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キメラ勇者の異世界冒険譚  作者: 桑島 龍太郎
第2章  今日から俺は
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やっぱり物は重さだね

「さ、次は素振りからの組手を行いますのでご準備を」

「あの」

「何ですか? 文句なら後で聞きますが」

「気のせいかもしれないんだけどな? ミモザとベリーニがあそこで休んでいるように見えるんだが」

「ええ、休んでいますね。それが何か?」


 お前は何を言っているんだばりに、怪訝な顔をしながら、スコッチが俺の質問に答えた。

 そうですよね、ベンチに座って汗を拭いながら楽しそうに会話をしている2人はお休み中ですよね。


 でも違うんだ。

 俺が聞きたい事は違うんだよ。

 察しろよ。


 俺は休憩無しノンストップでトレーニング進行形で、どうしてあの2人は仲睦まじくベンチできゃっきゃうふふしているんだ、と30分程問いたい。


 こっちは腹筋の最中、上体を寝かすたびに腹部へ強烈な打撃をもらい続けたせいで感覚が無くなってるんだぞ、と小一時間程問いたい。


 それくらいスパルタ過ぎて、スコッチからスパルタンに改名したほうがいいのでは無いかとすら思う。


 それに比べて背筋は至って普通で……。

 いや、首に重りを付ける背筋なんて俺は知らない。

 岩を糸のような物で繋ぎ、それを首から下げる事で簡易的重しの出来上がりだ。


 最初に何も無い空間から重りを生み出した時はそりゃ驚いた。

 嫌な予感しかしなくて「それは何でしょうか」と丁寧にお伺いを立てたが帰ってきた答えというのが「魔法です」ときたもんだ。


 んなもん見りゃわかるよ!

 俺が聞きたいのはそこじゃないんだよ!

 と心の中で吠えていた。


 1000年を生きたドラゴン様のハズなのにスコッチはどこか抜けている。


 多分、ワザとなんだろうけど。

 分かっていると余計にムカつく。


 それとここ数日で分かったのだが、トレーニングを行った数時間後にはもう筋肉が悲鳴を上げて俺の身体を作り変えていくのだ。


 全身の筋肉が暴動を起こしているかのような激痛に耐えられず、その都度スコッチに治癒魔法を施してもらっている。


 そのせいもあり、スコッチには俺の部屋で寝泊まりをしてもらっているのだ。


 獣人ぽい外見をしているとはいえ、顔立ちは美少女にカテゴライズされるスコッチと同じ部屋というのは悪くない。


 だがあくまでドラゴン、ましてや年の差は1000歳だ。

 天使のような寝顔に多少見惚れる事はあるもののドキドキと胸を躍らせる事は無い。


 毎晩訪れる激痛に耐えた甲斐もあり、今では魔剣(ヴィラ)の重さを感じる事も無く、手足のように振り回す事が可能になっている。


 だが我らの凶師(スコッチ)がその状態で満足する筈が無い。


 彼女が微笑みながら取り出したのは太い腕輪が1対。


「これからは常にこの重りを付けて素振りをして頂きます」

「マジかよ……」

「大マジです」

「本気って書いて?」

「マジです」


 渡された腕輪は俺の筋力が増加したにも関わらず、結構な重さを感じる。


 剣速を速くする為だとは理解しているが、やたら体育会系の匂いがするのは彼女が魔王軍幹部だったからなのか。

 はたまたこの世界のトレーニングはこの方法が通常運行なのだろうか。

 こんな事なら剣道でも齧っておけばよかった。


「素振りが終わったら基本の型、それが終わったら組手を行います」

「へいへい。あの2人はいいのか?」

「ミモザ様とベリーニ様は組手を残すだけですので。ご主人様待ちですよ」

「さいですか……」


 置いていかれてる感が半端ない。

 トレーニング内容に大きな差があるので時間が合わないのは仕方が無い事なんだけどさ。


 若干劣等生の気持ちに浸りながら剣を振る。


 話は変わるが、この世界の剣術は3つの流派が主流となっている。


 一つは雷神爪牙流(らいじんそうがりゅう)

 別名攻めの剣と言われ、その速さは雷の如く。

 攻めてこその剣、攻撃こそ最大の防御と謳う流派であり、鋭い剣筋と剣速の速さが特徴で、多くの冒険者や傭兵が扱う剣術だ。


 次に柔刃無双流(じゅうじんむそうりゅう)

