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ゼロの世界  作者: 大塚 束紗
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生と死の駆け引き

第十章 生と死の駆け引き





「私、トウヤに嘘をついた・・・」

 横幅の長い川にかかった大きな橋の真ん中あたりで私は手をつないでいたトウヤに顔を合わせずにそう言った。

 組織の建物を無事に脱出した私はすぐにトウヤと合流すると、二人で一緒に逃げていた。ようやくあの建物から外の世界に出れたのだ。そして私たちはこの橋の上に来ていた。

 この先に行けば警察にトウヤを引き渡すことができる。

 夜の橋は人通りがまったくなく、今日はなんだか車の影もなかった。静かな空間が私たちを包んでいく。

 そんな中、私たちは二人手をつないで歩いていた。ここまで走ってきたため、さすがに疲れてしまったようだった。

 沈黙の空間の中、最初に口を開いたのが私だった。どうしてもここで言わなければいけないことがあったからだ。

「どうしたの、おねえちゃん?」

 横で私の手を握るトウヤは私の顔を覗き込むように言う。

「トウヤ、あなたがホテルで私に言ったこと、覚えてる?」

 私がトウヤの顔を見ると、トウヤは無邪気に?と首をかしげる。

「私のこと、正義の味方って言ったよね。私はね本当は、トウヤの言う正義の味方なんかじゃない、ただのあいつらが人を殺せって言ったら言われた通りに人を殺す殺人者なの」

 私は涙ぐんだ声でトウヤにそう言った。もうトウヤと顔を合わせることができない。どんな顔をして向かい合えばいいのかわからない。

「だからね、もうトウヤとは友達でいられない」

 また心が痛くなってきた。そして私の両目からにじみ出てくる涙が止まらなくなる。トウヤとホテルで会ったときは、自然と出た涙はすぐに止まったのに、今じゃその止め方もわからない。

 もう耐えられなかった。本当はこんなこと言いたくない。もっとトウヤと一緒にいたい。

 何もなかった私の心の中にはいつの間にかトウヤがいた。私の心はトウヤと出会ってしまってからおかしくなってしまったようだ。今まではこんな感情、抱いたことなんかなかった。今まではマスターや、組織に言われるままで動いていたのに、人を殺せと言われたら確実に殺すことができていたのに。

 もしこの世界に神様が存在するとしたのなら私は、その神様を一生憎むだろう。なんで私とトウヤとはこんなにも住む世界が違うのだろうかと。もっと違う形で出会わなかったのだろうかと。

 すると私の手がトウヤと離れてしまっていたことに気が付いた。

「トウヤ?」

 私はそう言うとトウヤの方を振り返る。

「おねえちゃんは、僕が言った正義の味方じゃないかもしれないけど。悪いことをいっぱいしてきたかもしれないけどね。お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!」

 トウヤは私の目をしっかり見て話してくれていた。その目は今にも泣きそうにしていのが分かるが必死でこらえて何回も腕でこする。

「でも、私は・・・・」

「僕ね、お姉ちゃんのこと信じていたよ。僕をきっと助けてくれるって。だからお姉ちゃんが、正義の味方でも悪いことをしていても、そんなの関係ないよ。お姉ちゃんは初めて会ったあの時からずっと、僕の友達だよ。だからね、もうそんなこと言わないでよ。お姉ちゃんは、ずっと僕の友達でいてよ!」

 とうとうトウヤはそう言い終わると「うわぁ~ん!」と泣き出してしまった。トウヤの鳴き声が静かな誰もいない橋の上に響き渡る。

 私もできることならトウヤと一緒に泣きたかった。でも私が泣いてしまったらきっと目の前にいるトウヤをもっと不安にさせるだろう。今までこんなに強がって、泣くのを必死で我慢してきたトウヤを。

 私はそんなトウヤを見て感情をぐっとこらえてトウヤの元まで来て頭をゆっくりとさすった。

「ごめんね、トウヤ君。もう私は。友達になれないなんて言わないね。私とトウヤ君はずっとずっと友達だよ」

 私は今、トウヤに向かってどんな表情をしているだろうか?きっと笑っていればいいなとふと思う。

「うん・・・。僕とお姉ちゃんは、ずっとずっと友達だよ。約束だよ?」

 トウヤは涙をこらえながら私の顔を見上げると、一生懸命涙をこらえながらそう言った。

 ずっと、ずっと友達・・・。

 私は心の中で誓った。この関係がずっと続けばいいと。

 だがそんな時だった。橋の両方から何台もの黒い車が私たちをすぐに囲む。車のライトが私たちを照らしつけ、その車の中から何人もの武装した組織の男たちがライフルを構えながら出てきた。

