話し合いが一番早い。
「……まぁ、何だ。コイツは頭がいい。人の言葉を喋るくらいは造作もないさ。ネモフィラ……あぁいや、ヴィーヴルも喋っていたしな」
さすがにこれはちょっと苦しい言い訳だな。
「じゃあシリウスちゃんは……えぇと、すごい子なんですね……」
「あぁ、もちろん。な?」
言い訳を考えるのも面倒で、適当に頷いて適当にシリウスを持ち上げてやる。嬉しそうに尻尾を振っているのは彼の返事と受け取ろう。
「このことは言いふらさないようにしてくれ。人間の言葉を喋るってバレたらどんな目に合うか……」
「言っちゃダメ?」
「あぁ、そうだよ。シリウスが話すことは、誰にも言っちゃ駄目だ。俺達だけの秘密。できるか?」
リッキィはこくりと頷いた。聞き分けのいい子だ。それが親のしつけなのかリッキィの性格なのかは分からないが。
「いいか、シリウスも気をつけるんだぞ。人前ではできるだけ喋るな」
「捕まったら変な奴らに実験台にされるかもな」
「そのときは盟約を交わすギルバートさんも一緒でしょうけどね……」
上等だ。痛みなら強くはなくとも慣れてる方だからな、実験でも拷問でも受けてやる。そのときは返り討ちに遭うと思ってもらわないと困るが。
ま、死んだら死んだで来世に賭けるさ。
「子供の前で余計なことを言わないでください!」
二人に対し怒りを露わにするエルだが、リッキィは何のことかよく分かっていないようだった。むしろ実験だとか何だとか、リッキィほどの幼さでそんなものを理解できていたら恐ろしい。
「さぁ、それはさておきだ。二人の紹介がまだだっただろう」
大きくて怖い方がイグニス、優しそうなお兄さんがアーサーだ。そんな俺の紹介にそれぞれ思うところはあるようだがそれはそれとして、リッキィはと言うと「おじさん、お兄ちゃん」と指差しと共に呟いた。
アーサーに対する「お兄ちゃん」はともかく、イグニスで「おじさん」か。そんなに老けているようには見えないが、子供はなかなか手厳しいな……。
「おいおい、お嬢ちゃん! おじさんはねぇだろうよ! せめてオニーサンじゃねぇか?」
「イグニスって呼んでやれ。喜ぶぞ」
「わかった!」
子供が一人居るだけで大変だ。本当に。いつの間にか全てが子供中心に回って、たった一つやりたいことがあるだけでもそれすら難しいことのように思えてくる。どれくらいこの生活が続くんだか……。
「ご両親も心配してるだろうから、早く家まで送ってやらないとな」
「しかしギルバートさんの退院がいつになるか……」
そう、そこなのだ。俺の体はすこぶる元気だ。あぁ、何度だって言うさ。とにかく元気、好調も好調だ。
だがドクターは本当に許可をくれない。これほど体の調子が良いと言ってもあのご老人は決して首を縦には振らない。この具合ならば入院もあと数日がいいところだとは思うが、いくら医者とは言え彼は心配しすぎなのではないだろうか?
