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キメラ勇者の異世界冒険譚  作者: 桑島 龍太郎
第2章  今日から俺は
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幻惑回廊

 時間とは生けとし生ける者全てに死を運ぶ死神である。

 老いて死ぬという事は不可避の事実であり、死の恐怖の代名詞でもある。


 死がもたらす永遠の眠り、ある人は幸せな人生だったと謳い、ある人は理不尽だと慟哭する。

 人のことわりとは何故こんなにも短いのだ。

 長寿と言えど齢を重ねて100がせいぜいの限界である。

 長く短い不確かな道のりを、平々凡々と死に向けて歩くだけが生きる意味なのだろうか?


 森の民であるエルフは齢1000を越して生きると言われている。

 研究に溺れた私は残念ながら出会った事が無い。

 だがその生態は魅力的だ。

 いかにして人の10倍の時を生きるのだろうか?

 身体の作りが違うのだろうか?

 細胞? それとも何かしらの要素が関わっているのだろうか。

 知りたい、隅々まで調べたい。

 骨や血、その身体を構築する全ての物質を切り刻み奥底を知りたい。

 

 ハンターに依頼してエルフの身体を手に入れてもらう事は出来ないだろうか。

 生き死になぞ関係無い、身体が手に入ればそれでいいのだ。

 人の身体はもう調べる事が無い。

 人を食えば何か変わるかと食した事もあったが不味いだけですぐ捨ててしまった。

 エルフの肉を取り込めばあるいは?


 分からない。

 知りたい。

 すぐに依頼を出そう。

 だが表立った依頼は出来ない。

 この研究が世に知られれば処刑は免れないだろう。

 私の研究に世が追いついていないだけだと言うのに。

 まったく腹立たしい。



                朽ちた手記より抜粋。



   ***




 

「ねぇねぇリュートー、どうしてあそこに隠し部屋があるって分かったの?」


 宝玉の間を後にし、火成岩に似たような通路を歩いていると栗色のツインテールを揺らしてベリーニが俺を覗き込んできた。

 

「あぁ。前の世界で似たような事例があったからな。もしかしたらと思ったんだ」

「ほえー」


 実際隠し部屋があるとは思ってなかったわけだが。

 何かしら攻略のヒントがあるかなーぐらいにしか考えて無かった。

 

 ピンと来たのはミランジェによる魔法で凍らされた苔が作ったあの境界線のようなものを見た時だった。

 あの時俺はここが既にトラップや結界の類の中では無いかと踏んだのだ。

 トリックアートの世界ならまだしも、普通に考えて通ってきた道が天井に現れるなんて考えられない。

 そして、始点にたどり着いたという事は1周したという事。

 何かあるとすればその周囲にあるのがセオリーだし、仮に無かったとしてもその可能性を踏まえた上で慎重に進んでいけばいい話だ。

 6芒星の仕掛けがたまたまあったのは奇跡的なご都合主義なのだろうが……それは運が良かったと解釈しておこう。

 

 あの虹色に輝いていた宝玉の効果なのだろう。

 次元を歪め、一定の距離を進めば道が壁になり壁が天井となって延々歩き続けるというトラップ。

 擬態苔もどきはその効果を補佐する役目って所だろうな。

 苔が作っていた紋様がサブリミナル的な効果だったり……それは考えすぎか。


 それにしても……。

 こんなダンジョン的な物が自然に出来るのだろうか?

 過去の遺跡だと説明されていたが砂海の中に誰が作ったのだろう。

 もしかして遺跡ごと流されてきたのか?

 気になる事は多々あるが……、先にある光も強くなってきたしとりあえず集中しないと。


「みんな。何があるか分からない、慎重に進めよ」


 暗闇に浮かんだ光が大きくなるに伴い、キンキン、と剣がぶつかり合う音が耳に入る。

 斬り合わせているリズミカルな音とは違う、一発一発耐えているような一定の音。

 この先で誰かが戦っているのは間違い無い。

 

「シュート!」

「馬鹿待て!」

「ちょっと!!」


 音を聞いたドロテアが珍しく声を荒げて走り出す。

 放っておくわけにもいかず、俺達も慌ててドロテアの後を追う。


 慎重にって言った傍からこれか!

 俺が言うセリフは全部フラグ付きなのかと疑いたくなるな。


 念の為、カーディフも6つ全て起動させ、魔剣ヴィラを抜き放ちゴツゴツした通路を駆け抜けてゆく。

 そこまでの距離は無いと思っていたが宝玉の間からは意外に遠い。

 同じ壁面のせいで距離感が狂っているのだろう。


「シュート!」


 何の確認もせず、全力で光の先に走りこむドロテア。

 ドロテアに釣られて俺達も一斉に突入する。

 

 魔法で作り出された明かりとは違う、白色の光に照らされたそこは闘技場を思わせる大きな広場だった。

 天井は弧を描き、中空にはバスケットボール大の白色球が輝いており、それがこの広場を余すことなく照らしている。

 広場の至る所に人間大の苔が散乱し、中央では巨大な猪に似た緑色の魔物と3mはあろうかという緑の巨人が荒ぶっていた。

 

