第二日
「香焚きぃ?もうそんな季節か」
食堂で昼食をとる少女が耳にしたのは進藤のこの言葉だった。
「そうですよ。去年も同じ日でした」
大きな翼を持った男がそう答えながら何本か太い木の枝を運んでいる。
少女はコウダキについて聞きたいようだが、なかなか言い出せない。
今日もダメか、、、そう思いながら目の前で山盛りのご飯をかき込む少女に聞く。
「カシャちゃん、コウダキって何?」
「え?あそっか、カキぽんは去年いなかったもんね」
カキぽん──日向カキはコクコクとうなづく。
「香焚きってのはね、有翼人...特に天狗族の伝統行事のこと。それぞれの故郷の木を焼いて、香りを楽しむの。チバンさんの場合はカツバノキだったかな」
カシャちゃん──日向カシャはその長い首で白米を飲み込んでから丁寧に教えてくれた。
「いやいやカシャちゃん。それだけじゃあ香焚きとは言えんよ。それを嗅ぎながら焼酎を一杯飲んだら真上に月がこうフワーッと上がってる。これもセットで香焚きな訳」
「いやあオツっすねぇ限さん」
ガレージから加藤と大きな男──限さんが出てくる。
「それは大人の話でしょう?わたしたちにとってはやっぱマシュマロですよマシュマロ」
「へ、まだまだお子ちゃまだな」
「わたしもマシュマロ派かなあ」
食堂に、ムカデの体がヌッと入ってくる。
「ラヴァナさんがやるとそれも絵になるっすね」
「それわかります!」
「そうだなあ。マシュマロを頬張る月夜の貴婦人。なかなか絵になりそうじゃねえか」
「あら本当?」
「あんた一回シュズちゃんに怒られなさい」
そう階段から語りかけるのは妖狐の女性ミタだ。
「楽しみだなあ」
「そうっすねぇ」
「高家さん、マシュマロってあります?」
「楽しみねえ」
「酒もあるよな?あっち産の春霞だ」
「あの匂いってルコちゃんは大丈夫なんだっけ?」
皆がわらわらと集まり、準備を手伝いだす。
カキはそれを後ろから眺めることしかできなかった。
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夜。アパートの住民が中庭に集まる。
大人組は酒と肴を、子供組は山のように積んだマシュマロを縁側において。
すると大きな翼を持った男──チバンが美しい鬼のような面をつけて皆の前に現れた。
「よっ!色男!」
「今日はまた一段としまってるねえ」
限とミタが声を上げる。
「やかましいですよ」
チバンは少し声を荒げて言うと、格子状に組んだ木に火をつける。
チバンがうなづくと同時に、大家さんが両腕をゆっくりと広げる。
普段はアーケードのようになっている中庭の天井が腕の動きと同じように開き、普段はガラスのせいで曇っている大きな満月が鮮明に顔を見せた。
庭に歓声が響く。
「さ、飲もうぜぇ!」大人組は進藤の一声で、「さ、食べて食べて」子供組はラヴァナの一言で皆一斉に手を動かす。
「うめぇー!やっぱ香焚きの酒は最高だなあ!」
「はぁ〜いい匂い」
「このお酒、ちょっといいやつじゃない?」
「ほらほら高ちゃんも」
「ありがとうございます」
皆各々談笑を始める。
「あれ?カキぽん食べないの?」カシャは口にマシュマロを二つほおばりながらカキに声をかける。
「うん。わたしはいいや」カキは腕に赤子を抱えながら答える。
「ほら幸哉。あーん」赤子──幸哉はちぎられたマシュマロをつかみ、口に運ぶ。
こっちではマシュマロは離乳食としても使われるらしい。今の時期にぴったりだ。
「みなさん、お疲れ様です」
さっきまで大人組と話していたチバンが声をかける。
「今年のお面、去年と違います?素敵ですね、チバンさん」
「ありがとうございます。先日実家から送られたものです。たまには新しいものを使えと」
「天狗族っぽいわねぇ」
ルコはラヴァナの膝の上でその口に何個もマシュマロを運んでいる。
「こらこらルコちゃん。あんまり食べすぎると詰まってしまいますよ」
チバンは優しく声をかける。
「おや、カキさんは逆に一個も食べていないようで」
カキは少しドキッとする。
「ど、どうしてわかったんですか?」
「この煙の中だと、天狗は鼻がよく効くようになるのです。どうかお食べになってください」
「いや、私は」「食べてください」カキの手にマシュマロが一個渡される。
「我々はこの香焚きの日に、生後半年が経つ赤子に必ず何か食べさせるのです。これは仲間入りの儀式でもあります。あなたは赤子ではないですが、こちらに来てからは半年でしょう?」
その言葉を聞いて、カキはゆっくりとマシュマロを口へ運んだ。
カツバノキの香りと共にマシュマロの程よい甘味が広がる。
目の前の景色が不意に歪んだ。
ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「うっ...ありがとっございます...うぅ...ありがとうっござい...ま...」
その頭をカシャとラヴァナがポンポンとなでる。
チバンもルコも、向こうで騒いでいた大人たちも、それを静かに見つめていた。
「あうあ?」幸哉が不思議そうにカキを見つめる。
「ごめんっ...ねぇ...だい...っじょ...うっ...ぶ...」
ああ、わたしも仲間になれたんだ──そう思うと、ますます涙が溢れてくる。
その夜は厳しい夏とは思えないほど、暖かかった。
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朝。今日も変わらない1日が始まる。気持ちよさそうに寝る幸哉にカキは「いってくるね」と声をかける。
「ほらほら!早く行くよ!」カシャの呼ぶ声がする。
「はーい!」普通の高校生2人が、今日も裏界の街に駆け出す。
少女は、かつて1人だった。
それはもう、「かつて」の話だ。
第2日です。ようやく投稿できました。
「もっと読みやすい文体に…」とかいろいろやってて時間かかったくせに結局そこまで読みやすくなってないです。
カキの過去編は第4〜7日で投稿する予定です。しばらくお待ちを。




