恐怖と決断
第六章 恐怖と決断
1
あれから何時間過ぎたのか分からなくなっていた。白い部屋の天井に付いている電灯はもうすでに消えている。部屋の隅でずっと丸くなって座っている私。もう消灯時間はとっくに過ぎているというのに、眠りにつく気は全く起きなかった。
目をつぶると、トウヤの顔が浮かんでくる。その無邪気そうな表情を見るとまた、涙が止まらなくなってしまう。
トウヤとはいつまでも私と一緒にはいられない。ここに着いた瞬間トウヤは組織に連れて行かれる。そんなこと初めから分かっていた。分かっていたことなのに今は胸が張り裂けそうなくらい痛い。
今思えば、あの日私はトウヤと出会ってからおかしくなってしまったのかもしれない。トウヤと会うまではこんなにも胸が張り裂けそうなほど痛くもなかったし、泣いたり笑ったりすることもなかった。
私はただの言われたことを忠実にこなす機械でしかなかったのに、トウヤはそんな私は一人の人間として、一人の私として接してくれていた。私はあんな嘘までついたのに、そんな私をトウヤは信頼してくれてた。
私、最低だ・・・。
胸の痛みに耐えきれなくなり、私は片手でギュッと胸を抑えた。ホテルでトウヤと会った時、その時は自然に止まってしまった涙が今じゃいつまで経っても止まらない。そしてその止め方も分からない。
もし、もしだけど、もう一度トウヤ君に会うことができたら、一言でいい、謝りたい。私の口から直接、嘘をついたことを謝りたい。
私はね、正義の味方なんかじゃないんだよ、本当はね命令で悪い人でも、良い人でも関係なく殺す殺人者なんだよって。
私は暗闇のこの部屋に口に出さずにそう言ってみた。こんなことをしても何も報われないことなんて、考えなくっても分かるのに、そうしていないと自分が今まで以上に嫌いになってしまう。
私がそう思っていたその時だった。私に用がある時だけしか開かない部屋の鉄の扉が少しだけ開いた。外の廊下の光が私の涙でぐしゃぐしゃになった顔まで届いて照らす。
「・・・何?」
扉が開いたことに気が付いた私はすぐに顔を扉の方へと向けると、そこには一人の人影が立っていた。でもそれが誰なの分からない。するとその人影は私にそっと話しかける。
「ゼロ、そんなところで泣いていていいの?あなたが今できることをしなくって本当にいいの?」
その高い声の質からして女の子だということだけが分かった。
この声、どこかで聞いたことがある。だが今は思い出すことができない。
「・・・あなたは誰?私のできることっていったい・・・」
私がそう言うと、目の前の人影はふふっと笑った。
「そんなの決まってるんじゃない、あなたが連れてきた少年、トウヤともう一度会いたいんじゃないの?」
「・・・私は」
私がそう言った時だった。その扉の隙間から、何かが投げ込まれて私の足元に転がってきた。それを私は手に取るとそれとは一丁の拳銃だった。
「トウヤはここの上の診療室に博士と一緒にいるよ。ゼロ、あなたがあの子と会わなかったらあの子は確実に組織によって消される。もう一生会えなくなるよ」
「・・・私は」
また涙がこぼれそうになってきた。
「あなたなら大丈夫!」
そう言い終えた人影は、扉の隙間から姿を消そうとするのが見えた。
「待って!」
私はそう叫んで扉を思いっきり開けると、廊下にはもうすでに誰もいなかった。
「トウヤ・・・」
誰もいない廊下に小さく私はつぶやいて、部屋に投げ込まれた拳銃を持ち、そっと歩き出した。
2
何度か寝返りを打ってトウヤは頭を手で押さえながらベットから起き上る。
「ここは・・・?」
そうつぶやいてあたりを見渡す。ここはどこ?