 そして2体の魔物に相対している人物がいた、それは――。


「おっせぇぞクソガキ共! 何遊んでやがったゴルァ!!」

「これだからお子ちゃまは足手まといなんだ。てっきり俺様達が強すぎて逃げちまったのかと思ったぜぇ? ケケケ!」

 

 馬鹿2人オルトロスだった。


「貴様ら! シュートをどこにやった! 答えによってはただでは済まさない!」


 待て待てドロテア、確かにあの2人はムカつくがあの2人のせいでシュートが行方不明なわけじゃないだろ。

 

「あぁ!? しゅーとぉ? 誰だよそいつぁ!」

「こっちは忙しいんだぜ!? みて分からな――っとぉあぶねぇ!」

「知らないとは言わせない! 大事な仲間の仇だ! 殺してやる!」


 だから待てって。

 勝手に殺すなよ、大事な仲間なんだろ。

 まぁあの2人がこっちの名前を覚えるはずも無いし、本当に分からないんだろうな。

 

「ちょっとお2人さん! アタシらと一緒にいたローブの子を知らないかい!?」


 お、ナイスアシストだぞリオラよ。

 それならきっと頭の悪いあの2人も分かるだろう。


「あぁん!? ローブ着た辛気くせぇやつだったら……」

「しらねぇなぁ! と言いたい所だがなぁ……」


 魔物の攻めを受けながら粗野に言い放つ2人だったがどうも様子がおかしい。

 先ほどから攻撃を受け止めたりいなしたりしているだけで一切攻める気配が無い。

 強くないと思っていたがやはりそれなりに実力はあるようで余裕さえ伺える。


「遊んでないではっきりしなさいよぉ! このウスラトンカチィ!」

「そーだそーだハゲー!」


 ミランジェとベリーニが野次を飛ばし、今にも2人に切りかからんとするドロテアをリオラが羽交い絞めにして止めている。

 ミモザとスコッチはその光景を見ながら苦笑いだ。

 あれ、誰も手伝う気配無いじゃん。

 一応パーティメンバーなんだけどな、加勢するぞ! とか無しに仇扱いだもんな。

 なんだかあの2人がかわいそうになってきたぞ。


「チッ……!」

「ハゲじゃねぇ! オシャレボウズだクソガキ! 帝都で流行ってんだぞ田舎モン! そのローブの奴だったらここにいるぜ!」

「嘘も大概にしろ! ここには俺達と貴様らしか居ないじゃないか!」

「だからあああ! こいつなんだよ! どるぁ!」

「大事なお仲間は魔物だったみたいだぜぇぇぇ!! オオオオラァ!」


 一際大声をあげ、それぞれの相手を吹き飛ばし距離を取るダメリオとダルイージ。

 だが2人の言う意味に理解が追いつかない。

 君が何を言っているのか分からないよ状態だ。

 

「何を言って、いるんだ? 嘘も大概にしろと言ったはずだ。仲間をコケにするのもいい加減に……」

「待つんだよドロテア! あの2人がいくら馬鹿でも戦闘中にそんな冗談言うと思うのかい!?」

「えっとぉ……どういう事ですかぁ?」

「はぁ……つまり俺が相手してるこの巨人がそのローブの男なんだよ!」

「この猪は違うけどなぁ! ケケケ」

「なっ……バカな……」

「ねぇ、まさかとは思うけど……あの緑色の魔物って……苔じゃないわよね……?」


 広場に転がっている緑色の物体と、咆哮をあげている魔物を見比べて、ミモザが俺の背後から自信無さそうに言う。

 オルトロスの言葉が本当で、ミモザの予想が当たっているとすれば――あの巨人は苔に取り込まれたシュートだという事になる。

 あれもリオラの言っていた擬態苔なのだろうか、だが人間を祖体としてあれだけ動き回るのは擬態ではなく寄生生物だ。

 

「だ、だとしても――」

「ごちゃごちゃうっせぇぞガキ共! どーすんだ! 俺様達の優しさで攻撃してないんだぞ!? やるのかやらねぇのかハッキリしやがれ!」


 思わずたじろぐ俺にダメリオが罵声を飛ばしながら巨人と再び切り結ぶ。

 シュートの事は分からなくとも、ローブの人間がこのパーティにいる事は覚えていたのだろう。

 先ほどまで手を出さずに防戦一方だったのはそういう事か。


「どうするのリュート! このままじゃいずれ――キャアアッ!」

「ちょっとなんだいこれ!?」

「うわっキモッ! 来るな来るなぁあ!」


 突如上がった悲鳴に慌てて振り返ると、ミモザ、リオラ、ベリーニの3人が地面に転がっていた緑色の物体に襲われている所だった。

 スコッチとドロテアもミランジェを庇いつつ7つの物体を相手取っている。


「あぁ、そうだ。地面に転がってるのはオブジェなんかじゃねぇぞ、ソレに取り込まれたら……こうなっちまうぜぇ!」


 一方ダルイージは突進を繰り返す巨大猪をひらひらと避け続けている。

 

