デート
デートと言えば定番の公園の噴水の前とかで時間の待ち合わせだろう。
だが朝起きたとき、タローの部屋の中にアイシャはいた。
「ななな……」
デートの当日、タローは目覚めるとアイシャが自室にいたことに驚く。
「ふふーん。部屋の鍵とか? なぜここに入れたのかとか? そんなの思念魔術があれば簡単じゃない」
「だからそんなのでそんな物騒なものを使うなのかね」
「誰にも迷惑掛かってないのだからいいじゃない」
「普通に俺にはかかっているのは気のせいか? だいたい魔族ってみんなそんな思念魔術の使い手なのかよ」
「そんなに多くはないわよ。諜報系の子たちくらいじゃない?」
「諜報系?」
「えぇ、潜入とかそういう……、ってそんな話をしに来たわけじゃないんだからね。ほら起きてよぉ」
アイシャはタローが寝ているシーツを勢いよく横からめくった。
タローのパジャマ姿があらわになる。
「あらやだ可愛い」
「とりあえず着替えるから外にでてくれ」
「はーぃ」
そうしてタローとアイシャの2人は街へと出かけることになった。
今日は道案内も兼ねたアイシャとのデートの日だ。
名目的にはタローの冒険者装備を整えるところからだが。
「ここノーザンテリトのバハームの街は、ノーザンテリト主要4都市の中心ある南部の首都で、国の交易の中心ともなっているわ。だから、比較的物の流通が良いの」
「へぇ……」
確かに活気のある町だろう。
子供達が道端で遊んでいる姿も実に楽しそうだ。
そして屋台なども充実している。
タローは屋台で売られていたジュースを買うと、アイシャと一緒に近くの公園に場所を取った。
ジュースは冷気の魔法か何かを使っているのだろうか、かなり冷たく感じる。
素直においしい。隣に可愛い女の子がいればなおさらだ。
ちなみにお金はタローの国からの支度金である。
卒業までは月々受け取れるらしい。
これから貴族になろうという人物への支度金ということらしかった。
その金額はそれなりであり、だから冒険者用の装備類などの最低限のお金はどうとでもなった。
「――こうして、ノーザンテリトはノキタミア帝国の侵略を受けて実質的に属国化されていたところを、英雄バハームとそれが率いる一行がノキタミアの侵攻を撃退したの。その栄誉を称え、彼らパーティの名前を都市にそれぞれ名付けた。――もう死んじゃったけどね」
「はは。それ相当に昔の話なのだろう。人ならば死ぬのは当然なんじゃないか?」
「人ならば、ね……」
それは暗にその英雄とやらが人ではないということを言っているようであった。
であるならば彼女と同じ魔族なのだろうか。
彼女にしてもとてもそんな風には見えない。
まったく人と同じように見えるのだが。
「魔族は不老なのか? ならば殺されたのか――」
「えぇ。時の勇者にね。バハームは頑張ったけど――。結局それからノーザンテリトは主要都市を抑えられ、今の国境がほぼ画定したの」
「アイシャはそのことをどうして知っているんだ? 学校で学んだ? それとも――」
「見ていたわ」
「それは――」
それはアイシャが長年の月日を生きてきたという証拠だ。
魔族というのは不老であることを思い知らされる。
そして確かに、そうでなければこんな若そうに見える子が他の魔族などを差し置いて魔王など名乗らないだろう。
下手に魔王などと名乗れば、反感を買った周囲の魔族の仲間からも殺されるかもしれない。
寂しそうに語るアイシャをじっと見つめる。
彼女の瞳がそこで左右の色が赤と青で異なるオッドアイだと初めて知った。
「あまり見つめられると恥ずかしいんだけど」
「あ、すまん……」
「この瞳もね。そのときやられちゃったんだ……」
そういって左の赤い目を抑える。
その瞳は血塗られた生き血のように赤かったのをタローは覚えている。
「え?」
「ほら、不老ではあるけど、不死ではないもの。傷つけられてもある程度は回復できるけど、欠損部位までは戻せないからね」
「……」
アイシャは立ち上がる。
すでにコップのジュースは空だ。
「そのままキスでもされるかと思ったわ。だってここ公園だし。良い雰囲気だし。定番でしょう?」
