進撃する泡沫候補
邪神は復活し、魔王がついに動き出した――
魔族領周辺の村々には多くの被害が発生している。
事前にそのことを察知したノキタミア帝国が隠れて傭兵を送ったが返り討ちに会い無残にも全員散った。
あるものは手を食いちがれ失血死、そしてある者は善信の精を抜き取られ干からびて散ったという。
村一つの死――その残忍な殺しは、傭兵達から連絡が来なかったことを不審に思った帝国の兵が駆けつけて発覚したという。
皇帝オーカイの声に光と産品の女神アーナが答える。
そこは王都の入口の城門の砦上だ。
「さぁ見るがいい! この10万の軍勢を――」
「なんとも勇ましいものだな――」
時はこれから出陣式が始まろうというところ。
兵士たちは城門を見つめ、出陣式の主役たる女神と帝王が出てくることを今か今かと待ちわびていた。
女神と帝王がいる城壁の上からは、その集まった軍勢の様子が良く見えた。
人の集まりとして10万の兵というのは凄まじい。
純粋に戦う兵としては2/3程度ではある、残りは補給、伝令、騎士に付く従者、そして指揮を盛り上げる吟遊詩人に娼婦などだ。
だが、それを差し置いてもその兵力たるや過去に比類がないほどの規模となっている。
その中の1/10程度が貴族を含む騎士などの職業で軍を担う者たち、およそ7千程度だ。帝国内でも練度が高い兵士たち。残りは農民兵である。
通常、戦場にこれだけの貴族が集まることは無いが、今回は女神が先頭に立つことから安全に功績が詰めると考えて人が膨れ上がっている。
簡単に手に入るのならば、誰もが魔族の娘たちを欲しているのだ。
手柄として捕縛すればいったいどれだけの価値となるか。
さすがに戦役であり、戦闘系の魔族はあきらめるほかないが、それでも魔族の娘たちはたくさんいることだろう。
彼らは私欲にまみれていた。
「しかし、なぜこれほどにこんなに軍勢を? 我がいれば一発で――」
「さすがに、神だけにたよって魔族領討伐を終らせたのであれば人として立つ瀬がありませぬ。勇者とは違いますからな。それに神の姿を魅せることでより貴方様への信仰心を育てることができます。ここはなにとぞ――」
「ふむ確かに。そのようなものか……」
などと帝王は女神アーナに言ったが本心は違う。
彼女一人に行かせればきっと魔族をすべて根絶やしにしてしまうとの危惧があったからだ。
女神にはせいぜい露払い程度をこなしてくれれば良い。もし魔王や邪神が出てきた時の対策としてだ。
一方の女神アーナも本心は違った。
軍を出し抜いて、どう魔族を殲滅しようか。
数万ならともかく、軍ごと葬るにはあまりにも人が多すぎるように思えのだ。
だが集めてくれたのは仕方がない。
集めた軍に武威の威光を知らしめることで、大いに女神の地位を高めようと考えていた。
「さぁ、民草にそのお姿をお魅せくだされ、女神アーナ」
「うむ」
そして城門の最上段にあがる女神アーナ。
戦乙女としての彼女は実に美しく、天空からは後光が差しているようにも見えた。
上空では淡い風が吹き、彼女の銀色の髪をなびかせる。
「「おぉぉー」」
「あれが女神さまか――」
「お美しい」
「ありがたやー。ありがたやー」
兵士たちのどよめきの声が響き渡る。
次に登場したのは帝王であるオーカイ・ジーク・ノキタミア三世だ。
こちらにもどよめきがあがり、出陣式としての最高の盛り上がりをみせた。
「あぁ、おそろしや魔族どもめ。やつらはかつて我々の祖先が作りし使い魔でありながらその恩を忘れ、野生化した野良どもだ。謝罪と賠償をさせ、再び我らの手に戻し絶対の服従を誓わせなければならない」
「謝罪と賠償を!」
「謝罪と賠償を!」
「謝罪と賠償を!」
「然り!」
「然り!」
「然り!」