「言うのが……おっせぇんだよ!」


 ヨロヨロとゾンビのような動きで近寄ってくる物体を殴り飛ばしながら愚痴をこぼした俺はある事に気が付いた。

 こいつら、よく見れば腕も足も頭もある。


「人間……なんですかぁ?」

「どうやら苔に取り込まれた人達のようですね。リオラ様、擬態苔は侵食するように獲物を食らうのでは無いのですか?」

「そっ、そのハズなんだけど……こんなの知らないよ! ちょっとどこ触ってんだい苔人間! お金取るよ!」

「お金取れるほど無いけどやだやだ! 近い近い! 食べるならミモザにしてぇぇぇ!」

「あんたなんて事言うのよ! うひぃいい! ヌルヌルするぅぅぅ!」


 ん……危機的状況ではあるがこれはこれで……。

 っと駄目だ駄目だ!


「3人共! 早くそいつらを引き剥がすんだ! 取り込まれるかもしれないぞ!」

「ぎゃあああ!」

「ひいい!」

「やだやだやああああ!」


 頭を過ぎった煩悩を振り払い、急いで指示するが3人共まったく聞いて無い。


「時にご主人様」

「どうした!」


 苔に取り込まれたといえ元人間、もしかしたら助かる可能性もある。

 なるべく殺さないように無力化出来ないだろうか。


「どうして前かがみになっているのですか? こんな時に腹痛ですか?」

「いや……これはその……」


 3人のやり取りはこんな状況でも俺の本能を刺激したようで、前衛的聖剣があまり公に出来ない事になっており、若干内股でもある。


「いい加減!」

「しつこい!」

「離れろおおおお!」


 ゴスン! と限界に達した3人がシンクロして鈍い音を鳴らし苔人間をぶん殴った。

 続けてどしゃっと3体同時に倒れる音。


「この苔むした方々はいかが致しましょうか? なぁに、ここで切り刻んでもバレやしませんて」

「小悪党みたいな事言ってんじゃねぇよ。殺すな、生け捕りにしてどっかにふん縛っとけ、何かしら価値があるかも知れないからな」

「あのぉ、リュートさんも同じような事言ってる気がしますぅ……」


 ディラックの海に繋がるナップザックから捕縛用の荒縄を取り出し、スコッチに投げる。

 ミランジェが何か言っているが気にしない事にした。

 昏倒させた苔人間は全部で10体、それを纏めてぐるぐる巻きに縛り上げ、端のほうへ寄せておく。

 広場にはまだ何体も苔人間であろう物体が丸くなって転がっている。

 アレが動き出すのは獲物である俺達が近くにより、注意を逸らした時だろうな。

 

「ミランジェ! 巨人と猪の足だけ凍らせる事って出来るか?」

「は~い、お安いごようですぅ。じゃあさっそく……“フロストバインド”」


 ミランジェがヒラヒラのドレスローブのスカートから覗く片足を振り上げ、トリガーとなる言葉と同時に力強く地面を踏みしめた。

 足の裏を基点に、バキバキと地面を凍りつかせながら氷の道が荒ぶる魔物へと伸びてゆく。

 相対しているダメリオとダルイージも、それを察知して大きく距離を取った。

 

「ブォォォォ!!」

「グォォォォ!!」


 敵が離れ、その距離を詰めようと前進する猪と巨人だったが、ミランジェの放った魔法の速度が若干速く到達し、足元から足の付け根までを一瞬で氷漬けにしてしまう。

 もがいて何とか脱出しようと試みているようだが、氷はがっちりと固まり抜け出す事は容易でない事が伺える。


「いっちょーあがりぃ」

「あぶねぇじゃねぇか!」

「あやうく俺様達まで凍らされる所だ!」

「それは残念だったねえ」

「「んだとゴルァ!」」

「やめろリオラ。こんなでも一応時間稼ぎをしてくれたんだ、そこは素直に感謝しろよ」

「へーへー、ありがとーございましたー」

「よ、よせやい……んなつもりで戦ってたワケじゃねぇんだぜ……?」

「ちょ、ちょっと暇だったもんだからつい遊んじまっただけだ。俺様が本気を出せばあんな猪モドキ一瞬でバラバラだったぜぇ?」


 えぇ……。

 あの棒読みのありがとうでそこまで露骨に照れるのかよ……。

 顔を逸らして隠しているつもりかも知れないが、耳まで赤くなって照れてるのがバレバレだぞ。

 そうか……こいつらあの性格だから感謝される事が少ないんだろうな。

 ……不憫だな。


「さて、と。どうしたモンかねえ」

「捕まえたは良いがどうやったらシュートを助け出せるんだ」

「とりあえず……煮るなり焼くなり色々試してみよう。胴体は狙わずに手や顔な?」

「普通逆ではありませんか? 顔や手は目立つかと思いますが」

「スコッチよ、お前は何の話をしているんだ……胴体にシュートがいるかも知れないだろうが」

「あぁ、それもそうですね」


 身動きの取れない巨人と猪は相変わらず氷から抜け出そうと暴れ続けている。

 そんな2体の魔物を見据えつつ、俺達は行動を開始した。

 

 

 

  


 



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