 別名騎士の剣と言われ、攻めと守りをバランスよく取り入れた流派だ。

 雷神爪牙流と比べるとその剣筋は劣るものの、攻める時は攻め、攻められた時は相手の重心や技の威力を利用して攻撃を受け流したりカウンターを放つという太極拳のような剣術が特徴となっている。


 次に鏡心百葬流きょうしんひゃくそうりゅう

 別名幻惑の剣。

 ここはかなり独特な型をもつ流派として知られており、他の2つの流派に比べ女性の為の剣とも言われている。

 剣を交差させる前に仕留める抜刀術や、鍔迫り合いや乱戦になった際の体捌きや力の流し方が非常に特殊で、フェイントを多数織り交ぜながら敵を翻弄し誘導する、ある意味恐ろしい流派である。


 だが実際の所、鏡心百葬流の使い手は他の2つの流派に比べて数が少ないと認識されている。


 能ある鷹は爪を隠すでは無いが、敵に鏡心百葬流と悟らせず戦う事も流派の教えに含まれている為に、あまり名が知られていないのだ。


 3流派共に風級、焔級、地級、将級、臣級、王級、大帝級、勇伝級と8つにランク分けが成されており大帝級は各流派に5人、頂点たる勇伝級は各流派にたった1人しか存在しない。


 それぞれの道場も各地に存在しているが、道場の師範も大体が将級か臣級留まりだという。

 もし臣級王級を目指すのであれば世界の何処かに存在する総本山の門を叩かねばならないのだ。


 しかし門を叩いたら最後、昇格するか諦めるかでしか総本山を出る事は叶わないという。


 なので世間一般的には3流派のどれかをそこそこ身に付ける、という傭兵や冒険者が多いのだ。


 ミモザを例に出すと彼女は雷神爪牙流と柔刃無双流2つの流派で地級を会得している。


 地級は初級中級上級で表せば上級の位に位置する為、彼女は2流派共に上級者というコトになる。


 彼女、意外に強いんです。


 そういえばミモザは筋肉のついた張りのある良い尻をしていたな……。

 洞窟の暗闇の中、事故とはいえ彼女の尻を揉みしだいた事をふと思い出した。


 女の子の尻をあれだけ揉みしだいたのは生まれて初めての経験だった。

 もう少し楽しんでもよかったかも知れない。


 ベリーニはというと彼女は雷神爪牙流の焔級で停滞しているのだとか。

 自分には剣の素質が無いんじゃないかと思い詰める事もあったりなかったり。


 まぁいちいち気絶してたらそりゃ上がらないよな。

 むしろ焔級になったのが奇跡なんじゃないかとさえ思う。


「ところでご主人様」


 黙々と剣を振り続けていると思い出したようにスコッチが話しかけてきた。


「なんだ?」

「修行は楽しいですか?」

「まったくぜんぜんこれっぽっちも楽しくないね」

「そうですか」


 体を酷使し続けているせいか、特に何も考えず少しイラつきながら答えてしまったが平気だろうか。


「それはよかった」

「え?」


 スコッチは微妙に困った顔を浮かべて言った。


「昔、知り合いに修行は過酷であればあるほど燃える、興奮する、濡れる。と吹聴していた変態がいたもので……」

「へ、へぇ~……」


 ドン引きである。

 そいつ真性のドMだろうな。


「ご主人様がそういった性癖をお持ちでなくて安心致しました」

「そ、そいつはどうも」

「彼は剣の道、ひいては武道の狂信者とでもいうべき存在でした。いえ、蔑んではいませんよ? オスには類稀なる性癖を持つ方がそれこそ星の数おりましたゆえに」


 な、なんだなんだ? 

 唐突に昔話を始めたぞ。

 暇すぎて話したくなったのか?

 それよりも気になる事が1つある。


「いや待てよ! そいつ男かよ!?」

「はい。それが何か」

「だって今濡れるって……」

「あぁ。それは私にも理解出来ませんがヴィジャクラ様曰く男も濡れる事があるそうですよ」

「へ、へぇ~……」


 ヴィジャクラさん、何を教えてるんだ。

 俺の中のヴィジャクラ像にピシリと小さな亀裂が入った瞬間だった。

「彼は剣の道では飽き足らず、ありとあらゆる武芸を吸収し磨き上げていきました。それこそ武神と呼ばれるほどに」

「あらゆる武芸?」

「はい。剣、斧、槍、爪、杖、棒などなど武器という武器を会得し、終いには武器を持たぬ者、丸腰の際にでもその場にある物で戦うという荒業とも言える流派まで開いてしまいました」

「なんとなく想像は付く」

「初めは拳舞として拳の技を磨いていきましたが……そのうち農具や調理器具までも使い出して……」

「お、おう……何が言いたい」

「やりたく、ありませんか」


 はい来ました!

