼を見送る少尉や中佐、他の面々たちは皆、口には出さずとも、寂しげな様子を見せていた。
彼曰く、同僚たちには「いつかはこういう日が来る」とずいぶん前から何度も言い聞かせていたそうだが――
「アクティーは……フォルガナを去るべきじゃないと思う」
「なんでそう思う?」
その言葉を聞いた相手は、意外にも驚くことなく、落ち着いた様子でそう返す。
ラウダはまっすぐに相手の目を見た。
「フォルガナに必要な存在だから」
アクティーもまたじっと少年の目を見つめる。
それは突き刺すようなものではなく、どこか穏やかに感じられるものだった。
「僕なんかが連れ出して……奪っていい存在じゃない」
「なるほど。お前の言いたいことは分かった」
彼はやれやれと息をつくと、腕を組んでラウダを見据える。
「けどな、お前は勘違いしてる」
「勘違い?」
「俺を連れ出したのはお前じゃない。宿命だ」
はっきりと告げられた言葉に、ラウダは眉根を寄せた。
「んなもん屁理屈だって言いたそうだな。ま、無理もねえわな。俺だってそう思うし」
「じゃあなんで……」
「証がな、言うんだよ」
「ここで別れてもまた出会う」
不意に放たれたセルファの言葉に、アクティーが大きくうなずく。
「根拠のない直感とでも言うべきかね。自分が逆らえない流れに乗せられちまってるって分かるのさ」
実に曖昧な話だが、ラウダには理解できた。
出会ったことのないアクティーの能力に気づいたのも、彼が証の所有者であることに気づいたのもやはり「根拠のない直感」だったから。
「……セルファもそう思ったの?」
何気なく尋ねてみると、彼女はこくりとうなずいてみせた。
「あなたに初めて会った時、私はこの人と行動を共にしなければならないと感じたわ」
「……そっか」
納得はできていない。
しかし、自分たちの間にはどうやっても切ることのできない糸のようなものがあって、納得できようができまいが、結局一緒に行くしかないのだと理解させられた。
「……分かった」
渋々だがようやく納得した様子を見せたラウダに、アクティーはうんうんとうなずく。
「ま、俺もセルファちゃんも、来る日のために準備をしてきたんだ。余計な心配は不要ってもんだ」
「準備って?」
「戦う手段や知識、道具。それから……覚悟、とかな」
「覚悟……」
「おっと。そう難しく考えんなよ。今すぐ何をどうこうしろとは言わねえし」
またしても悩み出しそうなラウダをたしなめると、アクティーは前方を指差した。
「ほれ、さっさと進まねえと日が暮れちまうぜ?」
ノーウィンはその言葉にうなずくと、先頭を歩き始める。
それに続く少年少女たち。
「……こりゃ退屈はしないな」
そんな彼らの背を見つめるアクティーは、やれやれと肩をすくめるのだった。




