成功と失敗
第五章 成功と失敗
1
トウヤを乗せたヘリコプターは街の高いところ飛んだ。私の横にヘリコプターに初めて乗ったのか興奮して窓を眺めるトウヤの姿があった。そんなトウヤと違って、任務の疲れが出たのか、私はヘリコプターについていた椅子に座って瞬間にぐったりとしている。いっきに全身の疲れ表れたようだ。
「ねぇ、おねえちゃん見てよ外、僕たち雲の上より高いよ!」
トウヤとの会話はヘリのエンジン音で前の操縦席の助手席に座るマスターには聞こえない。
「ねぇ、トウヤ君、なんであんな光景を見たのに、そんなに平気でいられるの?怖くないの?」
私はさっきから不思議に思っていたことを聞いてみた。普通の人ならあんなシーン見ただけでトラウマになってしまいそうだ。
「怖かったよ、でも僕には、正義の味方のお姉ちゃんが、そばにいるから大丈夫だったよ」
トウヤはそう私の顔を見て笑顔で言う。そうか、私は今この子にとって正義の味方なのか・・・。本当のこと、言わないといけないと思うけど、でもトウヤに今、本当のことを話したらどんな顔をされるのかな?
「おねえちゃん?」
「何?」
さっきまではしゃいでいたトウヤだったが、今は目をこすりながら私に話をしている。
「僕、眠くなってきちゃったみたい・・・」
そんなトウヤを私は優しく頭を撫でた。
「いいよ、安全なところに着いたら私が起こしてあげるから」
「うん・・・」
やっぱりトウヤは疲れていたようだった。うん・・・と言って私の膝の上に頭を乗せてすぐに目を瞑る。それを私はまたそっと頭を撫でた。
「・・・お姉ちゃん?」
「何、トウヤ君?」
「僕たち、ずっと友達でいられるよね・・・」
「・・・うん。ずっと友達だよ」
私はそうトウヤに小さく言うとすぐに寝息が聞こえていた。私の最後に言った言葉にどうやら安心した様子だった。
ずっと、トウヤ君と一緒にいられたらいい。こんなにも私を必要としてくれるのはトウヤが初めてだった。なんでだろう?私は昨日まで、作戦のために人を殺し続けてきたのに、トウヤ君にあんな嘘をついているのに、なんだかトウヤとこうしている時間がとても、気持ちよく感じた。もしかしたらこれが、幸せなのかも知れなかった。
でも私は、この時間が永遠に続くことはないということを知っていた。組織に着いたら二人はきっと離される。そしてトウヤ君は・・・。
この後のことは考えたくない。
こんな私にできることは、いったい何があるのだろう・・・。
その後、ゆらりゆらりと私はヘリに体を揺らしながら、ゆっくりと目を閉じ眠ってしまった。今日はいろいろありすぎて疲れた。
2
それから私は何時間眠っていたかわからなかった。
「ゼロ起きろ、いつまで寝ているつもりなんだ?」
私の耳元で怒鳴り声を上げるマスターの声が聞こえる。その声で私は目が覚めた。
あれ、私はいったい・・・?
困惑する頭を一生懸命働かせようとマスターの顔を眺めた。マスターはやっと起きたのかというような顔をして
「すぐに起きろ、部屋に戻るぞ」
と私に言い捨てた。そうだ、トウヤ君を起こさなくっちゃ。
私はおぼろげな意識の中、膝の上で気持ちよさそうに眠っているトウヤの背中をさすった。
「トウヤ君、ついたよ。起きて」
「・・・ん、もう着いたの?」
私より眠たそうなトウヤが目を何度もこすりながら起き上る。
3
ヘリから二人は手をつないで組織の何階建てあるかわからないほど大きなビルの屋上のヘリポートの上に降りた。ここでも十分高いような感じはするが、隣にはまだ私たちがいるこの建物より高い建物が二つ並んでいる。
私たちがヘリから降りると、さっきまで乗っていたヘリはパイロットを乗せてどこかに飛んで行ってしまった。そして私はふと目の前を見る。
前を見ると組織の人間が三人、マスターに向かって敬礼をした。三人とも手にはライフルを持っている。
「ご苦労様でした!」
三人より一歩前に出た組織の男がマスターに向かって言った。
「あぁ、作戦が成功したと上に伝えてくれ。私はまだやることがある」
「はっ!」
マスターに言われた男はそう言って一歩下がる。
そして、マスターは私の顔に視線を向けた。
「ゼロ、ご苦労だったな、これで上の連中もお前の処分を考え直してくれるはずだ」
「・・・はい」
ねぎらいの言葉。マスターからその言葉が聞けたのは何日ぶりだろうか・・・。
マスターはそういうとすぐに部下に次の命令を出した。
「この子供を連れて行け!」
残りの男二人は、「はっ!」と再び敬礼をマスターにして、私とトウヤに迫ってくる。男たちはトウヤの腕や肩を無理やり引っ張りどうにか取り押さえようとしてきた。
「やめてよ、何すんだよ!」
必死に抵抗しようとするトウヤだが、トウヤより何倍かある大きな大人相手ではさすがに歯が立たない。
「あ・・・」
次に瞬間トウヤとつないでいた手が離れてしまう。私はその光景をただ、見ていることしかできなかった。
必死にもがくトウヤは、こんな私を見て何を思っているのだろう。裏切られた、そんな気持ちなのかな・・・。
私はトウヤといつまでも一緒にいられる訳がない。そんなこと初めから分かっていたことなのに、心がずきずきと痛くなってきた。ここで私が一言、私の心の中で叫んだ言葉を口にして、声に出していたのならまた、状況は変わっていたのかもしれない。