やれやれとため息をつき、「どうにか許可を貰うさ」と返した。
突如、右目に強烈な冷気を感じた。刺すように鋭い冷たさは凍えるより耐え難く険しい。
「っあぁあ……! くそ、またかっ……!」
痛むほど目を押さえ中和させるように熱を与えることで、ようやく冷たさは鳴りを潜めた。内側から侵食されるような不快感にどっと変な汗が出るのは毎回のことだ。
あの《女王の血肉》と名付けられたガーネットが同化してから時々右目が酷く冷たくなることがあった。押さえ込んだ手にもその凍るような冷たさが伝わるほどで、大体はほんの数秒で消えていった。そうやって冷える時は決まって瞳が赤く染まっているらしく、《女王の血肉》の片鱗が伺えるわけだが……どうして急に冷気を放つのかさっぱり分からない。
アーサーが心配そうに、あるいは呆れたようにため息をついた。
「……ドクターが許可をくださらないのは、これが関係しているのでしょうね」
……俺もそう思う。右目の冷気についてはドクターも知っているし、どうしたものかと気を揉んでいるようだった。
だがこればっかりは治るようなものでもないと思う。冷えるということはネモフィラの名残だろうし、詳しいことが何も分からないアーティファクトが原因ならば医者でもどうしようもないだろう。どうにか付き合っていくしか手段はないと思うのだが。
「俺は大丈夫だ、これくらいは問題ない。とにかくリッキィのためにも早いとこ町を出よう。通り道で一番近い集落はどれくらいで着きそうだ?」
「まァせいぜい二日だな。馬車が通れるくらい道は整備されてるからかなり歩きやすい。二日もかからねぇかもな」
野宿は避けられない。子どもも居るしできるだけモンスターの脅威がない宿に泊まらせてやりたかったが、仕方ないな。
「じゃあ出発は明日の朝十時だ」
「集合場所は東のパン屋の前にしようぜ」
あそこのパンは美味いから町を出る前に買っておきたい、と言うイグニスに頷いた。どちらにしても首都はここから東の方だ。どうせ出るのは東の出入り口になるからちょうどいい。
まぁそれほど大きい町じゃないから門はないし、出ようと思えばどこからでも出られるんだが。
「よし、決まりだ」
「でも許可をもらってないんですよね? どうするんですか?」
エルの質問に俺は堂々と返した。
「そりゃあもちろん、直談判だ」
◇
と言うわけで俺はドクターの診察室に来ていた。この町には一つしか診療所はない。それ故ここはそれなりに人が来て、思ったよりも忙しいらしかった。
俺はしばらく待合室で新聞を読んで暇を潰した。転んで怪我をしたという子供が元気そうに走り去るのを視線で見送り、待合室も診察室も誰一人居ないことを確認してドクターにようやく本題を持ちかける。
「お待たせしましたね。ご用件は?」
「もうこの町を出ようと思います。お世話になりましたので、ご挨拶を」
ドクターは「そうですか」と呟き、分かってはいたとでも言うようにただ頷いた。
「ギルバートくん達は大切な目的があるようですし、いつまでも引き留めるわけにはいきません。医者としては心配ですが……」
「どうにか付き合っていきます。大した支障はありませんから」
態度を変えない俺に、ドクターは引き出しから何か取り出した。小さな袋に入っているそれは薄い緑色の粉状で、どうやら飲み薬のようだった。
「魔力鎮静剤です。私の経験則で言わせてもらうと、右目の冷気は恐らく魔力の暴走によるものでしょう。薬を飲めば気持ち程度には治まると思います。保証はできませんが」
「いえ、あるのと無いのとでは違います。ありがとうございます」
「医者として当然です。いいですか、なくなるまではきちんと飲むんですよ!」
何度も何度も繰り返すドクター。それほど俺は信用がないだろうか? 自分としては結構しっかりしてる方だと思うんだが……。
とにもかくにも、案外あっさりと退院許可をいただいた。最初からこうしておけば良かったなぁと後悔しながらも、休息時間を設けるには短かっただろうか? とも思っていた。
だが俺が眠りこけていただけで三か月も経っているわけだし、これ以上この旅を中断するわけにもいかないだろう。暇潰しみたいなちっぽけな理由にしろ魔王を倒すという目標があるのだから。
部屋に戻ると四人で何やら楽しそうに話していた。許可がおりたことを告げればイグニスが立ち上がって少し笑った。
「よし! じゃあ各自準備して、明日の十時パン屋の前で集合な。今日は解散!」
軽やかな手を叩く音を機にそれぞれが散り散りになった。部屋に一人と一匹残され、シリウスは大きく欠伸をしてベッドで丸くなる。俺はやることがなく、とりあえずカバンの中身を整理しては窓の外に目線をやったり、何だか落ち着かなかった。
何をこんなにそわそわしているんだ?
急に冷静になり、荷物を放ってかろうじてスペースの空いているベッドに寝転がった。寝返りを打てば落ちるほど狭い。元々ここは俺の寝る場所なのにシリウスが独占しているんだからおかしなものだ。そもそも寝るんなら小さくなって寝てくれりゃあいいのに、何だって大きい状態になってるんだ。おかげで肩身が狭い。いや、言葉通り。
「……そう言えば肉がついてきたんじゃないか?」
やけにふわふわの毛で分かりづらかったが、前はもう少し細かった。この三か月でたっぷり食べ、ようやく体の大きさに見合った肉付きになってきたようだ。
「良かった」
この調子で元気でいてくれ。
少し安心して、まだ昼間だと言うのに眠りについた。暖かな日差しが気持ちよくてたまらなかったのだ。
──そして俺は短い夢を見た。




