帰還
帰って早々、色々な報告をすっ飛ばし、ナイルとエトワールがミレオミールを連れて行ってしまった。背で軽く手を振るミレオミールだったが、ナイルの険しい顔が、事の重大さを物語る。けれど、エトワールに不変の笑顔で「大丈夫ですよ」と言われてしまえば、由乃に何も言える筈がない。序に心配もほとんどが吹っ飛んだ。エトワールの存在は偉大以外の何物でもないと由乃は思う。
杖をさり気無く渡され、ウィルがそっと隣に寄り添う。
老医師の元へ顔を出し、やたらと沁みる塗り薬を塗りたくられ、暫し死んだようにうつぶせに寝そべって休憩したところで、由乃は城下へとやって来た。
「はぁー……で、まーた怪我してきたってわけね……」
「生きて帰って来たから良いじゃないのさ」
「どんっだけ極端なんだよ」
言いながら、お馴染みのフェリアは由乃の頭を叩いた。
畑仕事は終わった所で、やることはあるが急ぐ事はない。良いタイミングで訪ねてきた由乃を、フェリアは取り繕うような不機嫌そうな表情で迎え、そして杖を見た瞬間、「また!」と本気で殴りかかって来た。ウィルにも挨拶をし、三人で庭の柵へ腰かける。フェリアの母であるユリアからの差し入れ、彼女特製のパンは美味で、由乃は幸せな気持ちになった。
ユリアには、城の裏庭で採れた万年林檎の実をプレゼントしておいた。過去ミレオミールがやってきて直ぐ、教材だか趣味だか研究だかで生やした物らしい。種は至って普通の林檎なので、季節や天候気候を無視して葉も花も実も付けるというところ以外、至って普通の林檎である。……その差異は、決定的と言えなくもないが。
「勇者の剣が変形するとか、アタシどうでもいい」
「わ、酷い。ミオは只管喜んでくれたのに」
「アイツは唯の魔法馬鹿だろ」
「あと、極度のヨシノ様馬鹿ですね」
「後半はどうだろう……」
前半は的外れでもないので、由乃は苦笑しておく。
コロコロと笑うウィルは可愛らしく、これが時折、酷い毒を吐くものだから気が抜けない。基本は可愛らしい弟の様な存在なのだが、ミレオミールが不在の時の護衛兼見張りという任務を持って彼は由乃に従っている。親しくはあるが、彼が由乃をどう思っているか。それは彼以外に知りえない部分だ。
「まぁ兎に角、フェリアとロニの鏡のおかげで、事無きを得ました。ナイル様からのお咎めもなし――ってのは、ちょっと不明瞭な所もあるけど、基本的にはハッピーですね」
「はっぴぃ?」
「幸福という意味」
「何だか間抜けた音ですね」
ウィルの言葉に、由乃は苦笑した。
「幸福まっただ中の人って、周囲からは間抜けて見えるもんっしょ」
パンをかじりながら言えば、ウィルは暫し考え、「確かに」と深く頷いた。思いついた事を言ったまでだったが、納得されればされたで複雑な心地になるものだ。英語の始祖に申し訳が無い気がしなくもない。
暫し雑談に興じていると、次第に話題も尽きてくる。由乃は沈黙を苦にする方ではないし、お喋りには休憩も必要だという思考を持っていた。ただ黙って穏やかに流れる時を共有する。その素晴らしさを分かち合える人間は、案外少ない。フェリアは何かしていないと気が済まない性質ではあるが、幸い人を巻き込まなきゃやってられない人間というわけでもない。
心地良い空気を堪能していると、フェリアは「あのさ」と呟いた。
ふいに呼ばれれば、反射で視線を送ってしまう物である。と言うよりも、彼女の声音が、由乃には気になった。
絞り出すような、気落ちした声音。
いつもの元気な彼女ではなく、何かに心を蝕まれているような、そんな声だった。
視界に捉えたフェリアは、顔を俯かせて、自身の足元を凝視していた。口元は何かを吐き出そうともごもごと動くが、眉はゆっくりと釣り上がり、不本意極まりない、と言うか。単純に言いづらい、というか。
「……、…………ごめん、な」
小さな声で、フェリアは謝罪を告げた。それまでの沈黙は葛藤の表れで、反省の印だった。
言い難かったのは、由乃がどこまでもいつも通りだったから。言葉で決着を付けなくとも、フェリアは由乃の友達に戻れたから。
