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第二話 僕の友人×彼女の友人

 眠れなかった。

 それはもう、これっぽっちも。

 桜井さんが屋上を去った後、三十分ほど経過してようやく機能を取り戻した僕は、半自動的に体を動かして帰宅し妹と一緒に呑気にテレビ番組を見て、家族四人で夕飯を取り、健康的なぬるめのお風呂の長時間浸かり、授業の用意や宿題を終えて布団に入り――

 ――高校二年生になった四月からの半年間の所業を猛省していた。

 男子生徒とは距離を取り清楚で大人しい雰囲気を漂わせている、あの桜井美沙樹さんに「嫌いです!」と告白されるなど、どれほどの失態を犯したのだろうか。戦々恐々となった僕は、一睡もせずに考え続けた。これほど一つの物事に集中したのは、二年ほど前の高校受験の時以来だろうか。もしかしたら、それ以上かもしれない。且つてないほど頭を悩ませたのは間違いない。

 その結果、

「なぁ、シュウ……目が血走ってて怖ぇぞ」

「安心してよ、遼平。自覚してるから問題ない」

「いや、問題は解決してねえと思うぞ」

 一年生の時からの友人、比嘉遼平に恐る恐る容体を心配されるほど寝不足な状態になってしまっていた。

 野球部所属のため――とはいえ、強制ではないはずなのだけど――短く刈り上げた髪の下に、本気で気に掛けてくれていることの分かる弱気な笑みを浮かべている遼平に向けて、多少の罪悪感を覚えてしまった僕は強気な口調で続ける。

「本当に問題ないって。今日の小テストの勉強してたら寝不足になっただけだよ」

「うっへぇ、真面目くんか、お前は」

「それに見た目がぶさキモいと女子に評判の遼平が特に困った様子なく高校生活を遅れてるんだ。多少の強面なんて、ね……」

 ふっ……、と嘲笑の吐息が口から漏れる。

「おほーっ、人がめずらしく心配してやったのにこの容赦ない切り替えしっ! 知ってるから、んな憐れむような目を向けんな。恋人がいない数少ない友達のお前に憐れまれたくねぇっての」

「ほほぉ……随分と舐められたもんだね、遼平。僕は君と違って女子友達もそれなりにいて、そこそこ顔は良いと評価を受けていて、自分で言うのもあれだけどコミュニケーション能力も悪くないはずだよ」

「へへぇ……んなら、どうしてシュウは今ここで寂しく男友達の俺と飯食ってんだ?」

「ふぅん……そんなことも分からないの? これでも遼平とは互いに分かり合えている友達だと思ってたのに。非常に残念だ」

「ほぉう……で、その心は?」

「ところで話は変わるけど、遼平に聞きたいことがあるんだ」

「ひゅー……!! こいつ人の話聞く気ねぇ!」

 コンビニで買ってきた惣菜パンを頬張る僕の眼の前で、弁当を広げていた遼平がバリバリと頭を掻き毟った。奇怪な動作だけど、煩雑に騒がしい声が響く昼休みの教室ではそれほど目立つものでもない。

「そんなことしてると、更にハゲるよ」

「更に!? この完璧な刈り上げをハゲと同類視するとは……! 許せん……!!」

「これ一つやるから許してよ。そして話をさっさと聞け」

「これほどの無礼を働いておきながらコンビニの安物で俺を懐柔できると――くっ!? カラアゲちゃんの新味だと!? なぁ、一つ食ってもいいか?」

「ほれ」

「センキュー!」 

 あっさりと懐柔してくれた。

 五十円足らずで至福の表情になっている遼平を、サンドイッチを食べながら白けた目で見る。

「で、俺に聞きたい事ってなんだよ?」

 咀嚼し終わって問いかけてくる遼平に正面からしっかりと向き合い、言う。

「ああ。高校入学から告白すること十六回、一か月に一度告白しては振られ、付いたあだ名が撃墜王であるお前に相談があるんだ」

「へっ、照れるだろ」

 不本意な称号だと思うのだけど、遼平は得意げな顔で胸を反らした。

 本当に県内でもそれなりの進学校であるはずのこの学校に入ることができたのか不思議な奴だ。

 だけど僕はきっとこいつのこういう呑気な、真剣に何かに悩んでいるとこちらまでバカらしくなる能天気さが気に入っている部分もあるのだろう。何というか、適当に駄弁る相手としては最高なのだ

