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愚かなる賢者の手記  作者: 狛井菜緒
精霊の森編
10/11

2月18日 疲労困憊

次で精霊の森編は終わり、学校編に入ります。


読んでいただき誠に有り難うございます

「やっと…帰ってこられた」


「おー…随分と様変わりしたなぁ」



 時刻は夕方の7時。ハーゲンベルンの森から何とか帰還すると、ギルドに薬草を納品してやっとこさ教会に帰ってこれた。


もう、あの後は最悪だった。水洗いしたとはいえ、汚れた姿で街に戻ると否応なしに視線が突き刺さるし、ギルドに行ったら行ったで薬草が泥だらけだからと難癖つけられ、結局受け取ったのは1000G。

 ついてないにも程があるだろ。


しかも冒険者ギルドに抗議しに行ったら、詫びの品を貰ったのだが、その詫びの品が、フカベ・ヨモハ・リャナリア花の魔法薬三個。嫌味かこれは。

 死にかけたんだから金を出せよと言いたいが、受付の筋肉マッチョなオッサンの眼光にビビって言えるはずもなく、俺達はとぼとぼと家路についた。


…もう、あの森には絶対に行かねぇ



 幸いだったのはリュシア司祭様が新たな居候を嫌な顔をせずに受け入れてくれたぐらいだろうか。

…本当にすいません。


さて、最後の問題はコイツだ。


「…気持ち…悪い。」


「…お、おい。大丈夫かよ」



リュシア司祭様の部屋から出ると、俺は等々我慢の限界で、廊下の壁際に座り込み、うずくまる。


 実は森から出てからというもの、身体の倦怠感が消えず、頭がぐらぐらしていたが、ギルドを優先した結果、さらに悪化したのだ。



 原因はわかっている。俺が魔法媒体がない状態で魔法を使ったからだ。


 魔法媒体は魔力を調整する道具で、使用者が魔法を使用するさいに使用者の身体の負担を半分軽くする。

 値段がやたら張るもので、俺はそれを大事にしていた。だから今日も薬草摘みでなくしたらいけないと教会に置いてきてしまったために、直接魔法を使用するはめになった。


 なんとか吐くまでは至らなかったが、媒体無しでの魔法使用の上に森の中を走り回ってへとへと状態。身体も2月の雨で心底冷えきっていた。

 なんとも言えない疲労感が身体はくずらせ、体内の魔力の調整が不安定になっている。



風邪をひいたみたいだ…身体は、火がでるように熱いのに、酷く寒い。


「……うぅっ。」


「お、おい。」



 戸惑うシドウの声が聞こえるが、悪い。限界なんだ。寝かせてくれ。



…ああ散々な1日だった。

 部屋に戻るまで我慢したかったが、そうもいかないようだ、夕日さす廊下でぶっ倒れるなんて恥ずかしすぎだろ。


(…最悪だ…)



だんだんと意識が混濁し始め、思考が鈍くなっていく。


おろおろと俺を見下ろしているシドウが何かを俺に言っているが、良く聞き取れない。


 シドウは、倒れた俺をどう扱えば良いか分からないようだ。普通、誰かを呼ぶか俺を部屋に運ぶなりするだろうが、300年間も森にいて人間離れしていたこいつに普通の対応ができるはずがない。


(誰か呼ばなくちゃ…こんなとこで寝たら駄目だ…司祭様に面倒をかけてしまう…ああ…でも瞼が重たい。)




―…呼べば良いだろ。



誰を?誰を呼べば良いんだ?



―…お前はその名を聞いたのだろう?



 声なき声が、頭の中に響き渡る。幻聴だろうか、俺は誰と会話しているのか…それすらも鈍くなった思考と眠気が邪魔をする。



―…さあ、呼んであげなさい。彼は待っているよ。




「―…アス…ピダ?」 


 頭に浮かんだその名前を呼べば、足元から金色の燐光が迸り、複雑な模様の線を描いていく。線は円を形つくり、中央に三日月とムーンドロップの花を模した紋様が浮かび上がる。


