終始 陸
極端な攻勢に出てきた黒獣の動きは鋭く賢く熾烈を極め、
左右に展開していた仲間はその場を守り続け倒れてしまった。
それでも今、目標はヨービルの仕掛けた罠に落ちた。
次の一手で確実に仕留める。ヨービルの心に焦りが募る。
背後から聞こえてくる声と足音はこの村の大多数の集合体、
だからこそ戦闘中でありながらも背後の動きに気が付けた。
敵が罠に落ち、空中で視界から消えたその一瞬、
視界を背後に向け位置と人数を確認し、正面の大穴に視線を戻し声を上げた。
「あまり近づくな。大きく広がり最大射程で穴に撃て!!!」
詳しく説明したいが時間がない。
ただの落とし穴だ。間違い無く上がってくる。
数分の戦闘で受けた攻撃は炎熱爆炎二種の魔法、直撃は無い。
それでもヨービルの体には熱による軽度の火傷数ヶ所、
爆発により飛ばされた小石等による打撲、裂傷、擦過傷、
妻アリエッサの防御魔法が無ければ既に立ってはいられなかった。
私達を無視し集団に黒獣が突撃すれば確実に半数は倒され、
その行動に出られた場合対処の方法を思いつかない。
人の固まりに魔弾を撃ち込まれれば、それだけでも脅威となる。
更にはカーシャの姿も見当たらない。
いつも剣槍が周囲の人達の邪魔にならない様に気を遣い、
空へと直立させるほどの角度で肩に剣身を担いでいる。
一瞬とはいえ目立つ剣槍まで見落とす事は無い。
だからこそ今だ、上がってくる今現在のタイミングだけが、
最後に仕留める機会となる事を理解し、出現方法を予測した。
敵は穴の淵に前足を掛け頭を出してくるか、一気に飛び上がって来るか。
大地に両手を置きながら即決し、少ない魔力残量でありながらも、
撃ち出す為の鋭尖形土柱を穴の周囲四ヶ所に均一な位置で構築開始。
村の仲間への指示直後にも拘らず、
大きな放物線を描き一本の矢が穴中央部へと吸い込まれた。
アリエッサもヨービルの左背後で
守勢から攻勢に転じ攻撃魔法を発動し叩き込んでいる。
ヨービルは戦う理由と護り守るべきものを再認識させられる。
「でぇああああ!!!」声と共に魔力を、死力を絞り出す。急がねば。
草原に開いた大穴、その周囲四ヶ所に更なるすり鉢状の窪みが出来上がり、
かなりの速度でそこに在った草花を視界から押し下げていく。
すり鉢状の中心位置には既に押し固められた鋭角で小さな円錐が形成され、
氷山の一角として存在し、地中にも構築されていく。
限界を超えて集中したヨービルの引き延ばされた僅かな時間の中、
数本の矢は数秒後には空で羽ばたく十数羽の渡り鳥の様に連なり始め、
攻撃魔法も数本の光の放物線を描き穴へと着弾し始めた。
ヨービルの耳には大穴の中で吠え呻き、暴れる爪音が穴底から聞こえる。
ヨービルは警戒心を強める。
黒獣の爪音すら自身の耳で聴き取れるのだ、
黒獣にもこちらの魔法の構築音が聞こえている筈だが関係無い。
黒獣が発する音に集中し魔法構築を完了させる。
数秒経過、ヨービルやアリエッサの背後の村人による魔法攻撃の手数が増えた。
しかし対応が早すぎる為、一人一人が間を開け、極力広がっている事を願い、
最後となる魔法を発動させる時を、地に片膝を付け両手を付ける態勢で待つ。
「でぇいりゃああああ!!!!!」瞬間体が反応した。
ヨービル方向へと大きく真っ直ぐ、正午を過ぎた上空に飛び出た黒獣に、
必殺の一撃とするべく左右から二本の鋭尖形土柱を撃ち込み、
「皆、すまん。アリエッサ・・・」
黒色斑が揺らぎ目立つ黒紫色の焔、大人の腕の長さ程の投げ槍にも似た形状、
黒獣を貫いた二本の土柱の交差した真下の間、