けれど、フェリアの性格上、決着のつかないそれを放置する事も出来なかったのだろう。心に刺さった小さな棘は、時折自身の存在を主張するように不意に苛む。それを放置されるのは由乃も望む所ではなく、自身が悪いと解っている故に、フェリアも謝らざるを得なかったのだろう。
由乃は少し反省した。禍根を残さぬよう、配慮をするべきだった。最初に一言、尊大な態度で謝らせておくべきだった、と。
「フェリア、フェリア」
「ん?」
名を呼ぶと、フェリアは顔を上げる。気まずさを引き摺った表情は、言葉にし難い痛々しさがある。
その額に、由乃は自身の弾いた中指を叩きこんだ。
悶えたフェリアは、仕返しに由乃を一発殴った。
「いっだい……」
「痛いのは! こっちだ! 加減くらいしろ、馬鹿!」
「ヨシノ様は馬鹿ですからねぇ」
「二対一はやめて」
殴り返された事に怒りはないので、両隣りからの言葉の攻撃に淡々と制止をいれる。
何と言うか、勇者に対して言いたい放題の二人である。
由乃は加減無しに振り上げられた拳の当たった、顳顬辺りを撫でる。由乃の手は年中冷たいが、剣を持った時の滑り止めに手袋をしているため、指先以外は基本的に冷却には向かない。指先も範囲が狭いため、効果は期待薄である。
瘤にこそならないだろうが、中々フェリアの拳は重かった。真っ赤になった額を押さえるフェリアに何も言わず、由乃は彼女がいつも通りの表情をしている事を確かめ、遠い呼び声に視線を移した。
道の先で、綺麗な金髪の少年が大きく手を振っている。
由乃もそれに振り替えし、友人たちとの暫しの休みを堪能した。
□■□
「それは困る」
ミレオミールに慌てた様子はないものの、今までよりも余程深刻そうに、手を上げ、身を乗り出し、彼なりに必死の主張を試みた。
「ユノの――勇者の傍にいられないのなら、今の俺に意味は無い。皆無だ。既に此処には新しい魔導師が派遣されてるし、兎に角、それだけは、絶対に嫌だ」
ミレオミールの主張は単純だ。勇者、由乃の傍に在ること。唯一それだけであり、それ以外の望みは彼にはない。
帰って早々、穏やかだが難しい笑顔をしたエトワールと、いつも以上に不機嫌を貫いた様な表情のナイルによって、足に傷を負った由乃から引き剥がされた。ウィルが付き添うから良いとしても、二人の様子が尋常ではない事が問題で、「緊急事態だ」というナイルの言葉に、ミレオミールは素直に従った。
由乃の不審はエトワールがどうにかできる。そのまま両名に前後を固められて歩みを進め、連れて来られたのは、他十二神将とその腹心が数名集う、片隅に二畳の畳が敷かれた、煉瓦造りの部屋だった。基本土足で、三十センチ程高い畳部分だけが土足厳禁だ。ミレオミールとエトワールだけが畳に上がり、他は全員、高い位置からミレオミールを見降ろしている。
高所からだが、威圧する雰囲気なく伝えられた事実に、彼は度肝を抜かれた。
城近くの監獄にて、先日由乃を――正確には、ロニの家を――襲った脱走犯が、一人残らず殺されていたということ。
そして、その第一容疑者として、ミレオミールが疑われているということ、だ。
一応の反論は試みた。
「……俺、ユノと一緒に遠征に出てたと思うんだけど」
「そうだな。だが、貴様は誰だ? 希代の大魔導師様だろう? お前一人ならば、城から離れた南西の森から、一瞬で城まで戻り、そしてまた由乃の前に現れる事など、造作もないはずだ」
その通りだ、とミレオミールは思う。その程度の事は造作もない。
だがミレオミールは自身が犯人ではないと言う事を知っているし、やはり犯人ではない。由乃から目を放した十分前後の時間は、黙っていてもそれとなく由乃に聞かれてバレることは確実。ならば、今ここで変な嘘を吐くのも得策ではない。けれど、やはりミレオミールは犯人ではない。
ちらりと、エトワールへ視線をやる。
彼も此処に居る以上、そして申し訳なさそうに眉を下げて笑う以上、彼の絶対的な味方ではないのだろう。
「すみません、ミレオミール。疑う気持ちは有りませんが、信用に足る情報も足りないのです」