 そして恋愛話に興味がある癖に、噂を立てたりなどと面倒なことをしようとすら考えない性格は、相談相手として打ってつけだ。僕のように相手に好意を寄せている以外の理由での検索なら、なおさらだ。

 僕は彼女……桜井さんが後方の座席で一人、食事を取っていることを確認する。物憂げな表情で窓の外を眺める様は写真に収めて額縁に飾っておきたくなるほど可憐だ……ってそうじゃない。

 この距離なら、彼女にまで僕たちの会話が届くことはないだろう。

「桜井さんのことなんだけど……」

 声を潜めて切り出すと、遼平が意外そうに眼を瞬かせた。

「へぇー」

「どうした?」

「いや、シュウの方から女子の話とかするのってめずらしいだろ? なに? もしかして、そういうことか?」

 表情を一転、気色の悪いニヤケ顔へ。こりゃモテないのも納得だ。

「残念だけど、遼平の期待する様な話に発展する可能性はないと思うよ」

 なにせ桜井さんには絶賛、嫌われ中の模様なのだ。それに僕だって桜井さんと親しかったわけでもない。

「桜井さん、男子の間で結構人気だろ? 少しは情報収集でもしてみようかと思っただけだよ」

「……他の男子ならともかくシュウが言うと違和感ありまくりだな、その台詞」

「……いい度胸だね、遼平」

 あまりこういう話をしなかったのは事実なのだけど。とはいえ、昨日の話をこいつにするわけにもいかない。

 紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、催促するように視線で訴える。

 遼平が降参でもしたかのように、両手を振った。

「ま、事情を聞かれたくないなら聞くつもりはねぇし、この手の話は大歓迎だぜ」

 なら最初から検索なんて不慣れな真似をするなよ、と喉元まで出掛かった文句は押し留め、続きを待つ。

「だがなぁ……わりぃがよ、桜井さんに関しては結構情報少ねぇんだよ。ほら、男子からは何度か告白されてるみてぇだけどよ、全員に『ごめんなさい』の一言だし……」

「教室でも男子とは距離を取ってるからねー」

「そーゆーこった。成績優秀、容姿端麗。何人かの女子とは仲が良いみてーだけど、基本的に一人で行動することが多い。男子に対しては敬語で素っ気ない態度だけど……一部の人間には猶の事良しと評されているからな」

