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第六話 普通の女の子?

 放課後、僕は一人で帰ることが多い。

 部活に参加している生徒が多く、クラスで仲の良い面子は毎日遅くまで部活に励んでいるからだ。ダリィ、メンドイと言いつつ、ちゃっかり放課後になれば急いで準備する辺り、みんなそこそこには楽しんでいるらしい。俗にいうツンデレだろうか。男のツンデレなんて気持ち悪いだけだけど。

 一人で帰るのは嫌いではない。

 高校生になってからずっとだから慣れたというのもあるけど、単に一人でゆっくりできる時間は好きなのだ。特に目的もなく駅前をぶらついたりして、のんびりと帰宅する。多くの生徒が部活でストレスを発散するように、僕にとっては下校中がリラックスできる時間なのだ。

 帰ってからは宿題や家事をやっていてそれなりに忙しいし。

 そんな貴重なリラックスタイムなのに今日は胃が痛い。

「……きょ、今日も授業、大変でしたね」

「そ、そうだね」

 それはきっと隣を歩いている桜井さんが原因なのだろう。彼女本人というより、彼女と一緒に教室を出てから注がれる視線のせいだ。遼平や他のクラスメイトにも明日にでも言い訳をしないといけないと考えると、それだけで憂鬱にもなる。こんな美少女と帰っているのに、緊張やら圧迫感やらで楽しむどころではないというのが本音だ。

 ならば一人で帰ればいいのにと思う所だけど、残念なことに「一緒に帰ってあげて」とお願い口調なのに声音と表情で有無を言わさぬ威圧感を放ってきた清水さんに正面から歯向かう選択肢を取る勇気はなかった。それにまぁ最近は物騒だし桜井さんのような女の子が一人で帰るのは危険だから、という清水さんの言には説得力があった。

 互いにギクシャクしながら歩いている僕らは端から見れば滑稽だったに違いない。 

 しかし学校を出ると部活動に参加している生徒が大半なおかげか、余裕が出てきた。

 長い髪を風に揺らしている桜井さんを横目で見る。

 そうだ。せっかく校内でも人気の桜井さんと一緒に帰る機会を得られたのだ。彼女が何を思って、僕と一緒に帰ろうと思ったのかは分からないけど、いつも楽しんでいる放課後の時間を辛気臭い雰囲気で終わらすこともないだろう。

 そう考え、僕は何か話題はないかと考え――さっきのHRで先生が言っていたことを思い出した。

「文化祭の準備、もうすぐだね」

 僕の言葉に彼女がビクリと体を震わせた。そして、こっちを見る。ちょっと表情は堅い。

「文化祭だよ。さっきHRで先生が、何をしたいか考えとけよって言ってたよね? 桜井さんは何かしたいのあるかなぁって?」

「あっ、そうですね……。私は喫茶店とか面白そうだなって思います。料理なら手伝えることもたくさんあるかもって」

「あー……喫茶店かぁ」

 僕の苦笑を見て、桜井さんまで表情を曇らせた。

 慌てて、口を開く。

「去年やったんだ、喫茶店。それに喫茶店だと文化祭当日に凄く忙しいんだよね。仕事で半日は確実に潰れるし」

「そうだったんですか」

 桜井さんがほっと安堵したように表情を緩めた。

「二日間あるから一日潰れるくらいは大丈夫なんだけどね」

「そういえば、この学校は文化祭が二日あるんですよね」

「うん。二日目は一般開放するからけっこう騒がしくなるよ」

 クラスでの出し物は普通なのだけど、部活動での出し物もあるので規模は大きい。去年も二日とも退屈せずに出し物を楽しめた。今年は野球部の出し物をレベルアップさせると遼平が息巻いていたので実に楽しみだ。冷やかしに行こう。

 一カ月前の今日からずっと文化祭の準備期間でもいい。そう願う理由は簡単。

「その前に定期試験があるからなぁ。面倒だよね」

 なんてことはない。一か月近くも前のHRで既に出し物を何にするか考えているのは、間に挟まっている定期試験に時間を取られるからだ。学校側としては試験明けの気が緩んでいる時にこういう行事も纏めて終わらせたいのだろうけど、そのため準備のスケジュールを組んだりするのは大変だ。

