過去殺戮
アホウな連中というのはどこにでもいる。
今回の出兵10万のうち、2/3は純粋な兵士であるが、その1/10の位置は国や貴族に雇われた、または本陣の職業軍人である。
それ以外の人は兵は兵でも強制徴収された農民が大半だ。
だがその中には傭兵や冒険者といったものも存在する。
傭兵や冒険者は通常は地域で魔物の討伐などを行うモンスターの専門家だ。
彼らは魔物の知識が深く、そしてまた、魔族に対してもある程度知識があった。
(囲まれたか……)
「ようよう、魔族さん。君、今誰にも使役されていないんだって?」
「それなら俺らも遊ぶことができるってことかい? はぁーん?」
「あぁ、逃がさないぜ。せっかく表舞台に出てきた魔族だ。楽しまないとなぁ……」
大規模な帝国軍の侵攻に対し、かの国は一人、彼女夜杖真澄を送り出した。
あまたの戦争に駆り出される彼女はある種の戦争屋だ。
それも最強の部類に入る。
ある南方では一夜にして10万もの人々が死んだ。
そんな彼女も自身が魔族であるという枷からは逃れられない。
だが、今回に限っては女神が軍の中心にいる。
実際の戦場でも彼女の出番はないだろう。
敵と推定されるべき彼女は端に追いやられている。
今の彼女は常に一人だ。
確かに彼女はヒトに対しては仕えていない。
いま、彼女は国に仕えている魔族であった。
国に仕えているということは、国民にご奉仕すべき存在なのだ。
そんな状態の彼女であれば、好きなようにできる。
そう考えた知識のある愚かな冒険者がいたのだろう。
実際には国の管理下にあるモノに手をだしたらどうなるか、すぐにでも分かろうというものなのに。
だが、男たちは長期の安定よりも一時の快楽を優先させた。
あるとき隙を突いて、3人の冒険者が夜杖真澄に因縁を吹っかけたのだ。
夜杖真澄は黒い瞳に黒い長い髪の、魔族らしい低身長の可愛らしい女だ。
女であれば種族など、彼らにとってどうでも良いことなのだろう。
いや、魔族である希少種であるが故、その味を確かめてみたくなったのか。
そう、彼らは本当に愚か者であった。
「あぁ、貴方たちの祖先に私と戦役で出たものはいなかったかしら? 貴方自身でもいいわ。その身なりからすると東方の出身だよね? 最近であればレイヴィンの戦役とか、リッカード海の攻防とか――」
夜杖真澄は、空気を読まず自身を囲む冒険者に語り掛ける。
彼らは突然な質問に「なに言ってんだ?」という雰囲気を滲ませながら、しかし自慢げにどや顔で答える。
「あぁ、俺の父がちょうどそのレイヴィンの戦役に出ていたぜ。それが何か?」
その冒険者は何か誇らしげに語る。
冒険者の一族なのだろうか。
それに彼女はにっりと笑みを浮かべた。
「そう、残念だったわね。その、あなたの父は私に殺されているわ。確かそのとき彼は6歳だったかしら。それで、どうして貴方――生まれてこれるの?」
「な、なにを言っているんだ。さすが魔族、頭いかれているんと違ぅ――」
そういうか否や、答えた冒険者の男が突然光の束となって消えた。
周囲の2人は身もふたもなく慌てた。
「き、貴さまー」
「お前一体何をした。ここでは殺人は禁止されているはずだ」
「えぇ、帝国法9条によって味方同士の殺人は禁じられているわね」
すまし顔で答える夜杖真澄に、しかし残された壮絶な笑みと雰囲気に冒険者2人はだんだんと飲まれていく。
「おぃ、国に使役された魔族に課せられた契約の術式、『設定された規則は絶対に守る』は一体どうなった! 基本的にお前は俺たち国民に逆らえないはずだろうが!」
それを頼りに冒険者たちは、一人で野営地で歩いていた夜杖真澄を辱めてやろうと思い至り襲ったわけだが、意に返さない魔族の所業に焦りの色を濃くする。
「まさか――。術式を解呪したのか――、これは周囲に報告すべき事案だなぁ――」
「いえ、私は何も? ”この場”では何もしていないわ」
――かつて、帝国の前身となった魔道国に歴代から高位魔術師を輩出するクシャスタ家という家系があった。
その家系の近代の最高傑作がそう、夜杖真澄と呼ばれる一人の魔族である。
いまは帝国の属国となったある王国に属する彼女は、多くの魔術師が奴隷としてこき使う用途としてしか考えていなかったものとは一線を画し、戦闘用の魔族として調整されていた。
当時流行していた敵と戦うための戦闘系魔族――すなわち戦闘メイドである。
当時、龍破の技などもなかった時代、夜杖真澄はただひたすらに基本ステータスを向上させ、物理で殴るスタイルであった。
そもそも後世であればいざしらず、当時の魔術師が格闘家の戦闘技能の知識を有するわけがないのだ。
夜杖真澄は今では剣術も収め龍破御剣流においては最高の皆伝位まで受けているが、当時はそれだけであった。
だが、ただそれだけの攻撃力だけで、当時稀代の魔術師であるレイハ・クシャスタが満足するであろうか?
魔術師であるならば付与するべきは魔術だ。
そして、たかが力押しの攻撃では夜杖真澄が最強の称号を得ることは当然にしてない。
クシャスタ家が総力をあげて作り上げた魔術は、一種の呪いともいえる≪過去殺戮≫スキルという。
その特性は――
「”この場”では何もしていない。でも過去の戦役ではどうだったかしら?」
「どういう意味だ?」
「貴方たちもおかしいと思わない? 私の二つ名は『30万人殺し』。レイヴィンの戦役で私は1夜にして10万任以上殺したことになっている。さてここで問題よ。1夜が6時間あったとして、1分間に何人の人を私は殺さないといけないのかしら」
それは単純な除算だ。
10万を6時間で割り、さらに60分で除算すれば1分当たりの殺害人数が出てくる。
だが、夜杖真澄のような女の子がそんな速度で剣が振れるだろうか?
剣も使い続ければ剣に油が付き、切れ味は落ちてしまうだろう。
そんな状態でもそれが続けられるのか?
当然、そんなことはありえない。
実際にして夜杖真澄があの戦役で人を斬ったのは10人にも満たない。
それにも関わらず、大量のニンゲンを殺戮する呪い。
それが――、≪過去殺戮≫というスキルの正体である。
一以上の破壊が出来るなら、憎しみという名の恨みが真実として周囲へと広がり伝搬し、過去に向かって人が死ぬ。
先ほど消えた冒険者は、その過去に生き残っていた彼の先祖の人間を死んだことにしただけだ。
祖先がいなければその子供は生まれない。
当然だろう。仕込んだ精もなければ、母体もない。ならばその時点から将来に向かってその存在は無かったことになる。
そう、その時点から将来に向かってその家系は途絶えることになるのだ。
夜杖真澄は多くの戦役に出ていた。
戦役は人が存在するかぎりどこにでも起きている。
であるならば、夜杖真澄を襲うような愚か者はどうなるだろうか。
残りの2人もしばらく後に消えた。
「あぁ、私たちの軍はなんて素晴らしく優秀な軍なんだろう。規則正しく行動し、女神によってその士気も高い。私にちょっかいを掛けてくるモノもいない。でもどうして兵力は9万8千なんだろう。どうせなら切りの良い10万とかにすればいいのに――」
今日も夜杖は野営地が安全か確かめるべく一人、女神達を囲む軍の外側を巡回するのであった――