「諸君。いまより憎き魔族どもに鉄槌を下す時が来た! やつらを永遠に謝罪と賠償を繰り返す奴隷に戻すのだ! さぁ城門を開放するがいい! 諸君らは今、我とともにある。さぁ進撃すがいい!」
「「おぉぉーー」」
こうして、女神を伴った10万の兵は一路、魔族領に向かうのであった。
・ ・ ・ ・
「――な、魔族領にノキタミア帝国が進撃しただと!?」
「そんなお父さま。どうすれば……」
一方、そんな報告を聞いたサウスフィールド王国では王都の王城ですぐさま作戦会議を開いた。
「魔族領に10万もの兵を送るとなれば、魔族領といえどただでは済みますまい」
「ろくに損害なく終わった場合、ついでに我らが領地に攻めてくるかもしれませぬな」
「そんな馬鹿な。大義名分もなしに攻めてくるわけが」
「約20年前の帝国との戦役では、こちらも≪殺戮の小悪魔≫たるクルス・アマト―を傭兵として駆り出したことがあります。そこを突かれれば大義名分などいくらでも――」
「そんな……、向こうにだって夜杖真澄がいるのにか」
「こちらも戦力を出すしかないか。帝国に対しては魔族領を一緒に攻めるための兵だとか言っておけばよいだろう。それで、いくら出せる」
王は隣にいる騎士団長に話を振る。
騎士団長は間髪入れずに答えた。
「多くて1万です。これ以上出兵させればここで助かっても国が借金で持ちますまい」
「国力の差はいかんともしがたいか……」
いままで総力をあげて開墾等をしてきたサウスフィールド王国ではあったが、さすがに面積比で圧倒的な劣勢である以上、用意できる兵力差はいかんともしがたいものがあった。
「しかし早すぎる。どうしたことだ。帝国は秋口くらいから戦争というシナリオではなかったのか?」
「それが……、どうも帝国は勇者に代わり女神の召喚に成功したらしく――」
「なんだと?! まことか?」
「これは今しがた届いた檄文です。光の女神アーナを召喚したと綴っています」
「泡沫の光の神か。我らが主神≪月詠みの神≫でないことは幸いか」
「はい。召喚されしものが≪月詠みの神≫であればどうなっていたか……」
「あとは魔族領頼みですわね」
フェイノは思い出す。クルスや勇者ヤマダ、そして魔王ラララの姿を。
彼らは確かに強いかもしれない。しかし、それだけでは到底戦えないだろう。
なにしろ相手は10万もいるのだ。
人海戦術にもほどがある。
そして相手には女神すらいるのだ。
「それで、戦力的にはどうなんだ? 分析するに?」
国王は軍氏たる騎士団長に分析を促した。
「魔族領では魔族たちによる総力戦になると思われます。皆さまご存知の≪殺戮の小悪魔≫クルス・アマトー、それに魔王たるラララ・トール、そして赤壁のドラゴン。主戦力はこれらが率いる兵になるかと」
「それに魔物魔物ですか」
「魔族領にはゴブリンを初め、オーク、ライオン、キリンなど多種多様なモンスターがいます。それらがまともに戦えば2千程度は兵力を落とすことができると思いますが、女神を擁する軍となると士気も高く、一筋縄では――」
「減って8千か。女神が動くとなるとさらにその数は減らずとくるか。そうだ。復活されたとされる邪神の方はどうなっておる」
「いままで封印されていたような邪神です。名前は確定しておりませんが名を誇っていないところを見るとあまり強力な邪神とは――」
「うむ。魔族領には我々に矛先が向かないようにせいぜい頑張って欲しいのだが、そうもいかぬか……」
その冷たい王の言い方に王女フェイノが詰め寄る。
「お父様。そういう言い方は――」
「だが仕方があるまい。魔族領は国ではないし、国交もない。援助を求められても助けてはやれない」
「それは――、そうですが……」
人類側にとって、個別の使役している魔族以外の、野良魔族の味方をするものなどいないのだ――




