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85話

「貴方が今精神エネルギーを燃料に魔術を起動させたように『忌み子』は心の力を元にしているの。心……感情や魂と置き換えてもいいかも知れないわね。そしてその力を発揮するのに必要なのが……」

「…薔薇の刻印……」

「あら、鋭いわね。そう。貴方の言うとおり心を吸い上げ力に変換するポンプの様な役割を担っているのがその薔薇の刻印なの。私があの二頭に対ししたのはそのポンプに怒りや憎しみといった感情を逆流しただけよ?それ以上の行動は彼らの意思よ?」

「なぜ?何故貴方が『忌み子』の刻印に介入することが出来るの!?どうして『忌み子』についてそんなに詳しいの!?」

「カグヤちゃん……質問が多すぎるわよ?」

仮面越しでも分かるくらい大きな溜め息をつく死神をカグヤは鼻で笑った。

「質問に答える時間はたっぷりあるから心配しなくていいわ。」

カグヤが言い終えたと同時にロウガの爪が死神に襲いかかった。ロウガの爪を避けるとその巨大な体躯を軽々しく投げ飛ばすが、ロウガの体が作り出した死角からカグヤが飛び出した。一本の鎌でカグヤの双剣を往なすとカグヤの腹に回し蹴りを命中させた……。

「二人がかりの不意討ちでこの程度?もう少し楽しませてよ?」

「ゲホッ……。二人がかり?何を言っているの?」

腹を押さえヨロヨロと立ち上がるカグヤの顔からは笑顔が消えていなかった。カグヤの言葉の意味を理解することが出来たのはこの直後だった。左目の左端を鉛色が覆った……。顔の左側に走った衝撃が仮面に罅を入れ崩れ落ちていく。死神は左手で掴んでいたタクトを投げ捨てボロボロになった仮面を脱いだ。

「二人がかりじゃないわ!!三人がかりよ?」

投げられたタクトをキャッチしたカグヤは再び死神に

剣を向けた………向けたが仮面の下から覗かせた素顔がカグヤの戦意を一瞬だが掻き消した。カグヤの記憶の中にいる女性の顔が死神の顔と合致した。

「お久しぶり………ね?D・Aでの生活は楽しんで貰えたかしら?」

「カグヤ!この人誰?どうしてD・Aを知っているの?」

隣で剣を構えるタクトが肘で突っつき尋ねる。

「タクト君とナオキ君は初めまして……だよね?」

不気味な面とは打って変わって美しく整った顔がタクトとナオキに微笑んで見せる。

「私はあの女に誘われD・Aの中に入ったの……。」

以前カグヤ自身が言っていた気がする。女に誘われD・Aのキャラクターになった………と。

「タクト……逃げるぞ?」

傷だらけのナオキの判断にタクトも賛成した。この女、得体がしれなさ過ぎる。まるで歯がたたない程の戦闘力もそうだが『忌み子』の刻印に感情を流し込む技術を知っている。カグヤやロウガが同じように感情を流し込まれミノタウロス達と同じように狂気に支配されたら?それにカグヤの傷を治療したのも気になる。殺す気がないのは誰も致命傷を受けてないことから想像出来るが傷を治療する理由が分からない。説明のため……?強者の余裕………?どちらも違う気がする………。

「せっかく再会したのに、もう行っちゃうの?」

タクト達の話が聞こえていたのか女が鎌で空を切り裂いた。それを合図にカグヤの双剣と女の鎌が衝突する。目で追えない程の速度で打ち合うがやはりカグヤの方が不利なようで少しずつだが押されていく………。

「きゃぁっ!!」

「カグヤッ!」

鎌の応酬に負けたカグヤをタクトが受け止める。

「カグヤ、逃げるよ?」

耳元でカグヤに逃げるように促すが即否定された。

「逃がして………くれると思う?」

鎌を片手で回しながら一歩一歩歩いてくる。回る度に鎌の柄につけられた鎖が風を切る音を鳴らす。その音が消えたとき、タクトの体には鎖が巻き付いていた。

「タクト!」

伸ばしたカグヤの手はマグロの一本釣りのように釣られたタクトを掴まえることは出来なかった。



巻き付いた鎖が皮膚に食い込み痛い。藻掻けば藻掻くほど余計に食い込む。

「は、はなせ…」

「心配しなくても逃がしてあげるわよ?ただ、その前に……」

タクトの唇にプリンのように柔らかい女の唇が重なりあった。女の唇から何が口の中に入ってくる。暖かい何か。舌?違う……流動体だ。唾液?それも違う……

もっともっと大量の……。



目の前で起きていることなのに状況の把握が出来ない……。実際に数秒だろうが長い時間その光景を見ていたように思える。自分の愛おしい人が自分以外の人とキスをしている……それがこんなにショックだったなんて……………。

「離れろ!!離れろ!!離れろ!!タクトから離れろーーー!」

怒りに任せ振った剣は女を斬ることは出来なかったがタクトから引き離すことは出来た。女からタクトを隠すように二人の間に立った。ギリリッと音が聞こえて来そうなくらい歯を噛み締める。この女が許せない!

「フフッ、これでタクト君と私は二人で一人。私の存在意義はタクト君が叶え、タクト君の存在意義は私が叶えてあげる。互いが互いの為に存在する運命共同体。どう?羨ましいでしょ?」

怒りで女の言葉なんか耳に入ってこない。狩りをする野生動物のごとく、ただただ女の隙を伺った。

「さて、良い感じで手入れも出来たしそろそろ失礼しますね?カグヤちゃん、私の半身のタクト君をしっかり守ってあげてね?その為に傷を治療したのだから……。」

タクトは今にも斬りかかりそうなカグヤの裾を掴んで制止する。

「キミ、名前は?」

タクトの問いに女は目をパチクリさせた。

「私の名はドロテアよ。タクト君達が劇でみた薔薇の魔女ドロテア。それじゃあまた会いましょう?」

それだけ言い残すとドロテアは森の中に消えていった。



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