「でも里見くんは成績、良かったですよね?」

 しかめっ面を隠さないでいると、確認するように問われた。

「うーん……それなり、かな」

 校内では上の方だ。それは定期試験の結果で分かる。けど全国模試だと思う様な結果を出せていないし、自慢できるほどじゃあない。

「理系科目が得意なの、羨ましいです。私、文系科目は大丈夫なんですけど特に数学とかは……」

 と、最後は言葉を濁して曖昧な笑みを浮かべる桜井さん。

 僕の記憶が正しければ、桜井さんもけっこう賢かったはずだ。それはこの学校に中途入学できたことからも分かることだし、文系科目が得意というのはしっくりくる。

 それはともかくして。

「清水さんから聞いたの? 僕が理系ってこと」

 この学校だと順位が張り出されることもないから、テストの結果は個別に知らされている。遼平とかとはそもそもテスト結果を話すようなことは少ないし、詳しくテストの点数を教えたりした覚えがあるのは、勉強を見ていたことのある清水さんくらいだ。

 桜井さんに清水さんが教えた、というのは二人の親密さを見ていれば違和感はない。・……この二人の間で僕の話題が上がっていたことは違和感バリバリなんだけど。

「ち、違うんですっ!」

「へっ? あ、違うの?」

 突如、声を張り上げた桜井さんにびっくりしてしまう。

 驚きながら横を向くと、少し顔を赤くした桜井さんが忙しなく手を振っている。

「えっ、と……その、違わないんですけど……違うんです!」

 ――ほう、その心は?

 と訊ねたくなったけど、何となく今日一日行動して思ったことだけど、こういう場面で彼女を急かす様な真似はしない方がいい気がする。ので、静聴。

「聞いたのは事実なんですけど、その行為に関する明確な理由があった訳ではなく、里見くんのことを意図して聞き出そうとかそういう魂胆があったわけではないんです。敢えて言うのならば日常的な世間話の中で偶然出てきた話題でしかなくて、それを私が運よく覚えて頂けと言いますか、決して二人して里見くんの情報共有だとか、朱里ちゃんが私のためを思ってくれたとか勇気を出すための作戦を練っていたとかそういうわけでは――」

「……」

 どうしよう。僕のヒアリングスキルを圧倒的に上回る早口だ。まったく聞き取れない。何かいっぱい喋っていた気がするのに、わずか数秒で言い終わってしまった。いつものゆったりとした物腰はどこに消えてしまったのだろうか。

 辛うじて聞き取れたのは、

 里見くん 意図して 魂胆 運よく 情報 作戦

 などの単語だけなのだけど、どうしよう。どうにも物騒なワード集に思えてならない。彼女たちが僕の事をどう思っているか、凄く気になってしまう。当然、悪い意味で。

「わ、分かってくれましたか?」

 デジャブ。

 そう思った。

 言うまでもなけど、分かっていない。しかしもしそう答えたなら桜井さんは親切に先ほどの物騒ワード集の内容をじっくり丁寧に教えてくれちゃったりするのだろうか? それは凄く遠慮したいというのが本音だ。不安しかない。

 だから、

「うん、理解したよ」

 デジャブ。

 また思った。

「そうですか!」

 これまた安堵した表情を見せてくれた桜井さんに何やら言いようのない不安を覚えてしまったのだけど、これらのやり取りで緊張が解れたようで、それからは随分と砕けた感じで話せるようになった。

 この学校の生徒の大半が利用しているであろう最寄り駅は大型のショッピングモールがあったりと高校生の暇つぶしには困らない充実度を誇っている。

 駅前の大型交差点で足止めを食らう。この交差点、歩行者が通れる時間が短くて中々に面倒臭い。

 僕や清水さんのような帰宅部の面々がちらほら。そして僕に突き刺さる視線がビシバシ。

 ふはは、さては桜井さんほどの美人と一緒に帰っている僕を妬んでいるのだな。昨日まで彼らの側だった男だからよく分かるぞ、その気持ち。リア充爆発と念を込めてくる彼らに言ってやりたい。聞いて驚け、なんと僕は昨日彼女に誠心誠意の気持ちを伝えられたのだ。――嫌い、とね。

「おっふう」

「ど、どうしたんですか?」

 嫉妬の視線を堪えるために心の中だけでは強くあろうと思ったのだけど、駄目だった。口から謎の音が飛び出していた。

「その……ちょっと寒くなってきたなって思ったんだ」

「大丈夫ですか? 確かにだんだん寒くなってきましたよね」

 嘘ではないのだけど、こんなに真剣に心配してもらうと罪悪感が半端ではない。そうだよね、と同意する声は震えていた。

 そんな僕の矮小な気持ちなど露知らぬ様子の桜井さんは薄手のカーディガンの上から両手を摩っている。彼女の可愛げな、か弱そうな雰囲気もあってか、そういう仕草が実に様になっている。これが清水さん辺りだと「さっむ!」と男らしく文句を言いそうだ。

