勇者が来る――
「なんと! 勇者を召喚できたか。それはでかした! 我らが召喚に応じてくれるなど、このノーザンテリト開闢70年にして初めての快挙ぞ!」
「ありがたき幸せ」
「は、はぁ……」
勇者召喚の報告は一瞬にしてノーザンテリトの首都にあるバハーム城内に知れ渡った。
そこには諜報される対策とかは特にない。実に牧歌的である。
これが外部に知られないのはひとえに魔族たちの思念魔術を含んだ諜報操作によるものであった。
こうして、あれよあれよという間に少年とアイシャは国王と対面にすることになった。
アイシャは第一発見者の扱いである。
扱いとしては稀代なる不老の魔術師――この魔術師も魔族である――の弟子で、重要度の低い勇者魔法陣の管理していたところ『たまたま』勇者召喚の場に立ち合い、そして懐かれた、という設定である。
しかし、少年はまるで子供のような笑みを浮かべる初老の国王に戸惑う。
少年の国王に対する評価としては「人としては親近感がある。だが国王としては威厳が見られないのはダメだろう」であった。
「で? 勇者よ、名をなんという」
「タローといいます」
少年はとっさに偽名を名乗った。
もし真名を知られると操られるというどこぞの小説のような展開があることを危惧したからだ。
だが、以降タローはこの名前で通されることになる。
「おぉタローとな。さすが異世界人らしい奇抜で美しい名前ではないか。アイシャもそう思わんか」
「えぇ、素敵な名前ですわ」
「は、はぁ……」
タローのどこが奇抜で美しいのかタローにはさっぱり分からなかったが、異世界人としては奇抜なのだろう。
日本でいうところの「電波ゆんゆん」とか「とっとことハム○ろー」みたいな名前感覚なんだろうか?
そう思うとタローは恥ずかしくなったが、しかし今更撤回できない。
タローにとってはかなりの失敗であった。
(ここで「タローと申しますが、せっかく異世界に来たのですからそれに相応しい名前を国王に付けて頂きたく」とか言えば良かったのか……)
などと後から思うのだが、タイミングを逃してしまった。
たしか田中さんが作った小説にそんあのがあったかと思うが、もう忘れてしまった。
田中さんって誰よ。
「ところで、我が国や世界の現状は知っておるか?」
「いえ、この異世界に来たところですので――」
「それは道理よの……」
国王はここで困った顔をした。
さすがに来たばかりですべてを知れというのも無理な話だ。
「では、しばらくこの国の学園にでも行って暮らすが良い。多くは貴族だが平民も多いし紛れ込むことはできるだろう」
「は、はぁ……」
学園――
異世界だから冒険者とか軍での訓練とかの生活を想定していたが、また学校か――
――それも面白いかもしれない。タローはどこまでも前向きだった。
冒険者とかであれば可愛い女の子はいないだろうが、学園とかであれば可愛い子の一人や二人いることだろう。
「お、反応したな。そこで学ぶのは国の歴史とか、貴族としての振る舞いとかだな」
「貴族としての振る舞い?」
「そうだ。ワシとしては勇者を縛りたいと思う。だからだな」
「縛る? ――それで貴族とどうつながると?」
国王はニヤリと笑った。
「おぬし、女にもてたいとは思わないのか? 卒業したら公爵家の地位を与えようではないか。土地も与えよう」
「……。破格ですね」
与える土地は敵国であるノキタミア帝国と接する南領であるが、そこまで細かいことは国王は言わない。
要は盾として――最前線の緩衝地帯に使うつもりのなのだ。
タローもその条件が破格なものであると気づいたが、その理由までは気づかなかった。
タローは国の情勢など分かっていないのだから当然である。
「学園に行けば少なくとも貴族らしい立ち振る舞いくらいは学べるじゃろう。立ち振る舞いを学んで、貴族ともなればもてもてじゃよ。あぁ、学生結婚とかもありじゃぞ」
「もてもて、ですか……」
「あぁ、もってもてじゃ」
なんだか怪しい話になりつつあるが、もてもてという言葉に踊らされるタローである。
