新章:あらたなる勇者と学園
またもこりず、ノキタミア帝国の帝王は勇者召喚の魔法陣を敷いていた。
魔法で呼び出すのは勇者だ。
前回は神を引き当てたが、あれは実に失敗であった。
神が出てくるのであればそれに対抗するのは当然に邪神であることに帝王は気づいていなかったのだと反省する。
しかし誰が知ろう、その相手が3大大邪神の一柱などということを。
人の身として呼び出せる神は弱いものであり、封印を解かれた邪神というのは実に強かった。
だが、帝国は戦力を失っている。
具体的には夜杖真澄だ。
「さぁ、甦るがいい。伝説の勇者よぉぉ!」
魔族領の魔族達はサウスフィールドが漁夫の利を得る形で占拠し、魔王制を廃して帝国を名乗るにいたった。
まだ噂として広まっていないが、魔族領の魔族もすべてサウスフィールドの手に落ちたという。
そして、問題はその中に夜杖真澄がいたということだ。
夜杖真澄はノキタミア帝国では誰もが知る蛮勇を誇る魔族であり、最高戦力の一つだ。
ノキタミア帝国には切れるカードはまだ何枚かあるが、夜杖真澄と比べると見劣りする。
もう、そう簡単には手は出せないだろう。
新たな勇者でも引き当てない限りは。
例えそれに勝てなくても、帝国内の締め付けのため、似たような戦力が帝国には必要だった。
星のめぐりは悪く、強い勇者が出てくることはないが、帝王は運に掛けた。
(いっそのこと、もっと乱造してもよいかもしれないな)
弱い勇者でもたくさんいれば戦力になるだろう。
しかし召喚の魔法陣は一瞬光を放つも、その光は弱く消え入っていた。
結果は、またもや失敗であった。
帝王はため息をついた。
少なくとも、ノキタミア帝国内ではそう信じられていた。
・ ・ ・ ・
ノキタミア帝国の北にある国、ノーザンテリト王国の地下の一室にこじんまりとした小さな部屋がある。
といっても、入れる人数は100人は大丈夫なのではないだろうか。
こじんまりとは言っても、それは魔法陣が敷かれるためには、という前提条件が付く必要があるだろう。
部屋は丈夫そうな岩が壁となって四方を取り囲んでいる。
そこは地下のために窓はない。
本来、地脈の力を十分に活用すべき魔法陣は、地下の奥深いところに作るか、大気の気脈を得るために広大な広さの場所で行うのが常だが、財力がないのかさすがにそこまでの規模はない、といったところか。広い場所はなにより目立つ。大きな場所は諜報の天敵だ。
とはいえ、国家レベルで作成した魔法陣である。小ぶりながらもその陣は精密に作られていた。
それは勇者の召喚陣である。精密なのもうなづける。
正確には勇者の召喚陣を横取りする召喚人である。
しかし、そこは魔法陣専用に作った、という感じはしない。
まるでそこは尋問室のようだった。
事実尋問室として使われたこともある。
ノーザンテリト王国が闇へと葬った血塗られた歴史がそこにはあった。
だがそれは好都合だ。陰の魔術的な要素としては十分だろう。
その魔法陣が発動することは、ノーザンテリト王国の上層部ですら期待はしていなかった。
なぜなら当時、隣の大国であるノキタミア帝国が勇者を召喚すると公言しており、その邪魔をすることが目的で創ったのがこの陣なのだ。
魔術の発想からして、隣国のやることはすべて妨害するという手段が目的になったシロモノだ。
その思いだけで作られた魔法陣は精巧ではあるものの、いろいろ杜撰であった。
だから成功するとは誰も思っていなかったのだ。
そんな魔法陣による勇者召喚であったが、やはり当然のように失敗に終わる。
――正確には失敗したとは言えないだろう。
なぜなら、隣国であるノキタミア帝国が勇者召喚に失敗したのだから。
失敗したものは入れ替えたところで成功に変えることはできない。
そしてそれは使われることもなく、無傷でそのまま放置されていた。
片付けるのも大変だったからだ。
――その後のある日――
隣国で女神の召喚が行われた。
