表と裏
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デザートサンドはエリアス大砂漠とアデーラ草原の境界に作られた大きな街だ。
最初は開拓民の村だったのが、少しずつ人が集まり今の大きさまで発展したという。
現領主であるフェデリーニ家の初代は開拓時代ほぼ無法地帯だった村をまとめ上げ、様々な法を作り出した人物で、彼無しでここまでの発展を遂げる事は出来なかっただろうとまで伝えられている。
最初、エリアス大砂漠は資源など無いと思われていたが、開拓が進むにつれて様々な鉱石やクリスタル、化石燃料が発見され、今では資源の宝庫と認知されている。
そして極め付けは遺跡や洞窟の多さである。
エリアス大砂漠は未だ果てに到達出来ていないにも関わらず、そういった場所が数十箇所も見つかっているのだ。
その情報は風に乗り、さまざまな都市、国、街から多種多様な冒険者を集める結果になった。
デザートサンドで一発当てようと意気込み期待を胸に訪れる者も数多い。
だがその反面、挫折し夢半ばでこの地を去る者もいる。
そして心が折れ、故郷に帰る事も出来ず、野党に身を落とす者、物乞いのように細々と暮らさざるを得ない者も多々存在し、大通りから1本裏に入り込めばスラム街のような光景もちらほら見受けられる。
***
「おっかしいなぁ……どこ行っちまったんだあいつ」
俺はウルル貝の串焼きを堪能しながら、いつの間にか居なくなっていたスコッチを探して右往左往していた。
アクセサリーの露天商に呼び止められ、色々と話し込んでいる内にどこかへ行ってしまったらしい。
あいつはアレで珍しい魔物だから攫われたか?
一応砂漠の王者だし。
けどあの形態のスコッチをまさかラットドラゴンだとは誰も思わないか。
まぁ仮にそんな事があってもスコッチなら犯人を適当にボコボコのボロ雑巾のようにしてから悠々と脱出する事が出来るだろう。
どちらかと言えば犯人達に同情する。
「うぅん……なんぞ見つけて路地裏に迷いこんだか……?」
3本目のウルル貝を齧りながら路地裏を覗き込み、ピアスに触れて意識を集中させる。
すると視界に大小の赤い点がちらほら見えてきた。
これがアンブロシュピアースの力である気配探知であり、点の大きさで大体の判別が可能になる。
使い慣れれば気配だけで無く人間か魔物か、種族、性別なども解るようになるという。
どれだけ使い込めばそのレベルに達するのかは不明なんだけどな。
とりあえず見た感じスコッチの気配は無いな。
あるのは犬猫系と小さいネズミくらいだ。
この路地は商店の裏口などに通じているのだろう、袋に纏められたゴミや古びた家具等が無造作に置かれていた。
「うーん……まぁ、そこまで探さずともいいか。あいつの事だ、勝手に帰ってくるだろ」
先ほどから小1時間探しているのだが見つからない。
であればこれ以上探しても見つけるのは難しいだろうと判断し、4本目のウルル貝に手を伸ばす。
食べ過ぎだと思う奴もいるだろうが正直これは美味しすぎる。
噛むたびにじゅわじゅわと肉汁が溢れ、絶妙な塩加減が堪らないのだ。
店主曰く味付けは一切していないのだと。
試食してみたいとダメもとで聞いて見たのだが、店主は快く食べさせてくれた、勿論身崩れして廃棄予定の部分ではあるが。
店主は喰えば解ると豪語していたが、裏打ち有りの言葉だった。
よって俺は都合8本のウルル貝の串焼きを紙袋に入れ、スコッチ捜索に勤しんでいたのだ。
ちなみにウルル貝一本のお値段なんと10銅貨。
ちなみにちなみに、この世界の金融事情はと言うと硬貨は[金貨、銀貨、銅貨、鉄貨]の4種類で、消費税なんて無粋な物は無い素敵社会だ。
他にも武具屋、雑貨屋、魔法屋なども入ってみたいのだが一様に店内飲食禁止と追い返されてしまった。
こういう事はどこの世界でも一緒なんだなと少し嬉しかった。
けれど串焼きを10本も買って見たいものが見れないというのは本末転倒かと思ったが気にしない事にした。
そんな事を考えながらもぎゅもぎゅとウルル貝を口いっぱいに頬張っている時だった。
「ちょいとお兄さん。道を聞きたいんだけどねぇ」
「ほぉ?! おっふおふ! げへげへげへ!」
いきなり肩を叩かれ、後ろから掛けられたやけに艶っぽい声にびっくりして思わず咽せてしまった。
まさか俺なんぞが声をかけられるなんて思ってもみなかったからな。
咽せ込みつつも振り向けばそこに美女がいた。
綺麗に焼けた肌に少し垂れ気味の瞳、ぽってりとした厚い唇、その口元には一つのホクロ。
豊かな胸元がガッツリ強調されたミルク色のチューブトップが視線を絡め取る。
「な、なんでしょうか?」
「その……大丈夫かい? すまなかったねえ、食事中だとはつゆ知らず」
「いえ、平気ですよ。どうしたんですか?」