タローは生まれてこの方、もて期というヤツは到来したことはないし、もちろん彼女がいたこともない。
国王とタローは互いに鼻の下がのびているが、アイシャがごほんと咳をすることで瞬時にそれは元に戻った。
「お主にはぜひともこの国に愛着を持ってほしい。そのためには努力を惜しまぬ。何かあれば――そうだな、例えば好きな女がいたら声を掛けるがいい」
「ははー。ありがたき幸せ」
「俗物め……」
タローは慇懃に礼をするがアイシャの視線はひややかなものに変わっていた――
・ ・ ・ ・
ノーザンテリト王国の王都にある王都と同じ名前を冠するハバーム学園は、小国であるにも拘わらず非常に大きいものである。
その学園は国の活力の源泉は子供達にあるとする初代の国王の肝いりで貴族だけでなく平民にも広く門徒を開いていた。
そのため学生の数は多く、近隣の国からも人が来るほどである。
中には帝国からの人もいるほどだ。実際にはスパイ活動なのかもしれないが。
ノーザンテリトは一度は敵国であるノキタミア帝国との戦争に敗退し属国化していたころもあったが、この学校から出た平民の活躍によって再度復刻がなされたことにより、王国としても学園支援を充実されることになり今に至っている。
学校は無限の生を生きるともされる永命族であるエルフ――と見せかけた魔族――が歴代の長となって運営しており、国とあまり接点がないところも特徴だろうか。
そのため当時のこの世界としてはめずらしく、学内の自治というものが保たれている。
とはいえ、卒業後は世間のしがらみから逃れることもできず、貴族と平民と一緒に学ぶには軋轢も大きかった。
しかしながら、平民も出世できないというわけではなく、国の腐敗を防ぐ要因としても一役をかっていた。
帝国もまねて学校を作っているが、腐敗度が進んでおり平民からの出世が無いことが違っている。
教えることは定番の、読み書きソロバンから歴史、道徳、貴族や貴族に対するための礼儀作法、などである。
専門的なことはそれぞれ課外授業で対応し、そこでは家事に始まり、鍛冶ギルド、商業ギルド、魔術師ギルドなどが取り仕切っている。
その中には冒険者ギルドも含まれ、将来冒険者になりたいものはそこでバイト的に冒険者になることも可能だ。
もちろん冒険者としてのランクをあげるためのポイントも付くし、学園での単位にもなる。
特に学生には冒険者のポイントしては多めに付けてくれることもあり、学生だからと安全な仕事の斡旋をしてくれることも相まって冒険者になるために学園に入学――そのままノーザンテリトに居つくというパターンも多いようだ。
そんな学校をタローは見て歩いていた。
学校で教えることは読み書きそろばんレベルであり、教室はあまり多くはない。
大きいのは学校に住むための寮の方なんじゃないかと思えるほどだ。
集合性で椅子と机があれば1人分のスペースとなる教室と違い、自室は1人1部屋だ。
平民だと6人一部屋とかきついところもあるようだが、金さえあれば1人1部屋にできるようだ。
タローの部屋は2人一部屋のところを一人で住む予定だ。
残りの一人は決めても決めなくても好きにして良いとのこと。
(ふむ……、読み書きそろばんはちょっとな……)
ヤマダは日本人である。数学は得意な方だ。
この世界のソロバンは日本のソロバンと同じ方式――つまり上段に珠一つ、下段に珠が4つある方式で問題はない。
だが読み書きは難しかった。具体的には書きだ。真面目に覚える必要があるだろう。
特になぜか文章は読めるだけに、現地語を書くことの難易度が異常に高く感じる。
少なくともライティングは真面目にやる必要があると感じた。
異世界に来てまで勉強かよ、と思わないでもないが、
そこでふと見上げると、1組の男女が歩いているのが見えた――
かなりのイケメンと、そして美少女である。
何か話しているようだ。
「いやー。それにしてもここでかくね?」
「そうですかね? ヤマダさま。私のおうちと比べたら――」
「あれと比べたらいかんだろう」
(ヤマダ? なにやら同郷の名前っぽいな――)
その「ヤマダ」という言葉にタローは反応したのだ。