でもそんなことできる訳がない。私はここで育って、今まで組織のために、どんな任務でも成し遂げてきた。今更ここを裏切ることなんかできない。マスターを裏切れない。
トウヤを抑える男は、布のようなものをトウヤの口元に当てた。その瞬間トウヤは目を閉じ眠りに落ちてしまう。どうやらトウヤに当てた布には薬品が塗られており、それを嗅いだトウヤは意識を失ってしまったようだ。
男たちはやっと大人しくなったか、とそんなことを言いながらトウヤを軽々しく持ち上げて奥へと連れて行ってしまう。
何もできなかった・・・。
涙がこぼれそうになったがここで泣いてはいけない。
だが表情に今の気持ちがでてしまったのに気が付き、マスターが私の顔を見て言う。
「どうしたゼロ?」
「・・・何でもないです」
マスターにそう聞かれたが、私はマスターに一切目を合わせずにうつむいて言った。それに対しマスターは特に気にも留めていないという様子で歩き出した。
「戻るぞ、着いてこい」
私はそう言われて、マスターの少し後ろを付いて行くように歩きだす。
4
薄暗い廊下を私はマスターの後ろをついて行く。この通路はもう何百回というほど通った。マスターは私を作戦や訓練が終わると、この廊下の先にあるあの白い部屋に連れて行く。その間の会話は一切ない。それが私にとっての普通でもあった。
廊下に二人が歩く足音だけが聞こえる。この通路を通る人なんかこの組織にはほとんどいない。それは普通に考えて用がないから。
廊下には一定の感覚で毎日のように消えかけた電灯がちかちかと点滅を繰り返す。
もし、ここでマスターにトウヤ君のことを聞いたらどうなるんだろう?
そんな不純な考えがふと頭の中に浮かんだ。このことは今、聞いておかないときっと後悔すると思う。でも、なかなかその一言が口から出せない自分がいた。その理由は単純で聞くのが怖いからだ。
「ゼロ、なにか言いたそうな顔だな・・・」
斜め前を歩くマスターは私の顔を見て言った。
「あの、マスター?」
ようやく出てきた私の勇気。震える両手を強く握る。
「今回の作戦で私が連れてきた男の子は、これからどうなるんですか?」
若干震えた声で言ったがちゃんと言葉にすることができた。私がそう言うと、一瞬マスターとの間に沈黙の間が生まれたが、すぐにマスターから返事が返ってくる。
「お前には関係ないことだ・・・」
そう言うマスターの口調は、怒っているように見える。確かに任務を終えた私には関係ないことなのかも知れない。けど、ここまできて引き下がるわけにもいかない。
「お願いです、トウヤがこれからどうなるのか教えてください!」
目頭がふつふつと熱くなってきた。本当はマスターに向かって叫ぶつもりもなかった。でもだんだん我慢ができなくなってきた。
「ずいぶんとあの少年と、親しいようだな・・・」
マスターはふっと鼻で笑って言う。そして「なるほど・・・」と独り言を間に挟んですべてを悟ったかのように私に語りだした。
「これでようやくあの日の任務の失敗を理解することができた。あの日お前は友達ができたと言っていたな。その友達とは、あの少年のことなのだろう。そしてお前は友達という言葉に惑わされて狙撃を外した・・・」
「それは・・・」
「本当に残念だ・・・。ゼロ、お前がここに来てからずっと、私がこの世界で生きる術を教え続けてきた。お前に対したら私は、親等々の存在だと思っていた。だが、お前はあの少年のために私を裏切ったのか?」
睨むマスターをこれ以上見ることは私にはできなくなり顔をしかめる。そんな私を見て、マスターは私の肩に力強く手を置いた。
「答えろ、この世界で大切なのはなんだ?」
私の肩に置くマスターの手の力が強くなり痛い。
「私か?それとも・・・あの少年なのか?」
もうマスターの顔なんて正面から見ることなんかできなかった。初めは両手だけだったのに今は、体全体がひどく震えだした。
「わ、分かりません・・・」
私は怯えた声でそうマスターに言うとマスターは、ふんっと鼻で笑い廊下を再び歩き出した。
「お疲れ様です!」
するとすぐに私の部屋にたどり着く。部屋の扉の前には組織の男が一人見張りをしていて、その男がマスターを見て敬礼をした。
マスターはその男に部屋の鍵を開けさせると、私の手を強引につかんで、部屋に押し込むように中に入れる。その力の強さに私は思わずこけてしまった。
私が中に入ったかと思うと、マスターは部屋の入り口の前に立って私を見下しながら
「あの少年のことなど、お前も私に聞かなくても分かっているのだろう。組織以外の人間がここの存在を知ってしまった場合どうなるかぐらいは。あの少年は我々の用が済んだ時点で始末する。ただそれだけのことだ・・・」
と、そう言って部屋の扉を閉じた。
「待って!」
私はよろけた足を何とか立たせてそう叫んだがすでに遅い。私の言葉はもうマスターに聞こえていない。
それが分かると、全身の力が急に抜けてしまい膝を床につける。
あぁ、これで、これでいいのかな・・・。
その時、両目からこぼれだした涙がぽたりと地面に落ちた。