トウヤが部屋を見渡すとそれは白い部屋だった。広い空間に置かれたベットと、そのそばに椅子が一台置かれてある何とも殺風景なこの部屋に、トウヤはここに連れて寝かされていたようだった。頭痛がひどい。トウヤはまた頭を押さえた時だった。
トントンッ
この部屋の扉を二回たたく音が聞こえてくる。
「誰・・・?」
トウヤは頭を抑えるのをやめてその方へと視線を向ける。
視線の先に立っていたのはメガネをかけ白衣を着た男だった。男は笑顔でトウヤに言う。
「ねぇ、僕も中に入っていいかな?」
その問いにはトウヤは何も答えようとはしなかった。何を答えていいのかわからない。
すると男は少しトウヤの様子をうかがってから
「まぁ、君が何も言わなくっても、結局は中に入ってしまうんだけどね。意味がない問いをした」
と言って堂々と中に入りベットまで足を進めてきた。
「あ、君たちはここにいてね、ここで誰もこの部屋に入らないように見張っていてね」
男が何かに気が付いたように、扉を振り返った。そこにいたのはライフルを持った二人の組織の男たちだった。老人にそう言われて男の二人は敬礼を向けて、部屋の扉を閉める。
「別に中に居てもよかったのにね、外は寒いから」
目の前の男は苦笑し、トウヤの方を向いてそう言ってベットのそばの椅子に腰を掛けた。
「さてと、少し暇つぶしに僕とここでお話をしないかいトウヤ君。僕は何だって知っているんだ、君がどうしてここに連れてこられたのかだったり、君がこれからどうなってしまうのかだったりね」
目の前の男は僕の顔を見て少し不気味に微笑んだ。
「おじさん・・・誰?」
その男の表情に不安がったトウヤがそう言った。
「おじさんか、僕そんなに年に見えるかな?まぁ若いころから今まである一つの研究に没頭してたからね。時が立つのは非常に速いものだ。そういえば自己紹介がまだだったね、僕はここでは博士って呼ばれてるから、君にもできればそう呼んでほしい。名前は訳あって言えない」
「・・・・」
博士と名乗った目の前の男がそう言い終わったとき、またトウヤが黙り込んでしまう。それを見ていた博士はまた苦笑の笑みを浮かべる。
「トウヤ君、そんなに僕のことが気に入らないかい?」
「・・・・そんなことないけど」
「まぁまったく気に入られないよりましだ。じゃあ、僕の方から君に質問するね。さっきも言ったけど、なんで君がここに連れてこられたのかわかるかな?」
その時、トウヤはあることをふっと思い出して、自分の手の平を見て握ったりほどいたりする。
「ん、どうかしたのかい?」
トウヤのそんな仕草に気が付いた博士はトウヤにそう聞く。
「あのね、僕をここまで連れてきたお姉ちゃんはどこに行ったの?」
トウヤがそういうと博士は腕を組んで考え込む。
「それはゼロのことかい?そういえば君はさっき、お姉ちゃんと言っていたね。君とその子はいったいどういう関係なのか答えてくれるかな?」
博士がそう言うとトウヤの表情が急に笑顔になり
「友達だよ」
と博士に言った。そう言われた博士は声を出して笑い出す。
「ははは、友達か、君は面白いことを言うね。ふむふむなるほど、じゃあ君はそのゼロに騙されているね。かわいそうに・・・」
トウヤから一瞬で笑顔が消える。
「騙されているってどういう意味?」
「それは次の質問だ。どうして君がここに連れてこられたのか分かるかい?」
「・・・わからないよ、そんなの」
「まぁ普通はそんなの分からないよね、当然だ。君はまだ幼いんだから。君のお父さん、マリオって言ったね。なんでマリオはこの間、命を狙われたのか君にはわかるかい?」
「分かんないよ・・・」