「そうだね。そろそろブレザーの上着、出さないと」

「あとコートも準備しないといけません」

 面倒そうな僕と対照的に、桜井さんは顔を綻ばせている。語尾も軽やかな響きだ。

「楽しそうだね」

「えっ、そうですか?」

 あれほど分かりやすく表情に出していたのに、言い当てられたことに心底驚いた様子を見せる桜井さんが少し可笑しい。

「そうですね……楽しみ、です。朱里ちゃんに聞いたんですけど、この学校、服装に関しての校則が緩いんですよね?」

「けっこう緩いよ。ほら、これがオッケーなくらいだし」

 僕はワイシャツの上から羽織っているパーカーを指さす。公立の厳しい所ならパーカーはアウトだろう。それに桜井さんもけっこう洒落っ気のあるカーディガンを着ているけど、これとて普通なら微妙な所だ。

「朱里ちゃんと学校に使う用のコートを一緒に買いに行く約束をしてるんです。前の学校は指定のコートしか駄目だったんで。何を着ていくか迷っちゃうんですけど、それが楽しいんです」

 彼女の説明になるほど、と頷く。女子が楽しそうにそういう話をしているのは普通だ。常識的な服装なら、たいていオッケーなので、桜井さんも思う存分オシャレができるはずだ。

「ちょっと意外かな」

「何がですか?」

 コテン、と首を傾げる桜井さんに続ける。

「桜井さんもそういうの気にするんだなぁって」

 ちょっと失礼に聞こえるかもしれないけど、彼女が見た目に気を付けていないと言いたいのではない。

 黒髪をまっすぐ伸ばしているのも髪を染めてたり化粧をしたりと垢抜けた雰囲気の人が多い今時ではちょっとめずらしいし、男子とは距離を取る浮世離れした雰囲気から普通の女の事は違う印象を持っていたのだ。

 服装なんて気にしなくても十分モテそうだし、そういう風に普通の女の子らしくお洒落に気を使っている彼女に僕が勝手に違和感を覚えているだけだ。昨日から少し話すだけでそんな僕のイメージは間違っていると理解しているのに、だ。

「変だったりしますか?」

「いやっ、全然。女子はみんな身嗜みに気を付けてるみたいだし、普通だよ」 

 不安そうな顔をする桜井さんに、僕はしまったと思い慌てて首を横に振っていた。

 やっぱり気を悪くしたかな。そう考えていると、彼女がもじもじと指を忙しなく動かしていた。

「普通、ですか?」

「桜井さん……?」

「その……私、誰が相手でも敬語で話しちゃいますし、友達も朱里ちゃんとかしかいないので……」

「ああ……」

 納得したように声を漏らす。

 そして、笑う。

 そういうことを気にする所も、普通の女の子っぽい。

 ――美沙樹はいい子だから。少し変わってるけど、明るくて優しくて。

 そうだ。清水さんもそう言っていたではないか。ちょっと変わっているかもしれないけど、だからそれがどうした。僕だって、きっと少し変なのだし。その自覚はある。

 信号が青になる。揃って歩き出してから、僕は軽く訊ねる。

「桜井さんが敬語で話すのって癖なの?」

「えっ……と、はい。小学生の時にはもう。一度敬語を止めようって思ったことがあったんです。でも違和感があって、諦めました」

「まっ、無理はしなくていいんじゃないかな? 別に気にする必要もないと思うよ」

 男子には敬語で話す様子も清楚だとかお淑やかだとか評判だ。女子にだって清水さんのように親しい友人がいる。

「友達だって数より質だし」

 お前が言うか、と思ったけど、それでも言いたい気分だった。

 桜井さんが大きく目を見開く。大きい黒い瞳がはっきりと見える。瞳の光が揺れた、気がした。そして、ふらりと表情が綻んだ。

「そうですね。朱里ちゃんは自慢の友達です」

「……そっか」

 こういう恥ずかしい台詞をまっすぐ言えるのも凄い。そして心の底からそう思えている桜井さんが少しだけ羨ましい。きっと僕には真似できないから。そう思うことも、そう伝えることも。

