裁定のドラゴンと黄金の勇者の剣
夕日が差して空は赤みから夕暮れの闇に近づこうとするころ。
ノーザンテリトの上を1匹のドラゴンが舞っていた。
このドラゴンはメスである。
当然において、オスである魔族領にいるドラゴンとは別種だ。
だが、メスであろうとドラゴンというのは脅威だ。
ドラゴンが現れたとき、首都であるハバームでは大きな混乱がおきた。
それはある少年の前に降り立つ。
その少年とはタローのことだ。
異常な事態のために人が集まる中、ドラゴンの姿が淡い光に包まれると形を変え人型に変化する。
それはドラゴンが使用できる基本スキルである≪人化≫の術式だ。
そこには大人びた女性の姿があった。
金髪をはためかせ碧眼の瞳を輝かせる。
冒険者風の緑の革鎧はフットワークを主体とする軽戦士のそれである。
重戦士系が装備するような金属鎧系ではないところからして素早さ重視なのだろう。
だが、背中にさした大剣だけはそれとは明らかに異質に見えた。
「勇者とお見受けするが、いかがか? 私は龍族のトトという」
そのドラゴンであったトトと名乗る女性が誰何を口にする。
タローはその美しさに見惚れた。
ここでタローが「違う」といったらどうなるか。
それとも「そうだ」と言うべきなのか。判断に迷うところだ。
周りにはドラゴンが出現したという騒ぎによって集まってきた大勢の人がいる。
「そうだ」といえばその他大勢の彼らに勇者であることがばれてしまうだろうとタローは考える。
そうなれば噂は一瞬にして広まることだろう。
そうなれば慎ましい学園生活は送れなくなる。
だが、それも悪くはないのではないだろうか?
などと思考を働かせるタローであったが、思考のためには時間を消費する。
「沈黙か――。勇者であることを否定しないということで良いな?」
トトは背中の剣を鞘ごと手にするとタローに投げてよこす。
急なことで慌てたが、勇者の身体能力のせいかタローはなんとか受け取ることができた。
「勇者でないとするならば剣を勇者に渡して欲しい。この地に召喚されたはずだ」
「あ、あぁ……」
それは勇者が持つとされる神から授かりし黄金の剣だ。
この剣を持つものだけが勇者の専用スキルを扱うことができるという。
「おぉぉー」
「あれは裁定のドラゴンなのか?」
「勇者を選別するという……」
「ありがたやー、ありがたやー」
周りのざわめきが広がる。
これはもう隠しきれるものではない。
踵を返し帰ろうとするトトをタローは止めた。
「待った。剣を渡すだけで帰るのか? 使い方とかはないのか?」
「剣を渡すことが我らが使命――。魔王がこの世にいない以上、使い方など敵を殺すための武器だとしか言いようがないのだが?」
「敵を殺す……」
「あぁ。たとえそれが、どんなものであろうとも殺せる」
殺しの言葉が出てきたことにタローは戸惑う。
タローは日本人である。何かを殺すということにあまり経験がない。
人はもちろんのこと、近くの犬猫だって殺したことは無い。
むしろそんなことをしたら器物破損罪で捕まるか、捕まらないとしても精神異常者として見なされるだろう。
だが、ここは異世界だ。
魔法陣からも察するに魔法のある世界だ。
ドラゴンに代表されるような、モンスターとかも跳梁跋扈する世界である。
「だがゆめゆめ気を付けるが良い。勇者スキル≪九死一生≫はその剣が最初に刺したものが基準となる」
「どういうことだ?」
「その剣で九つ殺すことで1つの一生涯使えるスキルを覚えることができる。それが≪九死一生≫。魔族をころせばその剣は魔族殺しの剣となり、魔族に倒すことに相応しいスキルを得ることができる」
「ならばゴブリンなら?」
「ゴブリン殺しに相応しい素晴らしいスキルが得られることになるだろう」
その言葉でタローは冷静になる。
せっかく受け取った剣だ、その話を聞かなければ早速使うために初心者クエストたるゴブリン退治とかに出かけてしまいそうであった。
そうなれば、ひたすらゴブリンスレイヤーを繰り返し、さらにはゴブリンらしい素晴らしいゴミスキルしか得られないという事態に陥っただろう。
聞いてよかったとホッとする。
「なぁ、それだけじゃなくて、剣術とか教えてくれないか? 俺はこの世界のことを何も知らないんだ」
ともかく一度は何か答えてくれた。
であればもう少し踏み込めば仲良くなれるかもしれない。
そんな打算が働いてさらに話しかけるタローに対して、トトはタローの全身を上から下まで眺めてから言った。
「うーん。いや」
そしてトトは再び龍形態に戻るとさっそうと飛び去ってしまう。
これでフェイノに続き2連敗だった。
このところ負け癖が付いている気がする。
・ ・ ・ ・ ・
翌日の教室――
その話を聞いて机をバンバンと叩きながら笑うヤマダにタローは閉口する。
「あぁ、それは運がいい! 絶対運がいいって!」
「はぁぁ、どこがだよ! あんな綺麗な女性はなかなかいないぞ」
「でもドラちゃん……、じゃなかった。ドラゴンの修行なんて受けてみろ。何度死ぬか分からんぞ」
「え?」
「ぜってー殺されまくるって! あー。やだやだ」
まるで実体験でもあったかのように話すヤマダに、タローは「あー、こいつ殺されまくったんだ」という思いを強くする。
きっと、このヤマダもまた勇者だったのだろう。
そして魔王を倒してこの隣の可愛い娘――つまりフェイノをゲットしたに違いない。
タローにはその因果関係はさっぱり分からなかったが。きっとそうだ。
「ヤマダさま、何もそんなに笑わなくても…」
何度見てもこのフェイノという少女は美しく可憐である。
気品があり、まるでどこぞの姫様のようだ。
こんな娘が恋人にでもなってくれたらどんなに良いだろうか。
そんな会話をしているとチャイムがなる。
これからホームルームがあり、読み書きの授業が始まるのだ。
ヤマダとフェイノのクラスは別であるため、ヤマダ達はそうそうと退場する。
そして、授業が始まった――




