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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
四、獅子身中の虫。
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気にしないのが楽でいい。

 


 これは例の悪夢だと思った。同じ夢を見すぎて夢だと認識できるほどになってしまったのか? 分からないが、とにかくこれは悪夢の中だった。

 相変わらず息をするのも苦しいほどの怪我を負い、仲間は無残に倒れている。同じだ。変わらない。血溜まりも、虚ろな目がこっちを見ているのも、何もかも。


 ただ違うのは、悪魔のようなあの男が見当たらないことだ。夢のくせに痛みはかなり強いからあまり動けないが、少なくともいつもの夢なら少し顔を上げれば奴が視界に入るはず。それなのに今回はどこを見回しても居ない。この惨状を作り上げたのは奴なのに。


 夢を見るのはワンシーンだけだから経緯は分からない。しかし確かにあの男が全てを破壊した。それだけははっきりしている。不思議と確信があった。



「ど、こだ……」



 声は掠れてほとんど出ない。大声を出せばそれだけで死にそうだ。

 ……結構、堪えるな。さっさと起きてくれないか。真っ昼間から寝るからこんな嫌な夢を見ることになるんだ。


 目を閉じればまた眠りについて悪夢から抜け出せるんじゃないかと思った。何にせよ血が足りなさすぎて意識が飛びそうだ。重たいまぶたに抗うのもまた難しい。元々暗くて様子を探れないこの夢も、目を閉じてしまえば真っ暗闇に溶けていく。このまま現実に戻れないだろうか。



「……、ぅ……? なん……」



 不意に聞こえてきた擦り歩くような足音。断続的に響き、わずかに近付いてきている。()か?

 目を開けば視界では紅い目が嫌な光を放っていた。黒髪は闇に溶けるように揺れ、騎士か軍人のような制服に黒いマントをなびかせて立っていた。あぁ、この男こそ憎き悪夢の根源だ。

 こんな服だっただろうか。忌まわしい顔ばかり残っていて記憶にない。だがコイツも大して変わってない。


 男は何も喋らなかった。仲間をズタズタにしてから俺の腹を刺すコイツは、いつも楽しそうに笑い俺を心から見下しながら不愉快をぶちまけると言うのに。

 あぁ、クソ! 顔を見るだけで腹が立つ。


 何も言ってこない男に対し、俺はいつもと変わらない台詞を吐いた。



「殺して、やる……かならず、……この手で……おまえ、を……!」



 途切れ途切れの悪足掻きに、目の前の男は顔を歪めて口を開き──



 ◇



 そして、目が覚めた。

 外は夕方近い。夢での光景は一分にも満たないほどの時間だった気がするが、随分と眠ってしまっていたようだ。


 シリウスはもう起きているらしい。姿は見えないしベッドは冷たくなっている。どこに行ったんだか知らないが、町に出ているにしてもアイツはこの町に慣れ親しんでいるようだから心配は要らないだろう。



「……あんな夢、見る意味あったのか?」



 下らない。もっと、こう、あの男の正体が分かればいいのに。夢の中の俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()、どこの誰かも分からない奴を殺すと宣言しているが……本当にアイツは誰なんだ?

 あの男のことを何も知らないのに殺せるはずない。阿呆らしい。笑ってしまう。



 しかし、これが「所詮は夢だ」と吐き捨てられるほど薄っぺらいものではないことも分かっている。何せ俺は三年近くこの悪夢と付き合い続けているのだ。ただの夢ならこんなに蝕むわけない。そうだろう?


 だからと言って何か重要な意味があるのかと問われるとどうにも答えられないのだが、まぁそれはそれ。俺は占い師でも預言者でもないんでな。特別な信仰心もなく人生の指針となるほどの強い偶像もなく、あるがままに生きるだけだ。


 強いて言えば俺を支えつづけるのは騎士の誉れ……いや、そういうのは全て捨てたか。結局のところ俺には何も残っちゃいないらしい。こう考えるといつ死んだってそれほど後悔はなさそうだ。未練は残りそうだが。



 それにしても、最後に奴は何を言おうとしたのだろう。あんなところで目が覚めるなんてタイミングが悪い。気になるじゃないか。



 不意に扉の向こうからガリガリと引っ掻くような音が聞こえた。シリウスだろうと思って開けてやろうとしたら緩やかに扉が開き、子犬のシリウスが姿を現す。俺を見てぱっと笑顔になり、千切れんばかりに尻尾を振った。



