落胆した者
サスペンスっぽいものを書いてみたいと思い、とにかく書いてみる事にしました。紆余曲折が予想され、筆の進みが遅くても必ず完結させますのでご容赦下さい。
男はテレビの画面を凝視していた。
年末を迎え、日に日に寒さが増してきている中、炬燵に陣取った男の眼前には50枚の連番の宝くじが並んでいた。
画面の向こう側では、回転する番号表示ボード達に向かって、今まさに最後の矢が発射されようといていた。
「それでは、最後の当選番号の発表です。」
司会役のアナウンサーの声に続いて、効果音が流れた。
不要な演出に、男は少々苛立った。
それから10秒後、矢は一斉に放たれた。
トンットンットンットンッ‥‥8つの円盤ボード全てに矢が刺さった。
そして、ボードは少しずつその回転力を失っていき‥やがて止まった。
「53組、5、6、9、2、4、9‥当選番号は53組の569249です。」
発表された最後の当選番号を聞き、男は愕然とした‥。
そして、呟いた。
「なんて事だ‥。」
眼前に並べられた宝くじ‥‥その一列目の左端の番号は、53組の569251だった。
直後、男はそのカード達を手で払い飛ばし卓上に倒れ込んだ。
「畜生~!」
これから、どうしたらいいのか?
男は思案を巡らせたが、妙案など浮かばなかった‥。
やがて、考える事を止めた男は、そのまま訪れた睡魔に身を任せ眠りについた。
話は2ヶ月半前に遡る。
男は交番勤務の警察官だった。取り立てて強い正義感を持っている訳でも無かったが、男なりの世間体と打算があって職業として警察官を選択し、その仕事についていた。
そんなある金曜日の昼過ぎ、一人の若者が交番を訪れた。手には緑色のリュックサックをぶら下げていた。
「どうしました。」
尋ねた男に、彼が言った。
「実は、そこの公園でお金を拾いまして‥。」
「ああ、拾得物ね。ご苦労様。」
「じゃあ、預かり書を作るからそこに座って。」
「はい。」
「それで、いくら拾ったのかな?」
「百万円です。」
ペンを走らそうとしていた男の手が、ピタリと止まった。
「百万円?」
「はい。これに入って置かれていたんです。」
そう言って、若者はリュックサックを差し出した。まだあまり使い込まれていない、ポリエチレン製のその中を確認すると、ビニール袋に入った札束が確認された。それは確かに壱万円札で、数えると100枚あった。
「じゃ、じゃあ、書類作るから座って待ってもらえるかな。」
すると、若者は少し困った表情を見せた。
「どうかしたの。」
「あの‥時間かかります?」
「少しね。」
「だったら、後で仕事帰りに改めて伺わせて貰ってもいいですか?いま仕事の昼休みで‥もう戻らないといけないんですよ。」
「そうなの。う~ん、解った。じゃあ、名前を教えて貰える?」
「はい。渡辺直樹です。」
「渡辺さんね。じゃあ、後で必ず来て下さいね。」
「はい。7時過ぎ位になると思います。」
「では、失礼します。」
そう言って若者は去っていった。
男の眼前には百万円が置かれていた。
そして、結果的に男には考える時間が出来てしまった。この男の自制心程度では抑えられない、悪事の実行へ向けて考える時間が‥。
それから6時間後、若者は約束通り交番にやって来た。
「先程はどうもすいませんでした。」
「ああ、渡辺さんですね。お待ちしてました。」
男はにこやかな表情で若者を迎えた。
そして一通りの聞き込みを終えた後、男は作成した預かり書を若者に渡した。
「では、3ヶ月経っても落とし主が現れなかった場合、お金は渡辺さんのものになります。その際は、この預かり書と免許証を持って私宛に取りに来て下さい。」
「解りました。」
そう言って若者は帰っていった。
きっと、この若者は交番に拾得物を届けるのは初めてだったに違いない。だから知らなかったし、気付かなかったのだろう。
紙幣の拾得物の3ヶ月後の受け取りは、通常警察署で行われるという事に‥。彼が受け取った預かり書が男が偽造した物である事に‥。
こうして男は、百万円を手にした。但し、手にしたのであって手に入れた訳ではない。最終的には返さなければいけないお金である。しかし、男はその経験上からこうしたお金の殆どは持ち主が現れない事を知っていた。
要は3ヶ月後に百万円を返せればいいのだと、男は考えた。
翌日の土曜日、男が向かったのは競馬場だった。
男の狙いは、その金を使って自分が遊ぶ金10万円を手に入れる事だった。そのための方法も考えてあった。
男はその日の開催レースで、単勝が2倍前後のものだけを買う事にしていた。チャンスは3回ある。最初は10万円で賭ける。もし外れたら次は20万円で賭ける。それでも外れたら、次は40万円で賭ける。このうち1回当たればそれでいいのだ。経験からも統計的にも上手くいくと思っていた。‥‥しかし、この日のレースは荒れていた。男の購入した馬券は3枚とも的中しなかった。
男は焦った。手元の残金は30万円に減っている。もう、堅い単勝や馬連では取り返せないと考えた男は、馬単、3連複等で残りのレースの馬券を買い勝負に出た。
しかし、買った馬券は1枚も的中しなかった。
最終レースが終わった時、男の手元に残っていたのは僅か3万円だった。
男は、自らが招いた突然の窮地に困窮していた。
3ヶ月後迄に百万円用意できなければ、自分は犯罪者となり職を失うという事は解っていた。家族や友人に頼んでお金を借りるという方法もあった筈、いや寧ろそれが一般的な対応策だろう。
だが、男はそうしなかった。頼める家族や友人がいなかったのかもしれない。それでも、他にも方法はあったであろう。
しかし、男が選んだ方法は宝くじを買うという神頼みだった。
男が向かったのは、最寄り駅の改札口脇の宝くじ売り場だった。それも、販売最終日の販売時間終了間際だった。
『残り物には福がある。』有名なことわざにあやかったらしいが、男にとって誤算だったのはそこに長蛇の列が出来ていた事だった。そして、悲劇は訪れた。
男の前の年配の男性が通しで100枚を購入した直後、窓口の女性が販売終了のボードを呈示したのだ。
慌てた男は、その女性に訴えた。
「おいっ、待てよ!俺にも売ってくれよ!」
しかし、女性の対応は業務的なものだった。
「販売時間は決まっております。異例的な受付は一切受けられません。」
内心、怒鳴り声を浴びせたかったが、男には自らの職業の社会的な立場を考えると、それが許されない事が解っていた。
男はガックリとうなだれ、帰ろうとした。その時だった‥。
「あのう‥。」
声を掛けたのは、男の前に最後に宝くじを購入した男性だった。
「よかったら、私が買ったうちの半分をお譲りしましょうか?」
「本当ですか?」
「ええ、人に親切にすればかえって良い事があるかもしれないですしね。」
「ありがとうございます。助かります。」
男は喜んでその年配の男性の申し出を受けた。
そして男性から後半50枚の連番宝くじを受け取り、その代金を支払った。
しかし、手に入れた宝くじ券が当選する事は無かった。