 なんとなく想像した通りでしたね!

 

「やりたくありません」

「な! なんで! どうしてですか! そこは流れ的にいいぜ! やろう! じゃありませんか!」

「こっちがどうしてと問いたいわ! どこにそんな流れが在ったよ!」

「強く成りたいと仰っていたのでそういう流れがあるかと!」

「強くなりたいのは本当だけどな! いきなりぶっ飛んだ話をするんじゃねぇよ! こちとらお前のベリーハードモードのトレーニングしてんだ!」

「じゃあいつやるんですか!」

「少なくとも今じゃないだろ!」

「ぐぬぬぬぬ……わからずや!」

「わからずやとは何だ! 大体なんでそんな話を持ち出したんだよ!」

「それは……」

 

 唐突に彼女の顔が困惑の色が浮かぶ。

 今までやんややんやと言い争いをしていたとは思えない程に。


「それは……彼が人間だったからです」

「えっ……マジで……?」


 魔族から武神と呼ばれた男があろうことか人間とは。

 あまりの事実にしばし剣を振る手が止まってしまう。


「はい。あ、1度死んでからは魔人となりましたけどね」

「ドウイウコトデスカ」

「彼、アルデラバンと言うのですがね? 魔大陸には漂流して辿り着いたんですよ」

「その話、長いのか」

「いいじゃありませんか。暇つぶしとして聞いて下さりませんか? 私にも過去を懐かしみたい時もあるんです」

「……そっか。すまん、続けてくれ」

「ありがとうございます。アルデラバンは漂着してから魔族の村を転々としていたんです。元々強力な冒険者だったので魔大陸にはすぐ慣れたと言っていました」

「慣れるもんなのか?」

「素質があれば慣れますよ。ご主人様だってきっと慣れます」

「そ、そうか」

「はい。魔大陸を放浪して十数年、剣の道を登り詰めた彼はあろう事かヴィジャクラ様の居城へ訪れ喧嘩を売ってきました」

「凄いのかただの馬鹿なのか……相当な自信があったんだろうな」

「結局ヴィジャクラ様配下の4天王の配下の6魔将の配下の12信徒の配下72傑の1人にボッコボコにされましたがね」

「よわっ! 相当下のヤツに手も足も出なかったって事だろ?!」

「そうですね。ですが彼は諦めず1人倒し2人倒し、3人倒し……」

「ど、どうなったんだ」


 気が付けば俺は素振りの手をまたしても止め、スコッチの話に聞き入ってしまっていた。

 ふと見るとミモザとベリーニも近くで聞き耳を立てており、こっちに来いと目で合図をすると、映画に遅れて入ってしまったようにコソコソと俺の横に走り寄ってきた。


「72傑の内32人を打ち倒した所で姿を消してしまったのです。あまりにしつこかった男の突然の失踪は魔王軍を大いに揺さぶりました」

「えーなんで揺さぶられたの? しつこいのがいなくなったからいいじゃん」

「んーどうしてでしょうね。打ち倒されても諦めずに這い上がる人間を快く思い始めてたのかもしれませんね。それに……」

「それに?」

「ぶっちゃけ魔王軍て戦以外では非魔人ひまじんですからね」

「魔人だけにひまじんて! まじんだけに! まじ! あひゃひゃひゃひゃ!」


 どこがどう壷にハマったのか知らないがベリーニが1人で笑い転げ始めた。

 そういえばベリーニのギャグにも似たようなニュアンスのがあったが……。

 案外こいつなら魔人や魔族とも上手くやっていけるのではないだろうか。


「こ、このギャグについて来るとは中々やりますねベリーニ様! ま、まぁ暇人達にはいいスパイスだったんでしょう、面白半分にイベント化して賭け試合にも発展していましたし。1月経っても姿を現さないアルデラバンに痺れを切らした6魔将の1人が彼の捜索の為に密偵を放ちました。そこで密偵が見たものとは!」

「「「み、みたモノとは……?」」」

「彼、魔晶血病に罹っちゃってたんですよ、以前の戦いの後感染してしまったのだと思います。あ、魔晶血病と言うのは傷口から病原体が入り込み、血液が魔晶石に変化していってしまう不治の病の事です――それを涙ながらに悔しがっていたと密偵が6魔将に伝えるとヴィジャクラ様の元へお話が通り、トントンとアルデラバンは魔王城にて療養する形になったのです」

「ヴィジャクラさん優しいのね……。魔族ってもっと恐ろしい人達だとばかり……」

  

 ミモザが鼻声で呟いた。

 見れば彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、流すまいと必死に堪えているようだった。

 この世界の女の子はこういう話に弱いのか?