「アタシここに来たばかりで道に迷っちゃってねぇ。砂森の雫亭はどこにあるか分かるかい? 仲間と待ち合わせしてるんだけど……この街はゴチャゴチャしててどうにも勝手が分からなくて困ってたんだよ」
「あー……すいません……俺もここにさっき着いたばかりで……」
「そうだったのかい、そりゃすまなかったねえ。なら、他の人を当たるよ」
「力になれずすいません」
「いいのさいいのさ。迷っちまったのが悪いんだ。アタシはリオラ、もしまた会う機会があれば宜しく頼むよ」
「あ、はい。朱沢龍斗です、宜しく」
「ふぅん、変わった名前だね。それじゃアタシは行くよ、またね」
「はい。さようなら」
パチン、とウィンクを飛ばしヒラヒラと手を振りながら雑踏に消えてゆくリオラの背を見送った後、次はどこに行こうかと目を泳がせる。
武器や防具は無駄に買う必要は無いし、魔法屋はウルル貝で入れないし。
いつもこの姿でいるのも暑いし、普段着的な物でも見に行こうか。
近くに服の露店があったはずだ。
と、5本目のウルル貝へ手を伸ばしながら歩きだした。
「ん? あれは……」
しばらく雑踏の中を進んで行くと、行商らしき人物と話し込んでいるミモザの姿があった。
声をかけようとしたその時、見知らぬ男性がミモザと親しげに談笑するのが見えた。
優しい笑顔を浮かべ見つめ合う2人はとても他人同士とは思えないほど親密な雰囲気を醸し出していた。
なんだよ、あいつ彼氏いたのか……
別に気になってるとか攻略しようとか思っているんじゃない。
ただ何というか、軽い疎外感を感じただけだ。
「どうした兄ちゃん。浮かない顔して。店の前でそんなシケたツラされると困るんだがね」
「え、あ! すいません!」
気付けば露店の前で立ち尽くしていたらしい。
目当ての服が売っている店だったのだが、どうにもそんな気分にならずおっさんに謝罪し、その場を後にしたのだった。
「なんだかなぁ……」
俺は歩き回る事を止め、雑貨屋の前にあるベンチに腰掛け上の空で道行く人々を眺めていた。
先程の光景が頭から離れない。
別にミモザの事が好きなワケじゃない。
ただ彼女を見ているとどうしても恵美理の顔がチラついてしまう。
スコッチと相対した時に観た走馬灯、あれのおかげで自分の気持ちに気付いてしまった。
唯それだけ、それだけなのだが、どうにも胸が騒ついてしまう。
「言うなれば……居なくなって気付く大切な存在、ですかね。……ったく気取ってんじゃねーよマイハート……」
ふと見れば、燃えに燃えていた太陽が空を茜色に染め始めていた。
「あ……もう終わりか……」
遣る瀬無い感情に浸りつつウルル貝の入った袋に手を伸ばすが、中にはもう身の付いていない串だけしか残っていない。
カサカサという虚しい音を聞き、はぁ、と大きく肩を落とし人の往来へ視線を彷徨わせる。
この時間になっても人通りが途切れる事は無く、ちらほらと酒の匂いをまとった冒険者風の男達の姿も見て取れる。
そんな中、知った顔が視界の隅に映った。
「ん? リオラじゃないか。まだ迷ってる? まさかな」
ほろ酔いなのだろうか、彼女は若干足元をフラつかせながら見るからにガラの悪そうな2人組の男と話をしていた。
その様子をなんとなく見ていたら、リオラがいきなり男の頬を平手で引っ叩き、さっさと路地の方へ消えてしまった。
置いていかれた男達はスゴスゴ帰るのだろうと思いきや、怒りの形相で彼女が消えた路地へと入って行った。
「これってアレだよなぁ……」
路地裏に美女とガラの悪い野郎と言えば、起きるであろうイベントはただ一つのはずだ。
「でもなぁ。身内の揉め事かも知れないしなぁ……かといってこれであの人に何かあったら目覚め悪いしなぁ」
とかいいつつも俺の足は既に路地裏へと向いており、アンブロシュピアースも発動済みなのだが。
日が落ち始めているのもあり、あまり日の入らない路地裏は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。
少し進んだ曲がり角から男女の言い争う声が聞こえてきた。
ピアスを通して見るに曲がったすぐそばに3つの赤。
先程の男達とリオラだろう。
「おいおい。人の事叩いてはいさよならとはどういうつもりだ? あぁ?」
「何さ! 声をかけるならもう少しマシな言い方ってのがあるんじゃないかい? アタシはそんな安か無いんだよ!」
「おーおー言うねえ」
「粋がってんじゃないよ! 酔っ払いの冒険者崩れが」
リオラがそこまで言い終えた時、パシン! と乾いた音も続けて響いた。
「痛いじゃないのさ! 何するんだい!」
「うるせぇ! 俺達をバカにした事、後悔さしてやるよ」
「へへへ……諦めな、ここにゃ誰もこねぇ」
またテンプレな悪態だな。
さて、どうしたものか、相手は俺よりガタイのいいチンピラ2人。
俺1人でどうにかなるもんか?