「良い。御尤もだ」
彼には、ミレオミール以上に国と国民を守る義務がある。溜息が出てしまうのは多めに見てもらうとして、ミレオミールは犯行その物を否認しつつも、この状況を受け入れた。
疑われている以上、何を言っても意味はない。ミレオミールがこの場を改善したいなら、それこそ、新たな情報を得るか、ミレオミールが犯人ではない確証を与えるか、真犯人を捕まえて突き出してやるしかない。
けれどどうせミレオミールはやっていないのだ。その内勝手にどれかが舞い込んでくる事だろう。それまでは、極限に黒に近い灰色で構わない。
それに――やはり、エトワールはミレオミールの味方なのだ。
何があっても、彼だけはミレオミールの潔白に、一ミリの疑いも持っていない。
今は唯、ミレオミールを助けるための隙を狙っているだけ。彼に任せておけば、最低限ミレオミールの望む範囲だけは、絶対に確保される。その確信が、ミレオミールにはあった。
「で、俺に何を求めるんだ? 言っとくが、俺はやってない。やってないから死体の状況も、牢の状況も、発見者の情報も知らないんだ。俺から得られる情報は無いし、嘘を吐く可能性を鑑みるなら、俺の行動はユノから聞いた方が良い。監視は甘んじて受け入れるけど、気心知れてない、それでいてなるべく強い奴に魔法干渉を阻害する魔法具を付けさせた奴を呼ぶべきだろう。でも、牢屋行きは止めてくれ。容疑者だろうが俺はユノの供だから、あいつの傍に在りたい」
そして、告げられたのは。
それこそ当然と言える物だろう。ミレオミールは希代の大魔導師。この国において――この世界において、右に出る者もいない程の大魔術師だ。
卓越された魔法の使い手。超人的な魔法の使役者。
調子は軽いが、それでも仕事に手は抜かない。城内の人々からの信頼は厚く、城下の民ですら、彼に対して悪い感情を抱く者は少ない。
そんな信頼の置ける人間が――殺人の容疑者。
そしてその人間が、勇者の供をしている。
それは、由々しき事態だ。
如何言った理由で脱走犯が死に至ったかは解らない。だがもし、ミレオミールが犯人であるとするならば。
――由乃を危険にさらした人物を、勇者の供として粛清したというのが解り易い図式。
それは、理に適う。
ミレオミールは、見る者全員が頷く程、由乃という少女に心を傾けている。それが恋愛感情か、親愛の情か、それともまた別の何かなのか。それは本人以外には解り得ないし、もしかしたら、本人も知る所ではないのかもしれない。彼は由乃に執着していることは認めるが、どんな感情故の物なのかは、一切語らないのだから。
だが、それほどに大切な人のためならば、いくらでも他人を殺せるだろう。
ミレオミールは強力で、飄々としていて。悪く言えば、何をしでかしても、可怪しいことは何もないのだ。
だから。
――逆に、供という立場を利用して、ミレオミールが由乃を殺しても。
心のどこかで、「あぁやっぱり」と思うのだ。
ミレオミールの心内を知る者はいない。それが、彼を疑うに当たる、最大の要因だった。
誰かが言う。
「勇者と不審人物を一緒に居させるわけにはいかない。お前には、勇者の供としての任から離れてもらう」
「――巫山戯るな」
ミレオミールの声が、その場の空気を凍らせる。
激昂するのが得策ではない事を、彼自身、良く理解している。
だが、これは理屈ではない。感情の問題だ。いくら普段飄々としているからと言え、激昂しないわけではない。感情が無いわけでもない。ミレオミールにとっての逆鱗が由乃である事は、否定できない事実だ。殺人を疑われて仕方がない程度に彼女を大切に思っている事を、ミレオミールは隠す気もない。
だが。
「俺は、ユノの傍に居られればそれで良い。それなのに、何で態々、自分の立場を悪くして、自身の望みを無碍にしなきゃいけないんだ」
ミレオミールは馬鹿ではない。自身が犯罪を犯せば、彼女の傍にいられなくなる事くらい、誰に言われるまでもなく理解している。彼女の傍にいられないのなら、一体自分に何の価値がある?