それに対しノーザンテリト王国はなんとか妨害しようと、魔法陣に前回分と合わせてさらに魔赤から魔力を取り込ませて再度魔法陣による横取りを試みようとする。
しかし勇者召喚の失敗を覆い隠すかのように行われた女神召喚は、あまりにも発表が突然のことであり、魔法陣を発動させるには間に合わなかった。
その場には魔力を湛え発動されることもなく、魔法陣だけが残った。
2度の失敗した魔法陣ではあるが、成功したわけではないため魔法陣に魔力は2倍たまり続ける。
自立型の魔力集約陣だ。使われるまではほとんど魔力は消費されない。
そしてあの戦争がおき、しばらく経ったあと――
その間、魔法陣は力を魔力をため続けていた。
そして、やがて根源に至った魔法陣はセカイから承認され、新たなる勇者を召喚する。
今度こそ、ノキタミア帝国の召喚陣から、勇者の横取りに成功したのだった。
だが、そもそも勇者の召喚が起きたのは不思議だった。
本来前任の勇者が目的となったゴール、つまり魔王討伐を叶えない限り新たな勇者は召喚できないはずなのに、その勇者はなぜ召喚できたのか。
それは魔法陣の正面に立っていた少女、アイシャ・ジャーミラだけが知っている。
召喚されたのは見た目普通の少年であった。
少年は死んだ直前の学ランの姿のままであり、中学生であることが見て取れる。
(あれ? なんで俺こんなところにいるのだろう……)
少年は魔法陣の上に立ったまま、あたりを見回す。
周囲には岩壁、下には魔法陣だ。
天井には薄暗いが光る苔のようなものがむしている。
(そうか俺は通学途中に車道を自転車で走らせていたら、トラックで轢かれたんだ……)
少年は死ぬ直前の記憶を思い出す。
少年は死んだはずだった。
ならばここは、どこだというのだろう。
「あれー。ここは立ち入り禁止地域だよ? 貴方はいったい誰かしら?」
突然声がかかるのに振り返ると、そこには見たことのない学園の制服を着た少女アイシャが立っていた。
その髪は少年が知る人類にはありえないピンクだ。
その制服の上にはマントを羽織っている。そして手には箒といういで立ちである。
魔法少女のコスプレか何かだろうか。それならばピンクのウィッグなのかもしれない。
いったい何がこれから起きるのだろうと見守るが、少女はほほ笑むばかり。
しかし立ち入り禁止? なんのことだろうか。
笑顔の彼女の茶目っ気なのだろうか?
「なにその恰好――まるで、異世界の魔法使いみたいな――」
「みたいじゃなくて、実際に魔法使いですよ。失礼しちゃいますね。なんなら雷の魔法でも放ちましょうか?」
箒を振るう彼女はなんとなくかわいい。
でも雷の魔法か……、スタンガン? などと少年は考えていた。
「って。本当は分かっているのではなくて? 貴方は異世界人の勇者さまなのでしょう? 貴方の奇抜な服装を見れば分かるわ」
学生の中学生である少年の恰好は学校投稿時の学ラン姿だ。
「異世界人って――、ここはやっぱり異世界なの?」
「えぇ。私から見たら自世界だけど、勇者さまから見れば異世界で間違いないはず」
「またまたベタベタな……」
まさに死んだら異世界転生しました系の典型のような展開に少年はげんなりする。
まさに王道といっても過言ではないだろう。
ともかく死んでしまっては、来月の期末試験どころではないのだし。
元の世界で戻っても、きっとそのまま遺体になるだけであろう。
ここは気持ちを新たにするべきなのではないか。
だが、と考える。
最近の潮流からいって、召喚するのは悪い国王で魔王を倒せとかいきなり無理難題を言うとかではないだろうか。
「それで、魔王でも倒せとか言い出すのか?」
「あぁ、良く分かっているじゃない。でも大丈夫だよ。倒さなくていいよ。むしろ倒してはダメです」
「なぜ?」
「それは私が魔王アイシャだから」
「はぁぁ――?」
アイシャが自慢げに胸を張る。
張るほどの胸はないのだが、可愛いことには間違いない。
しかし、魔王が勇者を召喚するとかむちゃくちゃなのではないだろうか?
