第一話 「役立たず」は今日で卒業する
「お前は今日をもって、パーティーから追放する」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思った。
――やっぱり、そうなるよな。
冒険者ギルドの一室。
目の前にいるのは、かつて仲間だった四人。
勇者レオン。
聖女ミリア。
剣聖ガルド。
そして賢者エリス。
全員、この国では知らない者はいないほどの実力者だ。
対して俺は――
「【鑑定士】なんて戦闘では何の役にも立たない」
レオンが吐き捨てる。
「魔物を鑑定して弱点を見つけることくらいしかできないものね」
エリスが続ける。
「しかも最近じゃ、私の鑑定魔法のほうが精度が高いし」
ミリアまでそう言った。
最後にガルドが腕を組み、
「お前を連れていると、俺たちの足を引っ張る」
と、決定的な一言を口にした。
「……わかった」
俺は静かに答えた。
怒りはなかった。
悲しみも、もうない。
実のところ――
俺自身も薄々気づいていた。
俺の能力は、確かにおかしい。
十五歳のときに授かった固有スキル。
その名は――
【設定変更】
ただし、俺が今まで変更できたのは、本当に小さなことだけだった。
『石の硬さを少し変える』
『薬草の苦味を消す』
『剣の重さを少し軽くする』
その程度。
だから俺は、自分の能力を「役立たず」だと思っていた。
……いや。
正確には、そう思うようにしていた。
なぜなら。
俺には一つだけ、絶対に使ってはいけない能力があるからだ。
「じゃあな、カイル」
レオンが背を向ける。
「二度と俺たちの前に現れるな」
「ああ」
俺は冒険者ギルドを出た。
そして王都を離れた。
向かった先は、地図の端にある小さな村。
人口三百人。
畑と森しかない。
魔王軍との戦争が続いているこの時代には、何の価値もない場所だ。
俺はそこで――
「……何も考えずに暮らそう」
そう決めた。
畑を耕して。
家を建てて。
毎日飯を食べて。
夜になったら寝る。
それだけでいい。
世界を救うなんて、もう知らない。
勇者パーティーも知らない。
俺は平凡に生きる。
そう思っていた。
――その日の夜までは。
村外れの森で、俺は一人の少女を見つけた。
「……誰だ?」
少女は倒れていた。
銀色の髪。
黒い角。
そして背中には、小さな翼。
どう見ても人間ではない。
「……魔族?」
少女がゆっくり目を開けた。
「……殺す?」
「いや、殺さないけど」
「……そう」
少女は安心したように目を閉じた。
「じゃあ……寝る」
「寝るな!」
慌てて抱き起こす。
身体が異常に熱い。
どうやら重傷らしい。
俺は彼女を村へ運び、ベッドに寝かせた。
「これじゃ薬草も効かないな……」
俺は少女を【鑑定】した。
その瞬間。
目の前に表示された文字を見て、俺は固まった。
【対象:???】
【種族:???】
【生命力:1】
【状態:世界設定による存在制限】
「……は?」
見たことのない表示だった。
さらにその下。
【警告】
【対象は本来、この世界に存在できない】
背筋が凍った。
「存在……できない?」
少女が目を開ける。
「……私ね」
小さな声だった。
「生まれたときから、世界に嫌われてるの」
「どういう意味だ?」
「私が生きていると……世界のバランスが崩れるから」
俺は黙った。
そして、少女のステータスをもう一度見る。
生命力は――1。
今にも死ぬ。
普通なら、助けられない。
でも。
俺には【設定変更】がある。
ただし、この能力には条件がある。
――変更したい設定を、正確に理解しなければならない。
俺は少女を見た。
「……名前は?」
「リゼ」
「リゼか」
俺は息を吐いた。
「じゃあ、リゼ」
「なに?」
「お前は死なない」
「……え?」
俺は初めて。
自分の能力を、本気で使った。
頭の中に、世界そのものへ命令する。
『設定変更』
『対象:リゼ』
『変更前――この世界に存在できない』
『変更後――この世界に存在できる』
瞬間。
――ドクン。
空気が震えた。
村の外で雷が落ちる。
遠くの山が揺れる。
そして。
俺の目の前に、見たこともない文字が浮かんだ。
【世界設定の変更を確認しました】
【変更対象:一名】
【権限レベル:未解放】
【……本当に変更しますか?】
「……はい」
答えた瞬間。
世界が――
一度だけ、瞬きをした。
そして。
【変更完了】
リゼの生命力が、
1から――
100。
1000。
10000。
そして。
【生命力:測定不能】
へと変わった。
「……え?」
俺が呆然としていると。
リゼがゆっくり起き上がった。
「カイル」
「なんだ?」
「お腹すいた」
「……は?」
「お腹すいた」
少女は無邪気に笑った。
「パン、ある?」
「……あるけど」
「食べたい」
「……そうか」
俺は笑った。
「じゃあ、食べよう」
その日。
俺はまだ知らなかった。
俺が救った少女が――
後に世界中から「魔王」と呼ばれる存在になることを。
そして。
俺自身が、
この世界の神々ですら触れることのできない、
唯一の「管理者」だったことを。
もちろん。
王都にいる元仲間たちは、そんなことを知るはずもなかった。
彼らはその頃。
俺を追放したことで、勇者パーティーがさらに強くなると思っていた。
「鑑定士なんていなくても問題ない」
レオンはそう笑っていた。
――三日後。
勇者パーティーは、最初の魔王軍との戦闘で全滅寸前になる。
そして王都では。
「勇者様!」
「魔王軍が攻めてきました!」
「どうしますか!?」
そんな叫び声が響き始める。
一方。
俺は辺境の小さな村で、
「リゼ、畑に水をやってくれるか?」
「わかった」
少女が水を撒く。
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
「……あれ?」
畑から温泉が湧き出した。
「カイル」
「なんだ?」
「水、出しすぎた」
「……これは水じゃないな」
こうして。
俺の平凡なスローライフは――
初日から、盛大に壊れ始めた。