と、思案していたその時だった。
「やめろ! 貴様らその薄汚れたドブネズミのうような手を彼女から離すんだ!」
「あぁん? なんだぁテメェは」
「貴様ら悪党に名乗る名前は無い!」
おっと、ヒーロー参上か。
どこかで聞いた事あるセリフだが、どこだったか。
「己が欲望を満たさんとする者よ、その行いを恥と知れ! 人それを、外道と言う!」
うわぁやっちゃったよ。
だがそこまで言えるのならかなりの実力者なのでは無いか。
俺が出る幕もないかな?
「なんだコイツ……俺達を鈍き迅雷のオルトロスだと分かって言ってんのかぁ? おぉ?」
鈍いのか素早いのかどっちなんだよ。
オルトロスって確か首が2つある魔犬だよな。
炎と氷、正義と悪。
2つの食い違い、悪となりて正義を貫く。
人、それを矛盾と言う。
なんてな、ヒーローの真似をしてみたがちと無理があるか?
「群れるしか脳のない有象無象よ! 御託はいいからかかってこい!」
「舐めやがって……死にさらせ!」
「とおおおう!」
威勢のいい掛け声と共にズシン、と地面が震える音が路地に響く。
……。
…………。
あれ?
何も聞こえないぞ?
ヒーロー大丈夫か?
角からそっと覗きこんで見ると……。
膝を抑え、うずくまっているヒーローらしき人物の姿。
あ、顔面に蹴り入れられた。
オルトロスさん達は呆気に取られて言葉も出ないのか、無言で手と足を交互に彼へお見舞いしていた。
ワンツーワンツー。
おおっっとローキックが首筋に決まった!
立てるかヒーロー?!
あああっと立てない! ヒーロー立てません!
タコ殴りだああ!
手も足も出ないとはまーさにこの事だ!
鈍き迅雷は伊達じゃない!
と、心の中で解説をしていると、謎の男に飽きたのか、おなじ呆気に取られていたリオラへ向き直り下卑た笑みを張り付かせながら、にじり寄るチンピラ。
……あぁもう、何しに出て来たんだあいつは……。
しゃあない……。
「よう兄ちゃん達。随分と楽しそうな事してんじゃねえか、俺も混ぜてくれよ」
「あぁ?! 今度は何だってんだ!」
「何でもねぇよ。混ぜてくれって言っただけじゃねぇか、1人増えるくらいどうって事ないだろ?」
壁に押さえ付けられたリオラが忌々しい目でこちらを睨み付ける。
薄暗い路地裏の雨除けの影に彼女はいた。
表情は読み取れないがきっとそんな顔をしているハズだ。
「ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ! てめえもこいつと同じ目に合わせてやるぜ!」
「あんなひょろっこ俺だけで充分だ。お前は女を見張っとけ」
ひょろっこときたか。
まぁ確かにあんたらと比べたらまだまだだが、クラスでは1番ガタイが良かったんだぞ。
それに知ってるか?
チンピラのそのセリフは死亡フラグなんだぜ?
さて、武器は……。
これでいいか。
こんなヤツにヴィラを振るったら魔王様にお叱りを受けるに違いない。
「けっ! ビビって声も出ね、うぇっ!?」
男の言葉を遮り、カカッと薄暗い道に響いた乾いた音は2回。
男の足元には木製の細い棘が突き刺さっていた。
そう、俺がさっき食べていたウルル貝が刺さしてあった串だ。
少し力を入れて投げてみたが案外刺さるもんだな。
残る串は6本、3本ずつ使ってあの2人を無力化してやろう。
出来るか?
アイツは俺の事を完全に舐めてるんだ、そこを突けば勝てる。
確かそういう戦法があったハズだ。
「飛び道具か! だがそんな小細工で勝てる程俺は優しくねえぞ!」
「へぇ、そうかい。俺はただ混ぜてくれって頼んだだけなのにな。喧嘩売ってきたのはアンタだ、後悔すんなよ」
「後悔すんのはテメェだ!」
飛び道具と言うか焼き道具なんだけどな。
男は腰に下げていた剣を抜き放ち中段に構える。
男の得物は刀身が短く、幅広の湾刀。
狭い所での戦闘と切る事を前提とした剣だ。
俺の世界では船乗りがよく使っていたとあったが……船乗りには見えないな。
焼き串5本を左手に持ち、1本を右手に持つ。
目、顔、首、胸、腕、足、どこを狙うか。
どうやって。
殺してやろうか。
突如彼に芽生えた心。
1枚のコインは表裏一体。
彼の心に広がるは闇黒の闘志か嫉妬の果てか。
次回
裏の裏は表