ミレオミールの存在価値は、由乃の傍で彼女を生かす事。
彼等が理解している以上に、ミレオミールを占領する由乃の存在は、大きい。
そんなミレオミールが、独善的な感情だけで、既に由乃にとっての脅威でない相手を殺すなど、あり得ないというのに。
この国を担うと称される人々が、たった一人の男に対して最大限の警戒を抱く。
それはどこか滑稽な状況で、けれど、ミレオミールは笑わなかった。
そのまま鋭い瞳を細め、言い募る。
「俺を警戒するんなら、俺を怒らせるんじゃねぇよ」
勇者、八色由乃。
彼女は――希望だ。
ミレオミールにとっての。エトワールにとっての。勇者としての。そして――
ミレオミールという怪物を鎮めるための、贄の少女として。
□■□
「はー……そんな理由で不機嫌だったのか、フェリア」
「そ、そんな理由って言うな!」
由乃の隣からウィルが退き、彼は空中に寝そべっていた。その代わりにロニが座り、更にその隣に、彼の妹のミシェルが座る。持参したバスケットに入っていたパンを食べながら、由乃達もユリアに貰ったパンをおかわりした。
そこで聞いたのは、先日のフェリアの不機嫌の理由だった。「一緒に謝りに行こう」という約束は果たされず、けれどロニとフェリアが仲直りをしたのなら、由乃がそれ以上の事を言うつもりもない。喧嘩は面倒この上ないが、仲直りの時の心の交わりは、言葉にするのも野暮な情が備わるものである。
「いや、だってさ……あー、でも、そうね。なるほど。だから私が故郷の話をする時、不機嫌になってたわけか……」
「分析すんな! 嫌な奴だな!」
「あー、あー……成程なぁ」
「わーっ! もう! ホント!!」
「いったたたっただだだぁっ!」
顔を真っ赤にして、必死にフェリアは由乃の髪を引っ張った。長い三つ編みをぐいぐいと後方へ引き、柵に腰を預けている由乃は後方へ転がりそうになる。ウィルが前方から肩を支えてはいるが、頭皮が千切れそうな痛みはどうにもならない。
ロニは「姉さん!」と強くフェリアを呼び、ミシェルはきゃっきゃと楽しそうに笑っている。何と言うか、ミシェルは大物だな、と冷静な頭の片隅で分析する。
ロニに怒鳴られ、フェリアはバツが悪そうに手を放す。由乃は柵の上で事無きを得て、ウィルは上空へと戻る。途中ミシェルに手を振られ、振り返す姿は可愛らしい。
フェリアも乗り上げていたフェンスから、座った状態に戻る。顔はまだ赤いままで、そういう点は女性と言うよりも女子らしくて可愛らしい。こう言う時、由乃はやっとフェリアが年下であることを思い出すのだ。
「でもま、すごい過剰反応と言うか……無駄なあがきというか……」
「見当違いの間違いですよ」
「そうそうそれそれ」
しっくりくる言葉が見つからずに唸っていたが、ウィルが空中に正座して告げる。同意し、頷き合いながら、そんな由乃の隣で、フェリアは恨みがましげな視線を向けた。
「何? 馬鹿にしてんの?」
していると言うか、していないと言うか。気持ちとしては、半々だ。
由乃は謝罪しながら笑い、真相を告げた。
「あのね、私確かに帰りたいし帰りたいけど、帰る方法があるなら、もう今すぐにでも帰ってるよ。あ、勿論やるって言った以上勇者はするんだけど……行き成り連れて来られて、お母さんとか兄とか、一言入れたい気持ちはあるわけでして……」
でも、由乃はそれをしない。何故なら、こちらからあちらへ渡る手段を、ミレオミールでさえも知らないから。
その事実に、フェリアはきょとんと瞳を丸くした。
「……え……な、かえ……れ、ないの? 今はまだ帰らない、とかじゃなくて……帰れない、の? あの……ミレオミールでも、無理なの?」
