The last day
朝風呂と朝食を満喫した私たちは女将さんに見送られて旅館を出発した。
さあ、故郷まではもう暫くだ。先輩は煙草の煙を燻らせながら車を走らせていた。道中奇跡的に営業していたスーパーで店主に食材とガスコンロを譲り受け、故郷に着いた時には夕焼けが西の空を赤々と照らしていた。隕石が見え始めている。
近隣の家で野外用のテーブルと椅子を借り、ひいひい言いながら市の公民館の屋上へと運び上げる。できるだけ空の近くに行こう、と言った先輩の希望に沿う形だ。
肉をジュウジュウと焼きながら先輩がこちらを振り向いて言った。
「誕生日おめでとう、祭。ケーキもプレゼントもないけれど、お祝いだ」
「ありがとうございます、先輩。私も漸くお酒が呑めますね!」
先輩がくすりと笑って缶ビールを投げて寄越した。慌てて受け止める。
「そうだな。乾杯しようか。そうだな……隕石にでも」
かしゃん、と缶がぶつかり合う音。初めて飲んだビールは少し苦かった。ああ、でも癖になる味だ。
肉を食らい、酒を呑みまくった。先輩は勿論、私もアルコールに強い体質だったらしい。暫く経った頃には空き缶と空き瓶が屋上には散乱していた。
日は海に沈もうとしている。隕石が迫ってきていた。ふと思い出したかのように先輩が呟いた。
「『家族になろう』別れの日に私がそう言ったのを覚えているかい?」
記憶の紐を辿る。引っ越しの日。ああ、そういえば。正直今まで忘れてしまっていた。
「今思い出しました……でもなぜ急に?」
「いやあ、二人とも身寄りを亡くしてしまったところだし。家族なんてものが恋しくもなった」
なるほどね。まあいい提案かもしれない。今じゃあ同性婚だって以前ほど難しくないだろう。
「そうですね。じゃあもし生き残れたら、役所に届けでも出しに行きましょうか」
「思いっきりフラグを立てている気もするが……そうだな。そうしようか」
光がだんだんと強くなってきている。そろそろか、この世界の終焉も。
「子供が居たら楽しそうですね。親を失った私と親から逃げ出さざるを得なかった先輩で育てていくのは難しそうですが」
「そもそも家庭を築くなら働き口を探してからだな。……あああ、死にたくないな……」
それはみんな同じだろう。この世界のみんなが口では何と言おうと本心から理不尽な死を望むものなんていないはずだ。
「先輩、自分の論文、忘れたんですか?自分が疑ってちゃあダメでしょう」
「ふふふ、そうだな!実証実験のときだ。実験の題は、シュレーディンガーの猫にでもなぞらえて終末の猫、なんてどうだ?この状況下において猫は私たちだがな」
良いですね、と返事した。中々洒落てるんじゃあないだろうか。
「ああ、もう時間でしょうか。もう隕石があんなに大きく」
屋上の手すりにもたれかかるようにして空を見上げた。光はもう直視できないほどに強くなっている。椅子に腰かけて煙草を吸っていた先輩がこっちに来た。
「さあ、逸れろよ隕石。私の論文の糧になってくれ」
世界の窮地に先輩は不敵に笑う。私は叫んだ。
この八月三十一日が終わってしまわないように。明日が私たちに来るように願って。
「夏よッー!終わるなァァァァーーーーッ!」
◇◆◇
光が視界を埋め尽くして、そして――。
終末の猫は可能性の狭間で漂っている。




