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第90話 年休の要らない男

 脳外科では金を払ってでもレジデントがやりたい手術がいくつかある。

 そのうちの1つが浅側頭動脈生検(せいけん)吻合術ふんごうじゅつだ。


 なぜそこまでしてやりたいのか。

 それは顕微鏡手術マイクロの入門にあたるからだ。


 1つの脳外科の手術は開頭、マイクロ、閉頭という3つの過程からなる。

 このうち開頭と閉頭はさほど繊細な手術操作を必要とするわけではなく、また経験する症例数も多い。

 だからレジデントが習熟するのも速い。


 100例もやれば一通りの開閉頭をマスターすることは可能だ。

 だいたい1〜2年くらいで、いわゆる開閉隊かいへいたいにはなれる。


 とはいえ開閉隊止まりだ。


 問題はマイクロの術者になれるか否か。


 本当に難しいのは手術用顕微鏡を使った繊細な手術で、ちょっとしたミスが重大な結果を招く。

 たとえば直径1mmの動脈の吻合には10針ほどを要する。

 要するに0.3mm幅で縫わなくてはならない。

 その難しさが想像できるだろうか。


 だから開閉頭とマイクロの間には手術操作の難易度に大きな差がある。

 このギャップを乗り越えることができるか。

 それが脳外科医としてやっていけるか否かの境目になる。


 では、どうすればこのギャップを克服することができるのか。

 術者にとって「都合のいい」症例を数多くこなす事が理想的だ。

 つまり、繊細な操作が要求される一方でミスが重大な結果を招かない手術を「都合のいい」手術とオレは呼んでいる。


 そのうちの1つが浅側頭動脈生検・吻合術だ。

 この手術では側頭動脈炎という難病の診断をつけるためにその一部を採取し病理検査を行う。

 これを生検と呼ぶ。


 側頭動脈炎を放置すると失明しかねない。

 一方、治療に使うステロイドには重大な副作用の恐れがある。

 胃潰瘍、感染症、糖尿病、クッシング病などだ。

 だから、キチンとした根拠と確信をもってステロイド治療をしなくてはならない。


 そのための生検だ。

 1センチほどの血管を採取し、残りの血管を端々吻合して再建する。

 浅側頭動脈の直径は1ミリほどなので、レジデントにとって挑戦するにはちょうどいい難易度だ。

 仮にうまく再建できなかったとしても、まず合併症は起こらない。


 問題は側頭動脈炎というのがさほど多くない疾患だということだ。

 オレの勤務している病院で1年間に3~4例程度だろうか。

 だからレジデントにとっては貴重な症例で、どうしても取り合いになってしまう。



「今、内科に入院している人が側頭動脈炎を疑われていてな」


 オレは最年長のレジデントに声をかけた。


「先生に生検と吻合をしてもらおうかと考えているんだけど」

「任せておいてください!」


 レジデントは目を輝かせた。


「しかし先生も異動が近いから、別のレジに譲っておくか?」

「嫌です。絶対に嫌です」

「じゃあ3月31日にやろうぜ」

「ありがとうございます!」


 年休なんぞクソくらえ。

 貴重なチャンスは絶対に他の連中に渡さない!


 何年にも渡ってその根性を持ち続けたレジデントだけが術者になれる。


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