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第19話 ブロマイド獲得作戦

「ちょっと聞いてください。今回の舞台なんだけどね、物販があります」

その日の配信が始まってしばらくした頃、なるは何やら照れくさそうな顔でそう切り出した。舞台の稽古が忙しくなってから配信できる日は以前より少なくなっていたが、今日は少し早く帰ることができたので、久しぶりに一時間ほど時間を取っている。

今回の舞台では、パンフレットや公演グッズと一緒に出演者それぞれのブロマイドが販売されることになった。一人につき三ポーズで一セット千円。舞台を観に行き慣れているリスナーにとっては珍しくないらしいが、なるにとっては初めての経験だった。

「舞台衣装で撮ったの。この間、稽古の前に撮影したんだけど、三枚とも違うポーズで……なんかね、自分の写真が商品になるって、すごい変な感じ」

撮影そのものは楽しかった。カメラマンから顔の角度や視線を細かく指示され、最初こそ緊張したものの、三枚目を撮る頃には少しだけ余裕も出てきた。完成した写真もすでに見せてもらっている。

「いや、結構いい感じなんだよ? 自分で言うのもなんだけど」

そう言った途端、ゆうちゃんから『欲しい』とコメントが届き、それに続くようにほかのリスナーからも欲しいという声が上がった。なるは「ほんと? 買ってくれるの?」と嬉しそうに笑ったが、すぐに『通販ある?』という質問が飛んできて、少し困った顔になる。

「それがね、ないんだって。今回、会場販売だけなの」

つまり、欲しいと思っても舞台を観に来なければ買うことができない。遠方に住んでいる人もいれば、仕事や家庭の都合で公演日に予定を空けられない人もいる。通販してほしい、せめて後から販売してほしいというコメントが続いたものの、「私に言われても〜。私、物販担当じゃないから!」となるも苦笑するしかなかった。

なる自身、一人でも多くの人に舞台を観てもらいたかったし、自分のブロマイドだって一枚でも多く売れたら嬉しい。しかし、舞台へ行くにはチケット代だけでなく交通費もかかる。遠方なら宿泊が必要になることだってある。それを考えると、ブロマイドが欲しいなら舞台へ来て、などとはとても言えなかった。

「まあ……もし舞台を観に来てくれる人がいたら、その時はブロマイドもよろしくお願いします」

両手を合わせてぺこりと頭を下げると、ケンケンから『営業下手だな』と突っ込まれた。

「うるさいな! 買って買ってって言えないでしょ!」

ケンケンは『一セット千円です。十セットお願いします、くらい言わないと』とさらに煽ってくる。

「言わないよ! 何で十セットも同じ写真買うのよ。一セットで十分です。同じ写真三十枚もどうするの!」

コメント欄に笑いが広がり、なるもつられて笑った。その時のなるは、自分のいないところですでにある計画が動き始めようとしていることなど、知る由もなかった。

その夜、素敵なるーむのファンサイトでは、なるのブロマイドについての話が続いていた。舞台へ行く予定の人もいれば、どうしても行けない人もいる。特に遠方に住んでいるリスナーにとって、舞台一本のために交通費や場合によっては宿泊費まで負担するのは簡単なことではない。

それでも、なるにとって初めての舞台ブロマイドである。舞台へ行けない人たちからも「欲しい」という声がいくつも上がり、やがて誰かが、会場へ行く人に代わりに買ってもらえばいいのではないかと言い出した。

そこから話は早かった。現地へ行ける人が、行けない人の分も一緒に購入する。欲しい人はブロマイド代と送料を負担し、後日送ってもらう。もちろん、欲しくない人まで買う必要はないし、舞台へ行けないからといって何かを買わなければならないわけでもない。ただ、欲しいのに会場へ行けない人がいるのなら、行ける人が少し手伝えばいい。

自然と人数を整理し始めたのはタクさんだった。ただし以前、アバターイベントで自分が言い出した責任を感じて必要以上に頑張ってしまった経験があるため、今回は最初から「俺が全部買って配るとかじゃないからな」と念を押した。それを見たケンケンから『成長したな、係長』と書き込まれ、タクさんも『会社みたいに言うな』と返す。

そんなやり取りを挟みながら、誰が観劇するのか、誰がブロマイドを欲しがっているのか、全部で何セット必要なのかが少しずつ整理されていった。購入する人を一人に集中させると大変なので、現地組で分担することにもなった。

そして、いつの間にかこの計画には妙に大げさな名前までついていた。

――なるブロマイド獲得作戦。

誰が最初に言い出したのかは曖昧だったが、その名前だけは妙に気に入られた。そしてもう一つ、全員の意見が一致したことがある。

なるには言わない。

理由は単純だった。事前に知らせれば、なるは間違いなく「そこまでしなくていいよ」と言う。その予想に反対する者は一人もいなかった。

舞台本番の日、なるは朝から緊張していた。前回とは違い、今回は自分でオーディションを受けてつかんだ役だった。主要キャストではない。それでも主人公の友達として名前があり、台詞があり、物語の中に自分の居場所がある。