 その線の中に、蛍のような光が集束し、やがて人の形をつくって、一気にはぜた。


 燐光からゆっくりと現れた人物が、俺が良く知る琥珀色の瞳の執事に似ている気がして、俺は眼を凝らして、見ようとしたが、視界が歪み良く見えない。


「…これは…」


「っ…」


「…何があったのですか。我が主」


「ジェン…キン…ス?」


「…熱まで出して…ああ、申し訳ございません、トリストラム様。今、お部屋にお連れいたしますから」


その声を聞いた瞬間、何とも言えない安心感が広がり、俺は完全に意識を飛ばした。



**




「ん…」


「そのままで、今、水をお持ちいたします」


「……誰だ」


重たい瞼をそっとあけると、見慣れた執事の姿が目に飛び込んできた。


上半身を起こすとジェンキンスはコップに水を注ぎ俺に差し出した。


「……今、何時だ。」


俺はそれを受け取りちらりと執事を見れば、懐から懐中時計を取り出す。

部屋はほの暗く、ジェンキンスが持ってきた燭台に灯る蝋燭だけが暗い部屋を照らす


「夜の11時を過ぎたところです」


「……消灯」


「獅童殿が主の代わりに回っております。」



 水を飲み干し、ジェンキンスにコップを返すとジェンキンスはそれを受け取るとベッドの脇のテーブルにコップを戻す。俺はコイツから直接聞かねば成らないことがある。

 

 精霊魔導器とはなんなのか。サリックスとは何か。

シドウからは基本的なことは聞いたが、その本質に関してはまだ何も知らない。

どんな危険なものなのか、俺の生活に支障をもたらす者なのか。俺と契約していったい何をしたいのか。


「…話を聞かせて貰おうか。」


「御意」


 俺の意志を読み取ったのかジェンキンスは恭しく一礼すると、その姿がぼやけ始める。まるで、今まで見てきた男が幻だったかのようにかき消え、彼の立っていた場所に一冊の本が光を帯びて漂っていた。今と違う黒い装丁の姿のジェンキンスは本と言うより手帳のような手に収まる大きさだった。


「コレが、お前の本体か。」


【左様。私を書いた作者はアスピダ・ジェンキンスと言う三流魔術師でございました。】


「作者自身の名前?」


【はい。私の銘は書き手の名を頂きました。他者からは「矛盾の書」と呼ばれています。】


「矛盾の書…?」


 どこかで聞いたことがある名前だ。何処だったか…ええと。思い出せない。

頭を悩ませているとジェンキンスは俺の手元にフヨフヨと降りてきた。


【見て解るように、私は歯牙ない魔術師がとりとめもなく日常や、思いついた魔法構成式を書いた手記でございました。四千年の年月を経て魔導書になってしまうなどとは、書いた本人すら思いもしなかったでしょうね。】


「…」


【本題に入りましょう。今日、精霊魔導器とは何か、貴方は其れを獅童殿から説明を受けましたね?その時どう思いましたか?】


「訳が分からないものを押しつけられたと思った」


【他には?】


「…少し怖いと思った。」


 声を小さくそう言えば、ジェンキンスがクスリと笑い声を溢した。


【其れが正しい反応でしょう。精霊魔導器とはいわゆる自然精霊とは真逆の存在。自然精霊が生み出す者なら、我々人工精霊は奪う者。過去現在、未来永劫に人から多くのものを奪い続ける忌避すべき存在です。人は私達を人を殺す武器として、人を守るための盾として使ってきました。貴方が怖いと思ったのは仕方ないことなのです。】


「…やっぱろくなものじゃなかった。」


【ふふ、ろくなものじゃない…ですか。そうですね、精霊魔導器はみんなろくでもないものばかりです。】


「笑い事じゃないだろう。」


 客観的に見るとくつくつと笑う本を見て、俺は変な気分になった。まさか、本と会話する日が来るとは。だが、ジェンキンスの話で漸く、精霊魔導器という存在の意味が分かってきた。


 精霊魔導器は非常にシンプルで、わかりやすい存在だ。月と太陽、男と女、昼と夜、正義と悪、生と死。世界は幽玄の時の中で、相対する二つの存在を作り出し続けていた。全ての存在には対が必ずある。精霊もまた然り。全てを生み出す自然の意思と全てを奪う、作り物の意思。双子のような正反対な存在。ジェンキンスやシドウもまた何かの対として生まれてきた存在だったのだ。