「魔王に見えない? やっぱり昨日今日に名乗ったばかりじゃダメかな?」
「なにそれ?」
「以前は魔族領――あぁ、南の、地図で言えば下の方ね――に住む大勢力のトップが魔王の名を冠していたけどね。勇者に倒されちゃって……、だから北部魔族を統べる私が魔王を名乗ったの。それで名乗るだけで持っていた魔法力とかも強化されたのよ。すごい効果ね」
「へ――」
しかし魔王が勇者を召喚してなんのメリットがあるのだろう。
ここは普通、美人の王女が出てきて鼻の下を伸ばしている間に国王にいろいろ言われて魔王討伐に駆り出されるとかが定番ではないのだろうか。
そして魔王を倒した後は敵国を倒すための駒とかとしてバンザイアタックに使われるとか。
だが召喚したのは魔王である。
(まずは逃げるというのもありだな……)
そんなことを考えるが、この少女が魔王なら簡単に倒せるだろう。
ちょっとエッチだが組み敷けば終わりだと少年は考える。
「それで、どうして俺を召喚したんだ?」
少年は聞かない訳にはいられない。
答えによって逃げるか、そのままかが決まる。
「実は……、目的とか無いのよ。勇者がここに召喚されたのって偶然なの」
「偶然? 事故ってこと?」
「さっきも言ったけど、前の魔王は前の勇者が倒してしまったでしょう。だから前の勇者はたぶん『クリア』した状態になったのだと思うの。だからきっと、新たに勇者が呼べるようになったと思う。もしかして、とか思って適当に術式を回していたら、なんとなく……」
「なんじゃそりゃ」
だんだんと声が小さくなるアイシャに少年は呆れた。
「でも困ったよ。上層部に勇者召喚のことがばれたら。きっと大騒ぎになる」
「どう困るんだ?」
「下手すると亡き者にしようとするかも。勇者召喚は本来大国が行う儀式よ。うちのノーザンテリト王国みたいな小国がそれを成したとしたら、怒り狂ったノキタミア帝国あたりが最悪攻めてくるかもしれない」
「うわ。大国はどこも酷いね」
「上層部は私たちの思念魔術で多少記憶改竄しているけど、大きいのは無理だもの」
「うわ。お前らもお前らだな」
「仕方がないわよ。ノーザンテリトの魔族200人が生きていくためには――」
少年はそこで考え込む。
魔族というのはきっと立場が弱いのだろう。
そこで権力側におもねって裏工作とかしているのではないだろうか。
そこで、魔術を使って魔族側は国の上層部に食い込んでいると。
これは腐敗――と言うには言い過ぎだろうか。
「ともかく、悪いようにしないわ。大丈夫私に任せて」
「なんだか頼りなないんだが……。ここは魔王なら『世界の半分をくれてやろう』くらい言ったらどうだ?」
「あげられないわ。持ってないもの。もっとも、私たちと一緒に世界征服でもするなら手伝うけどね。そしたら貴方が私に世界の半分をちょうだい」
「それは――考えておくよ」
どうにも物騒な話であるが、少年は無くはないかな、とも思った。
元の世界では自分はトラックに轢かれており死んでいるだろう。
そして、どうせ異世界に来たのだ。
こんな綺麗な子との冒険譚も面白いかもしれない。
「ともかく、まずは上層部にあってみましょうか。ノーザンテリト王国は小国だけど自然豊かな国よ。魔族を人と思わないのはノキタミア帝国と同じだけど、そこは――結構ぬるいから」
大丈夫かな?
と一抹の不安を感じたが、まずは少年はアイシャの後を追い、勇者は動き始めた。