稽古中には何度も注意され、落ち込んだ日もあった。特に主人公と二人で話す場面では、自分の台詞を言うことばかり考えていると演出家から何度も指摘された。それでも本番は待ってくれない。舞台袖で出番を待ちながら、なるは小さく深呼吸をした。

いざ舞台へ出れば、緊張している暇もなかった。主人公との場面では、以前のように次の台詞ばかりを考えないよう、まず相手を見る。相手の言葉を聞き、その言葉を受け取ってから自分の台詞を返す。本当にできていたのかを自分で判断する余裕はなかったが、最後まで演じ切り、カーテンコールを終えた時には緊張と安堵で足から力が抜けそうになった。

公演後には、出演者によるお見送りがあった。劇場から出ていく観客へ何度も「ありがとうございました」と頭を下げていると、その中に以前の舞台でも会った見覚えのある顔が見えた。

「タクさん!」

「お疲れさま」

「ありがとう! 来てくれたんだ」

長話をする時間はなかったが、タクさんは舞台が良かったと伝えたあと、「ブロマイドも買ったよ」と付け加えた。なるは途端に顔を明るくして、「ほんと!? ありがとう!」と頭を下げる。

その後も何人かのリスナーから、ブロマイドを買ったと直接聞くことができた。「可愛かったよ」と言われれば、「ほんと? よかったぁ。撮る時めちゃくちゃ緊張したんだよ」と照れながら答える。自分の写真を実際に誰かがお金を出して買ってくれたという事実は、嬉しい反面、改めて考えると何とも恥ずかしかった。

「なんか変な感じ。みんな私の写真持って帰るんでしょ?」

「そりゃブロマイドだから」

「分かってるけど! 改めて考えると恥ずかしいの!」

そんなやり取りをしながらも、なるは終始嬉しそうだった。自分の舞台を観るために来てくれて、さらにブロマイドまで買ってくれた。一人一人に「ありがとう」と伝えながら、お見送りを終えた。

帰り支度をしていると、スタッフから「なるちゃん、ブロマイド結構出てたよ」と声をかけられた。思わず振り返って「ほんとですか?」と聞き返し、具体的なセット数を教えてもらうと、なるはさらに驚いた。

自分の扱いでチケットを予約してくれた人数より、明らかに多かったのである。

もちろん、ほかのキャストを目当てに来た観客が買ってくれた可能性もある。実際、スタッフによればそういう購入も何件かあったらしい。それを聞いて嬉しくないはずがなかったが、それと同時に、なるには少し不思議でもあった。お見送りで「買ったよ」と教えてくれた人は何人かいたものの、その人数だけではどう考えても販売数と合わない。

帰りの電車でも、そのことが妙に気になった。

「誰か何セットも買ってくれたのかな……」

保存用と観賞用、そんな言葉をどこかで聞いたことはある。しかし同じ三枚の写真を何セットも必要とするものなのだろうか。それとも、自分を目当てに来たわけではない人が舞台を観て気になり、買ってくれたのだろうか。

もしそうなら嬉しい。

自分のことを知らなかった誰かが、舞台の上の自分を見て写真を欲しいと思ってくれた。それは俳優を目指しているなるにとって、とても大きなことのように思えた。

その疑問は、次の配信まで残った。

数日後、いつものメンバーが集まり始めた頃、なるは「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と切り出した。舞台へ来てくれた人たちへ改めてお礼を伝え、ブロマイドを買ったと言ってくれたことも嬉しかったと話したあと、少し首を傾げる。

「それでさ……何セットも買ってくれた人いる?」

コメント欄の動きが、一瞬だけ鈍くなった。

すぐに答えが返ってくると思っていたなるは、画面を見つめたまま「……ん?」と眉を寄せる。するとケンケンから、なぜか『舞台よかったよ』というコメントが流れてきた。

「今その話してない!」

明らかに怪しい。なるは少し身を乗り出し、スタッフから自分のブロマイドがかなり売れたと聞いたこと、その数が自分の扱いで予約してくれた観客数よりずっと多かったことを説明した。もちろん、ほかの出演者を目当てに来た観客も買ってくれたらしいが、それだけではないような気がする。

また、コメント欄に微妙な間が生まれた。

なるはしばらく画面を眺めたあと、なぜか一人を指名した。

「……タクさん?」

『なぜ俺』

「こういう時、大体タクさん何か知ってるから」

タクさんは『知らない』とは言わず、『まあ、いろいろありまして』と答えた。それだけで十分怪しい。

「いろいろって何よ。何セット買ったの?」

『俺の分だけじゃない』

「……どういうこと?」

そこまで追及され、タクさんもとうとう逃げ切れないと悟ったらしい。

『実は、なるブロマイド獲得作戦というものがありまして』

「……何それ?」

なるが本気で分からない顔をすると、コメント欄が一気に笑いで埋まった。そこからタクさんたちが事情を説明し始める。

舞台へ行きたくても遠方だったり予定が合わなかったりして、どうしても行けない人がいたこと。それでも、なるにとって初めてのブロマイドだから欲しいという人が何人もいたこと。そこで現地へ行ける人が、欲しい人の分までまとめて購入することにしたこと。代金と送料は欲しい本人が負担し、後から送ってもらうことになっているという。

