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47話

「キミの名前は?」

「キャラベル」

「そっかぁ。キャラベルちゃんって言うのか。良いお名前だね。お兄さんの名前はタクトって言うんだ、よろしくね。」

落ち着いたのかようやく子供が泣き止んでくれた。キャラベルと名乗った七歳前後の女の子。背中には弓、矢は全部使ったみたいで空っぽになってる。短くカットされた髪、動きやすい服装が活発そうな印象を与える。

「お兄さんはね、村の皆に頼まれてキャラベルちゃんを探しに来たの。皆、心配してたよ。」

「ごべん…なざい」

「わわっ、泣かなくていいからっ!それに謝るのはお兄さんにじゃなくて村の皆に謝ろう、ね?」

タクトはキャラベルの小さな手を取り立たせるとキョロキョロと周囲を見回した。

「お兄さんどうしたの?村に帰るんじゃないの?」

キャラベルの言葉にドクンと大きな脈を打つ。…………………村ってどっち?迷った……。今まで森に入った時は誰かと一緒だった。その人に着いて行けば迷う事はなかったが今は違う。タクトと同じく迷った子供がいるだけ。助けを求める相手も手段もない………。

「お兄さん、早く帰ろう?」

キャラベルに急かされタクトはゆっくり歩いた。キャラベルの歩幅に合わせるように……遭難した時は動かない方がいいと聞いた事があったからなるべく動かないように……。本当は動かない方がいいのだろうけど「迷ったから救助がくるまで待つよ」なんて言えばキャラベルに不安を与えまた泣かせてしまう。それだけは避けたかった。



「それじゃあ、ここで休憩しようか?」

「またぁ!?お兄さんスタミナ無さすぎだよぉ」

「ごめんね。お願い、少しだけ休憩させて」

「…………仕方ないなぁ」

やっぱり動かない方がいいのでは?帰り道が分からないのに歩き回るのは体力を消耗するだけでは?キャラベルの体力がどこまで持つのか?様々な思いから何度も休憩を挟んだ。一向に出れない森に焦りだけがどんどん溜まっていく……。

「お兄さんどうしたの?ボーッとして?」

「ごめんごめん。キャラベルがどうして一人で森の中に入ったのか考えてて……。」

「あははっ、変なの!そんなの考えなくても聞けばいいじゃない!?」

「あはは、そうだね。教えてくれる?」

「うん……とねぇ、お母さんの農作業のお手伝いをしてたら狐を見つけたの。」

「狐?」

「うん、狐の肉はお父さんの好物だから食べさせてあげようと思って……。」

「そっか……。キャラベルは優しい良い子だね。」

「えへへ、そうかな?」

「そうだよ。きっと良いお嫁さんになるよ。そろそろ行こうか」

タクトが頭を撫でるとキャラベルが笑みを零した。子供らしい純真無垢な笑顔。タクトが再びその小さな手を握り並んで歩きだすが不穏な動きを感じる……。一つ………いや、全部で三つの何がタクト達を挟むように動いている。風が無いのに揺れる茂みがその居場所を知らせてくれる。

「走るよ、しっかり掴まってて!」

「きゃっ、な、何!?降ろして!!」

タクトに抱かれ困惑するキャラベルだったがすぐに状況を理解した。タクトの肩越しに見えたのは走るタクトを追いかけるモンスターの姿。

「ゴブリン…だ……」

その言葉を聞き安堵した。ゴブリンならタクトのように多少でも戦闘訓練をしていれば勝てる相手。問題は腕の中にいるキャラベル。

「ここから出ちゃダメだよ」

「で、でも相手は三体もいるんだよ!?」

「大丈夫。キャラベルの事はちゃんと守るから!」

タクトは岩と地面との小さな隙間にキャラベルを押し込むと片手剣を握りゴブリンへ立ち向かった。その背中を見ながらようやく気がついた。タクトがゆっくり歩いたのは自分の歩調に合わせるため、休憩が多かったのも自分を気遣っていたため。そして、今ゴブリン三体を相手に見事に立ち回るタクトは頼りないと思った最初の印象とはかけ離れ勇ましく思えた。

「タクト兄さん、格好良い………」

その言葉が出たのは最後の一体が地面に倒れた時だった。


「ほぇー!タクト兄さん強いんだね!」

「そんな事ないよ。まだまだ弱いよ」

キャラベルの服に着いた砂を払うと乾燥した砂は埃になって舞う。

「キャラベル決めた!タクト兄さんのお嫁さんになるぅ!」

「キャラベルが大きくなったらお兄さんはおじさんになってるよ?」

「パパもおじさんだからタクト兄さんがおじさんになっても気にしないよ!」

「そっか、それじゃあキャラベルが大きくなってお嫁さんになってくれるの楽しみにしてるね。」


………………………!!!!


タクトの顔から血の気が一気に引いてく……。空気が重くなった。タクトの周りだけ重力が増したみたいに上から上から押さえつけられた。本能が告げる。これは圧倒的強者から自分に向けられた害意だと。今まで見てきたモンスターを遥かに凌ぐ強者が近くに来てる。バキバキとい音とともに一本の木がたおれていく………。

マズイ……。逃げろ!!ここに居ちゃダメだ!!頭では分かっている。けど、体が動かない!全身が震え総毛立ち、四肢に力が入らない。この場から急いで逃げないといけない!それは分かっている。けど、同時に逃げたらいけない。そんな矛盾した相反する思いがタクトの中に浮かんで来た。


圧倒的強者が一歩一歩確実に近づいてくる。落ち葉を踏む音が段々と大きくなるにつれタクトの焦りも大きくなっていく。壊れたロボットのように思い通りに動かない体を脱ぎ捨てたい……。

「ひ、人が……」

強者からの言葉に呼応するように首が声のした方へと勝手に動く。タクトの視界が徐々に動いていき、強者の姿を網膜に映した。


そこにいたのは鬼神だった。女性的特徴の乏しい細身の体には女子高生のような制服を身に纏っている。スカートから伸びる華奢だが艶かしい脚。腰には一対の双剣。小さな胸の膨らみには汗でシャツが張り付いている。体の真横に置かれた拳は強く握られワナワナと震えていた。歩く度に淡い桃色をした長い髪と側頭部で結ばれたリボンが揺れている。その姿はタクトのよく知る人物、カグヤだった。ただ一つ違うのは、その端整な顔に浮かぶ表情。普段は穏やかな優しい表情だが今は違う。今までも怒った表情を見たことはあるが今回は比べ物にならない。まさしく鬼神と呼ぶに相応しい表情だ。


「人が……心配して…森の中を走り回ったっていうのに………幼女を相手に結婚の約束するなんて……良い根性してるじゃぁない……」

首を全力で横に振った。子供の言う事だ、「お父さんのお嫁さんになる」と言っている子供と同じだと言いたいがあまりの恐怖に声が出ない。陸に揚がった魚のように口がパクパク動くだけ………。タクトの胸ぐらが右手で掴まれ強引に立たせられる。カグヤの左手がグーとパーを繰り返すのを見て唾液を飲み込み歯を食いしばった………。


「あぁぁああぁああ~~」


タクトの悲鳴と目の前で起こる惨劇にキャラベルは両手でその視界を遮った……。




「さて、皆無事の様だし村へ帰ろっか!!」

「今、無事じゃなくなったけどね………」

ようやく怒りが収まり普段と同じ優しい表情になったカグヤが先導しヤコン村への帰路へついた。

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