第二十五話 美濃の戦雲
京を発って十日余り。
腕の傷を庇いながら、俺はようやく美濃へ戻ってきた。
久しぶりに見る山々に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
そして今回の旅では、俺一人ではない。
「十兵衛様、大丈夫ですか?」
「ああ」
隣を馬で進むのは、鉄砲鍛冶の佐吉。
幼い頃からの顔馴染みであり、今では鉄砲の技術を持つ職人でもある。
「随分と久しぶりだな……」
「お前が美濃を出てから、どれほど経つ?」
「十年近くになるかと」
「そうか」
俺は笑った。
「なら、腕を振るってもらうぞ」
「お任せを」
佐吉も笑った。
*
明智城へ戻るより先に、俺は稲葉山城へ向かった。
道三――斎藤利政から、戻り次第登城するよう命じられていたからだ。
城へ入ると、すぐに案内を受ける。
「明智十兵衛、ただいま戻りました」
「入れ」
襖の向こうから声がする。
「はっ」
部屋へ入る。
上座には斎藤利政。
美濃の蝮と呼ばれる男が座っていた。
「久しいな、十兵衛」
「ご無沙汰しております」
「京では随分と騒ぎを起こしたようではないか」
「……お耳が早いですね」
「三好修理大夫の一件いかがなった?」
俺は一瞬、言葉を失った。
「ご存じでしたか」
「京の話は、美濃にも流れてくる」
道三は俺の腕を見る。
「その傷も、その一件か」
「はい」
「詳しく話せ」
「承知しました」
俺は京で起きたことを順に話した。
細川藤孝との初対面。
三淵藤英との再会。
松永久秀との再会。
そして、三好長慶と松永久秀が襲撃を受けたこと。
「将軍家に保護を願い出ましたが、受け入れられませんでした」
「それで、お前は単身で向かったのか」
「はい」
「無茶をする」
道三は呆れたように言った。
だが、声に怒りはない。
「結果は?」
「三好修理大夫と松永久秀、両名とも無事です」
「お前が守ったのか?」
「三淵殿と細川殿、それに将軍家の者たちとともに逃がしました」
「なるほど」
道三は頷いた。
「それで二日も意識を失った、と」
「はい」
「馬鹿者め」
短い言葉だった。
だが、その顔には僅かな心配が浮かんでいた。
俺は頭を下げた。
「申し訳ありません」
「まあよい。それで?」
「もう一つ、ご報告があります」
俺は振り返る。
控えていた佐吉を招き入れた。
「こちらは佐吉。美濃の出身で、鉄砲鍛冶です」
「鉄砲鍛冶?」
道三の目が細くなる。
「はい」
佐吉が頭を下げる。
「お初にお目にかかります、斎藤様」
「十兵衛。こやつをどうした?」
「京で再会しました」
俺は続ける。
「鉄砲を分解し、修理する技術を持っています」
「ほう」
「今回、鉄砲の構造を実際に確認しました」
「それで?」
「美濃でも鉄砲の修理と製造を行えるようにしたいと思っています」
道三は黙って佐吉を見る。
「できるのか?」
「すぐにとは申せません」
佐吉が答える。
「ですが、道具と材料、そして職人を揃えていただければ、技術を伝えることはできます」
「十兵衛」
「はい」
「お前は鉄砲を増やすつもりか」
「はい」
俺は迷わず答えた。
「先日の織田との戦で、その価値は証明されました」
「……確かにな」
道三は腕を組む。
「織田信秀も、あの鉄砲には手を焼いたようだ」
「だからこそです」
俺は道三を見据えた。
「今のうちに、こちらから先へ進むべきです」
しばらく沈黙が続いた。
やがて道三が笑う。
「面白い」
「では――」
「やってみよ」
「ありがとうございます」
「ただし」
道三の目が鋭くなる。
「鉄砲だけではない」
「?」
「織田との戦も、まだ終わっておらぬ」
俺は表情を引き締めた。
「大垣城を奪い返した件ですね」
「ああ」
道三は頷く。
「儂は織田に対して、こちらから攻める」
そして静かに続けた。
「次の戦では、お前にも働いてもらうぞ」
「承知しました」
俺は頭を下げた。
京で得たもの。
鉄砲の知識。
佐吉という職人。
三好長慶との縁。
そして、細川兄弟との出会い。
それらを抱えて、俺は美濃へ戻ってきた。
だが――。
美濃に戻った俺を待っていたのは、さらなる戦だった。