 なるほど……って、おいおい。

「最後の情報だけはいらないよ、それ」

 そんな特殊な性癖を理解しようとは思わない。

 しかし……遼平に聞いてもこれでは、他の男子友達へと聞いて回ってもたいした収穫は得られそうにないか。

 諦観のぼやきを吐きだしていると、唸っていた遼平が口を開いた。

「つーか、そんなに知りてぇなら俺に聞かずに、清水に聞けばいいじゃねぇか。あいつ、確か桜井さんと仲良かっただろ?」

「ああ、その手があったか」

 何気なく出された言葉に、僕はポンと手を打った。

 そうだ。すっかり忘れていた。あの二人が昼食を共にしたり、下校している光景を何度も見ていたというのに。

そもそも、女子に話を聞く選択肢自体が頭の中に存在していなかった。遼平は適当に思いついたことを言っただけなのだろうけど、ファインプレーだ。

 大急ぎで惣菜パンを食べた甲斐あり、昼休みの残り時間には余裕がある。今ならまだ食堂にいるはずだ。

 立ち上がると、会話の流れで俺がどこに向かうか見当が付いているのだろう。遼平が呆れたような視線をこちらへと向けている。

「言っといてあれだけどよ……女子にそんな話をするのって躊躇わないか、普通?」

「あのな、さっきも言っただろ。別に色恋沙汰に興味があるわけじゃないって」

 疑惑の目から逃げるように、早々に教室を後にする。

 遼平の眼には僕の行動がそれほど違和感を覚えるものであるらしい。

 まぁ僕も自分が誰かいち個人に積極的に関わるような人種であるなどとは考えていないけど。基本的に友好関係は浅く広くが基本だし。

 何か適当に言い訳を用意しておいたほうがいいだろうか、などと考えながら階段を降りて中庭を経由して食堂へと向かう。

 食堂内部は、昼休みが始まって十数分でほとんどの席が埋まっていた。金属食器が皿に当たるキンと鋭い音や麺類を啜る音に混じり、男女混合の笑い声が不思議と不快にならないBGMとなっている様は如何にも学生食堂らしい。

 目的の人物は僕の予想通り、クラスメイトの女子と食事をしていた。容易に見つけ出すことに成功した僕はさっそく行動開始。人混みを縫うように近づいていき、周りの迷惑にならない程度のボリュームで後ろから声をかける。

「清水さん」

 僕の声に反応して彼女――清水朱里さんがトレードマークたる茶髪のポニーテールを揺らして振り返る。

「ん? あれ? 修樹は今日、遼平と教室で食べてなかった?」

「ああ、ちょっと君に用事があって。……少し時間をもらえると助かる」

 清水さんと一緒にテーブルを囲んでいたクラスメイトの女子に手振りで挨拶をしながら要件を率直に切り出すと、彼女はあっさりと頷いてくれた。

「いいわよ。あと五分もすれば食べ終わるから」

 即断即決とは、如何にも彼女らしいのだけど意外そうな表情すら見せず、むしろ含みのある笑みを浮かべているような気がするのはどうしてだろうか? 

 僕から話しかけたこと自体が数える程なのだから、めずらしいと思うのなら話は別なのだけど、まぁどうでもいいか。

「分かった。食堂前の自販機で待ってるよ。この場所だと他の人に迷惑だから」

 大人数が食事をしている場所で立ち話は邪魔だ。

 目の前の疑問は棚上げし、先日より抱える大問題を解決するため、僕は一旦食堂から避難する。

 空調の行き届いていた食堂から出ると、真っ先に温度差から喉の渇きを覚えた。手持無沙汰な時間を解消するためにも一役買うだろうから、と学内に設置されているからか、少しだけ値引きされている自販機の品々を一瞥していく。

 ポケットから財布を取り出し、小銭を投入。炭酸飲料のボタンを押し込むと、ガコンと音を立てて自販機がお目当ての飲料水を吐きだす。

 蓋を開けて口を付け、炭酸が喉を刺激する心地よさに浸りつつ、慣れないことをしている自分自身へと溜息を零す。

「ふぅ……」

 何でこんなことをしているのだろうか、と考えなかったわけではない。

 遼平にも疑問に思われるということは、きっと、僕とある程度交流を持つ人間からすれば、違和感を悟られる行動なのだろう。

 普段とは違う自分を見られるというのは、あまり歓迎できる事態ではないのだけど――僕にとってはそれ以上に歓迎できない事態が昨日起きてしまっている。両者を天秤にかけた結果、後者を優先するべきだと結論に至ったのだ。

