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一夜のジョーカー  作者: かなぶん
出会いの夜

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9/9

第8話 主の命令

 努めて注視するカレーに対し、(わーおいしそー)と心の中でわざとらしく叫びながら、一口。

「! こ、この味は…………」

「気に入っていただけたかな?」

 里璃が驚きを隠せずにいれば、静かに届く「夜」の声。

 先ほど目を逸らした事実も忘れ、視線をそちらへ向けたなら、定位置に戻ったトヒテを後ろに、「夜」が頬杖をついた姿がある。

「な……どうして、これ?」

「それを食したかったのではないか? 紛うことなき、お前の家の味を」

「…………」

 言葉を失くした里璃は、もう一掬い、カレーを口に入れた。

 味は、腹が立つほど絶品である。

 何故腹が立つのかといえば、この味には覚えがあったからだ。

 不意打ちで味見させられた、兄の特性味付けカレーと同じ味が。

「……か、カレー泥棒?」

 そんな馬鹿なと思いつつ、「夜」を上目遣いに見たなら、一瞬停止、後。

「ふむ? なかなか面白いことを言う。しかし、そのような趣味に興じる時間なぞ私にはない。第一、ヒトの食すモノは食べられぬゆえ」

「食べ、られない?」

「ああ。飲料に関しては問題ないのだが」

 頷かれ、思わず里璃はテーブル上のカレーを見やった。

 「夜」がこれを食べないなら、この一団はどういう結末を迎えるのか。

 ふと、視界の端にトヒテの姿が映る。

「……もしかして、トヒテが残ったのを食べる、とか?」

 想像してみたが、残り物のカレーを頬張る美少女の姿は、どれだけ首を捻っても形にならなかった。

「いや。トヒテは何も食せぬ」

「…………え?」

 呟いた独り言を拾われ、里璃は目を丸くする。

 返答を期待しない疑問に答えがもたらされたことより、その答え自体に驚いたなら、「夜」の方まで若干身じろいだ。

「……トヒテから聞いておらぬのか? ヒトではないと」

「いえ、それは聞きましたけど」

「では、中身は見たか?」

「へ? 中身?」

 何を言っているのか分からない顔をしたなら、納得したように「夜」が頷いた。

「ふむ……トヒテ」

『はい』

 返事は里璃の背後、控えていたアメジストの眼を持つトヒテから。

 静かに里璃の隣まで進み出たトヒテへ、「夜」は短く命を下す。

「脱げ」

 ぎょっとする内容に対し、当のトヒテは、

『畏まり』

「はあっ!? ちょ、ちょっと待って!?」

『――ました』

 里璃の動揺を余所に、首の後ろへと手を回した。

 しゅるり、紐の解かれる音が続く。

「ま、待って!? ど、どうしてトヒテが脱がなきゃ」

『里璃様。申し訳ございませんが、御前の御命令は最優先事項。いかに貴方様が制止を叫ばれようとも、御聞きする訳には参りません――という断りを、このような姿勢で入れること、お許しくださいませ』

 トヒテは少し前屈みになりつつ、なおもごそごそ背後に回した手を動かす。

「ええっ!? ちょ、ちょっと「夜」さん……様? と、とにかく、トヒテに脱げなんて!?」

 決意の固い彼女を知り、命令した当人に取り消しを求めれば、今度はきちんとワインらしい色合いのグラスを手にした「夜」が言う。

「敬称は不要だ。「夜」で構わぬ」

「いや、問題はそこじゃなくて!!」

『はい、脱げました』

「!!」

 ジャジャーンという効果音が付きそうな、機械的でありながら楽しそうな声が隣からやって来た。箱の中に詰められたマジシャンが、一瞬にして外へ飛び出す、そんな誇らしげな響き。

 正直、見たくはない。

 見たくはないが、服の中身を里璃へ見せるため、脱いだトヒテをそのままにしておくことはできなかった。特に、真正面にいる「夜」の黒い目がワイン以外を映せば、確実に隣の彼女を捉えてしまう。

 ――服を脱いだ、あられもない姿のトヒテを眺める「夜」。

 想像だけで、激しい動悸に襲われそうだった。

 それとも、こんなことは日常茶飯事なのだろうか。

 軽々しく「脱げ」と言うくらいだ。

 ……だからといって、里璃の心が休まる話ではないが。

 恐る恐る、赤か青か、染まる色に迷う顔を、隣のトヒテへと向け。

「……………………………………………………機械?」

『いいえ。電力に依らぬ、絡繰りにございます。形代ですから』

 機械的な声でそう答える隣のトヒテ。

 里璃は先ほどまでの焦りも忘れ、まじまじと首から下、曝け出されたトヒテの身体を見た。

 数度瞬き。

 変わらないそこには、トヒテの背後も隙間から覗ける、歯車や螺子、鉄板といった、凡そヒトらしからぬ構造がある。

「……寝取る機能はない…………壊されたって……つまり、そういう?」

 遅れてやってきた、着替え時の「夜」とトヒテのやり取りに対する理解。覗き込むように問えば、里璃が中身を見たためか、脱いだ服を再び着付けつつ、

『はい。ワタクシには女性(にょしょう)の機能はございません。体裁が女性として整えられているだけなのです』

「だから、食べ物も?」

『はい。ワタクシの身体は、定期的にメンテナンスを受ければ、半永久的に稼動いたしますので、食物摂取はもちろん、燃料補給も不要です』

「そうなんだ……」

 としか、言いようがない。

 トヒテが絡繰り仕立てと分かれば、瞳の色以外、同じ姿形をしている理由も分かる。が、何をどうすれば彼女らがこうして動き語れるのか、そちらはさっぱり分からなかった。専門家でも何でもない里璃、ふと気づいて問う。

「メンテナンスを受ける? あれ? それじゃあ、壊されたってどういう……あ、ごめん」

『いかがされましたか、里璃様? 謝られる理由にワタクシは心当たりがありません』

「いや……だって、トヒテの仲間だったんでしょ? それなのに、私」

 部外者である自分が、容易く「壊された」と口にしたことを悔やむ。

 彼女らに心があるかは別としても、心ない言葉を吐いてしまったと。

 壊れるとは即ち、人で言う死を意味しているのに。

 大叔母のエルが死んだと聞かされた時、彼女との関係が希薄であった両親は、世間話のように語っていたが、里璃はショックを受けていた。

 思い出した感触に下唇を噛む。

 ――と。

『はあ、そういうことでしたら、御前に仰ってくださいまし。ワタクシはワタクシが幾ら壊れようが全く気にしませんが』

「……トヒテ」

 咎める声が「夜」から為された。

 ゆるゆるそちらを見たなら、纏う気配に不快が含まれる。

 しかし淡々とした調子のトヒテは、言葉として命じられない以上、察する気はない様子で続けた。

『ワタクシはヒトで言うところの、娘ですので』

「……誰の?」

『もちろん、御前の』

「…………ぜ、全部?」

『はい、全て。トヒテは御前の娘であり、なおかつ、この屋敷に勤める給仕』

「………………」

 「夜」に謝罪した方が良い、というトヒテの言葉は理解できた。

 今しがた見た中身を考慮したなら、トヒテの製作者たる「夜」の労苦は、大変なモノだろう。自身の作品を、息子や娘と表す話は聞いたことがあるので、その辺も別段おかしなことではない。

 しかし、あの、ずらりと並んだトヒテを「夜」一人が作り上げたと思ったなら。

 なんともなしに、里璃は感嘆の息をつく。

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