「うん。無理。ミオだったら頭いいし、魔法詳しいからどうにかしてくれるんじゃないかなーと思ってるけど……どうかね。曰く、『ムーリ』って。まるで語尾にハートマーク付いてる感じ。こないだは『考えとくよ』なんて言ってたけど……ふざけてんよね。未来は分かんないけど、期待しとくくらいしか、私には出来ないわ」
フェリアには由乃の言葉も届いては居ないようだった。
放心したように俯いて、恐らくゆっくりと、思考を巡らせている。
やがてゆっくりと由乃の言葉が浸透したように、大きく息を吐きつくし、思いっきり項垂れた。
それは安堵と、安堵してしまった事に対する、些かの自己嫌悪。
「何か……悪かった」
「うん。ういうい。それに多分、私戻れたとしても、帰省はしてもこっちに帰ってくると思うよ。向こうに戻っても、魔法の確立に何年かかるか解んないから勉強ついて行けなさそうだし、こっちなら、勇者してれば居場所あるし、勇者終わっても……終わらせられる気もしないけど、やることやりきれば、誰も私の存在に文句なんて言えないだろうし」
笑いながら言う由乃に、フェリアは不思議な気持ちになった。
喜びは、ある。彼女が、唯一の一切の関係性もない他人である友人、由乃が此処に居てくれる事実に。
けれど、何故だろう。
由乃の笑顔が、フェリアの瞳には、酷く儚げに映るのは。
「…………じゃあ、ミレオミールは?」
「……はい?」
フェリアの唐突な質問に、由乃は疑問符を返す。
フェリアが繰り出した「由乃とミレオミールが結婚する」的な発言は、『伝説を辿って由乃が「お供の少年」と一緒になれば、あちらへは帰らない』という打算の下に在った物だという事を、由乃も既に理解していた。故に、今彼の名が出る意味は解らず、由乃の隣で、ロニが聞き耳を立てる意味も解らなかった。
「……ミオが?」
聞き返す。質問の意図がはっきりしない旨を言外に伝えれば、フェリアは視線を外し、小さく唸って顳顬を掻いた。
「いや、まぁ、なんて言うか……昔から気になってたんだけど、ヨシノは、何でミレオミールをお供に選んだんだ? 帰りの手段をあいつが握ってるってのも思ってたんだけど……強いから? 売り込まれたから?」
「帰りの手段は兎も角として、それもあるけど」
酷く、根本的な質問だな、と由乃は思う。
それはもう、随分過去の事のように思えた。
由乃が召喚され、勇者を求める人々から逃げ回る日々。その中で、同じ他所者として、由乃を追いかけない存在として、由乃はミレオミールと良く隠れて会話をした。彼は仕事をサボっているのかと思っていたが、聞けば、あれは仕事の合間の休憩であり、決して仕事の入っている時間に無理矢理休憩していたわけではないとのこと。いつも先廻りするかのように由乃の前に表れ、逆に「俺の事、追いかけまわしてない?」と聞かれたほど。盛大に不本意だったので、暫く顔を見かける度に睨んでやったのも良い思い出である。
色々な、話をした。
この国の事。由乃の国の事。
魔法の事。魔族の事。
ミレオミールの事。由乃の事。
「だって」
だって、あの人が一番――
「私が出会った人の中で誰よりも、ミオが一番、『魔王を倒さなくてはいけない』って――そう、思ってたから」
自分ではどうにもできない歯痒さに、血の滲むような心地で耐えていた。
そして、その彼が、由乃を勇者と認めたから。
彼が、由乃を選んだから。
彼が、由乃で良いと――由乃が良いと、言ったから。
誰よりも『勇者』を渇望していた、誰よりも強く、そして弱い人のために。
彼の手を取る事に、由乃は、何の躊躇いもある筈がなかった。
二章はここまでとなります。三章へ続く。
さて、此処まで読んでくださった方々、深く御礼申し上げます。とてもありがとうございます。感謝感激では足りません。よろしければ、続く三章(更新日未定)もよろしくしてやってくださいませ。ヾノ・ω・)