 ――嫌われた理由が分からない。

 僕が行動する目的はこれにつきた。

 桜井さんに嫌われたこと自体はきっと、極端な言い方をすれば、仕方ないと割り切れることだ。

 全員から好意的に思われ、友好関係を築ける人間などまずいない。であるならば、繋がりを広げればそれに伴い、自身へと多少なりの負の感情を向ける人間など出てくるものだ。

 でも五本の指に入るであろう美少女から嫌われてしまったのは悔やまれるけど、特に交流を持ったことがないのだ。僕の日常生活に変化が及ぶことはないだろう。

 それもある意味当然だ。そもそも、僕と彼女の間に接点が少なすぎる。

 片や校内でも有名な転校生の、男子生徒にとっては高嶺の花ともいえる美少女で、片や友好関係は広く浅くをモットーとするだけの平凡な一男子生徒。

 現に僕と桜井さんは昨日の告白以前に二人きりで会って話をしたことすらない。

 だけど逆にそれが、彼女が僕を嫌う理由がどこにあったのかという疑問を浮上させてしまっている。

 何となく、インスピレーション、雰囲気、なんて理由なら余計な気苦労をしただけと笑い話で終わってくれるのだけど、そうではなく僕に何かしらの問題があるのならば、それは知っておきたい。

 ――もしかしたら、あの時の僕の要らぬお節介が原因なのかもしれないし。

「お待たせー」

 背後から声を掛けられ、僕は自分が思った以上長い時間思考の海に沈んでいたのか、と腕時計を一瞥。まだ五分経っていない。どうやら僕の体感時間が誤差を生じたのではなく、清水さんが僕の為に急いでくれたようだ。

「急な呼び出しをしたのは僕だから、気にしなくていいって。……清水さんは紅茶でいい?」

「えっ、いいわよ。そんなの」

「相談料だと思ってくれればいいよ」

 彼女の静止の声を意に介さず、僕は購入を手早く済ませた。

 奢ってもらうのを悪いと思っているのであろう彼女の心遣いは美徳なのだけど、友人との時間を邪魔してしまった僕が勝手に慰謝料を支払っているだけだ。素直に受け取ってもらいたい場面だ。

「はい、どうぞ」

「……どういたしまして」

 渋々ながらも受け取ってもらう。

 もらった時点で諦めが付いたのか、プルタブを開けて缶を傾けている。その姿を横目に眺めながら僕もペットボトルの中身を煽る。

 清水さんと僕は去年からの付き合いだ。

 入学直後のクラスの席順が名前順で里見の次が清水であったから、前後席となり、何となくどちらかともなく話し掛け――と、特筆するべき事項のない邂逅の仕方をしている。

 基本僕は積極的に女子生徒と仲良くなろうと思う人間ではないのだけど、快活でさっぱりした性格の彼女とは馬が合い、教室で時折談笑する程度の間柄は維持している。

 男女分け隔てなく友好関係の幅が広い彼女は桜井さんほどではないが男子からかなりの人気を得ている。だけど誰とも付き合うつもりは無いようで、そのような話は去年から一度も聞いたことがない。

 テニス部所属だけあって運動神経はかなり良い様だけど残念ながら勉学に関してはお世辞にも良いと表現するのは憚れる順位だったはずだ。意外と家庭的な部分が存在し、料理はそれなりにできる。去年の家庭科の調理実習での腕前に驚愕で目を見開いているとジト目を浴びせられたのは中々忘れられるものではない。強気な性格だからか、睨まれると結構怖いのだ。

 ――以上が、僕の知る清水朱里という女子生徒の情報だ。

「悪いね。放課後だと部活で話をする時間はなさそうだったから」

「だーかーら、気にしなくていいわよ。それに、アンタから相談を持ちかけられるなんてめずらしいしね」

 そう言ってまたしても楽しげな笑みを浮かべる。

 何なのだろうか。これが僕との会話が純粋に楽しみで笑っているのだったらまだマシだけど、残念ながらそんな勘違いはできそうにない。

 簡単に言えば悪巧みをしている子供の笑みだ。嫌な予感しかしない。

 とはいえ、ここまで来て後には引けない。咳払い一つ入れ、僕はさっそく本題を話題にすることにした。

「桜井さんについてなんだけど……」

「ほうほう」

 なぜドヤ顔?