 すぐに私たちは少し距離は置いているものの男たちによって囲まれてしまう。

「なに?お姉ちゃん」

 トウヤは心配になりながらも私にそう言うと、私の手をギュッと引っ張った。

 やはり奴らから逃げることはできなかった。その言葉が脳裏によみがえる。

 私はトウヤをかばうように前に立つと、その武装した男達の中から見覚えのある一人のスキンヘッドの大男が、その中からかぎ分けるように出てきて、私たちの目の前に立った。間違いない、マスターだ。

 マスターは私たちをじっと見つめると、サングラスを持ち上げて

「ゼロ、いい加減にしろ、お前はもうここで終わりだ」

と見下すようにそう言った。

「ゼロ、お前には完全に失望した。今まで私があれだけ面倒を見てやったというのに、よりによってその私に牙をむくとはな。これからお前たちどうなるかお前なら分かっているだろうな?」

 もちろん殺されるのだ。そんなこと考えなくっても分かる。

「トウヤ、大丈夫ここにいて」

 私は激しく身体を震わせるトウヤにそう言うと、マスターの方に向かって足を進めた。

「お姉ちゃん?」

 トウヤの声が聞こえたがもう止まるわけにはいかない。このままだと二人ともここで殺される。

「覚悟ができたようだな」

 マスターが私に向かってそう言う。

「あの、マスター、私はもうどうなっても構いません。ですが最後に一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「トウヤを、生きて家に帰らせてあげてください。トウヤにはこのことについては何も関係がないはずです。これ以上トウヤを巻き込まないで上げてください。トウヤ君を、殺さないでください!」

 私はそう、涙ぐんだ声で必死にマスターにそう言った。これは賭けだった。私はどうせ殺される。それならせめてトウヤだけでも助けてあげたい。

 私はマスターに向かって必死にそう言うと、マスターはやはりふんっ、と鼻で笑った。

「残念だがお前の頼み、聞き入れる訳にはいかない。もうすでにその少年の役目は終わっている。我々がこの後、アジトに戻り始末する。死骸が残らないように跡形もなくな・・・」

 マスターがそう言い終わった瞬間だった。私は胸にしまっていた拳銃に手をかけて取り出し、マスターに向かって向けた。

 ごめんなさいマスター。私はもうこうするしかできないんです。

 私がマスターに向かって拳銃の引き金を引こうとした時、

パァーン!

という一発の銃声と共に私の握っていた拳銃ははじきとんだ。

 武装したマスターの部下の誰かが撃ったのだろう。私が目の前を見るとマスターが手を振り上げて囲んでいる部下たちに一斉に私を撃つように合図を送った。

「お姉ちゃん!死なないで!」

 後ろからはトウヤの叫び声が聞こえてきた。

 私はそんなトウヤに向かって最後に精一杯の笑顔を向けると、マスターは振り上げた腕をおろし、その合図と共に、構えていた男たちは一斉にライフルの引き金を引く。

パパパパパーンッ!!!

 何発かの銃弾が私の体を貫いた。もう私の体には感覚はなく、音もなく倒れこむ。

「トウヤ、ありがとね・・・」

 私はそう最後につぶやくとゆっくりと目をつぶった。

「お姉ちゃん!!!」

 トウヤの泣き叫ぶ声があたりを埋め尽くすように響きわたり、私が倒れこんだ瞬間にすぐにかけよって身体を抱きかかえようとする。だがその時にはもうすでに私は血を口から流しながら死んでいた。

「やだよ!ずっと、ずっと友達だって言ったじゃん!なんで、なんでこんな・・・」

 トウヤは泣いていた。私のことを思って・・・。

 そんな泣き叫ぶトウヤを、組織の男が二人がかりで引きはがし、車の方へと連れて行こうとする。

「やめてよ!離してよ!お姉ちゃん!お姉ちゃん・・・!」

 どんどんトウヤを引き離し声が遠のいていってしまった。

 そんな中、マスターはゼロが死んだことなどどうでもよさそうな顔をして携帯を胸から取りだして耳に当てる。

「任務完了しました。これから我々がそちらに目標の少年を運びます。はい、何も問題はありません。ご心配なく」

 マスターは要件を言うとすぐに携帯を通話を切って胸にしまうと上向きで死んでいるゼロを見下して

「狂犬にかまれるというのはこのことだな・・・」

と鼻で笑いながら背を向けて去って行った。










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