迷える幼子に手を。
「お願い?」
復唱して聞き返せばエルは大きく頷いた。しかし部屋には入らず、手狭な階段へ向かっていく。どうしたのかと思えばくるりと振り返って「少しだけ待っていてください」と言うから……仕方ない。皆で部屋で待っていることにした。
五分か十分ほど待った。木の階段が軋む音がして、あぁ誰か来たなと三人で頷いた。恐らくエルが戻ってきたのだと思うが、やけに音が大きい気がする。エルの足音が響いていると言うよりは、二人分あるような……?
「お待たせしました!」
「あぁ、今開ける」
ノックと共に聞こえてきた元気な声に返事をして扉に手をかけた。
「一体何をしに──っ?」
扉を開けると同時に、膝の辺りに衝撃を感じた。ぎゅ、とわずかに締め付けられる感覚に驚いて下を向けば、そこにはなんと小さな少女が居た。茶色い髪をおさげにした、ほんの五、六歳ほどの少女だ。少女は俺を見上げてほんの少し首を傾げた。
「……ぱぱ?」
「パッ……」
「「パパッ!?」」
この場に居る全員の視線が俺に集まる。純粋に驚いてる様子の三名と、面白いと言いたげな顔の一名。
「ギルバート、お前! ハハッ、隅に置けねぇな!」
「違う、俺に子供は居ない! 恋人は居ないし結婚もしてないのにガキだけ居てたまるか!」
「確かにそうですね……ギルバートさんにそういう交際関係は向いてなさそうですし……」
「相手は誰だ! 紹介してくれよ!」と手を叩いて笑いながら言うイグニスに怒鳴る。そんな俺の反論も大した意味はなく、相変わらず楽しそうに笑うばかりだった。
あとアーサーはちょっと失礼……いやなんと言うか……実際俺は人付き合いが上手い方じゃないが、いざ他人に言われると腹が立つ。
「パパ、怒ってる……?」
大人達がそんな会話をする反面、少女は俺の大声に萎縮したように俺の服を掴んでいて、今にも泣きそうなその顔に戸惑ってしまう。
あぁ、いや、違うんだ、怒ってるわけじゃ……えぇーっと、なんと言うかだな……と言うかそもそもこの子は誰なんだ!
「怒ってない……よ。お嬢ちゃん、名前は?」
「……リッキィ」
「リッキィか、いい名前だ」
いつまでも見上げさせるのも可哀想だ。俺はリッキィを抱き上げ努めて笑顔で話しかけた。怖がらせるといけない。優しい口調で、優しい口調で……。
「リッキィ。俺は残念ながら君のパパじゃないんだ」
「パパじゃ……ないの?」
「あぁ、そうだよ。俺はギルバートって言うんだ。好きに……」
顔が引きつる。笑顔を保てない。
…………、……あぁ、無理だ!
自分で話していて違和感が半端じゃない。こんな鳥肌が立つような気持ち悪い喋り方はもうダメだ。優しい口調はアーサーに任せるとしよう。
「……好きに呼んでいい。が、パパはやめてくれ」
「ぎる、ばー……ぎる……ギル!」
「あぁ、もうそれでいい」
屈託のない笑みに当てられながら小さく溜め息をつく。わずかに言葉を交わしただけなのに何だか疲れてしまうな。
「ところで、この子はどうしたんだ? ……エル、なんでそんな顔してるんだ。どうかしたか?」
なんだか機嫌が悪そうなエル。アーサーやイグニスと何かあったのかと思ったが、特別二人と話し込んでいた様子もない。
俺が首を傾げると彼女は「何でもありません!」と明らかに何でもないことない様子で言っていた。……この様子じゃ聞いても答えてくれなさそうだ。
「その子は隣町で会ったんですけど、お家が首都の近くの町みたいなんです。どうしてこんなに離れた場所に居たのか本人も分からないみたいで……首都まで連れて行ってあげようと思ったんですが、私だけじゃ心許なくて」
「なるほどな……言いたいことは何となく分かった」
つまりは、俺達にリッキィの子守りをさせたいわけだな?