 と突っ込みを入れたかったけど、話が進みそうにないためスルー。あまり直接的な表現を使うと僕のメンタルに傷が付きそうなため、少々婉曲な表現を用いて詳細を説明することにする。

「実は昨日……告白をされたんだ」

「うわっ……! あの子遂にやったんだ!」

「……遂に?」

 嬉しそうに手を叩く彼女だけど、僕はそれどころではない。今の言葉は聞き捨てならなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「ん? 何よ?」

 不思議そうに首を傾げられても困る。妙に可愛らしいから怒鳴れないではないか。

「遂にって……じゃあもしかして彼女が僕にそのような感情を抱いていたのはだいぶ前からなのか?」

 僕の問いに彼女は大げさに首を横に振った。やれやれ、と言いたげな動作だ。

「これだから男子は駄目よね。容姿ばっか見てるんだから。女子なんて半分以上が気付いてたわよ? あんなに分かりやすかったっていうのにね」

「半分以上!?」

 馬鹿な! と内心で叫ぶ。

 つまり桜井さんが僕を嫌いになっていることなど女子の眼力を以てすれば容易く見破られるほどオーラとして現出していたというのか。それほど僕への恨みを募らせていたとは驚愕の一言だ。

「り、理由を聞いたりはしていないかな……?」

 つっかえながら僕が質問を重ねると何故か機嫌のいい彼女はスラスラと答えてくれる。

「聞いてるわよ。だってあたし、あの子に相談を持ち掛けられたから。どうやって告白すればいいかって。あたし、美沙樹とは仲が良いんだから」

「そ、そうか。そういえば、仲いいんだったね……は、ははっ」

 ……この世には誰かに嫌いだと告白する方法を親友に聞く人間がいるようだ。新たな発見だ。ちょっと女子トークなるものに畏怖を抱いてしまいそうだ。

 そして清水さんがそれに意欲的に協力していたという事実に涙が溢れそうだ。仮にも僕と清水さんはこれまでそれなりの友好関係を気付いてきたはずなのに。……どこかで彼女の機嫌を損ねるような失礼なマネでもしたのだろうか?

 目頭が熱くなってきているのを感じていると、清水さんは聞いてもいないのに饒舌に語る。

「あまり詳しくは教えてくれないんだけどね。ほら? アンタと美沙樹、二年生になった直後に前後席だったでしょ? あたしの予想だとその時からね」

 これも一年生の時と同じくクラス替え直後は名前順であり、桜井、里見の順番だったからに他ならない。また、眼前の清水さんは二年連続で僕の後ろの座席だった。

 僕もその程度の事なら覚えている。前の席にかなり可愛い転校生の女子がいれば記憶にも残る。

「……半年近く前なんだけど」

「そりゃあの子、引っ込み思案だからね。半年間、気持ちを温めたのよ」

「…………へぇー」

 嫌いという感情は果たして時間の経過で温まるものなのだろうか。議論の余地がいっぱいありそうな深淵な命題だ。

 などと現実逃避に浸っていると彼女がずい、と身を寄せて興奮醒めぬ様子で訊ねてくる。

「で、どうしたのよ?」

「どうしたって何が?」

「返事に決まってるでしょ! 告白されたんだから、当然、ちゃんと返事したんでしょ!」

 当たり前でしょ! と憤慨する清水さんの圧力に押され、僕は瞬時に昨日の記憶を振り返る。

「気持ちを理解した、とは答えたけど……」

「それだけっ!?」

「いや、それ以外に何をどうしろというんだ?」

 僕も嫌いです、とでも返事をすればよかったのだろうか?

「あるでしょ! こう……想いを伝えてもらったお礼にキチンと――」

「――土下座して謝る、とか?」

「なんでよッ!?」

 至って真剣に答えたのだけど、清水さんのお気に召さなかったらしい。僕としては最善の回答だったのに。

 彼女の天に届かんばかりの怒鳴り声に、食堂前を通っていた生徒が一斉にこちらに注目した。

 幸い、まだ昼休みが終わるまで余裕のある時間帯だからか、人が少なかったため被害は軽かったけど、だからといって恥ずかい状況であることには変わりないはずで、案の定清水さんの頬は朱に染まっている。

