第280話 年賀状で思い出す男
昨年もらった年賀状を整理しているとこんな文言があった。
「先生からの御恩は一生忘れません」
差出人の名前を見た途端、当時の事を思い出した。
遠い昔、救命センター勤務時代のことだ。
中年男性が意識不明の状態で担ぎ込まれてきた。
深昏睡の患者を一目見て脳疾患だと直感した。
重症くも膜下出血か脳幹出血か?
頭部CTが描出したのは脳幹出血だった。
もはや根治させることはできない。
オレたちにできることは気道確保、人工呼吸器装着、中心静脈ルート、気管切開という一連の処置だけだ。
2週間後には一連の処置が終わり、意識は悪いながらも全身状態は安定した。
問題は自宅近くの医療機関に移送する方法だ。
出張中に倒れた患者の自宅は直線距離にして220kmのところにあった。
もちろん奥さんはこちらに飛んできて、近くのホテルに泊まりっぱなしだ。
人工呼吸器装着中の患者をどうやって搬送するのか。
電車でも車でも容易な事ではない。
その時、救命センター長が言った。
「ヘリコプターを使おう」
「えっ、ヘリコプターですか?」
「たしか〇〇市に防災ヘリってのがあっただろう。それが使えるんじゃないか?」
まるで自分のものみたいに言っているが、それは隣の市の消防の持ち物だろう。
勝手に使っていいのか?
「ダメだ。とても患者を乗せるスペースなんか無かった」
言ったその日のうちに防災ヘリとやらを見学してきたセンター長は言った。
何事も救命センター時間で進むので、決めるのも諦めるのも即決だ。
「こうなったら××学園だ」
センター長の一言で誰かが××学園に連絡し、翌日に打ち合わせに来てもらった。
××学園ではドクターヘリへの参入を望んでいた。
そのためのヘリも準備し、患者移送用の改造も済ませていた。
問題は患者移送の実績がなかったことだ。
だから実績が欲しかった。
そのため、センターと学園の双方ともに渡りに船だったのだ。
奥さんにヘリでの移送を考えていることを告げると仰天された。
そして泣き出さんばかりに感謝されてしまった。
ただ、問題は山積だ。
最大の問題であった費用は××学園がもってくれるという。
後はどこのヘリポートを使うか、どこの病院に受け入れてもらうか。
そして誰が搬送についていくのか。
ヘリポートは救命センターに隣接する別の病院の屋上を使わせてもらうことになった。
そして受け入れは患者の自宅近くの市民病院が名乗りを上げてくれた。
「ヘリポートの雪かきをしてお待ちしています」とのこと。
ヘリに同乗するのは主治医のオレと受け持ちのレジデント、のはずだった。
が、なんせオレは乗り物に弱い。
ヘリなんかに乗ったら30分もしないうちに、ゲロゲロ吐いてしまう。
困ったなあ、と思っていたところに助け舟が現れた。
同僚の外松先生だ。
皆よりだいぶ年が上だったので外松オヤジと呼ばれていた。
「俺さ、ちょっとヘリコプターに乗ってみたいんだけど」
ヘリに乗りたくないオレと乗りたい外松オヤジ。
たちまち取引成立だ。
いよいよ転院当日。
屋上ヘリポートで待つオレたちの前に海の向こうからヘリが飛来した。
慎重に患者を搬入する。
続いて外松オヤジとレジデントが乗り込む。
ヘリは垂直に上昇すると、あっという間に山の彼方に消えた。
これでオレたちの仕事は終わったみたいなもんだ。
でも、センター長は立ったり座ったりしながらヤキモキしている。
万一、ヘリが墜落したりしたら大変な不祥事だと思っているみたいだ。
別にセンター長自身が操縦しているわけじゃないんだからいいじゃん、とオレは思うけどな。
さて、豪雪地帯の市民病院。
駐車場にあるヘリポートと建物までの通路だけ雪かきがしてあった。
待ち構えていたスタッフ達が患者を乗せたストレッチャーを受け取る。
そのまま、凄まじい速さで通用口に運び込まれた。
なんでもその病院のヘリポート使用第1号だったらしい。
引継ぎもそこそこにヘリは帰路飛び立つ。
とは言え、満タンでも航続距離が足りない。
だから途中の空港に降りて航空燃料を補給する。
そして外松オヤジとレジデントは無事に帰還した。
後で外松オヤジは轟然たる非難を浴びてしまった
なんで主治医でもない外松オヤジがヘリに乗るんだ、という内容。
ドクターヘリが普及する前、皆が乗りたいと思っていた時代の話だ。
あんな危なそうなもの、乗りたい人間が沢山いる事の方に驚いてしまう。
ともあれ、オレたちの患者移送作戦は何とか完了した。
その後、オレは奥さんから毎年のように年賀状をもらうことになる。
残念ながら患者は転院して5年余りで亡くなった。
5年間、よくもったと思う。
よほどケアが行き届いていたのだろう。
それにしても救命センター長、外松オヤジ、オレ。
皆で頑張ったドタバタが今でも懐かしく思い出される。