「ご主人起きてる! ただいま!」

「おかえり」



 器用に扉を開けるものだ。こうも自由に動かれすぎると心配になってしまう。



「シリウス、背中のそれは?」

「アーサーに持たされた」



 リュックサックのように背負られている袋を受け取り中身を確認すると、それは分厚い肉が使われた少し高級そうなサンドイッチだった。同封されたメモには『ぜひお召し上がりください』とだけ。口調とは裏腹に、丁寧さの欠片もない読みにくい字。

 アーサーは綺麗な字を書きそうだが、意外と俺よりも汚い字をしている。いつも走り書き、殴り書き。紙面の上を猫が暴れ回ったかのような煩雑さ。とはいえ、書くときは驚くほど美しい字を書けるのだから良いものだ。


 メモを置いてサンドイッチを手に取った。どこかの店のものか? しかしこの町に高級店はなかった気がする。まさかアーサーの手作り? いやそれはないだろう。アイツも料理はそこそこできるが、頼んでもないのに作ってくれるような奴でもない。

 しかし、貰えるものは貰っておこう。



「……うーん、美味いな……」



 パンの硬さも完璧だ。やはりアーサーが用意してくれたのかもしれない。アイツ、執事かって言うくらいには俺の好みを把握してるからな。面倒はないものの、知られすぎてて気持ち悪いくらいだ。記憶力がいいんだろうな。



「ご主人」

「ん、なんだ」

「町の外でエルシェーベトが男達に追われていた。すぐに返り討ちにしていたが」

「……な、」



 何でそれを早く言わない!



「……返り討ちにしたなら、エルは今無事なんだな?」

「買い物をするとか何とかで、イグニスがついて回っている」



 それを聞いて、ほっとため息をつく。イグニスが一緒なら大丈夫だろう。そもそもエルだって弱い女じゃないから過剰な心配は必要ないはずだ。


 だが追われていたのは何故だ?

 ……そう言えば、エルと初めて会ったときは慌てた様子で路地裏から飛び出してきたし、二度目なんて男達に襲われかけていた。今思えばあの慌てようは男達から逃げ回っていたんだな。


 理由はやはりあの髪と目だろうか。仮に血筋は何の関係がないとしても、桃色の髪と紫の瞳は魔女の特徴そのもの。魔女の多くは迫害を受けているし魔女狩りが流行っていた時期もあった。魔女狩りが横行していたのは百年ほど前であって、今は公的に殺戮が行われているわけじゃないが……それでも魔女狩りの文化は無くならない。正直それは、もはやどうしようもないことだ。

 エルが追われていたのが見た目のせいならば、彼女はこれからも永遠に追われ続けることになるだろう。死ぬまでずっと。死んでもなお。



「シリウス。一緒に行動するときだけでもエルを守れるようにしよう。彼女は強いが、万が一ってこともあるからな」

「分かった。任せておけ!」



 変な奴らに追い回されるなんて嫌に決まってる。というより……エルが付け回されるということは、今後の行動を共にする俺達だって、同時に付け回されるってことだ。それはそれで嫌だしな。



 俺はサンドイッチを頬張った。夕飯には早い時間だが、昼飯も食っていないから良しとしよう。夜になって腹が減ったら何か食べればいい。

 以前はこんなことなかったのに、と数か月前のことを思い出した。騎士の頃はほとんど変わらない時間に起きて、食事を摂り、仕事をして、ぐっすりと眠った。おかげで体調はすこぶる良かった。まぁ、規則正しい生活は大事なことだが冒険者になってからは疎かになっているし、なかなか難しいことでもある。



「追われていたこと以外にエルとリッキィの様子は? 元気そうか?」

「うーん、我が見る限りは大丈夫そうだぞ」

「それならいいんだ」



 俺はヴィーヴルを倒した後、エルの姿をはっきり見てしまった。空から落ちた衝撃でフードが脱げた彼女の姿を。だからエルシェーベトはかなり気にしてるんじゃないかと思っていた。姿を見られても平気ならわざわざ隠したりしないんだから。


 実際会ってみると以前と変わらない態度だったが、それが逆に妙な感じがして……まぁ気にしすぎかもしれない。俺が普通に接していれば彼女も気にしないだろう。



「ご主人、我も肉が欲しい」

「仕方ないな……」




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