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通報者  作者: 末広新通
2/25

出勤する者

 「あーたーらしーい、朝が来た、‥‥」

 枕元の左手に置いてあるスマホが、ラジオ体操の音楽を奏で出した。それは、僕にとっての起床時間の告知を意味していた。

時間は朝5時。名残惜しい布団内の暖に別れを告げ、僕は立ち上がってカーテンを開けた。

外はまだ暗い。

冬のこの時期の日の出は6時半位なのだから、当然ではあるが‥

これから支度をして出勤しなければならない僕にとってテンションを上げにくい景観に、溜息が自然と出た。

 僕が住んでいるのは、勤務先である大手不動産会社の独身寮だった。

現在担当している大規模販売物件がこの寮から遠方の為、管理用の鍵を保管している僕は、販売開始をする今日からこの物件が完売するまでの間、早朝から現地に向かう責務を担っていたのだった。


 身支度を終えた僕は、部屋を出た。

廊下にはまだ、補助電灯しか点灯しておらず薄暗い。

僕の左隣の部屋には、以前は僕より二回り以上年上の先輩が住んでいたが、一年前に退職して現在は空きになっている。

右隣の部屋には、2つ下の後輩が住んでいるが、出勤時間にはまだ相当余裕があるのだろう。起床した気配はなく静かだ。

不公平感を感じつつ、階段で1階へ降りた僕は正面玄関に向かった。

 まだ5時半だったが、既に玄関ホール脇にある管理人室には明かりが点っていた。

元公務員で既に60歳を過ぎている管理人は、いつも朝が早い。以前聞いた話では、5時位にいつも朝の散歩をしているらしい。年寄りの朝は早いというが‥それにしても、いったい何時に起きてるのだろうか‥。

僕が玄関ホールまで来たところで、管理人室のドアが開いた。

「おはよう、渡辺さん、随分早いですね。」

「あっ石橋さん、おはようございます。担当物件の関係で、今日から暫くは早出が続く事になりまして‥。」

「そりゃあ大変だねぇ。頑張ってな。」

「はい。では行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

僕は、いまだ日の出を迎えてはいない薄暗い外界へ踏み出した。

 

 僕の住んでいる社員寮は会社の本社のすぐ近くに建てられていた。

先週まで、僕は今回の大規模販売物件のプロジェクトチームの一員として、本社内での販売戦略会議とそのスケジュール策定に参加していた。

そのため、出社時間の十数分前に寮を出ればよかった訳だが‥今日からは、本社に隣接してる社員兼来客者用駐車場にいったん行き、そこから会社の車で現地へ向かうという過程を踏まなければいけなかった。プロジェクトチームの一人が

「会社の車に販売物件の広告を貼って、それで現地へ出勤すれば、行きと帰りの間にいい宣伝になりますよ。」

などと、余計な意見を言ったのが原因だった。


 約15分後、僕は駐車場に到着した。

約300坪の敷地内に車は5台止めてあった。その中でも、派手な宣伝用広告が設置してある僕が使用する車は、異質な存在感を放ち目立っていた。‥乗るのが少し嫌になった。

僕はポケットの中でキーボタンを押した。

一瞬、車の両側のサブライトが点滅し、ドアの開錠を告知した。

僕は後部座席に鞄と上着を放り込み、運転席に乗り込もうとした。だが、その時僕が目にした光景が、僕の一連の行動を止めた。


右隣の黒のノートの助手席のドアが少し開いている。

そして、そこからはみ出ていたのだった。人間の手が‥。


 恐る恐る、車の窓越しに中を覗き込んだ。

男がうつ伏せになっていた。運転席から助手席側に倒れこんだような体制で‥。

僕は、そっとドアを開けた。

「あの‥大丈夫ですか?」

声を掛けたが、反応がない‥。

男の格好ははキルティング素材の黒いジャンパーにジーパンだった。外側に伸びていた腕を軽く叩いても、反応を示さなかった。

僕は男の手をそっと掴んで‥‥直後、すぐにその手を離し、後ずさりしてしまった。

男の手からは既に体温が失われていた‥。

つまり、僕の眼前にあるのは、恐らくは死体なのだという事を悟ったのだった。


 どれ程、経っただろう‥。

恐らくは、3分程だと思う。正気を取り戻した僕は、ようやく今の自分の置かれた状況を踏まえて、これからどうするべきかを考え始めた。

①一国民として、やはり警察に通報をするべきであろう。

②担当物件の鍵を管理している自分は、仕事上の職務を果たす為に定時までに現地に行かなければならない。

③本来なら、警察が到着するまでここに居て、状況説明するのが望ましい。

④ここから居なくなる事で、自分にあらぬ疑いがかかる可能性があるのではないか。

⑤この時間、本社にはまだ誰も出勤などしていない筈である。

 熟考の末、僕は懐からスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「はい、石橋です。」

架電先は、先程挨拶を交わした管理人の石橋さんだった。

「あっ、石橋さん、渡辺です。」

「あ~、渡辺さん‥あれ、お出掛けになったばかりじゃ‥。」

「そうなんですが‥実は予想外の事態に遭遇しまして‥。」

「えっ、予想外の事態って‥?」

「はい、実は‥‥」

「それで、石橋さんに御願いしたい事が‥‥」


僕は自分が遭遇した事象を石橋さんに説明した。

その上で、自分がこれから警察に通報するが、警察が到着するまでこの場所に留まる事が出来ない事、警察が到着した際の事情説明を代わりに御願いしたい事を伝えた。

石橋さんは驚き、困惑したが‥その役を引き受けてくれた。

「本当すいませんが‥宜しく御願いします。」


 僕は切電すると、すぐさま警察に電話した。

「はい、こちら110番です。事件ですか?事故ですか?」

応答した女性に、僕は自分の名前、死体を発見した事、発見状況、発見場所の住所を告げた。

女性は、更に詳しい聞き込みをしようとしたが、僕は、

「自分は急ぎの用事があるので、後は宜しくお願いします。」

と一方的に告げ、切電してしまった。

 そして、僕は管理物件へ向かって現場を後にした。

そこにある死体の顔すら見る事もなく‥。

もっとも、例え見たところで、果たしてその人物が誰であるか気付けたかどうかは判らないが‥。




 

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