 彼女がキッと僕を睨みつけた。

 なにしてくれんのよ! と言葉にせずとも伝わって来た。これが噂に聞く以心伝心……ではないのだろうなぁ、きっと。

「何で土下座で謝るなんて選択肢があるのよ!? えっ、まさかアンタ美沙樹を振ったの!?」

 小声で怒鳴るという器用な技を披露する清水さん。これほどまで激怒するとは。それほど、嫌いだと言われたことに対する誠心誠意心を込めた謝罪、というのは彼女の中ではあり得ない対応のようだ。確かに清水さんならそんな下手に出ずに真正面から言い返す姿の方がしっくりくる。

 しかし先ほどから妙に会話が噛みあっていないような気がする。このままでは桜井さんに嫌われた理由を聞きだす前に昼休みが終わってしまいそうだ。それだとあまりにも不毛な昼休みになってしまう。

 仕方がない、と僕は不本意ながら核心に触れる言葉を混ぜて言い返す。

「いや、どちらかといえば振られたのは僕だよ。何せいきなり呼び出されて嫌いなどと告白されたんだから」

「そうでしょ! いくらアンタが他人からの好意に疎そうな朴念仁だからって美沙樹を振るなんて信じられないわよ! あの子に告白されて嬉しくない奴が…………はい?」

 彼女が突然、電池の切れたロボットのように動きを停止させる。唖然とした様子で口が半開き状態だ。擬音を付けるなら間違いなく、ポカン、だ。

「どうかした?」

「……」

 彼女からの返事は無い。

 今まで散々僕が桜井さんに嫌いだと告白されたことに付いて話をしていたはずなのに、不思議な人だ。

「ふ、ふふっ……」

 いきなり彼女はがくんと首を落とし、不穏な笑い声を漏らす。

 彼女に睨まれると怖いと言ったけど、訂正しよう。笑っている今の彼女の方が百倍怖い。

「そっかぁ……どうりで修樹の態度が変だと……。そもそもあの子一人に考えさせたのが間違いってわけね……ふふふっ」

 もう一度言おう、凄く怖い。

「あの……清水、さん?」

「修樹ぃ」

「は、はい。なんでしょうか?」

 地獄の底から響くような低音で名前を呼ばれ、反射的に背筋を伸ばす僕に彼女は右手で持っていた紅茶の缶を差し出してきた。

「これ、残ってるけどあげる。あたしはこれから少し用事があるから」

「あ、どうも……」

 いやまだ僕は肝心の部分を話してもらってないからもう少しだけ付き合ってくれるとありがたいんだけどなぁ――と今の清水さんを見て引き止められる男子生徒がいるのなら是非とも紹介してほしい。

 当たり前のことながら、僕にはそんな度胸などあるはずもなく、

「い、行ってらっしゃい……」

 缶を受け取り、引き攣った笑顔で見送ることしかできなかった。

 手を振る僕に背を向けた清水さんは周りの生徒を退避させて道を開けさせるという不良も裸足で逃げ出しそうな剣呑な雰囲気を身に纏い、校舎へと進軍して行く。

「よく解からないなぁ……」

 態度を急変させて戸惑う僕は途方に暮れてぼやく。年頃の乙女は繊細らしいけど、何か僕が彼女の気に障るような事でも知らず知らずのうちに口にしていたのだろうか。だとしたら次会った時には謝っておこう。あまり今の彼女とは顔を合わせたくないんだけどなぁ。

 明日には頭の熱が冷えていることを祈りつつ、僕は彼女から譲り受けた紅茶の中身を一気に煽った。中身が残ったまま捨てるのは気が引けるし、僕は関節キス程度でどうこう言うほど繊細で面倒な考え方を持っていない。それはきっと清水さんもだ。でなければあっさりと渡してこなかっただろうし。

 空き缶を捨てて中身の残っているペットボトル片手に、僕は教室へと戻るべく移動を開始した。

 昼からの授業もあまり集中できそうにない気がする。




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