エルが知ってか知らでかは別として、俺達の目的地は首都ディアブロ。その近くの町に住んでいるというなら連れていくことはもちろん可能だ。リッキィがそれでもいいと言うなら。
「だが、俺達と行くと危険かもしれないぞ。ギルドの依頼だってそれなりにこなしていくつもりだしな」
「それでも私一人よりは安全だと思います。皆さんは強い人達ですから」
「わたし、ギルといっしょに行くの?」
うーん、それはどうだろうか。馬車も何もないから、子供にはつらい道のりだろうしな。しかし、こんな幼い子供を放っておくのも気が引ける。そもそもどうせここから首都までの距離は変わらないのだから、少しでも守れる人数が多い方がいいんじゃないか?
「連れていけば良いのでは。守ることに関してはイグニスさんの専売特許ですし、我々も騎士の頃は護衛などもやっていたではありませんか」
「確かにな……」
「アォンッ」
「わんちゃん!」
シリウスが俺の足元をぐるぐる歩き回ってリッキィを見つめていた。触りたいと手を伸ばすリッキィを下ろしてやればすぐさまシリウスに近寄っていく。シリウスはビックリしたように後退し、それを見たリッキィがまた近付き……そんな追いかけっこが狭い部屋の中で繰り広げられていった。
元気だ……。
「……まぁ、そうだな。俺達で送ってやるか」
「良かった! ありがとうございます!」
ぱぁっと笑顔になったエルは深く頭を下げた。そんなことする必要はないのにな。
「リッキィ」
シリウスを追いかけ回していたリッキィがこちらを向く。目線を合わせるように屈んで、言い聞かせるように話しかけた。
「今まではお姉さんが一緒に居てくれただろう? これからは俺達も、リッキィを家に送るまで一緒に過ごすことになった」
「わんちゃんは?」
「あぁ、コイツも一緒だ。俺の家族みたいなもんだからな」
俺の隣に立ったシリウスは自慢げに胸を張っている。兄弟は居ないし父は他界しているし、母は手紙を出しても返事が来ていない。これから会えるかどうかも分からない。元々『お母さん読み書きが苦手なの。手紙を貰っても返事できないかも。えへへ』なんてわざとらしく言っていたから返事自体は期待していなかった。恐らく元気だが……実際、この状況じゃシリウスが唯一の家族とも言える。
「おねえちゃんは?」
「もちろんお姉さんも一緒だ」
俺の返答に、エルは小さく「えっ」と声をあげた。
どうした? 俺達に押し付けるつもりだったのか? てっきり二人とも同行するもんだと思っていたのだが。
「私もついていっていいんですか……?」
「あぁ。むしろ丸投げされても困るからな。リッキィは女の子なんだから、同性がいた方がいいだろ?」
「あ……そうですよね……」
何故か落ち込んだように呟くエルだったが、すぐに「いえ!」と気を取り直した様子だ。
「ご迷惑をおかけしないよう、精一杯頑張ります!」
気負いすぎるのも良くないと思うが……まぁ本人がやる気ならそれでもいい。
「しかし、この人数なら本当に馬車が欲しいところだな」
「買うかァ?」
「馬なんぞにご主人の命を預けられるか! 我が引いてやる、ふふん」
イグニスの軽い発言はともかく、シリウスのやけに張り合おうとする姿勢に思わず笑ってしまった。馬力、って言うぐらいだからな……彼らはかなり力があるはずだ。馬車だってかなり重いはずなのにそれを引かされて更に長距離を歩くのは容易なことじゃない。
シリウスにもそれができるかどうかは、果たしてどうだろう。適材適所なんて言葉もあるしな。
「……え? なん、……え? 喋り、ました?」
「わんちゃんお話しできる?」
目をきょろきょろさせ引きつった笑いを浮かべるエル。リッキィはきょとんとした表情でシリウスを見つめていた。
……あぁ、しまった。俺達以外の前では喋るなと、釘を刺しておくべきだったな。




