第250話 頭を丸めてお詫びする男
病棟でちょっとしたトラブルがあった。
患者が脱走したのだ。
といっても悪意のある脱走ではない。
譫妄でフラフラと外に出てしまったのだ。
幸い1駅ほど離れたところで見つかった。
道で倒れているところを通行人が救急車を呼んでくれた。
入院患者のリストバンドを見て救急隊が病院まで運んだのだ。
とはいえ家族は怒り心頭、謝罪の場を設けた。
もちろん担当の脳外科レジデントだけでは心許ない。
ということで、オレが立ち会いを頼まれた。
本来なら主治医が……とは、言うまい。
レジデントも百も承知でオレに頼んできたのだ。
いくつか事実関係を確認してから説明の場に臨んだ。
まず、何が起こったのかレジデントが話を始める。
といっても、いきなり過ぎる。
オレはちょっと注意した。
「まずこの場にいる人間をお互いに紹介した方がいいんじゃないか?」
そう言われて彼女はようやく気づいたみたいだ。
当方はレジデントの他にオレと病棟師長。
先方は長男だった。
途中で院外薬局からの疑義照会があってオレは中座せざるを得なかった。
電子カルテで処方内容を確認するためだ。
部屋に戻ると怒れる長男相手に説明が終わるところだった。
長男が問題にしていたのは2点。
患者が行方不明になったときに「警察への捜索願いは家族から出してくれ」と言われたこと。
見つかったときに「良かったですね」と担当看護師に言われたこと。
状況のわからない家族が警察に捜索願いを出しようがない。
警察に尋ねられても分からない事だらけだ。
それに、「良かったですね」の前に何か一言あってしかるべきじゃないか、ということ。
確かにそのとおり。
だからオレは謝った、言葉を変えて何度も。
つられてレジデントと師長も頭を下げた。
面談の後でレジデントに説教をする。
まずは話が長すぎる事を注意した。
結論を先に言ってから根拠を言うこと。
順番が逆になったら言い訳にしか聞こえない。
2番目には相手の言うことをよく聞くこと。
自分の意見を言うのは、相手の言い分を聞いてからでも遅くはない。
「岸田首相も言ってるだろ。聞く力だ」
「分かりました……気をつけます」
最後に良く訊かれる質問に対する答えは準備しておくよう言って説教を終える。
「『もし車にでも轢かれとったらどないする気やったんや!』と詰められたらどう答える?」
「全然思いつきません」
「切腹してお詫びするつもりでした、とでも言っておけ」
「切腹するんですか?」
「そうだ。実際には起こらなかったんだから切腹する必要はないだろ」
自分でも呆れた回答だと思う。
「もう1つ。『もし同じ事がまた起こったらどないしてくれるんや』というのもあるよな」
「ええっ! どう答えたらいいんですか?」
「その時も『切腹します』でいいだろ」
「でもまた脱走されるかもしれませんよ」
「寸分違わず同じことが起こるわけないだろ」
全く同じ事件が2回あるはずがない。
今回が隣の駅なら次回は隣のバス停だ。
今日の事件が昼なら来週の事件は夕方だ。
「屁理屈だけど、いくらでも言いようがあるじゃないか」
「そんな事を言ったら火に油を注ぐみたいなもんですよ」
「でも腹を切るよりマシだろ」
「そりゃまあ、そうですけど」
そのくらいの覚悟がなかったらムンテラなんか出来たもんじゃない。
「ちなみに泌尿器科のスキンヘッド先生を知ってるか?」
「もちろん」
「『お詫びに頭を剃ってきました』と言いながら、いつも謝罪しているらしいぞ」
「そんな馬鹿な。あの先生は元から剃っているじゃないですか!」
「ギャグに決まってるだろ。真に受けるなよ」
ムンテラで本当にそんな事を言ったりしたら相手に殺されるぞ。




