不満――
突然増えた3人の転校生に対してバハーム学園はそれなりの話題となっていた。
転校生というのは、普段それを受け入れないバハーム学園としては珍しいことである。
だが、それが貴族であるというのならばまだ分かる。今までに先例が無かったわけでは無い。
だが、それが3人とも平民であるという。
話題にならない方がおかしいというものだ。
「――でも、それが完全に平民だということもないようですわよ。どうやら身分を隠しているようで――」
情報を聞きつけてきたのはバハーム学園一の美少女といわれる、マッカヨウ公爵家のご令嬢――の、取り巻きの一人であるアイシャ・ジャーミラだ。
アイシャは魔族である。
しかしアイシャは魔王になる前から魔族であることは隠して学園に潜入していた。
学校ではいろいろな情報が聞ける。
情報があれば魔族達にとっていろいろな手が打てる。
もちろんそれが主の目的ではあるが、単にアイシャが子供達が好きだということがあった。
それはアイシャが、もとは子供のお守として自身が創られた魔族だからだ。
学園を卒業したら他の魔族と変わって裏に回り、また数年もしたら最初から学園に通い始める。
そんなことの繰り返し。
多少不審に思われてもそこは思念魔術を使えばどうともなる。
そんな生活がアイシャは嫌いではなかった。
お金は魔族組織からの援助がある。
学生からの情報であれ、親が貴族なら貴重だ。
子供であればこそガードが親よりも甘い。
援助に見合うだけの情報は、組織に提供していた。
そもそも、アイシャはその組織の長なのだ。多少のお金の融通は利いた。
「なんでも、その中の一人であるタローさまは卒業後はソーキ家に養子に出されると決まっているとか」
「ソーキ公爵家にですって? どんな魔法を使ったのかしら?」
「なんでもお噂では勇者らしいとか――」
アイシャは彼が勇者だということは知っているが、勇者だと断定してしまうとなぜそうだと分かったのか聞かれてしまうことを噂としてぼかして答える。
何かの拍子で自身が魔族だということもばれてしまうこともあるかもしれない。
その気になれば自身の思念魔術でなんとかなるが、あまり友達に使いたいものではない。
「なんですって? まさか――。言ってはなんですけどもノーザンテリトは小国ですわ。そんな存在を召喚したことがばれたら頭に来たお隣の帝国とかが攻めては来ないのかしら?」
「それは分からないですが、勇者である証拠にドラゴンが剣を渡したとか――」
「≪黄金の勇者の剣≫ですか。それはまた物騒ね」
新たな火種としか思われないが、ソーキ公爵家に養子に出されるのであればそれはもう貴族に準じた扱いとなってしかるべきであろう。
マッカヨウ公爵家の令嬢であるリスナ・ヒキウス・マッカヨウは自分はともかく、平民の娘たちにとっては新たなる、しかも狙いやすいターゲットが出現したとみるべきだ。
「しかし、それだとその取り巻きがすごく邪魔ね」
タローの周りにはいつも2人の同じ転校性がいて、朝のホームルーム前や昼の昼食時以降もずっと一緒にいるらしい。
人は男だが、もう一人はかなりの美少女である。
タローを狙う女子たちにとっては気が気ではない。
「それが、その2人も普通ではないようで――」
「さすがはアイシャね。どんな情報を持っているの?」
「彼らはサウスフィールド王国――いまは帝国と名乗っているらしいですけど、寮ではなくそのサウスフィールドの領事館に住んでいるそうなのよ」
「それはまた――」
通常、ノーザンテリト以外の異国の人間が学園に通う場合は寮に住むのが普通だ。
他国の人間にバハームやその近郊に家があるわけがない。
それにある程度税金の補助もある。
寮外から通うとなればその税金の補助はない。
そうなると考えられるのは、ノーザンテリトに家のあるよほどの金持ちか、やんごとない身分の者しかいない。
「しかし、フェイノといえば、サウスフィールドの第二王女がフェイノ・リン・サウスフィールではなかったかしら? まさかご本人? それなら大使館から通うというのも分からないでもないけど――」
「同名というだけでは? 向うでは珍しくない名前ですし、王女の名前にあやかって付けたというのが理由なのでしょう。もし本当に第二王城であったりしたのでしたら、大陸の南橋から北の端まで駆け落ちするような愛の逃避行、とかいうゴシップが全土を駆け巡るような事態になってしまいます」
「素敵ね。でも確かにそれはありえないわ。そんなの、まるで小説のロミーオとジュリエッタみたいじゃない。――でも、だとしたら大使館から通っているのは何故なのかしら――」
「平民だがある程度身分のあるもの、としか――」
実際の正解は本当に第二王女であるなのだが、いかんせんサウスフィールドとの距離と、ヤマダの常識の無さが主な理由でそれがバレることは無かった。
「まあいいや。情報が不足しているけど、なんとかタローとフェイノを引きはがす手立てはないものかしら? 今のままじゃ隙がないじゃないの? 取り入るにしても、陥れるにしても」
「ないことはありませんがーー」
「よし! それを実行しよう」
詳しいことは考えず、リスナはその取り巻きに策の丸投げをするのであった。
アイシャとしても、これで学園内で堂々と勇者タローに使づく理由ができたわけだ。
不自然に近づいたらいろいろばれてしまうが、これで安心だろうか……
・ ・ ・ ・ ・
「おぃ、お前――」