 僕の方が駄目だなぁ。素直にそう認める。

「あっ、里見くん。本屋に少し寄ってもいいですか?」

 桜井さんが交差点を渡ったところで、申し訳なさそうに切り出した。

「本屋? 全然いいよ。僕もちょっと漫画の新刊が気になってたから。桜井さんは何を買うつもりなの?」

「わ、私ですか? 私はその……恋愛ものを」

「へえー、恋愛小説とか好きなんだ」

 恋愛とか興味なさそうなので驚きだ。

「えっと恋愛ものではあるんですけど、小説ではなくて……」

「……ん?」

「あ、あの取り敢えず書店に行きませんかっ?」

 ごにょごにょと聞き取れない声量で囁いていた桜井さんが勢いよく顔を上げたかと思うと、素早く歩き出した。

「ちょっ……ちょっと、桜井さん?」

 慌ててショッピングモールへと向かう桜井さんを追いかける。

 結局彼女は何を買おうとしているのだろうか、と気になる僕を他所に普段のお淑やかな足取りのまま高速移動するという技を見せる桜井さんに追いつくのは大変だった。

 それからエレベーターで桜井さんに追い付き、本屋に辿り着いた後は別行動に。どうやら目的の本の種類が違うらしく、彼女から提案された。……そりゃ二度手間になるようなことをしないのには賛成なのだけど、恋愛ものの小説とかなら漫画コーナーのすぐ近くにあるので不思議だった。

 何を買ったのか気にならないといえば嘘になるのだけど、

「あの、桜井さん……」

「は、はいっ、何でしょう!?」

 書店を出てからそう訊ねると、買った本を庇う様な体制で超警戒されたので諦めた。僕に知られることが嫌なのか、購入した本が何なのか誰が相手でも知られたくないのか。前者だと精神ダメージが大きいし、後者でも何となく嫌な予感しかしないのだから救えない。

 その後は普通に電車に乗って帰ることにした。時間は問題ないけどまぁ正直な所、二人の間で話題が尽きている感じがしていたのもあった。お互い窮屈な思いをしてまで時間を潰す必要もあるまい。

「桜井さんは家、けっこう近いんだね」

「そうですね。電車に乗ってる時間も15分くらいだけなので楽です。でも里見くんもそんなに遠くはないですよね?」

「通学に時間かけるのが勿体ない気がして。それでも家からは1時間近くはかかるんだけどね」

 というのは電車の中で互いの最寄り駅を知った時の会話だ。ちなみに清水さんや遼平はこの路線の終点から更に乗り換えているので大変なことだ。かくいう僕も電車に乗っている時間こそ短いのだけど、自宅から駅までの距離がネックだ。

「あの……今日はありがとうございました」

 もうすぐで桜井さんが降りる駅に付くという時になって、桜井さんは僕に軽く頭を下げた。

 いきなりだったので戸惑ったけど、何についての感謝の言葉なのかはすぐに分かった。

「ううん。頼んできたのは清水さんだったし、それに楽しかったから」

「わ、私も楽しかったですっ」

 食い気味の桜井さんの声は大きく、ちょっと周りから視線が集まる。電車の中だと突っ立っているだけなこともあり、学校で目立ってしまっていた時のように気恥ずかしさを誤魔化す方法がない。あー、なんか妙にこっ恥ずかしい。

「す、すみません」

「いや別に……」

 そろって気まずそうに視線を外していると、電車が駅に着いた。

 扉が開くと、桜井さんが僕に背中を向ける形で動きだそうとして、なぜか脚をピタリと止めた。そして後ろ姿でもはっきり分かるほど大げさに深呼吸。くるりと振り返った。髪がさらさらと舞い、顔は少し赤い。ふるふると光が揺れる大きな瞳がまっすぐと僕に向けられている。

「また一緒に帰りませんか?」

「今日みたいに……ってこと?」

「迷惑じゃなければ、ですけど」

「うん。僕は構わないよ。さっきも言ったけど、楽しかったから」

 扉が閉まるアナウンスが流れていたので、最後は早口になってしまった。別に先ほど注目を集めてしまったから、言うのが照れ臭かったとかそういうあれではない。断じて。

「それじゃあ、よろしくお願いします」 

 聞き取れたのか不安だったけど、彼女はほっとしたように息を吐いてそう言ってくれた。

 そして少し照れたようにはにかんで、手を振ってきた。

「里見くん、また明日です」

 不意打ちだった。

 いつもクラスで見せるようなお淑やかな笑みではない、年相応な無邪気な笑顔。

 息を飲むくらい魅力的だった。

 なるほどこりゃクラスの男子が話題の挙げるのも納得だな、と頭の隅で考えながらも、思考の大半は麻痺していた。呆けながら彼女を見ているだけだった。

「うん、また明日……」

 機械的に答え手を振り返していると、扉が閉まり電車が再出発した。

 しばらくぼんやりと手を挙げた状態でフリーズしていると周りから何やら先ほどまでの敵意ある視線とは別の、何やらもっと遠慮したい類の生温い視線が集まっていることに気付いた。

 それを意識しないようにするために先ほど買ったばかりの漫画を読むのだけど、内容はさっぱりと頭に入ってこない。

 やっぱり桜井さんは普通の女の子、ではない気がする。色々な意味で。

 そう確信するには十分だった。

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