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2007年6月 八王子 

 ベッドから起き上がると、窓の外に二日月が浮かんでいた。


「何を見てるの?」

 三星はるえもベッドから起き上がり、ぼくの肩に顎を乗せて視線の先に目をやる。


「あんなに細い、あれ月なの?」

「そう、ぼくの月」

「ぼくの……月?」

 はるえの硬い乳首が背中に当たる。遠くで鉄橋を渡る電車の音が微かに聞こえる。

「ぼくは月に土地を所有しているんだ」


 月の土地保有に関する規定がある宇宙条約は、一九六六年十二月十九日に国連総会で採択され、一九六七年十月十日に効力が発生した。アポロ十一号でアームストロング船長が月面に立つより二年ほど前だ。


「去年の秋、月食があったの覚えてる?」

 はるえは知らない、と首を横に振った。月食があったことを知らないと言うより「月食」そのものを知らないと言う答え方だ。

「地球の影が月に投影される現象が月食だよ」

「それは月の満ち欠けとどう違うの?」

「光と影の違いかな。月食は影で、満ち欠けは光」

 はるえはふーんと返事をして、ぼくの鎖骨に細い指を這わせる。シェードランプの淡い光が白い壁に影を投影する。それは影絵のカエルが羽虫を捕食する動きに見えた。


「その月食がどうしたの?」

「月食について調べていたら、偶然月の土地を買えることを知ったんだ」

 宇宙条約では、月の土地を国家が所有することを禁止している。しかし個人が所有してはならない、とは言及されていない。

 そこに目を付けたアメリカ・ネバダ州のルナ・エンバシー社は、一九八〇年十一月から個人向けに月の土地の販売を開始した。月の土地を購入する人は毎年増えていき、今では世界で百三十万人、日本国内でも十五万人以上、月の土地の保有者がいる。


「ぼくはルナ・エンバシー社の日本法人を通じて、一エーカの土地を二千円で購入した」

「一エーカーって?」

「だいたい千二百坪くらいの広さ」

「それって広の?」

「うん、このはるえの家の敷地より少し広いかな」

「いいじゃん」

 はるえがニコッと微笑む。栗色の髪がふわっと膨らむ。ぼくはその髪を指で掬いながら「高校を卒業していつか月旅行に行けるようになったら、月に買ったぼくの土地を一緒に見に行こう」と言った。

「行く」

「月ロケットはフロリダから打ち上げられる。アポロ十一号のように。だから月に行くために、まずフロリダへ行くんだ」

「素敵……」

 はるえはぼくの耳にキスをした。


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