 

「ですが療養の甲斐なく彼は亡くなりました」

「そんな! じゃあ一体誰が武神と言ったの!?」

「彼が武神と呼ばれるのは後の事です。ヴィジャクラ様はアルデバランの気概を大層評価しており、彼を魔人として蘇らせたのです。調子に乗らない程度の強さにね」

「おおお!」

「そこから彼の2回目の人生が始まり、長い月日をかけついに彼は4天王の末席として据えられる事になったのですよ。そしてそこまで登り詰める際に付いた二つ名が『永執の武神 アルデラバン』彼が編み出したあらゆる物を武器にする流派 千変万化無神流せんぺんばんかむしんりゅうは後の魔王軍に多大な影響を与えました」

「す、すばらしいわ……何て崇高で素敵なのかしら! 直向に上を目指す心、精進を忘れない精神、魔人になっても変わらない芯の強さ、どれを取っても武人の鏡ね!」


 話を聞いてミモザがやたらと感銘を受けているがベリーニは「へー、ふーん、そうなんだー」とさして興味が無いように見える。

 以前剣に生きると言っていたミモザだからこその感動なのだろうか。

 もういっそミモザがその千変万化無神流を伝授してもらえばいいんじゃなかろうか。


「ただですね……」

 

 感動するミモザを横目にスコッチがポリポリと人差し指で頬をかく。 

 

「ただ?」

「彼、魔人になってからどうも人間達こっちの大陸にちょくちょく来ていたみたいなんです。そしてその際に妻子まで仕込み千変万化無神流を継がせていたようなのです」

「結構な遠距離恋愛してたのね」

「そういう問題なのか……?」

「今はどうなっているか分かりませんが、細々と継承されているのであれば結構な脅威だと思います」

「もし存在するのなら、デザートサンドはかなり流通の多い所だから噂の1つくらいありそうだけど……私は聞いた事ないわね」

「私も知らなーい」


スコッチの話だと恐らく1000年前の出来事だ。

継承者は居たのだろうが段々と廃れていってしまったんだろう。

だが廃れる理由が解らない。

あらゆる物を武器にするのであれば汎用性はとても高いのではないだろうか。

まさかかっこ悪いとかそんな理由で潰れたりはしないだろうし……。


「でも何でいきなりそんな話を?」

「昔話ですよ。本当に。ただ人間も魔大陸にいたと言う話の延長です。彼の生き様は幼かった私にはとても魅力的で格好良かったんです。それを知って欲しかったというのも含まれますね、すいません」

「スコッチ……その人の事好きだったの?」

「どうでしょう。憧れていただけかと思いますが……わかりません。当時は人化の術など思い付きもしませんでしたからね、そういう感情にも発展しなかったのかも」


あれ?

でもさっき体得してみないか、って言ってたよな。

ラットドラゴンのままで体得出来る流派なんていったら相当じゃないか?


「スコッチはその流派の使い手なのー?」


俺が心の中でやきもきしていると、ベリーニが俺の聞きたい事を代弁してくれた。


「齧った程度ですよ」

「ネズミだけに?」

「ネズミじゃありませんてば! こう見えてドラゴン形態でも武器を振れる程に鍛錬を積んだのですから!」


今、とんでもない事をさらりと言ったような気がするんだけど。

ドラゴンなのに武器も使えるってなんだよ、反則過ぎるだろ。

落ち葉を切るデモンストレーションの時に言ってた言葉って初めて武器を握るって意味じゃなくて人間の姿で剣を振るのが初めてって意味だったのかよ。

そりゃサマになるわ。


「あーごめんごめん。て事はやっぱり使えるんだね! 教えてよー!」

「「基本の型と応用の仕方くらいですけれど……でもそれはまだ先の話にしましょう。今の皆様ではまだ無理です、もっと身体的に鍛えなければなりませんよ」

「そっかー残念」

「なら頑張らなくちゃね!」

「頑張って下さいね」


女子3人が手を取り合って笑う姿はとてもいい絵になる。

ですが3人共、トレーニングがまだ残っている事を忘れてはいませんか。


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