少なくともオーディションではない。
そうは言っても、元に戻りたくないわけじゃない。
少年は笑顔のままで呟いた。
「子供ってのはそれだけで不便だ。しかも何だ、長ぇ人生またやり直し? ……ゾッとするね」
「私達はスラムを出てもう二年ほど経ちます。その間に教会に行って解呪してもらおうともしました。ですがどこの教会も手に負えないと言うのです」
「聖メビウス大聖堂もか?」
「あぁ。信仰心がねぇからだって言われたがな」
アーサーにこっそり聞くと、聖メビウス大聖堂はミナーヴァの首都、ディアブロに建っているそれはそれは大きな聖堂だそうだ。そこらの教会など比べ物にならないほどで、祈りを捧げる教徒も毎日数え切れないほど訪れる。それ故に神父やシスターは優秀な人間が多く、呪いを祓うのも毒を打ち消すのも朝飯前……らしい。
だがノーブルがかけられた呪いはその優秀な神父ですら解けないと言う。それどころか「信仰心がないから解けない」なんて、神ってのは薄情だな。そこで呪いを解いてくれれば神でも悪魔でも盲目的に信じるのかもしれないのに。都合の良い奴だけ助けるのは人間と変わらないと言うことか。
まぁ解呪そのものを行うのは神父だから、そこにノーブルの信仰心なんて本来は関係ないのだろうけど。宗教ってのはよく分からない。
「あの大聖堂でも解呪できないなら、それはもう諦めるしかねぇな……」
「そうでしょう? だから彼には、もう一度生きてもらうしかないんです。盗賊団は暇潰しみたいなものですよ……」
どこか寂しげな、悲しげな表情のオリガ。少年を見つめてわずかに俯く。それをフォローするようにノーブルが付け加えた。
「俺だって死にてぇわけじゃねぇ。半分は過ぎてた人生を繰り返すのが嫌なだけさ。早い内に元に戻る方法が見つかりゃ僥倖、そうでなきゃ……アイツら見送って死んでやらァ」
軽く振り返って見やった先には、未だに《スラムの暴れん坊》の話題で盛り上がる若い面々。そんなに話すことがあるなんて、イグニスは昔も今もずいぶん暴れまくってたらしい。
「オラ! お前ら! 本物居るのに挨拶もしねぇのか!」
ノーブルの喝に、輪を作っていた七人は慌てた様子でこちらにやってきた。怒られたから慌てているのではなく、「あの《暴れん坊》に対しとんだ無礼を!」「申し訳ありません!」……だそうだ。
彼らはイグニス以外は目に入っていないようで、やたらキラキラした目で鎧の男を熱心に見つめていた。そして堰を切ったように我先にと名乗り始めた。
「あたし! レイニーです! 足技が得意で……!」
露出が多い女……先ほど俺とやり合って、シリウスの遠吠えで気絶してしまった女。
「俺はビリー! 機敏さは誰にも負けねぇつもりです!」
バンダナを巻いた、黒髪の男。左右に飛び跳ねる様は確かに軽やかで素早そうだ。
「私アンネですッ! 腕力なら誰にも負けませんッ! 顎もちょっと丈夫です!」
茶髪のボブカット。腕力はともかく、顎をアピールポイントにするのはよく分からない。
「顎なら私も負けてないわ! あとは鼻もいいし! ほら、シシリーも自己紹介しなよ」
「私はシシリーです。こっちは姉のセシリア。慌てん坊だけどいい姉です、ほんとですよ」
「やだ……ありがとう」
黒髪で片目を隠した方がセシリア。前髪が綺麗に切りそろえられた方がシシリー。姉妹と言うだけあって、目元がよく似ている。しかしそれぞれ父と母に似たのか、雰囲気はどことなく違っていた。
「俺、トウです! えーーーっ……と……アピールポイントね、俺は……頭! 硬くて丈夫です!」
デカい眼鏡をかけた男。俺の腕に頭を突っ込んできた奴だ。コイツの頭は本当に硬かった。そう言えば腕折れてないか? 大丈夫か? 俺の腕は。軽く動かすと痛みが走った。
「最後は俺っすね。どうも、ロンです。足の速さには自信があります! ガトーも早いけど、多分それより俺が早いです。あと──」
「ちょっと! ロンだけ長いんじゃない!?」
「最後まで待ったんだからいいだろ!?」
露出女もといレイニーと喧嘩を始めたのは、金髪のチャラそうな男。アーサーも金髪だが、彼の儚げな金色とは違ったやけにギラギラしたような眩しい金髪だ。
というか何だ、この……謎のアピール合戦は。何かの大会か?