詳しく聞いてみると、タクさん一人が大量に購入したわけではなく、現地へ行った何人かが自分の分とほかのリスナーの分を分担して買っていたらしい。

「だから売れた数がおかしかったの!?」

ようやく謎が解け、なるは驚きながらも笑った。

「そんなことしてたの!? 言ってくれればよかったのに!」

するとすぐに、『言ったら止めるだろ』『そこまでしなくていいって絶対言う』『だから内緒にした』と次々に返ってきた。なるはしばらくそれを眺めたあと、少し頬を膨らませる。

「……私の扱い分かりすぎじゃない?」

さらに、なるが「でも、そこまでしなくてよかったのに」と口にした瞬間、『ほら言った』『やっぱり』『予想通り』と一斉に反応されてしまった。

「うるさい! みんなで私の行動予測しないでよ!」

怒っているような言い方をしているが、なる自身も笑っている。

そんな中、ケンケンが『でもちょっと、自分のこと知らない人にいっぱい売れたと思った?』と書き込んだ。

なるの表情が止まった。

図星だった。

「いや、それは……ちょっとだけ思ったよ!」

観念して白状すると、コメント欄がまた盛り上がる。なるも「だって! 私の予約人数よりいっぱい売れてたら、もしかして舞台観て『あの子誰だろう』って思って買ってくれた人がいたのかなって思うじゃん!」と反論した。

しかし、それは完全な勘違いというわけでもなかった。スタッフから、ほかのキャストの観客も何人か買ってくれたと聞いたことを思い出し、「だから全部みんなじゃないからね!」と少し得意そうに胸を張る。

知らない誰かが舞台の上の自分を見て、気になってブロマイドを買ってくれた。そのことは、なるにとって素直に嬉しかった。

でも、それと同じくらい嬉しいことがもう一つあった。

舞台へ来られなかった人たちが、それでも自分のブロマイドを欲しいと思ってくれたことだった。

遠方に住んでいるリスナーから、『舞台には行けなかったけど、なるの初ブロマイドは欲しかった』というコメントが届いた。なるはそれを声に出して読むと、少しだけ黙ってから「……ありがとう」と答えた。

以前なら、舞台へ来てくれた人数ばかりを気にしていたかもしれない。でも今は、来られないことと応援していないことは全く違うのだと分かる。劇場まで来てくれた人もいれば、遠くから応援してくれた人もいる。ブロマイドを買ってくれた人もいれば、買わなくても配信に来て「舞台頑張って」と声をかけてくれた人もいる。

「舞台来てくれた人も、来られなかった人も、本当にありがとう。ブロマイド欲しいって思ってくれたの、すごく嬉しい」

なるは少し照れくさそうに笑った。

「でも、次から無理だけはしないでね。ブロマイドは一セットあれば十分なんだから」

そこでタクさんが『ということで、なるブロマイド獲得作戦、無事成功です』と締めくくった。

「勝手に作戦立てないでよ!」

なるが笑いながら突っ込むと、今度はケンケンが『次は五ポーズ希望』と言い出し、ゆうちゃんからは『次はサイン入り希望』、あかりからは『私服も欲しい』と、いつの間にか次回の物販会議のような状態になっていく。

「待って待って! 勝手に増やさないで! サイン入りとか私が決められないから! あかりまで乗っからないの!」

一人ずつ相手をしていたなるも、最後には「もう! ここ物販会議じゃないんだから!」と笑っていた。

配信を終える時間が近づいた頃、なるはもう一度だけみんなへ礼を言った。自分の写真が商品になることも、それを誰かが欲しいと思ってくれることも、少し前の自分には想像できなかった。そして、会場へ行けないからと諦めるのではなく、どうすれば手に入れられるかをみんなで考えてくれたことも嬉しかった。

「でも、私の知らないところで変な作戦会議しないでよね」

そう言いながらも、なるの表情は嬉しそうだった。するとケンケンから『次回作戦もお楽しみに』と流れてきたので、「次はないから!」とすぐに言い返す。

そこで終わればよかった。

「……たぶん」

つい付け加えてしまった一言を、素敵なるーむのみんなが見逃すはずはなかった。次は何の作戦だ、本人から許可が出たと一斉に盛り上がり始めるコメント欄を見て、なるは「あー! 今のなし! なしだから!」と慌てて取り消した。

配信できない夜にも続いていた素敵なるーむは、なるの知らないところで、今度は妙な作戦まで立てるようになっていた。

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