午前の授業が終わり、クラスルームからタローのクラスに向かおうとするタローとフェイノを呼び止める声がかかる。
ヤマダが振り返るとそれはいかにも貴族っぽい感じのする少年が立っていた。
「転校生だからっていい気になるなよ?」
そんな不良っぽい言葉をかけられた元引きこもりとしてはどういう反応を示せばよいだろうか。
心の中では「うぁ、いじめっ子キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!という」言葉しかでてこないわけだが。
同時に今のヤマダとしては俺TUEE-状態であり、ありあまる残スキルポイントを使ってごり押しが可能でわけで、いかにして「ざまぁ」展開にしようかと考ることができる。
しかし、考えるだけで咄嗟の判断ができず、身体の方はびくびくと反応して動きが取れなくなるのは今までの社交性のなさによる宿命といったところなのだろうか。
そんなヤマダにため息をつくのはフェイノだ。
やばい、反応しないと愛想をつかされてしまう。
そんな感情がヤマダの心を走るが、先に対応したのはそのフェイノであった。
「えーっと、それでヤマダさまはどういい気になっているのでしょう? とてもそうは見えませんけど……」
そしてヤマダに視線を送る。
ヤマダはもう一度びくりと震えた。
「つまりだな。お前らばかり勇者――あのタロウといったか。あの男に取り入るのはズルいだろうと言いたいわけだ」
「つまり、お友達になりたい?」
「そうは言ってない!」
フェイノの言葉に思わず反発するのは、貴族といえど少年らしいといったところだろうか。
「じゃぁ、他に勇者と友達になりたい人はいる?」
クラスの人を見渡すフェイノに、クラスメイトの一人がすぐさま反応して手をあげる。
「はいはい! 私、勇者タローとお友達になりたいです!」
「な!? アイシャ! おまえ俺をけしかけておいて何を言っているんだ!」
それに反応して貴族の少年が怒鳴るが、逆にそれによって今回の構図がフェイノには見えてしまった。
「なるほど。じゃぁアイシャさま。これからタローさまのところに行くけど一緒に行きませんか?」
「え、アイシャ、さま!? 私のことはアイシャでいいわよ。行きましょう」
「じゃぁ私のこともフェイノでいいですわよ。お友達になりましょう」
「わーぃ」
女性陣の会話に付いていけない貴族の少年は思わずアイシャの肩を持つ。
「おぃ、聞けよアイシャ!」
アイシャはさっとそれを振りほどいた。
「エイトさま。貴方の負けですわ。素直に友達になりたいとでも言えばいいのに」
「そんな友達ごっこなどしていられるか」
「――だから貴方はダメなのよ」
「なんだと――」
「さ、行きましょう」
そんな憤る貴族の少年を無視して2人はクラスルームから外に出ていく。
そこになぜか行くタイミングを逃して立ったままのヤマダがいた。
(ここが分岐点だ、言え――)
それは異世界では絶対に言わなかった言葉だ。
「俺は友達になりたい。今度の休みの日にお茶会とか開いてくれると嬉しいな――」
勇気を持った人のことを勇者という。ここでの俺は勇者だ。
ヤマダは勇気を振り絞った、
「ヤマダさまー。置いていきますわよー」
「あー。待ってくれー」
ヤマダはフェイノの声に助けられ、ようやく自クラスから脱出する。
もちろんタローのいるクラスに移動するためだ。
それを貴族の少年はしばらく呆然と眺めていたが、急に体を震わせる。
そしてついに笑い出した。普段の彼であればありえない奇行だ、
突然のできごとに周りの視線が自然と彼に集まる。
周囲のクラスメイトはその貴族の少年が次にどんな行動を起こすのか、固唾をのんで見守る。
「ははは――。この大貴族たるエイト・エイトロープ・マッカヨウと友達となりたいだと! 笑わかせてくれる。さすがはサウスフィールドの田舎平民だ。言うことが違うな。ノーザンテリトの貴族のことを知らんと見える」
そして急に近くの女子を捕まえて話しかける。
もちろん女の子はびっくりだ。
「すまんが、俺はお茶会などという女々しいものを開いたことはない。だがここは派手に開く必要があるようだ。お茶会を開くには何が必要だ?」
「は、はい! それでしたら――」
恐る恐る答えるその女子――クルミ以外のその場にいたクラスメートはなんとか落ち着きそうな事態にほっと胸をなでおろした。
・ ・ ・ ・
「しかしお兄ぃさまも隅に置けないわね。そのクルミって娘とうまくやっているんでしょう? お茶会くらい私に聞けばいいのに」
「えぇ、私もタローさまとあっている隙にそんなことになっているとは思ってもみませんでした」
そして、今まさにお茶会を行っているのはリスナとその取り巻きである。
場所はバハーム学園すぐ近くの喫茶店だ。
課外授業の礼儀作法の一環として来ている、というのが名目ではあるが、誰もそんなことを信じる者はいない。
「それで、アイシャ。貴方の方はうまくいっていますの?」
「えぇ、冒険者のアイテム購入とやらのために、ということでタローさまと2人でデートするところまでこぎ着けましたわ」
「――やるわね」
「披見体が自分なのが多少納得いきませんけども」
「そのまま何としても落としなさいな」
「落とす原資が自分の身体なのが多少納得いきませんけども」
「うまくいったら友達料3倍にするわ。それにうまくしたら卒業後は公爵家夫人になるのかもよ?」
「全身全霊を掛けて頑張らさせていただきます!」
アイシャは、実に肉食系女子であった。