「全然分かンねぇ。覚えられねぇよ」
「まぁ、こうも一気に名乗られるとな……」
これはやはり、俺達も名乗った方がいいのか? イグニスはともかく、他の三人と一匹はお呼びでない雰囲気だ。名乗ったところでそれこそ覚えてはくれないだろう……。
「まぁ、何だ。ご丁寧にどうも」
少し面倒くさそうに礼をしたイグニスだったが、ファンの面々はそれだけでも騒ぎ立てる始末。正直やかましくて仕方ない。
顔がかっこいいだの、赤い髪も素敵だの、声も低く響いてクラクラしちゃう! だの何だのと……聞いてて呆れてしまう。何かを好きになるっていうのは、大体こんなものなのか? 俺にはあまり分からない感覚だ。
「俺はイグニスだ。《暴れん坊》ってのは……まぁそう呼ばれてた時期もあったが、今は違ぇ。その呼び方はやめてくれ」
「暴れてるのは変わってないと思うが?」
「何だよ、ギルバート! 俺のこと頼りにしてンだろ?」
肩を組んで鬱陶しい絡み方をしてくるので思わず眉間にシワが寄る。だが、頼りにしてるのは事実だ。
そりゃあ《要塞》が一緒に居るのなら百人力だろ? ワイバーンの大群を一瞬で、しかもたった一人で消し飛ばすなんてそう簡単に出来るわけがない。あれほどの火力を間近で見たのはイグニスが初めてだ。
強い人間、強いモンスターには数多く会ったことがあるものの、イグニスは根本的に次元が違う。これがイグニスが特別強いのではなく、ドラグーンが皆そういう化け物じみた強さを持っているのだとすれば……ミナーヴァ帝国が世界を支配するのは難しくないだろう。軍事大国の名は伊達ではない。
俺はニヤニヤと嫌な顔をするイグニスに、素直に答えた。
「……ギルドからも強い強いと言われるような男、頼りにしないわけがない」
「ハハッ! 光栄なこった」
返答に満足したのか、イグニスはようやく離れていった。
「仲がよろしいんですね」
姉妹の片割れ……えぇと、前髪ぱっつんは……、妹のシシリー、だったか。彼女が俺達を見ながら首をかしげた。四人と一匹の関係性について気になるようだ。
名乗った方がいいんだよな? だが彼らは別に、俺達に興味があるわけでもないんだろうし……と答えに悩んでいたら、イグニスが指を差しながら簡潔に紹介を行なった。
「黒髪がギルバート、金髪がアーサー、この嬢ちゃんはエルシェーベトで、このでけぇ狼がシリウスだ。で、ギルバートの腕の中で寝てンのが……」
「……リッキィだ。どうぞよろしく」
「事情はどうあれ俺達は仲間さ。なぁ?」
「まぁな」
軽く礼をすれば、彼らも同じように会釈をしてくれる。どうでもいいと一蹴されるだろうと思っていたがそうでもないようだ。
「お前ら、今どこへ向かってる? ギルドっていうと冒険者やってるんだろ?」
ノーブルが『挨拶は済んだだろう』と言いたげな顔で俺を見ながら問う。リーダーは俺だと聞いたからか? イグニスは答える様子もないし、そもそも彼は俺とアーサーの旅に同行するだけだから、ノーブルの問いは知ったこっちゃないのだろう。
「あぁ、確かに冒険者だ。今は依頼は受けてないが……野暮用でディアブロに行く予定だ。首都の近くにリッキィの家があるらしいから、そこにこの子を送り届けてからにはなるが」
「ここからディアブロに行くのか、キツイな! ……よし、分かった!」
ノーブルは何度か頷いて、「こうしよう」と人差し指を立てる。
「俺達はディアブロの方からあちこち回って来てんだ。スラムはディアブロの裏側だからな。今はこの辺を活動範囲にしてるから拠点も移動してるが、昔使ってた跡は何箇所かある。……嬢ちゃんの詫びも兼ねてと言っちゃあ何だが、宿に泊まれねぇときはそこを使うといい。雨風は十二分に防げるし、そこそこ快適だと思うぜ」
「地図はお持ちですか? 印をつけますよ」
ノーブルの言葉に続き、オリガが万年筆を取り出した。どうせ地図に印をつけてもらうなら、ミナーヴァ帝国だけが載った詳細な地図の方がいいだろうな。世界地図だと小さくて分かりづらい。
「感謝する。──だが必要ない」
俺の返答に、「え」という声が見事に揃って聞こえた。