「マリオはね、元々僕たちの仲間だったんだ。だけどなんでか、組織をやめてどこかに逃亡してしまったんだ。しかも大量のお金を盗んでね。そして君のお父さんは警察に密告しようとしている。ははは、ひどい話だと思わないか?マリオにしたら虫のいい話だが、こっちにしたら踏んだり蹴ったりだ。だから私たちはマリオを殺さなくっちゃいけなかった」
「お父さん、そんなことをしていたの?」
「そうさ、君が知らなかったのも無理はない。そんなこと人にべらべら自慢できることでもないからね。そしてここからが君にとって驚きの連続かもしれない」
「・・・・」
驚きの真実を聞かされたトウヤは唖然とした表情を隠せないでいた。そして博士の言葉に耳を傾ける。
「マリオ暗殺の任務に就いたのは、君の知ってるゼロなんだ、笑えるよね」
「・・・え?お姉ちゃんが!?」
「そうさ、まぁ結果としては失敗してしまったみたいだけどね」
そう博士が言うと、少しほっとした。そうだよね、あの時ちゃんとお父さん生きていたもんね。
「じゃあなんで博士はそんなにお姉ちゃんのひどいことを言えるの?お姉ちゃんはとってもいい人だよ?」
「それは、君がそう思ってるだけじゃないのかな?」
「え・・・どういうこと?」
そういうと博士は何も言わずに立ち上がった。
「僕たちはね、殺しの失敗の知らせを聞いて作戦を変更しようとしたんだ。マリオの方はなんだかんだで、警戒を強くさせちゃったからね。だからマリオの息子、そう君を誘拐してマリオをおびき寄せることにした。その任務を任せたのもゼロだ」
「・・・・そんな」
「やっぱりゼロは僕たちの期待通りのことをしてくれたよ。あんな状況で君を本当に誘拐しちゃうんだもん。これでようやくあのマリオを殺すことができる。そうだな~」
そう言って博士は腕時計に視線を下した。
「今頃、君のお父さんを組織の連中が殺したころだね、お、そう言っている間に電話だ」
どこからともなく携帯の着信音が聞こえた。博士は胸ポケットを探って携帯を取り出す。
「あーそうかー、うんうん分かったよ」
そう言った博士は携帯をしまって、僕の方へ振り向いた。
「残念だったねトウヤ君。君のお父さんはたった今、死んじゃったみたいなんだ」
へらへらと笑いながら言う博士。いかれていると思うほどに。
「でも安心していいんだよトウヤ君、君もすぐにあのクソ野郎のところへと行かせてあげるからね」
博士が言い終わると、ポケットから拳銃を取り出した。そしてその拳銃をトウヤに構える。
「い、嫌だよ・・・、やめてよ・・・」
泣き叫ぶトウヤ、だがその表情を面白がったように博士は、はははと笑う。
「なんで僕が、君なんかとお話ししようって言ったのかわかるかい?僕はそうやって人に恐怖を植え付けて遊ぶのが大好きなんだ。どうせ殺すならそのぐらいのことをしないと性に合わないしね」
博士が拳銃の引き金に手をかける。
「じゃあね。楽しかったよ」
小さくそういう博士。トウヤはどうやら市の覚悟を決めたらしく、目をギュッとつぶった。
タンッタンッタンッ!!
三発の銃声がこの部屋に響いた。その途端トウヤの顔になん適かの赤い血が飛んだ。
「なんで・・・お前が・・・」
ばたっと何かが横で倒れた音が聞こえた。トウヤは目を開けてそれを見ると、そこに横たわっていたのは博士の姿だった。博士の背中には三発の銃で撃たれた穴が開いてそこから血が流れ出ている。
「死んだの・・・?」
トウヤは不思議に思いながらそう言うと、はぁはぁと息を切らす人の荒い呼吸が博士の死体のそばまで来た。
「トウヤ、君。大丈夫?」
トウヤはそれを見た瞬間だった。トウヤの頬から涙がこぼれそうになった。そこに立っていたのは返り血が顔や服に飛び散ったゼロの姿だった。トウヤはゼロを思いっきり抱きしめて言う。
「おねえちゃん、助けに来てくれたの?」
ゼロは、そんなトウヤの頭をそっと撫でて
「うん、怖い思いさせてごめんね・・・」
とそう小さく言った。