【自分の対が何か知らぬまま私は生まれ、人工精霊として転生しました。そして、私はゴルドベル様と出会った。】


「ご先祖だな。」


【はい。偉大な方でした。常に私を人として扱い、死ぬまで我欲の為に私を使おうとはしなかった

尊き主でした。正直、彼以上の主とはもう出会うまいと思っていましたが…】


「が?」


【トリストラム様が屋敷にやってきたときは、まるでゴルドベル様が帰ってきたのかと錯覚してしまいました。】


「…まさか、俺が先祖に似ていたから契約したのか?」


 その問いにジェンキンスはふわりと浮かび上がり、再び人の姿になると近くの椅子に腰を下ろした。


「確かに容姿も、めんどくさがりなところは良く、似ておりますが、本質は全く違いました」


「へぇ。」


「興味なさそうですね。」


「あんま興味ないからな。で、どんな奴だったんだ?」


「外道。その一言につきますね。」


「…は?」


 思わぬ執事の言葉に俺は聞き返すと、執事は大まじめな顔で顎に手を当てて、回想しているのか懐かしそうに目を細める。そのジェンキンスの目はどこか死んだ魚の瞳をしていた。


「女性にだらしなく、とにかく幼児から熟女まで無節操な野獣でした。酒に飲めば喧嘩は毎日、気に入らない輩が居れば陰湿な虐めをネチネチと。策謀の申し子とさえ言われるような方でした。」


「…。」


「遠征にいった先でこさえた現地妻は数知れず、1ダースほど隠し子もおりまして、夫人とは日々修羅場、家庭は荒れ放題。金使いが荒く、女性を孕ませる事と、陰湿な謀略ごとは天下一品でして、当時の皇帝陛下からは「最も敵(+婿)にしたくない男」と言わしめておりました。第三次テルカ侵略大戦において、1万三千人の敵兵を罠に罠を重ねて嵌め殺しにした上に、魔法を使わずに堅牢な城をを兵糧攻め。飢えに苦しむ敵兵の前で、それは良い笑顔でローストビーフを食べてみせたほど、見事な鬼畜っぷりに敵兵どころか、味方の将校達ですら震えておりました。」


「それは誉めているのか?貶しているのか?」


「誉めていると思いますか?これは燦然たる事実ございます。実に残念な方でございました。

そんなゴルドベル様と出会ったのはゴルドベル様が32歳の頃でございました。当時は帝国軍本部参謀として働いており、魔術師ではございませんでした。」

 ちょっとまて、うちの先祖は魔術師だったって回顧録に記載があるぞ?戦場で活躍したと、参謀って事は魔術師ではなく、ごく普通の軍人だったのか。


「魔術師と呼ばれる様になったのは私と出会った時からでしょうか。当時、帝国軍はテルカ王国と手を組んでいたアズマ王国の援軍に苦しめられて居ました。」


「おい、確か帝国軍三万五千に対しアズマ王国の援軍は七千。歴史では数で圧倒したとされている。圧倒していたはずの帝国軍がなぜ、苦しめられていたんだ?」


「それは、俺と、俺の元主・加藤厳正が居たからだ。」


「!」


 はっとして声の方を見ればいつの間にか部屋の窓際に、アズマの着物ではなく、洋服を着込んだシドウの姿があった。どうやら、俺が倒れているときに着替えたのか見慣れた大剣と赤い着物がない。


こうしていると普通の青年にしか見えないから不思議だ。ていうかいつの間に部屋に入ってきたんだ?



「相変わらず、嫌な特技ですね。」


「まぁな。音無っていう諜報部隊に習った技だ。いろいろと便利だぞ?」


すこしもブレないジェンキンスに、シドウはつまらんと言いたげに顔をしかめると、俺に視線を向けた。


 部屋の蝋燭の光がシドウの瞳を煌々と照らし、俺は思わず息を飲む。どこか怒りにも、悲哀にも似た表情は、昼間見たひょうきんさは無い。


「少し、昔話をしようか。」



…俺は思わずその眼光にたじろぎ、唾を飲み込んだ。



 

人物紹介を書いてから学校編に入ろうかと予定しています。


ここまで読んでいただき有り難うございます。


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