次いで敗北を確信したヨービルの横を今まで見た事も無い魔法が飛翔し、
数瞬後、ひび割れる音と、人が力尽き大地に崩れ落ちる音を背後で聴いた。
背後からの矢、攻撃魔法の援護も止んだ。
過去から現在に至るまで幾度となく聞いてきた、今度は妻の音を耳に、
妻の奥からも数人が貫かれ、倒れ、悲鳴を上げる声を。
「ぬおおおおおお!!!」
膝をついた足は持ち上がらず、それでも両手を頭上へと掲げ上げ、
怒りを源に魔力を振り絞る。
が魔法を構築しきれない。既にヨービルの体は限界を迎えていた。
黒獣は学習していた、理解した、この世界に自身を脅かす存在がいる事を、
命を奪う時、自身の命が脅かされる恐怖を穴底で始めて感じた。
だからこそ持てる全てを打ち出し策を講じた、
それは至極単純、気休め程度だが無いよりは良い程度の策。
ただ同時同ヶ所に落ちた無能な同族同種一体の亡骸を口に咥え、
脅威の目の前に空高く放り投げるという囮。
しかし二択を強いるという賭けに勝ち、穴の底から這い出し奥の手を出した。
全てを貫くのみという単純であり自身最強の魔法を。
黒獣は防御魔法を使うアリエッサを厄介な存在と認識し先に仕留め、
最後の敵と認めたヨービルとの距離を穴の側から一息で詰め、
その血を我が身に宿すべく、膝をつき両腕を上げたその胴体を攻撃部位に定め、
黒獣の頭を左に傾け地面からすくい上げる形で喰らい付き、
アリエッサが残した防御魔法を割り砕く音と共に勝利を確信し、
ヨービルを安堵と共にその顎に咥え込んだ。
「ワシの命はくれてやる、お前の命も置いてゆけ」
心残りがあるとすれば妻に看取られて逝きたかった・・・
すまない、アリエッサ・・・ 「ぐがあああ!」
仰向けで体を咥え込まれたヨービルは最後の力で黒獣の頭の獣毛にしがみつき、
出来た娘だ。
仰向けで咥え込まれ、空を見上げる形になれたからこそ、
その思いだけを残し、満足そうな口調で口角を上げ最後の言葉を残した。
黒獣は撤退すべく後ろを振り返る、一回転、大地と空が見えた。
二回転、同族の瞳と見間違る程の紅と大地と空を見た。
三回転、大地が迫り来る真際、
見知らぬ人間と紅を宿した大きな塊を最後に見た。
ヨービル達との戦闘合流前、カーシャは遠方で魔物を視認した。
黒いその身に宿す特徴的な淡く光る赤い縞模様を。
十年前の惨劇と、八年前多くの友と家族、尊敬し姉と仰ぎ、
当時村最強と言われたウィルナの母であり、
ダルナクの妻であるサレンフィアを失った時の、
怒りと共に最大限の警戒心を意識した。
直後、黒獣を死角から急襲する為、村の集団から離れる事を皆に伝え、
カーシャは離れた直後、巨大な剣槍を走り易い態勢で担ぎなおし、
大きく村の中を迂回し目標を捉え最大速度で駆け抜け、
上空へ跳躍し咥え込まれたヨービルを見下ろす形で剣槍を首に振り下ろし、
目標を一刀両断、この戦いに終止符を打つ。
あのまま正面から戦闘開始した場合の結果はカーシャにも分からない。
しかしカーシャが無傷で勝てた答えは明確で、今ここにある犠牲と、
目の前にある魔物の体に刻まれた無数の傷と矢が物語っていた。
多少離れた村方向から歓声と悲鳴と泣く声が胸を刻む。
「ヨービルおじいさん、アリエッサおばあさん」
ヨービル、アリエッサとの小さい頃からの記憶が特に思い出され、
蘇る記憶と共に涙が溢れ、下を向いて目を閉じた。肩が震えた。
「ん・・・くっひっ・・・」
今年で二十九になるというのに涙が止まらない。
「ありがとう、みんな」
泣いてひきつる声であったとしても、例え聞き取りづらくとも、
ここで命を尽くし戦ってくれた人達に感謝を、言葉を残したかった。