「いきなりデート1回目でそれはないんじゃないか?」
「私たちにはまだ早いわね。また今度にしましょうか。いきましょう」
「あぁ……」
手を差し出すアイシャの手のひらは少女の身長と同じように小さかった。
その手を掴んでタローが立ち上がろうとすれば、逆にアイシャが引っ張られてタローの身体に抱き着かせてしまうようにも思える。
だからタローはその手を軽くだけ握ると自らの脚力だけで立ち上がった。
「だから――、私たちを殺さないで」
「殺さないで。か……」
それはなんて小さな望みなのだろうか。
アイシャであれば思念魔術でタローをそうさせるのも簡単であるだろうに。
魔法を使われたとタローが認識したら、怒り出すとでも思っているのだろうか。
「殺しはしないよ。殺すわけないじゃないか。こんなに可愛い娘を――。誰かが殺そうとしたなら、誰であろうとぶちのめす自信があるね」
「でも私は魔王よ。もしかしたら人類全てが敵に回るかも」
「あぁ、たとえ世界の全てを敵に回したとしても、だ――」
「なら。ずっとそばに、いてくれる?」
「あぁ……」
その手はずっと握られたままだ。
身体が近い。アイシャの双眸はずっとタローをとらえていた。
だがその片目は見えていないのだ。
その手のぬくもりが自らの手から伝わってくる。
思わずキスしたくなるくらいの近さ。
だが、それは今度のデートまでとっておこう。
見つめあう二人。だがふいに、アイシャが思い出したかのように囁きかけた。
「それでタローさま。どうして今まで私に学校で話しかけてくださらなかったの?」
「いや……」
「女の私から話しかけるとか、恥ずかしいんですからね?」
顔を真っ赤にしながら怒る彼女は、タローから見ればただ可愛いだけの生き物にしか見えなかった――
・ ・ ・ ・
ソーキ公爵家の令嬢であるリーセ・ルーニャ・ソーキは学園の高等学部に在籍する女性であったが、今の動向には大いに憂いを持たざるを得ない状況であった。
なぜならば自身の家に新しく養子として男子が入るという話なのだ。
彼が卒業する2年後には、下手をすれば乗っ取られてもおかしくはない。
ソーキ家は武闘派の派閥であり、ノキタミア帝国の南部に領地を持つ。
交易をすれば実入りも多い土地なのではあろうが、あいにくとノキタミア帝国は敵国である。
おいそれと貿易すればすぐにあらぬ疑いを掛けられてしまうことだろう。
敵国であるからにはたまに侵略という程度ではないが、嫌がらせのように盗賊団に扮した兵士などを送ってくることもある。
その対策として警備の費用などの支出も多く、結果として領主としてはかなり貧乏であった。
当主は豪快な人物でかつ人には優しい性格であったため、重い税というのも掛けられず常に借金状態が続いている。
かろうじて国からの防衛者継続雇用支援金という名の支援金で生きながらえている、というのが現状なのである。
支援金を頂いている手前、国からの要請には強く否とは言えない。
行かさず、殺さす。
為政者の政策としては良いのであろうが、それを受ける身としては大変辛いものがある。
「養子はまだ良い。だが、平民を養子にするというのはいったいどういう了見なのだろうか」
リーセが気に入らないのはこの点だ。
なんでもその平民は異世界から来た勇者なのだという。
勇者――、その存在は遠く魔道王国が存在していたときより存在していたシステムで、魔を払うために神々が作ったものだという。
そう、人々にとって憧れの存在ではあるが、いささか前時代的な存在であることも事実だ。
しかも召喚するとなると大陸中央にあるノキタミア帝国が主に行っていたものであり、多少ではあるが魔法技術に劣るノーザンテリトが召喚などというのは中々信用ならないものではある。
「もしかしたら、騙されている――ということは無いのかしら?」
たまたま、宮廷魔術師団が構築した魔法陣に紛れ込んだとか、あるいは、功を焦った魔術師たちがでっちあげたとか。
そうだとしても2年後、養子に来る男子というのは、大抵の場合長男が貴族家の次期党首となるこの世界では大変リーセには困るできごとであった。
「速く……、なんとかしないと……」




